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第9章 シレンティウムの一年 春・採鉱師篇

少し間が空きましたが宜しくお願いします。

 シレンティウム市郊外・南城門付近


 待望の春がやって来た。


農民達は家族総出で畑を耕しては麦の播種を盛んに行い、水を撒く。

 水路整備と圃場整備が既に冬の間に終了している為、農民達に残された仕事は農耕だけ。

 オランやクリフォナムの故郷では土地を貰えず、自由戦士になるか、職人、工人となって帝国や他の場所へ働きに出る以外道が無かった者達も、シレンティウムで土地を与えられて慣れ親しんだ農作業に精を出していた。


 当初は3年の約束でそれまで日雇いのようにして働いていた者達も、農場整備がほぼ完了したことから、前倒しで農地を与えられており、シレンティウムの農民数は一気に脹れ上がっている。

 厳しい労働にも拘わらず、農業に従事する者達は一様に輝かんばかりの笑顔で満ち満ちていた。


 西南に広がっていた湿地もほぼ整備が終わり、今はどんどん入植者を入れている状態であるが、噂は噂を呼びシレンティウムの人口は更に脹れ上がって、今やシレンティウムの人口は戸籍登録が済んでいる者だけで7万人に達している。

 これは、シッティウスがドレシネスに命じて戸籍を元に人口調査をした結果である。


 自由戦士達が北方軍団兵となり、安定した給金を与えられるようになった為、結婚したり、故郷から家族を呼び寄せたりしたことや、帝国の退役兵が家族連れで大挙してシレンティウムへやって来たことも大きい。

 ただ南西の元湿地帯を中心としてまだまだ農地には余裕があることから、シレンティウムは引き続き入植者を受け入れていく旨内外に宣言している。



 ハルはシレンティウム郊外にあるフィクトルのミツバチを見に行った帰り、奇妙な集団と行き合った。

 集団の人々はその特徴的な前袷の衣服と、低い背丈、そしてガッシリとした体付きをしていることから、西にある大陸に住む西方人と直ぐに知れる。

 移住希望者だろうか、頑丈そうな馬車を10台ほど連ね、その中には子供も居ることからどうやら家族連れであるらしい。

 その先頭にいる、布で頭を覆った30歳半ばの女性はハルを見つけ、御者台を別の男と代わり、ひらりと馬車から飛び降りる。

 美人では無いが、愛嬌のある顔に人なつこい笑みを浮かべて話しかけてきた。


「ちょっと良いかね?ものを尋ねたいのだけど。」


「何でしょうか?」


 ハルが素直に応じると、その女性は更に笑みを深くして言う。


「おや、帝国人にしては良い態度だ、何、今のは気にしないで良いよ、こっちのことさ。尋ねたいというのは他でも無い、シレンティウム市の行政府に居る、シッティウスという、いけ好かない男さ、どこに行けば居るのか知っているかい?」


「シッティウスさんですか?案内しますよ。」


 口を挟む間もなく一気に言うので、ハルは一瞬戸惑ったが、とにかく道案内が欲しいらしいことは理解できたのでその部分について返事をすると、女性は目を丸くした。


「おやおや、どこまで人が良いんだ。帝国人にしておくには勿体ないね!ま、でも、好意には甘えるとしようかね。」


 女性は笑顔のままそう言うと率いている馬車に合図をし、ハルの後に続いた。




 シレンティウム南城門付近


「これはまた・・・壮麗な城門だね。」


 女性やその連れ達は、シレンティウムの南城門の威容に圧倒された。

 帝国内でも五本の指に入る美しさと威風である。

 子供達は目を丸くして自分達がくぐり抜ける城門を見上げ、大人達は見えてきた街の中の喧噪と繁栄に目を奪われた。


 街路樹は黄緑色の若芽が一斉に吹き出ており、シレンティウムの建物に使用されている大理石にその影を落としている。

 水は清浄な流水音を少し暖かみのあるものに変え、水道橋から落ちる滝のような水がしぶきを周囲に撒くことでひんやりとした心地よさで女性達を包む。

 そんな瑞々しい都市のたたずまいに、それまでどちらかというと言葉少なく、暗い顔でいた者達に笑顔が見え始めた。

 しばらくすると長い距離を旅してきたこの一団の、その全員が顔をほころばせながら口々に都市の美しさを褒めそやし、希望満ちる青空市場が開かれている街路を指さしてはその商品を物珍しそうに眺め、批評する。

 帝国製の銅貨や銀貨が盛んに遣り取りされ、帝国人、東照人、オラン人、クリフォナム人の商人や物売り達に混じって、遠くはハレミア人やシルーハ人と思しき者達も見受けられる。

 通りを時折通る兵士達は皆大柄で金髪碧眼、紛う方なきクリフォナム人であるが、その装備は完全に帝国製で、きっちり隊列を組んで歩く様は北方の蛮族と呼ばれているとは思えない堂に入ったものであった。


「何とも奇妙な街だね・・・まるで夢を見ているようだよ。」


 感嘆する他ないといった風情で言葉を漏らす女性に、前を歩いていたハルが振り返って言う。


「もうすぐ皆さんも仲間入りでは無いんですか?」


「ふふふ、そうだね、そうなればきっと楽しいだろうね。」


 屈託ない笑顔で女性は、心底愉しそうに答えた。




 シレンティウム行政府前


「ちょっとここで待っていて下さい、シッティウスさんを呼んできます。」


「待った待った、ここでお別れとはつれないじゃあ無いか、名前ぐらい教えてくれないか?私はペトラ・スィデラ、帝国で言う所の西方諸国人さ、しがない採鉱団の団長をやっているんだ。」


 女性、ペトラはすいっと行政府へ入ろうとしたハルを慌てて呼び止めた。

 ハルはその声に振り返ると納得したという顔で頷く。


「採鉱師?ああ、あなたが精霊付きの採鉱師さんでしたか。」


「・・・何者だい?」


 あっさり正体を言い当てられ、身構えるペトラと採鉱師の一団であったが、ハルは人の良さそうな笑顔でその疑問に答えた。


「申し遅れました、私はハル・アキルシウス、帝国北方担当辺境護民官です。シッティウスさんにお願いして皆さんを招聘した張本人です。」


「・・・きつい冗談だ、まさか君がね・・・」


ペトラは呆れた声を出し、天を仰いだ。




 ハルの案内で行政府へとそのまま入ったペトラ達は、町中に負けず劣らずきっちり整備された行政府の建物に目を丸くする。

 剥き出しの大理石は奇麗に磨かれている事は当然であるが、うっすらと、それこそ直接撫でてみなければ分からないような精巧な浮き彫りが随所に施されているのだ。


「・・・大したもんだね、ここまで凝った装飾をしている行政府なんて他に無い。よほど金があるのだね?」


「あはは・・・実はそれ、練習です。」


「練習?」


 笑って言うハルに怪訝そうな表情を向けるペトラ。


「はい、技術を学びに来る人が多くなってしまって、もう装飾を彫る建物が無いんですよ、それでまだ装飾をしていない建物を探している内にこの行政府の庁舎が発見されてしまった訳です。まあ、こちらとしても建物が奇麗になるのは構わないので、万が一失敗した時は親方が直すという約束で、自由にやって貰っています。」


「全く、弟子育成に協力して行政庁舎へ彫り物をさせるなんてね、本当に変った所だね。」


「おかしいですか?」


 ハルの回答に、呆れかえってペトラは言ったが、ハルがその事について尋ねると、にっこりと笑って答えた。


「ああ、極め付きだね、でも、気に入ったよ!あんたも含めてね。」


「それはどうも。」


 その言葉にハルは笑いながら言うと、ペトラを執務室へと案内した。

 執務室には既にシッティウスがいつも通り分厚い資料を片手に待っていた。


「おや、スィデラ女史、お久しぶりですな。お早いお着きで・・・」


「そっちも元気そうだね・・・思ったより早く着けて良かったよ。で、あんたが我々に採鉱を許してくれるというのかね?」


 ハルと話している時より少し固い声でペトラがシッティウスの言葉に応じると、シッティウスは資料を繰ろうとした手を一旦止めて応じる。


「いえ、違います。採鉱を依頼するのは私では無く、辺境護民官であり、このシレンティウムの最高行政官たるアキルシウス殿です。」


「・・・そう改めて言われてしまうと面はゆいですね、ですが、シッティウスさんの言うとおり、あなた方をお呼びしたのは私です。」


 ハルがシッティウスの言葉を受けて言うと、ペトラが少し安堵したような顔で応じる。


「そうだったね・・・ま、あんたとなら上手くやっていけそうな気はするがね。で、早速で悪いが、どこの何を採掘すれば良いのかね?」


「では、こちらの図面をどうぞ。」


「有り難うございます・・・ペトラさんもこちらへどうぞ。」


 ペトラの言葉を聞いたシッティウスは、頷きながら資料より1枚の地図を取り出し、ハルへと示した。

 ハルはその地図を受け取り、シッティウスへ礼を述べるとそれを机の上に広げ、ペトラを呼び、ペトラが近づくと、その地図の銅と鉄と記された点を示しながら口を開く。


「こことここ、この南にある北辺山脈の銅鉱と鉄鉱の採掘をお願いしたいのです。」



 ハルから、試掘が既に終わっていること、街道がシレンティウムから直接に繋がっていること、住居や都市設備は既に建設が始まっていることの説明を受け、ペトラは鉱山街を開くことに同意した。

 水は北辺山脈からかつての湿地へ流れ込んでいた小川のものを堰き止めて利用し、加えてこの水で水車を回して鉱山街の動力源とするのである。

 街の名前はコロニア・フェッルム。

 市長はもちろんペトラである。

 但し市とは言っても当分はペトラの採鉱師達だけである為、代表権は与えられない。

 ペトラの身分も市長と言うよりヘリオネルやレイシンクと同じような街区代表といった位置付けになる。

 雇用条件を含め一通りに話が終わった所で、ペトラが徐に切り出した。


「取り分は?」


 すかさずシッティウスが応じた。


「その件については私が・・・あなた方の取り分は原則ありません。」


「・・・どういうことだね?」


 シッティウスの言葉に、眉を顰めるペトラ。

 しかし、それに怯むことなく、シッティウスは言葉を継いだ。


「言葉通りです。あなた方の採鉱し、精錬した金属は我々が全て買い取ります。」


「買い取りかね・・・買い取りはまさか固定価格では無いだろうね?」


「もちろん、その都度市場調査をした上で適正価格で取引きさせて頂きますが、当然、場所や居住区、設備は我々で持ちますから、その分は割り引いて貰います。」


 シッティウスの言葉に反駁するペトラの声は固いが、対するシッティウスは極めて平静で、眉筋一つ動かすことなく答える。


「少し暴利じゃ無いかね?」


 ペトラの言葉に始めてシッティウスは表情を変え、おやっというような顔で言った。


「では・・・お引き取り頂いても構いません。他にもここで採掘したいという方々はいらっしゃいますので。」


「組合が黙っていないのでは無いかね?」


 今度はペトラがすかさず言うが、再び無表情に戻ったシッティウスは動じない。


「その組合に話を通してあなた方を招聘したのですよ?条件が折り合わなければまた紹介をお願いするだけです。どうしますか?」


 シッティウスとペトラがしばらく睨み合う。

 横で静かに成り行きを見守っていたハルの顔をふと見たペトラが、ゆっくりと笑みを浮かべた。


「どうかしました?」


「いや、何・・・なんでもないよ。」


 ハルが笑顔で尋ねると、ペトラは首を左右に振って言った。

 ハルの帝国人高官らしからぬ視野の広さと気さくさ、差別意識の無さは、この都市の居心地の良さの最大の理由であることに間違いない。

 いけ好かないシッティウスを含めてという事になってしまうが、都市の頭に立つものの雰囲気をよく生かし、働ける有能な部下ばかりなのだろう。

 どの街へ行っても、鉱毒を撒くものとして忌み嫌われ、長く留まれないのは職業柄仕方ないと諦めていたが、そんな自分達をわざわざ招聘したのみならず、居住区や精錬施設まで用意してくれた。

 ましてや、採鉱師の団長に過ぎない自分を市長にすると言う。

ペトラの見立てでは、この北辺山脈の北側山麓には相当の鉄と銅、それこそ半永久的に採鉱できるぐらいの量が眠っている。

 上手くすれば自分達のような採鉱師を何組か招き、その他の住民募集と併せて自分達採鉱師の街を作る事が可能なぐらいには・・・

 街作りは基礎的な部分は既に終了しており、採鉱師の招聘や今後の開発については届け出さえすれば何をしても良いとまで、この若く魅力的な辺境護民官は言った。

 おそらく生きている内にこれ以上の好待遇はないだろうとの結論に達したペトラは、確かめるように話し始めた。


「その条件が外せないというのは・・・金属の出所を帝国内の者達に知られたくないということだろうね?」


「そうです。」


シッティウスが僅かに顔をゆがめるが、それを意に介さずペトラの問いにはっきりと答えるハル。

こういった態度も好感を持てる。

 そんな信頼には応えなければならないだろう。


「何より採掘が軌道に乗るまでの当面、雇用してくれるというのが有りがたいね。普通なら採算が合うまで文無し収入無しだからね。それに今回は既に試掘まで終わった手つかずの鉱山だ、採算は直ぐに合うだろう・・・それに、こんな居心地の良い土地はそうない、我々もそろそろ腰を落ち着けたいと思っていたからね。ま、そのくらいの制約には同意しようか・・・」


「では?」


 ハルの問いに、ペトラはにっこりとひとなつっこい笑みを浮かべた


「うん、いいだろう。シレンティウムのお抱え採鉱師は今から私たちだね。ま、任せておきたまえ、後悔はさせないよ!」



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