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第10章 シレンティウムの一年 夏・農業篇(その2)

 シレンティウム北の台地、黄櫨畑


「やたっ!芽が出てるっ!」


 楓は敷いた麦藁の隙間からひょっこり顔を出している冠黄櫨の芽生えを見つけて飛び上がった。

春先に群島嶼から持ち込んだ冠黄櫨と、このシレンティウムで採取した冠黄櫨の種をそれぞれ北の台地を中心に植えた楓。

 雑木林の間伐をした上で、下草を刈り、種を植えた場所へは麦藁を敷いたのであるが、これは皆伝送石通信で故郷の大叔父である源継から教示された方法である。


 源継はハルと楓が連名でしたためた手紙に対し、かなりの憤りと歎きを込めた返事を送って寄越したが、薄々こういった展開になる事を予想していたようで、最後は与えられた領地を栄えさせて民に報いるようにと記されていた。

 そして、その手紙には合わせて冠黄櫨は元々大陸由来の樹種である事、秋留家の先祖が大陸で有用樹種を探した際、群島嶼に自生している黄櫨とよく似た樹木を見つけてその種子を持ち帰った事が記されていた。


 先祖はその他にもいくつか有用植物や家畜を群島嶼へ持ち込んだようであるが、他の動植物は群島嶼の風土に溶け込み、利用されて定着したが冠黄櫨だけは余り利用されなかったが故にその由来がはっきりしたまま残っていたようである。

 源継の手紙曰く「使えるヤツはいても苦にならぬから由来も気にならんが、要らぬヤツは何故いるのだと、度々その由来を聞かれる」と言う事である。


 幸いにも、と言うべきか、大陸の民に冠黄櫨の有用性は伝わっておらず、単なる雑木、害木の類いであるという認識しかない為に、今まで利用される事なく山々に自生しているだけであったのだ。

 群島嶼の冠黄櫨は群島嶼の温暖な気候に適応し若干変異しているようであるが、自生しているかどうかも分からない木を探し出し、種を一から採取して回る手間暇を考えればこちらの種子を持ち込んだ方が早いと考えた源継が楓に冠黄櫨の種子を持たせたのであった。


「源爺・・・元気かな。」


 シレンティウムへ居残る事を決めておいて今更であるが、さすがにあの豪放磊落な源継らしからぬ歎きの文面を見て、楓は少し心を痛めていた。

 最後は源義を後継に立てる事に同意をしてはいたが、その歎きの深さは察するに余りある。

 ましてやその歎きの原因の一端は自分にあるのだ。

 そんな事を思いつつ、楓は足腰頑健なクリフォナムの民や陰者を使い、山の斜面に芽吹いた冠黄櫨の芽に直接被らないよう丁寧に麦藁を避け、その上に3本の枯れ枝を使って三角錐型の風よけ兼獣避けを作る事にした。


 目立つ工作物を残す事で獣の忌避感を誘い、また手入れをする人の目から苗木の位置を分かり易くする為の物で、これも源継の手紙にあった山地で苗木を育てる際の技術の一つである。

 黙々と枝を立て、蔓で三角錐の頂点部分を縛る楓。

 しばらく作業を一心不乱に続けていると、昼休憩の時間を告げるシレンティウムの時鐘の音が北の台地にまで聞こえてきた。

 が、いっこうに作業を止める気配のない楓に、陰者が声をおそるおそるかける。


「楓様、もうそろそろ戻りませぬか?昼休みの時間でございますが・・・」

「・・・帰りたくない。」

「・・・晴義様ですか?」


 少し呆れを含んだ陰者の声に、楓は作業の手を止めてキッと鋭い視線を浴びせた。


「そうだよっ!文句あるっ、た、耐えられないでしょっ、あんな甘甘空間っ!」

「・・・」

「前はキリッと、こう、ピリッとしてたハル兄が~エル姉に骨抜きにされちゃってさっ!一緒に居る時はずっとくっついてイチャイチャやってるんだ、やってらんないよっ!」


 大げさな身振りと手振りを交え、憤りを隠そうともせずに語る楓に、こんどははっきり呆れた様子でため息をつく陰者。

 そして別の陰者が改めて楓に声をかけた。


「しかし・・・」

「なにっ?」

「姫様は昨夜も眠られていないのでは?」

「うっ・・・」


 一旦はぎりっとその陰物を睨み付けた楓だったが、そう言われた途端に顔を赤くして視線をそらし、黙り込む。


「晴義様の御寝所の警備など我々にお任せ下されば良いものを・・・」

「そ、それはでもでもっ・・・!」


 絶対無理っ!


 心の中でそう叫ぶ楓。

 ハル兄とエル姉のあんな姿やこんな様子を赤の他人に見せられる訳がない。

 そんなことを思いつつ、自分はしっかり事の一部始終を見届けている楓。

 おかげで昨夜どころか結婚式以来毎晩のように寝不足が続いているのだ。

実は昨日もすごかった・・・

 そうして楓が今日も寝不足なのは言うまでもない。


「楓様?」


 楓がその時の様子を思い出し、赤くなったまま下を向いて黙り込んでいると、陰者が心配そうに声をかける。

 陰者の声に我に返り、楓は慌てて顔を上げて一気に言葉を発した。


「と、とにかくダメっ、寝所の警備は身内にしか出来ないのっ!」 

「いえ、別段直に部屋を覗き込まなくても出入り口と外を押さえておけば宜しいかと思います。そうであれば交代も可能でしょう。」


 最初に休憩を勧めた陰者が諭すように言うと、楓が少し落ち着いた様子で返事をする。


「う・・・うん・・・」

「いずれにせよ、街へ戻らずとも休憩は出来ます。一旦作業は止めに致しませんか?」

「わかった・・・休憩にするよ。」


 陰者の言葉にようやく楓は落ち着きを取り戻して休憩を宣言すると、陰者の1人があちこちへ走って作業中の者達に休憩を告げて回り、やっと昼休憩が始まるのだった。




 同時期、シレンティウム・東照大使館


「おーすごいネこれは、めったにない薬草ヨ~」


 ホーが感嘆の声を上げつつ、シレンティウムの薬草商から持ち込まれた薬草を吟味している。

 その傍らには東照城市大使の介大成がいるが、場所を提供しているだけで特に口を挟む要素がないため、笑顔を浮かべつつも黙って見ているだけ。

 ホーはいちいち大げさに頷いたり、感嘆したり、意見を述べたりしながら薬草を吟味し続けている。


「はー、これもすごいネ!棒茸ヨ!」


 ニヤニヤしながらホーが取り出したのは、いつぞやエルレイシアが持ち込んで大騒ぎとなった滋養強壮に効き目のある薬茸。

 その効能は遙か遠い東照でも知られているぐらいの有名な品である。

 持ち込んだ薬草商の老婆もニヤニヤしながらホーがいじくり回す棒茸を見ていた。


「ホーさん、商品の吟味を進めてくれませんとお話が進みません。」


 一方その様子を呆れながら見ているのはアルスハレア。

 大神官を退いたアルスハレアは一介の太陽神官となったが、ハルの要請で太陽神殿に付属する薬事院の院長に今回就任したのであった。

 エルレイシアと共に薬草や薬用生物の分類や生態、精製法に生成法を書物化する事業を進めると同時に、アルスハレアはシレンティウムに出入りする薬草商を使って各地の薬用植物や薬用動物の分布を調査し、シレンティウムでの薬草栽培計画を進めている所である。


 使用頻度が高く、かつ生態がある程度知られている熱冷草や解毒草、傷薬になる軟膏草や禁創草などは既に農場の一部を使用して栽培が試みられていた。

 その一方薬草や薬用動物、それに薬用鉱物などの研究や開発を薬事院で行いつつ、偽薬や毒物、粗悪品の監視と摘発をルキウス率いる治安庁と協力して実施している。


 アルスハレア自身が深い薬草や治療に関する知識を持っている事もあり、おかげでシレンティウムの医療事情は非常に良好で、わざわざその技術を学びにクリフォナムやオラン各地から薬師が集まり、また治療を受けに訪れる人が増えていた。

 以前から薬事院では薬師や治療魔法師、医師の養成や雇用、派遣も行っている為、引退したはずのアルスハレアは思わぬ多忙の中に身を置く事になってしまったのである。


 しかし忙しくなった当の本人は気にした様子もなく、むしろその忙しさにかまけていられる事に対して喜びを感じている風でもあった。


「おー申し訳ないネ、すぐやるヨ~」


 アルスハレアからやんわり窘められたホーは慌てて薬草の選別に戻る。

 今日はシレンティウム周辺地域で採取できる薬草の内、東照で使用されていたり知られていたりする物で、今後継続的に東照へ輸出可能なものを選別しているのである。

 長期の保存と輸送に耐える物でなければならない為、採取後直ぐ使用する必要のある物はほぼ無理であるが、乾燥や塩漬けにしても薬効が落ちない物であれば問題ない。

 既に熱冷草など葉を乾燥させて保存が可能な物が選ばれていたが、薬効の高い物は生で使用する物が多く、また東照でも値の張る物は長期保存に向かない薬草がほとんどであることから結果は芳しくない。


「う~んこんなもんかヨ・・・あんまり多くはないネ~」


 ようやくホーが選び出したのは数種類の薬草のみ。

 いずれも乾燥させて使用したり、乾燥させた後で煮出して使う物など保存の利く物ばかりであった。


「取扱いに注意が必要な効果の高い薬品の販売はやはり無理なのですね・・・」

「そうヨ~」


 アルスハレアの言葉に頷くホー。

 残念そうなアルスハレアに、ホーはぽんと手を叩いた。

 不思議そうに自分の方を見るアルスハレアに、ホーはにっこりと笑って口を開く。


「でも、方法がないわけではないヨ。」

「それはどういう方法ですか?」


 身を乗り出して尋ねるアルスハレアに、ホーは得意げに答えた。


「東照ではよく使う手ネ、丸薬にしてしまうヨ!」

「ガンヤク?」


 ホーの言葉に首を傾げるアルスハレア。

 帝国にも、クリフォナムにも丸薬なるものは存在しないからである。

 ホーはアルスハレアの言葉に一つ頷くと、その有用性について説明を始めた。


「まるいくすりのことネ。薬草や薬品を一旦粉にしてからハチミツを混ぜてまるく固めるヨ!そうすれば効き目そのままで物は腐り難くなるネ。この城市ではハチミツ作ってる聞いたネ、きっと出来るヨ~」

「・・・なるほど分かりました、しかし、そのガンヤクという物の製法は分かりますか?」

「残念ながら製法はワタシ知らないネ。」


 少し申し訳なさそうに答えるホーへ、アルスハレアは更に質問を重ねた。


「どうにかなりませんか?」

「う~ん・・・じゃ、塩畔でココへ来てくれる東照の薬師探すヨ。それがダメでも丸薬の製法を書いた書物手に入れてくるネ。」

「そうですか・・・それでは宜しくお願いします。」

「任せるヨ!」


アルスハレアに対し、胸を叩いて頼もしく応じるホーであった。



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