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第8章 都市始動 辺境護民官の1日篇(その2)

先のお話のシッティウス時計の部分を改訂しました。

宜しくお願いします。

 正午過ぎ、シレンティウム行政区、第二十一軍団駐屯地


 今この場所はまだ寒さが残る季節にも関わらず、強い熱気に包まれている。

 先程の甘い空気が嘘のような、厳つく暑苦しい空間に身を置き、ハルは姿勢を正した。


「気を付けっ!辺境護民官殿に~敬礼っ!!」


 クイントゥスの号令で、壇上のハルへ兵士達が一斉に胸に手を当てる帝国式の敬礼を送る。 その光景にハルは少し面はゆいものを感じながらも何とか照れ笑いを堪え、声を張り上げた。


「この厳しい訓練こそが実戦に生きる!今日の訓練は明日の為に!」


おおおおおお!


「それでは、個人戦闘訓練を開始する、それぞれ、2列に別れっ・・・準備良いな?よし、開始っ!」


 ハルの言葉に力強く応じた兵士達を満足そうに眺め、クイントゥスが訓練開始の号令をかけると、兵士達は一斉に雄叫びを上げて走り出した。


ぬおおおおおおおお


激しく木剣を打ち合わせ、柳の枝で編んだ模擬盾をぶつけて戦う北方軍団兵。

 激しい戦闘訓練では、時に流血する者や昏倒する者も出るが、そういった者は相手と救護担当者が素早く訓練場から連れ出して安全な場所で処置を施す。

 気合いが入っているためか、再起不能な者は1人として出ず、負傷した者も一時休憩したのみで再び訓練に戻り、木剣を振るい、盾を打ち合わせている。


「・・・随分上手くなってきたなあ・・・」


「はい、訓練のたまものです!」


 ハルが感心した口調で言うと、クイントゥスはまんざらでもなさそうな顔で答えた。


 帝国兵、フリード戦士、オラン戦士、東照武士などと言った呼び名が既に存在していたが、オランやクリフォナムの諸族から集まり、帝国風の訓練と装備で戦うシレンティウム兵は最近“北方軍団兵”と呼ばれている。

 大柄で膂力に優れ、かつ高い技術力で製作された帝国の武具を使用する彼ら北方軍団兵は、次第に周辺地域から注目される存在となりつつあった。

 実際北方軍団兵は、シレンティウム同盟を結ぶ際、ベルガンが率いてきたフリード戦士やアルペシオ族長が率いてきた勇猛なアルペシオ戦士との模擬戦闘に勝利している。


 また、以前から周辺の盗賊や山賊掃討戦、魔獣退治にと八面六臂の活躍をしており、周囲や同盟部族にその存在感を見せつけてもいるのだ。

 その為地元出身者で構成されていることも相まって、人気と勢威を高めており、今や北方軍団兵は辺境護民官ハル・アキルシウスの率いる最精鋭と目されているのである。

現在、シレンティウムに入っている兵は

第二十一軍団 北方軍団兵5000名、補助騎兵2000名

第二十三軍団 北方軍団兵5000名、補助騎兵1000名、部族兵1000名

都市守備隊 帝国兵1000名、北方軍団兵1000名、部族兵1000名

工兵隊 帝国兵1000名

の合計18000名である。

 ハルが指揮権を直接行使できる軍兵は他にアダマンティウス指揮下の

第二十二軍団 帝国兵5000名、補助騎兵500名、補助弓兵1500名

都市守備兵 帝国兵500名、補助弓兵500名

の合計8000名が居る。  


 そして今やシレンティウム自体の人口も5万人を超え、フレーディアを抜いて名実ともに北方辺境最大最強の都市へと成長を遂げた。

 同盟部族の戦士たちを加えれば、優に5万以上の軍を持つことになったハルは、西方の小国家をしのぐ力を既に手に入れているのである。

 

 その辺境護民官であるハルは、訓練開始からしばらくしてそわそわし始めた。

 最後は訓練に熱中して誰もこちらを見ていないのを良いことに、そそくさと壇上から降りてしまう。

そして・・・


「クイントゥス、一戦やらないか?」


「・・・わ、私で良ければお相手致しますが・・・?」


「どうにも、人の訓練を見ていると身体がうずいてしょうがないんだ。」


 訓練風景を熱心に見ていた所へ突然話しかけられ、驚いて答えるクイントゥスに、ハルはそう言葉を継ぐといたずらっぽく笑った。


「はは・・・では、どうぞ。」


「よし、じゃあやるか!」


 予備の木剣と模擬盾を受け取り、ハルはそれを笑顔で手渡したクイントゥスと共に訓練の列の端へ並ぶと、一礼を交わした後に、周囲の訓練に負けぬ勢いで激しく打ち合いを始めるのだった。




 同日夕方過ぎ、テルマエ・シレンティウメ


 ハルとルキウスは、一緒にプリミアのいる公衆浴場を訪れた。

 すると帳簿を付けていたプリミアが笑顔で応対してくれる。


「あ、ハルさん、ルキウスさん。いらっしゃいませ。」


「外れた時間に悪いね、お邪魔するよ。はい、銅貨3枚。」


「ほい、俺も。」


 ハルに続いて銅貨を差し出すルキウス。

 2人分の料金を受け取り、プリミアはにっこり笑みを浮かべた。


「有り難うございます。男性は左手へどうぞ。」


「分かった。じゃあ。」


「ごゆっくり。」



 帝都では入浴時間によって男女を分けていたが、シレンティウムでは男女別の湯船や脱衣場が設けられている為、1日中入浴が可能となっている。

 日々厳しい労働に明け暮れる移民達にこの温泉は大変に好評で、銅貨3枚という安さもあって、通う者達が後を絶たない。

 シレンティウムに風呂の習慣が定着しつつあると共に、民族の壁を超えた公共道徳が芽生え始めていた。

 テルマエ・シレンティウメの決まりとしては

 1 浴槽に入る前には必ず身体を洗うこと

 2 浴槽で洗濯をしないこと、また着衣のまま浴槽に入らないこと

 3 浴槽での遊泳は禁止する

 4 浴槽においては他の者の迷惑となる行為全般を禁止する

などが主なものである。

 初日は少し混乱もあったが、帝国での公衆浴場利用経験者がいたこともあって、今のところ大事には至っていない。

 いつも昼から夕方にかけては盛況で、芋洗い状態になってしまったようだが、豊富な源泉を持つ温泉である為に、湯は常に奇麗な状態で保たれている。


 ハルとルキウスの2人は偶然行政庁舎内で鉢合せ、泥だらけの互いを見て笑い合ったが、お互いに公衆浴場へ行く途中である事を知って同道したのであった。

 ハルは、兵士の訓練に飛び入り参加してしまったことで遅くなり、ルキウスは帝国から入り込んだ詐欺師達を摘発していた為にこちらも少し遅くなってしまったのだったが、そのおかげでほぼ貸し切り状態の風呂に入ることが出来そうである。


 ハル達が話しながら脱衣場へと消えたのを見送ったところで、プリミアはオルトゥスから声をかけられた。


「お姉ちゃん、交代だよ。」


「あ、オルトゥス、お疲れ様。」


「ううん、大丈夫だよ、お姉ちゃんも今のうちにお風呂入っちゃえば?」


 オルトゥスの言葉にプリミアは考える。

 確かに今日はお客もいつもより少ないし、最初はぎこちなかったクリフォナムやオラン出身の従業員達も接客や仕事に随分慣れてきた。

 今のところ仕事上の心配事もなく、大きな予約も入っていない。

 たまには早くお風呂を楽しむのも良いだろう。


「そうね・・・じゃあ、よろしくね。」


 そう返答した姉に笑顔を向けたオルトゥスは、受付をプリミアと代わった。


「うん、任しといて、ごゆっくり~」




 テルマエ・シレンティウメ、男湯


 手早く身体を洗ったハルとルキウスは、楽しそうに話しながら浴槽へと向かった。


「いやあ~こんな良い風呂には入れるとは思わなかったぜ。」


「ああ、本当に・・・しばらくは身体を拭くぐらいしか出来なかったからなあ・・・」


 こ~ん、と木製の桶を置く音が響き渡り、浴槽から溢れた湯がゆっくりと床を流れる。


ぽちょん・・・ざあああ

はふうううう


 脱力して肩まで湯船にどっぷりつかるハルとルキウスは、感嘆の声が混じった深いため息を同時についた。

 すっかり落ちついてしまったハルは、周囲を見回して感心する。


 総大理石造りの公衆浴場の内部は、例によって帝都のものとは趣を異にしており、クリフォナムの神話や動植物の浮き彫りが主体で、帝国風の人物像や神像は余りおかれていない。

 そして天井に嵌め込まれた採光窓からは奇麗な夕焼け空を見る事ができた。

 正に北方辺境ならでの趣向、夜であればきっと満天の星空が楽しめることだろう。


「あ~溶けそう・・・」


「う~・・・イイ」


 目をつぶり、情けない声を出す2人に、どこからともなく含み笑う声がしたような気がしたが、湯につかってすっかり油断している2人は気付かず、どっぷり風呂につかり、その心地よさを堪能し尽くしていた。



 同時刻女湯


  

ぴちょん・・・ざああああ


 水滴と湯が静かに流れる音が緩やかに満ちる浴場内には、2つの人影。

 金色の髪を結い上げたエルレイシアと、艶やかな黒髪を同じように結い上げた楓が並んで湯につかっている。


さわさわさわ


 湯が大理石の床を流れて排水溝に向かう音に紛れ、隣り合う男湯から間抜けな声がかすかに聞こえてきた。


「ふふふ、どうやら隣にハルが来たようですね。」


「えっ、本当~?じゃあ、ボクちょっと声掛けてこようっと・・・あたっ、な、なにするんだっ!」


 目を閉じて浴槽につかったまま、嬉しそうに言うエルレイシアに、楓が反応して浴槽から僅かに身をうかすが、はっしとその腕を捕まえられる。


「駄目です・・・ハルとは私が先にお話しします。」


 浴槽につかった状態で手だけを伸ばし、楓を捕まえたエルレイシアがきっぱりと楓に言った。


「な、何言ってるの?」


「・・・そうですね・・・今なら向こうへ・・・」


「は?」


「とにかく駄目です。」


 小声でつぶやくように言った言葉を楓が聞きとがめるのを遮り、エルレイシアは強引に楓を自分の方へと引き寄せる。


「は、離してよっ・・・む?」


「どうかしましたか?」


「・・・いや、なんでもないっ。」


 引き寄せられ、身体同士が接触した所で楓は抵抗を一瞬止め、身を固めるが、エルレイシアから問いただされて言葉を濁した。

 しかし、言葉を濁されたエルレイシアは、楓が何を気にしたのか直ぐに理解する。

 身体の接触している所を見れば明らかであろう。


「うふふふ、それ程でも無いです。」


 くっと胸を反らし、エルレイシアが言うと楓は唇を僅かに噛んだ。


「むむむ・・・く、悔しい・・・」


「でも・・・うん、良い弾力です。」


「あん・・・へ、変なことしないでよっ!」


 楓の言葉を聞いたエルレイシアがそう言いながら手をその前へと伸ばし、触れると、楓はびくっと身体を反応させて言った。

 抗議を意に介さずエルレイシアが触れ続けた為、楓が暴れ始める。


「やめっ?あっ!やん」


 そうして2人だけで騒いでいる所へ、プリミアがやって来た。


「あの・・・あんまり騒がないで貰えますか?」


 先程から2人の会話を聞いてはいたものの、出来るだけ関わり合いにならないようにと少し離れていたが、お湯を跳ね散らかし始めたのを見て、義務感から注意しようと意を決して近づいてきたのである。


「あら、どうも、ロットさん。」


「む、プリミア・・・少しでかい・・・」


「えっ?」


 ぴたりと動きを止めて自分を見つめてくる2人に、少し後悔と怯えが混じった気持ちで声を漏らすプリミア。


「あら、本当ですね、それに、奇麗な肌・・・」


「あ、あの、どうして2人とも近寄ってくるんですか?」


 それでもにじり寄る2人に危険を感じ、背を向けた所で低い姿勢から楓が飛びついてきた。


「・・・えいっ!」


 ざばっと湯が大きく揺れる。


「あっ!?」


「う~ん、ボクのより柔らかいな・・・」


「や、止めてくださいっ、だ、だれか助けてっ」



 同時刻、男湯


 どっぷりと湯船につかって全てを湯に委ねていた2人の耳にも、隣の女湯からの嬌声が入ってくる。


「・・・」

「・・・」


  さあああああ


 湯の流れる音もその声を消すことは出来ず、他に人がいないこともあってその会話の内容は容赦なく2人にまで届き続けた。


「ハル、何か隣は楽しそうだなあ・・・」


「・・・ああ。」


「色々想像しちまうなあ?」


「ああ・・・」


ささああああ


「・・・」

「・・・」


 無言で湯につかり続ける男2人。

 片方から静かな闘気が立ち上る。


「・・・お前さあ。」


「うん?」


「・・・ずるいぞっ!」


「わぶっ!ごぼっ!?」


「こんにゃろ~!」


「や、やめろ、ごばっ?」


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