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第9章 シレンティウムの一年 春・諸事篇

 数日後、シレンティウム行政庁舎屋上


 ぽかぽかとした春の陽気のなか、シレンティウムの大通りは多くの市民が歩いている。

 ある者は買い物へと商業区へ、そして別の者は仕事に行政区や工芸区へ向かう。

 そんな通りに面した行政庁舎の屋上。


「・・・という訳だ、俺は秋留領には帰らない。」


 楓を呼び出したハルは今までの経緯を説明し、故郷には帰らない事を告げた。

 エルレイシアと結婚するという事を伝えたのは言うまでもない。

楓は最初の明るい雰囲気を霧散させ、愕然とした表情で静かに衝撃の事実をきっぱりと告げたハルを凝視する。


「そ・・・そんな・・・」


 そしてようやくそれだけ言うと、ハルを見たままへなへなと座り込んでしまった。


「悪い、これが自分の選択だ・・・お前は領へ帰って村のみんなと一緒にやってくれ、そして伝えて欲しい、晴義は新天地で新しい生き甲斐を見つけた、と。」


「ううう・・・うわ~ん!」


優しく肩をに手を置かれてハルにそう言われると、何とか我慢していた涙が一気に楓の両目から溢れだした。

 しゃがみ込んだハルの肩にすがり、恥ずかしげもなく泣き続ける楓の背をハルは何時までもなで続けるのだった。



 しばらくそうしていた楓がようやく落ち着きを取り戻した。

 ぐすぐすと鼻を鳴らしながらも袖で涙を拭き、まだ僅かににじむ涙を堪えながら顔を上げる。

 そして、じっとハルを見つめながらぽそりと言った。


「・・・帰らない。」


「何?」


「ボクかえらないよっ!ハル兄、木蝋はどうするのさ?ボクがいなくちゃ、黄櫨畑も、木蝋作りも駄目じゃないの?」


「それは・・・」


 ハル自身が面倒を見るという方法もあるが、現状では他の業務が忙しくそれは無理。

 群島嶼出身の協力者は楓以外にいない為、確かに楓がいなくなってしまうとシレンティウムの木蝋生産は暗礁に乗り上げてしまうだろう。

 せっかく作った試作品も設備も全て無駄になってしまうのだ。

 別の人間を招聘すると言っても、ハルに伝手があるのは戦災復興の最中にあり、ただでさえ人手と物資の不足しているある秋留領だけ。

 そこから職人かそれに準ずる人間を数名派遣して貰えるとは、到底思えない。

 楓が領を出られたのは、あくまでもハルを連れ戻すという目的があったからである。

 しかし、それとは別の問題もあった。


「でも楓、秋留領の跡継ぎはどうするんだ・・・お前がいないと大変じゃないか。」


「ハル兄、跡継ぎなら源義がいるからだいじょうぶだよ。」


「いや、あいつまだ10歳だろう?」


楓が言ったのは源継の曾孫の秋瑠源義10歳のこと。

 本家、秋留家の当代であるハルがシレンティウムに移住するというのであれば、分家から本家の養子に出した形にして領を継がせるのであるが、今家を継がず大人になっているのは楓だけ。

 未成年であることが家を継げない理由にはならないが、余り良い事ではないというのが群島嶼の常識である。


「それって、ハル兄が言う台詞じゃないよね・・・」


「う、まあ・・・そうだな」


 出稼ぎを理由に帝都にハルが出たのは楓がまだ成人する前の事。

 そこを突かれて言葉に詰まるハル。

 そもそも領を放り出したのはハルが先である。


「源爺だってまだまだ元気だし、だいじょうぶ!郵便やさんもいるから直ぐに手紙を送れるよっ」


 楓はハルの手を借りて立ち上がると、涙に濡れたままの顔で微笑んだ。


「だから、ボクはまだ帰らない、それにシレンティウムでハル兄が何をするのか、ハル兄が領や村を捨ててまで得るものが何か見届けたいんだ。」


「・・・分かった、源継大叔父には自分が手紙を書こう。」


「そうだね、その方が良いかも・・・ボクもその隅っこにちょろっと書いとくよ。ハル兄がしかられないようにね?」


 神妙に言ったハルに、楓はいたずらっぽく笑って言い添えた。





 シレンティウム官営旅館、事務室


 ルキウスの訪問を受け、最初は愛想良く対応していたプリミアだったが、その用件を聞き進める内にどんどん顔付きが強ばってゆく。


「・・・噂は本当だったんですね。」


「噂ねえ、まあ、実際にその光景を見ていた人?からの話だからなあ、噂って言うのか?」


「そうだったんですか・・・」


 ルキウスの言葉に、落ち込むプリミア。

 ルキウスの用件は、官営旅館にハルとエルレイシアの結婚式の料理や会場設営の依頼をすると共に、警備計画について打ち合わせるというもの。

 街中ハルとエルレイシアの噂で持ちきりだったが、何時も一緒に居る2人の事、特に気にもしないで何時もの噂話だと思っていたが、その噂は真実であった。

 はからずもルキウスの訪問でその事実が明らかになったのである。


 そんな・・・ハルさんがエルレイシアさんと結婚?

 まさかとは思わない。

 確かに2人は他の人たちが入り込めない雰囲気を持つ事があった。

 そう言う雰囲気が最近増えていた事にも気が付いていた。

 しかし、それでも・・・こんな急に?


「話、続けて大丈夫か?」


「う・・・いえ、何でもないです。どうぞ・・・」


物思いに没頭し過ぎて、ルキウスから手渡された日程表と料理や会場設営の資料を強く握りしめてしまっていたプリミアは、ルキウスの声で我に返る。


「で、場所なんだが、今度改修した都市参事会議場を使うんだ、同盟式典と結婚式は同じ場所で一気にやっちまう、その後は中央広場に移って料理と酒の大盤振る舞いだ、ここでだな・・・」


 ルキウスが一生懸命警備計画と会場設営について説明しているものの、プリミアは呆然としているばかりである。

 とりあえず必要な箇所について質問や書き込みをしてはいるがどこか上の空。


「・・・今日はここまでにしとこうか。」


 プリミアがそうなった理由を薄々理解しているルキウスが、とうとう心配になってそう言った。


「は、はい・・・す、すいません・・・」


「いいよいいよ、気にしなくて、ま、好きな奴が結婚するって聞いたらそうなっちまうよな。」


 ルキウスの爆弾発言でプリミアの顔が一気に赤くなる。


「べべべべ、別に私はっ」


「良いよ、隠さなくても~」


 必死に言い訳しようとするが言葉が出てこないのを、逆に哀れみの目で見られてしまい更に顔へ血が上る。

 最後には言葉が出なくなってしまった。


「う、ううううう・・・」


「あ~まあ、その何だ・・・元気出して、な?」


「うう」


 ルキウスの励ましに、何とか頷きながら声を返すプリミア。

 その姿にいたたまれなくなったルキウスは、帰り支度を始める。


「資料はここに置いとくから、後で落ち着いたらよく見ておいてくれ、そんで不備があったら教えてくれ。」


「う・・・」


 うなり声と頷きで返事を返すプリミアの肩を最後にぽんぽんと優しく叩き、ルキウスは官営旅館の事務室を後にした。


「あ~あ・・・可哀想になあ・・・しらねえぞ?」


 そして、官営旅館の廊下を歩きながらルキウスが苦笑混じりにそう独り言を言っていると、突然後ろから背中を押される。


「ルキウス兄さん!」


「おわっ!?何だ・・・オルトゥスじゃないか、どうした?」


 驚いて振り返るルキウスの視界に、プリミアの弟であるオルトゥスの姿が入る。

 ルキウスが振り返って笑みを浮かべると、オルトゥスもにやっと笑顔になった。

 そして、一言。


「お姉ちゃんを宜しく!」


「・・・お前・・・」


 目を丸くしたルキウスがその言葉の意味する所を察して絶句していると、オルトゥスは念を押すように言葉を継いだ。


「ね?」


「わ、分かったよ。」


 気圧されたようにルキウスが返事をすると、オルトゥスは笑みを深くしてから、その横を駆け抜けながら言い置いていった。


「ゼッタイだよ~?」


 そしてオルトゥスが官営旅館の廊下を曲がり、その背が見えなくなるまで佇むルキウス。


「・・・末恐ろしいヤツ」


 その姿を呆然として見送りながら、ルキウスはそうつぶやかずにはおれなかった。




 更に数日後、シレンティウム西農場


 麦の播種が終わり、農民達の忙しさに一区切り突いた春のある日。

 農地の中央にある広場には、木々が切り倒されずに残されている一画がある。

 これは休憩場所や避難場所として使えるようにとハルの指示で設けられた広場で、広大なシレンティウムの農地のあちこちに点在していた。

 その広場の中で最も大きい西の広場に、たくさんの農民やその家族達が集まっている。


 今日は豊穣祈年祭の日。


 季節ごとに行われるクリフォナムの伝統ある祭りの一つである。

 農民達は皆着飾り、神妙な面持ちで集まっており、普段賑やかな子供達もこの日ばかりはよく言い含められているのか声一つあげず、大人しくしていた。

 その中に設えられた祭壇には、大量のお供え物が置かれているのは言うまでもない。

 しばらくして、西の城門から正装を纏ったハルに手を引かれてエルレイシアが現われる。

 エルレイシアは大神官用の純白の長衣に白銀のサークレットを着け、新造された樫の木の大神官杖を持ち、厳かな様子でしずしずと歩を進め、たっぷりと時間をかけて祭壇にまで到達する。

 引いていた手を離し、向き直ると徐にハルが跪き、口上を述べ始めた。


「人の世においてこの地を統べます秋留晴義が申し上げる。願わくばこの新しき地に太陽神様のご加護が十分に行き渡り、地に拠りて成るものの全てが豊かに実り、成り、そして人の世の潤わん事を。この地を代表し、お願い申し上げます。」


「人の世を統べるもの、アキルハルヨシ。その願い、この地に平穏と幸福をもたらすべく努める事を誓うならば聞き届けよう。」


「誓います。」


「ならばその誓い、違える事なかれ。」


 口上の遣り取りが終わると、エルレイシアは大神官杖を一度天にかざし、そして勢い良く祭壇前の地面へと突き刺した。

 どっと言う音と共に大神官杖が地に立つと、そこから水面に波紋が広がるように、輪状の光が幾重にも発生した。

 光の波紋は農地の隅々にまで行き渡り、シレンティウムを包み込むと、農地全体が一瞬、強い光を発し、その後ぱっと霧散する。

 しーんと静まりかえった後、エルレイシアがそれまでの厳かな雰囲気を消し、にっこりと微笑みながら宣言した。


「太陽神様のご加護はあまねくシレンティウムの地に行き届きました。」


 エルレイシアの言葉で、わっと農民達の歓喜の声が爆発する

 直ぐに持ち寄った酒や食べ物を取り出した農民達は、家族や親しい者達とめいめいに車座になり、一気に場は宴会場と化した。

 たちまちハルとエルレイシアもその輪に加えられてしまい、ハルは近くの農民から木杯を手に持たされ、麦酒を溢れんばかりに注がれた。

 エルレイシアも薬師の娘達と一緒に敷物に座り、早くも麦酒を口にしている。

 他の広場で固唾を呑んで成り行きを見守っていた農民達も、西の大広場の農民達が騒ぎ始めたのを見て、次々と宴会へ突入し始める。


 今日は豊穣祈年祭の日、一年で最も希望に満ちた日の一つである。




 同日、シレンティウム中央広場・噴水前


『あ~大神官様の術ともなれば勢いが違うわね~サイコー!』


『ふむ、そんなものか・・・我は何も感じないのであるが。』


 身体を青い光できらきらさせながら、アクエリウスが感嘆の声を漏らすが、アルトリウスは特に何も感じていない為に平常に言葉を返す。


『そう?可哀想に、こんなに漲っちゃうのにね。』


 機嫌の良いアクエリウスは、アルトリウスを哀れんでから噴水前に設けられた祭壇を見て言葉を継いだ。

 祭壇には花や酒、蜂蜜、塩、パンなどが供えられ、奇麗な蝋燭に火が灯されている。


『う~ん、こんな良い祭りをして貰ったのは初めてね。お供え物も貰っちゃったし。』


『おお、豊穣祈年祭と共に都市の精霊祭も一緒に行う事にして貰ったのである。どうであるか?』


『とっても良いわ!』


 丁度その時、アクエリウスの目に小さな子供が親に手を引かれ、祭壇に咲いたばかりの小さな花を供えてからぺこりと頭を下げているのが映った。

 そして頭を上げた時に勢い余って上を向き、噴水の上にいたアクエリウスと目が合う。

 一瞬、きょとんとしたその子は、しばらくじーっとアクエリウスを見た後、笑いながらアクエリウスに手を振った。


『良いわね、人がいるのって・・・』


『であろう?』


 微笑みながら子供にゆるゆる手を振り返し、アクエリウスがうっとりとした様子で言うと、アルトリウスが胸を張って応じた。




 数日後、シレンティウム行政府、ハルの執務室



「アキルシウス殿、私の呼んでいた者達が到着しました。」


 ハルが執務室で書類と格闘していると、シッティウスがそう言いながら部屋へと入ってきた。

 その後ろには明らかに帝国人の官吏と分かる男女が数名続いている。

 いずれも旅塵にまみれてはいるが、背筋の伸びた一癖ありそうな者達。

 全員が値踏みするような視線をハルに向けて来たが、ハルは特に動じる事無くその視線を受け止めていると、シッティウスが口を開いた。


「取り敢ず紹介したいのですが、宜しいでしょうか?」


「あ、そうですね・・・じゃあ、そっちの会議用の机へ。」


 ハルは手を止め立ち上がりながらそう言うと、執務室の中央に置かれている大机へ移る。

 その様子を見て官吏達が目を見張った。

 高官と名の付く者で自ら席を立ち、席を指定するとは、今までの帝国官吏の慣習ではあり得ない事。

 部下が全てお膳立てした上で上司を案内するのが基本で、その案内の仕方が悪いと言って部下をいじめる理由に使う馬鹿がいる世界である。

 しかし、この辺境護民官は自ら席を指定して移動し始めた。

 官吏達はハルの背を見ながら互いの顔を見合わせ、シッティウスはその様子を更に後ろから見ながらかすかな笑みを浮かべている。

 全員の移動が終わると、徐にハルが口を開いた。


「ようこそシレンティウムへ!改めまして、私が皆さんをお招きした辺境護民官のハル・アキルシウスです。これからどうぞ宜しくお願いします。」


 ハルがすっと礼をすると、慌てて元官吏達も胸に手を当てる帝国風の挨拶を送る。

 そして、立ったままの状態でシッティウスが紹介を始めた。


「では、このままご紹介致しましょう。右の女性が、リブリア市で経理官吏をやっていたセクンダ・カウデクス。」


 20後半の艶っぽい黒髪の女性が前に進み出た。


「宜しくお願いしますわ。アキルシウス殿。」


「宜しくお願いします。」


 ハルが握手を交わしていると、シッティウスがカウデクスの略歴を話す。


「カウデクス女史は上司でもあった貴族から男女の誘いをかけられ、これを手酷くやり込めて帝都から左遷されてしまいました。今回更にしつこい嫌がらせに辟易して辞職した所を誘いました。まあ、お仲間ですな。」


「やり込めた内容は聞かないで下さいな?」


 ハルが若干引いているのを察したのか、あでやかな笑顔で言うカウデクスに苦笑しつつ、シッティウスが次の男性を前に出した。


「その隣は、商業に詳しい元官吏のサルスティウス・オルキウス。」


「お誘い有り難く、宜しくお願いします。」


「はい、どうも、こちらこそ。」


 今度は恰幅の良い40半ば、白髪交じりの短髪の男性が進み出る。


「オルキウスは私の元同僚ですが、商業課税を減免したことで貴族領の町から商人を吸い上げてしまい、罷免されました。」


「わはは、失敗しました、まさかクビになるとは!ま、頑張ります。」


 朗らかな笑い声とともにそう言うオルキウスが少し下がると、続いて真ん中に立っていた30歳前半の細身の女性が進み出た。


「その隣の女性はルキア・スイリウス、私の下で昔工芸区担当をしていました。」


「・・・この街は美しいですね、才能ある職人が多いようで、やりがいがあります。」


「どうも、宜しくお願いします。」


 物静かな雰囲気でハルと握手を交わすスイリウス。


「スイリウス女史は、自称芸術家の貴族の作品を酷評した事で罷免されました。」


「・・・酷いものは酷いのです、真実を曲げる訳に参りません。」


 シッティウスの紹介でその時の事を思い出したのか、スイリウスは無表情ながらも怒りの雰囲気でそう言った。


「その横の親父はティベルス・タルペイウス、元兵士で建築技師でもある官吏です。私が州総督を務めていた時の部下で、申し訳ない事に私のとばっちりを食って罷免されてしまいました。」


「いや、そんな事はありませんな、あれは横暴の一言に尽きる!」


 元兵士らしいガッチリした体格に、大きな声、歳は50過ぎだろうか。

 前に出てハルの手を強く握りしめながらタルペイウスは笑顔で言った。


「お・・・?辺境護民官殿は、意外に使い手ですな!」


「宜しくお願いします。」


ハルの強い握力に驚きながら言葉を継いだタルペイウスにハルが笑顔で挨拶を返すと、シッティウスが最後に最左翼の青年を紹介する。


「その横の青年はルルス・サックス、若いですが農業技術と栽培法に通じた元官吏です。」


「宜しくお願いします、精一杯頑張ります。」


「宜しくお願いします。」


 にこにこしながらハルの手を握りしめるサックス、手をなかなか離そうとしないが、シッティウスは2人をそのままにして解説を始めた。


「彼は農業政策の不備を指摘し、その不備を是正した所隣接する貴族領の貴族からやっかまれ、圧力を受けた結果罷免されました。自分の自由に出来る農地を合わせて探していたそうで、シレンティウム招請に応じてくれた次第です。」


「農法や作物の事であれば、お任せ下さい!」


「よ、よろしく・・・」


 ぶんぶんと握手した手を振りたぐるサックスにいささか辟易しながらハルが答える。


「以上が招聘した敏腕官吏のなれの果て、ですな。」


「「なれの果て言うな!」」


 全員が口を揃えて抗議すると、シッティウスは片眉をぴくりと上げて言葉を足した。


「・・・ま、気概は失っていない者達です。」


「「当たり前だ!」」


 

 それぞれの紹介が済んだ所で、ハルが促して大机へ着席する元官吏達。

 全員が着席した事を確認してから、ハルが徐に切り出した。


「わざわざお呼びしたのは他でもありません、このシレンティウムの力になって頂きたいのです。シッティウスさんの手紙にあったかも知れないんですが、ここは帝国であっても帝国ではありません。言うならば、帝国と別の国になろうとしている場所です。そしていずれは本当に帝国と敵対してしまうかも知れません。それでもこのシレンティウムの為に力を尽くしてくれますか?」


 シッティウスを除く元官吏達は、互いの顔を見合わせた。

 覚悟はとうに決まっているのだ。

 改めて問われるまでも無い。


 それから、代表するようにカウデクスが発言する。


「元よりそのつもりで参っておりますから、ご心配は無用です。家族のある者は家族を連れてきていますし、シッティウス氏からアキルシウス殿の経歴やシレンティウム成立の経過も聞いております。私たちは話し合いをした上でこのシレンティウムに尽力する事を決めたのです・・・正直今の帝国に未練はありません。」


 カウデクスの言葉に全員が賛同の首肯をハルへ送る。

 決意の固さはその目を見れば分かる。

 それ以前にはるばるこの北の辺境まで旅してきただけで覚悟の程が知れよう。


 全員が帝国の為にと理想に燃え官吏となった者達。

 その仕事に打ち込み、施策や研究に尽力し、成果を上げはしたものの、いずれも貴族の思想や利と衝突したが故に左遷され、罷免され、苦しめられた者達なのである。

 忠誠は怨恨へ、理想は諦念に代わった、代わってしまった。

 しかし、そんな自分達を招き、新しい国を作る礎となって欲しいとの手紙が相次いで届いた。

 淡々と事実を述べるのみのシッティウスの文と、誠実に自分達を招聘したい旨が綴られたハルの文が併記された手紙。

 全員が身体の震えるような思いを、忘れていた理想と志を取り戻し、今日この日この場所へと到達したのであった。

 全員の強い意志を肌で感じ、ハルがきりっとした口調で言葉を発する。


「分かりました、それでは改めて宜しくお願いします。皆さんの役職はそれぞれの部署の長官です。部下は、信頼できる人物であれば帝国から招いて貰っても構いませんが、できればシレンティウムで募集し、教育していって欲しいのです。」


「官吏の採用と教育についてもシッティウス氏から聞いています。困難である事は重々承知していますわ、それも織り込み済みですから、ご懸念無用です。」


 ハルの言葉にカウデクスはにっこりと艶っぽい笑みを浮かべて答えた。


「そうですか、宜しくお願いします。」


 ハルが笑顔で言葉を返し、ようやく和やかな雰囲気が執務室に満ちる。

 そして長旅の労をねぎらおうとハルが口を開きかけた時、機先を制するかのようにシッティウスが言葉を発した。


「では、早速組織図に氏名を書き込みましょう。それと、私から引き継ぐ仕事は既に分類してそれぞれの机へ資料と一緒に置いてありますから、宜しくお願いします。それでは、皆さんに担当部署を順番に案内致します。」


「ちょっと・・・私たちは今日着いたばかりなのよ?」


 カウデクスが抗議めいた口調で言うと、片眉を上げたシッティウスが応じる。


「それが何か?」


「なっ?」


 絶句するカウデクスにシッティウスの言葉が容赦なく追討ちをかけた。


「仕事はたくさんあります、今日から始めてはいけないという事はありません。」


 シッティウスの言葉にタルペイウスとオルキウスの2人は苦笑しているが、他の3人は呆気に取られ、信じられないものを見るような目でシッティウスを見る。

 慌ててハルが中に入った。


「ま、まあ、今日は一旦解散で!家の手配などもありますから、仕事は落ち着いた後で、ね?」


「アキルシウス殿がそれでよければ、まあ、構いませんが・・・明日からはきりきり働いて頂きますぞ?」


 少々不満げにようやく折れたシッティウスを、今度は全員が凝視した。



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