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第8章 都市始動 周辺地域編(その1)

 水路開削から1週間後、フレーディア城、王の間


 フレーディア城代であるベルガンは帝国人の技師が持ってきたハルからの手紙を読み進めながら、少し戸惑いを覚えていた。

 ベルガンが座るのは、玉座の横に設えられた、城代の執務机。


「ふむ、アキルシウス王はその、石炭と呼ばれる燃える石を大々的に採掘しようというのですな?」


「はい、その為の技術指導者として私たちがやってきた次第です。」


「なるほど・・・」


 確かに燃える石と燃える土はフレーディア城の近郊に割合たくさんある。

 今までは城下町に住む者達が本当に窮した時だけ薪代わりに使うぐらいで、利用価値の無い物だと思っていたがそうでは無いらしい。

 ベルガンやフリードの族民達からしてみれば、畑にすることの出来ない土地が広い範囲に広がっているので、むしろ邪魔なものである。

 燃料としてはそれなりに有用であろうが、薪代わりにする他に使い道があったとは知らなかった。


「採掘は構わんのですが、給金を支払って鉱夫を雇うというのは・・・」


「ええ、フレーディアの城下町やその周辺から人を募ります。給金は帝国の通貨で支払うことになりますが。併せて既に開始されているシレンティウムとフレーディア間の街道敷設もこちら側からも始めますので、その作業員も募集します。」


 そうなれば大量の人員がフリードから動員されることになるが、無報酬で強制的な労役ということでは無く、報酬を貰える普請作業であるという話なので、募集すれば人はすぐ集められるだろう。

 ハルの立場であれば族民達に労役を命ずることも出来るのだが、それをせずに正当な対価をという所にベルガンはハルに対する敬意を新たにした。


 しかし、問題は有る。

 それは支払われる報酬の内容についてであった。


「通貨か・・・」


 技師の言葉にベルガンは腕を組んで考え込む。

 帝国との遣り取りに通貨を使う事はあったし、金銀をその重さで価値を決めて取引に使う事ももちろんあった。

 如何にフリード族が文化的に後進だとは言ってもその程度のことは行っている。


 しかし、重さや大きさに関係なく一定の価値を持つ通貨や貨幣という物についてはフリードの族民達は知識が無い。

 貰ったとしても、フリード族の勢力圏では、その貨幣に使われている金や銀、銅といった金属の重さ以上の価値が無いので、帝国のように通貨としては使えないのである。

 ベルガンは石炭採掘という労働の対価に、フリードでは使えない、あるいは価値の減退してしまう貨幣を支給されるという意味に受け取り、難色を示したのであった。


「報酬というのであれば、麦や豆、もしくは塩でお願いしたいのだが。」


 金や銀であればまた対応は違っただろうが、それでも支払われる下々の族民にとっては縁の無い物である。

 一般的にこういった労役の対価としてフリードで支給されるのは、麦や乾し肉、乾燥豆や塩と言った保存の利く食物である為、ベルガンはそう帝国の技師に要求した。


「いえ、通貨で支払います。これは譲れません。」


「ううむ。」


 帝国の技師から思った以上に強く拒絶され、その意図を計りかねて思わずうなるベルガン。

 しかし、技師は拒絶の時とは一転して柔らかく言葉を継いだ。


「ご心配の件は尤もですが、通貨はシレンティウムに来て戴ければ自由に使えますし、依頼して戴ければ我々が通貨で買い物の出来る行商人をシレンティウムから呼びましょう。」


「・・・なるほど、通貨を、ね。」


「はい、通貨を、です。」


 技師のその言葉でようやくハルの意図を理解したベルガンは、しかめっ面を解いた。

 要はフリードの地にも通貨を普及させたいのであろう。

 石炭の採掘や街道敷設を行うのが主目的には違いないが、この機会を利用して経済や商業に遅れのあるフリード族に通貨を普及させる事を、誰かが思いついたに違いない。


 いずれ文化が発展してくればフリード族も通貨や帝国風の流通という物に深く関わることになるだろうが、いきなり強引な形で持ち込まれるよりは遙かに良い。

 今この機会に自分達に好意的な勢力の下で徐々に慣れてゆけば、帝国やその他の国に富を吸い上げられてしまうような事にならないぐらいに知識の蓄積は出来るだろう。

 上手くいけば早い段階でフリード出身の大商人が生まれるかも知れない。


「分かった、報酬は通貨で構わないが、採掘と同時に技師だけでは無く信用できる良心的な商人も手配して欲しい・・・この要望ではどうかな?」


「承りましょう。」


 ベルガンは笑顔で技師と固い握手を交わした。




更に数日後、シレンティウム南西湿地



 シレンティウム市南門前に、帝国装備に身を固めた大柄な兵士達1000名が寸分の狂い無く整列し、ハルの到着を待っていた。

 帝国風の鎧兜に身を固めてはいるが、兜からもれる髪の色は金色や銀色がほとんどで、その兵士達の体格と相まってクリフォナムやオラン出身の者達である事が一目瞭然である。

 そしてしばらくした後、クイントゥスを従えたハルが兵士達の前に立った。

 引き締まった顔付きの兵士達を見回し、ハルが徐に口を開いた。


「今日は実戦だ!慌てず油断せず、そして上官の指揮を違えず、戦友と名誉を守れ!」


おおう!!


 力強い答えが返り、それを聞いたハルは、満足そうな笑みを浮かべて傍らのクイントゥスを見る。

 クイントゥスはハルの視線を受けて一つ頷くと、兵士達へ気合いの入った号令をかけた。


「第二十一軍団前進!」


 因みにクイントゥスの剣帯には真新しい結符が付いていることは言うまでも無い。




 連日の排水作業で順調に水量を減らす湿地であったが、その一方で追い詰められた水生魔獣の攻撃が活発化していた。

 それまでは減る一方の水にすがるような形で湿地の中央部へと追いやられていた魔獣たちであったが、ついにその原因に気が付いたのか、堰や水路への攻撃が始まったのである。


 シレンティウム行政府は、度重なる設備の破損や作業員への攻撃に対し、湿地に巣喰った魔獣の一掃を計画して、水生の魔獣の力が弱まる晴天の日を選んで計画を実行へと移したのであった。



 しばらく前進した後、湿地帯の乾燥土壌を慎重に選んで前進する第二十一軍団。

 干し上げられているとは言え、元が水を大量に含んでいる軟弱な土壌である為に、堅さや加重の度合いによっては重装備の兵士達の臑あたりまで埋まってしまうこともある。

 それを確かめつつ漸進する他無く、兵士達の進撃は快調とは言い難い。

 それでも重装備に身を固めた兵士達が音を上げること無く進んでいると、程なく目的の魔獣達の集まる湿地帯最後の水場が見えてきた。


 魔獣達は早くも重装備の兵士達を見て興奮し始め、届かない水弾や泥玉をちらほら放ち始めている。


「良いか、訓練通りやるんだ!」


 今日ハルが連れてきたのは5000名で構成される第二十一軍団の兵士達の内、特に戦法の習熟と敢闘精神に優れた精鋭1000名。

 ハルは各部族からシレンティウム籠城戦の際に送られた志願兵を各部族と交渉してシレンティウムの兵士として採用した。

 ハルがフリードの英雄王を一騎討ちで倒す場面を目の当たりにした彼らに否やは無く、ハルは彼らを基に、第二十一軍団を再建したのである。


 未だ新設の第二十三軍団は兵士集めも完了していないが、ハル・アキルシウスの盛名を聞付け、クリフォナムやオランの自由戦士達が各地から単身、あるいは家族連れで続々と集まってきており、程なく構成は終了する。

 各軍団に付属する補助部隊の騎兵隊や槍兵隊、剣士隊の募集も順調で、春が終わる頃にはシレンティウムの基礎戦力は編制が終了する見込みである。


 

「大楯構え!漸進開始!」


 その帝国の装備に身を固め、更には帝国風の戦法を訓練してその技術や戦術を会得したクリフォナム人のかつての戦士達は、ハルが下した命令に従い、じりじりと足場の悪い湿地帯を進む。

 魔獣達の射程に入ったことから、次々に水弾や泥玉が飛来し始めた。

 時折石の混じった固い泥玉や威力の強い水弾が大楯に当たり、ぐわんと大きな音を発してその兵士を盾ごとぐらつかせるが、周囲や後方の兵士に身体を支えられて威力に耐え、そのまま大楯を自身の前にかざし、水弾や泥玉を防ぎつつ確実に一歩一歩前進する。


「停止!弩兵用意!・・・発射!!」


 ハルの指揮でぴたりと前進を止めた兵士達。

 そしてその直後、最前列の兵士達は大楯を僅かに開く。

 その隙間から弩兵が筒先を突き出し、一斉に短矢を放った。

鋭い風切り音と共に短矢が次々と魔獣へと炸裂する。

 気味の悪いうなり声や吠え声、断末魔の悲鳴を残し、青い体液をまき散らして倒れる魔獣達。


「盾閉じろ!装填!・・・よし、第2射用意・・・発射!」


 ハルの矢継ぎ早の命令で盾が閉じられ、素早く装填を終えた弩兵が再度開かれた盾の隙間から短矢を発射し、容赦なく魔獣達を打ち倒す。


 第二十一軍団がそのままの位置で数回一斉射撃を繰り返して魔獣達を次々に打ち倒す。

 遂に連続した攻撃に堪りかねた水生魔獣達が乾燥土壌の上へと上がり始めた。

 直接の攻撃に切り替えるつもりだろう。


「来るぞ、投矢準備!」


 帝国製の投矢を盾から外す兵士達。

 帝国兵は基本装備として2本の投槍を持っているが、ハルはそれより軽便で数を装備できる投矢を基本装備とした。

 投矢は投槍の半分程の長さであるが、錘が付けられており、必ず穂先が進行方向を向くよう調整されており、使用法にも汎用性がある為である。


「放て!」


 次々と投矢が放たれ、水生魔獣に降り注いだ。

 湿地や泥地、水中では動きの速い水生魔獣達も、陸に上がればずりずりと無様に這いずる蛇やナメクジ、貝や魚のお化けに過ぎず、兵士へ近づく前に次々に撃ち倒される。

 軟性で弾力ある皮膚も、垂直に刃先が立てば意味をなさず、山形に撃ち込まれる投矢を背中や頭へ次々と受け、水生魔獣達は生臭い青色の血と息を吹き上げながら事切れていった。


「射撃止め!」


 しばらくした後、ハルが中止命令を下した時に動くものはなく、水生魔獣達はほぼ壊滅となるが、第二十一軍団に損害は皆無であった。


「油断するな!生き残りが居るぞ!右方向!」


接近戦を挑む間もなく、壊滅した水生魔獣の群れに、油断無く目を走らせるクイントゥスが、目敏く生き残りを見つけては命令を下して弩で仕留めてゆく。




「敵性魔獣壊滅確認!」


 数刻後には水の中にいた魔獣達も仕留められ、クイントゥスが兵士整列後にハルへ作戦終了報告を行い、湿地帯の魔獣退治は成功裡に終わったのだった。 



「・・・これでこの土地も耕起が可能になりましたね。」


「ああ、また土地が増えたから、たくさんの人を受け入れることが出来るようになった。」


 魔獣の死体を1カ所に集め、油をかけて燃やしている配下の兵士達を見ながら、ハルはクイントゥスの言葉に応える。


「そうですね、最近は特に移住者が爆発的に増えていますからね。」


 クイントゥスが言うように、シレンティウムの人口はここ最近で爆発的に増え、軍人や官吏も含め既に人口は4万人を超えている。

 しかし今日の作戦で南西に広がる広大な湿地帯に巣喰う魔獣は一掃され、その土地が耕作可能地となった。

 これで更なる人の受け入れと開発が出来るようになったということである。



 シレンティウムへの移住者は様々で、帝国からは退役兵とその家族だけで無く、一廉の技術を持った工人や職人達とその家族や弟子達が新天地を求めて多数移住してきている。

 その一方、帝国内で働いていたオラン人やクリフォナム人の兵士や職人達、また帝国内で技術を学んでいた族民が引き続きシレンティウムへと集まってきてもいる。

 翻って北方辺境各地からはハルを新たな英雄と認めて指揮下に入りたいという自由戦士とその家族に加え、土地を相続できないクリフォナム人の子弟達が土地と家を求めてやって来ているのだ。

 最近はわざわざ募集をせずともやってくる者達が多くおり、ドレシネスは戸籍作りに追われているという。


「よし、帰還する!整列!」


 作戦終了、第二十一軍団は、ハルの号令で整列を始めた。




 北方辺境関所改め、コロニア・メリディエト


 アダマンティウスの指揮によって、北方辺境関所は大きく変貌を遂げていた。

 今までの砦や関所の建物は、辺境らしさをわざわざ演出していた訳ではないだろうが、壁や防御柵に至るまで全て木造であった。

 アダマンティウスはそれをシレンティウムから運ばれてくる大理石やセメントを使って構築し直し、軍の駐屯地を含む帝国都市へと生まれ変わらせたのである。

 北辺山脈と東部山塊の狭間に位置する峠であるため、広さに難点はあるが、アダマンティウスは地形を巧みに利用し、40年かけてじっくり町作りを行っており、もともと関所とは言いながら北方辺境唯一の窓口として商業都市的な性格を持っていたこともあって、改良は比較的容易に終了した。

 改築したのは駐屯地と外壁くらいの物で、それ以外はほぼ以前の関所付属の町であるので、住民はそれ程驚きもしていない。


 ただ、関所という名称が無くなり帝国の市となったので、住民登録と納税義務が生じたことに一定の不満を漏らしたのみである。

 それもアダマンティウスの緩やかな統治姿勢を知っている住民達は、その説得に応じてあっさり引き下がっている。


「うむ、これで正式な付属都市となったのであるか・・・」


 アダマンティウスが執務室で開いているのは、新たに開設された西方郵便協会シレンティウム拠点局から送られてきた伝送石通信で、そこには辺境護民官ハル・アキルシウスの名前でアダマンティウスを第二十二軍団長と兼ねて、コロニア・メリディエト市長に任ずる旨が記されている。

 追って署名のある正式な任命書が早馬で届く事になっているが、今日この時をもってアダマンティウスは帝国軍から辺境護民官の指揮下へ完全に入ったのであった。

 そして北方辺境関所は解体され、正式にシレンティウムの付属都市コロニア・メリディエトとなった。


「ふうむ、私が市長ね・・・」


面はゆいものを感じたアダマンティウスは、にやける頬を撫でながらつぶやく。

 通信文を執務机に置き、立ち上がったアダマンティウスの眼下には帝国側に連なる山々。

 そしてその先には広大で整然とした農地がある。

 また、農地の中にはコロニア・リーメシアの町がぽつりとあり、遙か向こうには霞んではっきりしないが、帝国の流通を支えるセトリア内海までがかすかに望めた。

見た目には分からないが、南方遠征に帝国は動揺し始めている。


「・・・帝国も無理をするものだ。」


 再度つぶやき、アダマンティウスはため息をついた。



 北東管区国境警備隊が解体され、アダマンティウスの素早い手配で既に15000の帝国兵が帝都へと去った。

 残った5000名が同じくアダマンティウスにより第二十二軍団として再編制され、アダマンティウス本人がその仮の軍団長に軍から任じられたのは、先日のこと。

 軍は北東管区近辺に駐屯していた兵士達も根こそぎ南方へ動員し始めている為、周辺の都市や村落からは不安の声が上がっており、リーメシア州最大の都市である、コロニア・リーメシア市長はその代表として、有事の際にはアダマンティウスの助力を得たいと申し入れて来てもいる。


 今のところ管轄が違う旨を告げ、直近地域については巡回を行って対応できるが、本来のアダマンティウスの任務は北への抑えであるのでそう兵を割くことも出来ないと説明し、納得はして貰っているが、実際アダマンティウスは治安の悪化を感じていた。

 もともと人の居ない所に配置していた国境警備隊は消滅した所で国境に影響は無いが、周辺から軍の部隊が居なくなってしまったこと自体に問題があるのだ。


 皮肉なことに北方辺境はシレンティウムが発展すると共に急速に安定を始めており、北方辺境にいた盗賊や山賊の類いが、抜道を使ったり、山越えをして帝国内に入り込み始めたのであろう。

 ハルがシレンティウム側で相当積極的に討伐もしているので、数は多くないがそれに触発されて地域の不満分子や不良集団が動き始め、治安の悪化に繋がっており、更には周辺の村落や都市に不安感を与えている。

 今のところ目立った動きは無いが、目端の利いた者が統率し始めては厄介である。


「帝国自体に何事も無ければ良いのだがな・・・」


 アダマンティウスはそう言いつつ執務室を後にした。

 シレンティウム程では無いにせよ、コロニア・メリディエトも発展途中で、やるべき事は多いのだ。



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