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第8章 都市始動 市民篇

前のお話の改訂をしました。

プリミアの気持ちの変遷を削除しましたので、宜しくお願い致します。

 シレンティウム工芸区、鍛冶屋町



「何だ、心配する必要なんかねえじゃねえか、立派な水車があらあ!」


「親方、立派どころじゃねえです。ありゃ前居た街にあったのよりでっかいです。」


 帝国人の鍛冶職人と、その弟子であるクリフォナム人の弟子は、シレンティウムの工芸区に到着し、工房を与えられた。

 動力源があるかどうか心配で、街の散策に出た親方に、地元のアルマ-ル出身の弟子が道案内を買って出たのだが、2人はすっかり道に迷ってしまっていた。

 いくらアルマ-ル出身とはいっても、その弟子が故郷を出たのは何年も前のことであり、ましてやその当時は死霊都市と呼ばれて近づくことを禁じられていたシレンティウムの内部を知っているはずも無い。


 ましてや最近のシレンティウムは新興都市と呼ぶに相応しい増改築振りで、今日の風景や街並みは1日たりとも保たない。

 翌日には街路が新設されて家が2、3軒建っていることだって珍しくないのだ。


「お前の故郷はどんな田舎かと心配してたが、こりゃ期待できる町だな!オイ。」


「はい、親方!」


道に迷いながらも、立派な水車を見つけて笑顔の親方に、嬉しそうな弟子。

 農具や生活刃物を主に製造していた親方。

 帝国にいる時は年々受注が減り、儲かるのは隣の武具職人だけという毎日だった。

 腕に自信はある、職に誇りを持ってもいる、クリフォナムから弟子も取ったが、仕事が無い。

 しかも家には養わなければならない嫁と子供が4人も居るのだ。

 親方は武具職人へ転向しようかと考えたこともあったが、民具を製造する鍛冶職人としての誇りを捨てることは出来なかった。


 そう思い悩んでいたある日、クリフォナム人の弟子に新しい街が北方辺境に出来たので、そちらで仕事をしてみたいと相談されたのである。

 興味を持って詳しく聞けば、北方辺境に新しく出来たシレンティウムという都市で、帝国の技術を持った職人や工人を募集しているという。

 これは好機だと職人の勘が働いた。


「おう、じゃあ俺もそっちへ行くぜ!店?こんなしけた店畳んじまやいいんだよ!」


 即座に決断した親方は、家族を説得し、弟子を道案内に家財一式に看板、鍛冶道具全てを馬車に満載して北方辺境ははるばるシレンティウムまでやって来たのだった。


「おうおうおう、期待させてくれるじゃねえか!」


「親方・・・!」


 弟子の背中をどやしつけながら、水車を見上げて親方は思う。

 道には迷ったが、路頭と人生には迷わずに済んだようである。




 シレンティウム工芸区、服屋町



「そうそう、そこの縫い方は出来るだけ細かい目でね。」


「はい。」


「・・・師匠、これで良いですか?」


「どれどれ・・・そうね、こうすればもっとやりやすいわ。」


「あ、ありがとうございます!」


 オラン人やクリフォナム人のお針子に丁寧な技術指導をしている、40半ばの帝国人の服装を纏った女性は、一通り見回ると、自席に戻り自分の仕事の続きを再開した。

 女性の髪は淡い金髪で背が高く、外見だけを見ればオラン人やクリフォナム人の特徴を持っている。

 しかし、周囲のお針子達とは明らかに異なる言葉のなまりや立ち居振る舞いは完全に帝国人のそれであった。


彼女の出身はオラニア・オリエンタと呼ばれるオラン人の居住地域であるが、幼少時に親に連れられ帝国へと移住した為、出自はオラン人であっても帝国で暮した年月の方が長い。

 故に、考え方や仕草、習慣は完全に帝国人であったが、皮肉なことにオラン人そのものの外見から、帝国内では差別的な扱いを受けることもしばしばで、彼女は成人してからも色々と辛い目に遭うこととなる。

 夫も彼女と同じ境遇のクリフォナム人であり、より帝国人らしくなろうと帝国軍へ入り、厳しい訓練に明け暮れたが、生粋の帝国人とは決して埋まらない溝があった。

 そんな2人が出会ったのは、夫が兵士として働いていた駐屯地。

 彼女が軍用品の納入に出入りしていた事から、補給品を担当していた夫と知り合い、その外見や境遇から親近感を持ったのがきっかけであった。

 夫の退役後、幸せな結婚をして子供を儲けはしたものの、相変らず自分や夫、子供達は外見上の特徴から嫌がらせを受けたりすることが多く、帝国というものに疑問を覚えていた。


 そんなある日に夫が持ち帰ってきたのが、シレンティウムへの移住の話。


 夫は退役後、貴族屋敷の用心棒をして日銭を稼いでいたが、殺伐とした仕事に嫌気を感じていた所、退役兵協会からシレンティウムへの移住者を募集していることを聞きつけて応募したのである。

 夫が土木技師として採用されたことを妻に打ち明け、シレンティウムへ移住したいと相談した時、驚きはしたが彼女は快くこれを承諾した。

 そして彼女は帝国のある町で苦労して開いた裁縫店を知人へ譲り、家族と一緒にはるばる北方辺境までやってきたのである。

 最初は生まれ故郷であるとは言え、見知らぬ地での生活に不安もあったが、シレンティウムの街は帝国であるのにどこか異なり、また道行く人の大半がオラン人やクリフォナム人という光景に、不思議な安らぎを覚えた。


 彼女たちは、自分たちの求めて止まなかったものがこの都市に有ると感じたのである。


 住居や店舗の手配を受け、早速若いクリフォナム人やオラン人の弟子を取り、彼女は悪いしがらみの無い自由な生活を始めたのであった。


「師匠、これはどのようにしたらよいですか?」


「ああ、それは・・・」


 自席に縫いかけた服を持って質問にきた若いオラン人のお針子に指導しながら、彼女は帝国では味わったことの無い、穏やかで賑やかな、そして充実した日々を心から楽しんでいる自分に気が付いた。




 シレンティウム市・西街区、テオネルの家



「でよ、お前が言った訳だ。“あの杭を打て!”ってな。そこでおれが、木槌を、こうっ・・・!」


 ほろ酔い気分で顔を僅かに赤らめ、テオネルが木槌を振るうように力強く空の木杯を振りまわす。

 すると奥の台所から料理を運んできた、くりっと大きな青い目に、金髪を後ろで結んだ快活そうな若いクリフォナム人の女が呆れて言った。


「もう、お兄ちゃん。その話何度目なのよ?片方の当人のウェルスさんも呆れてるわ。」


「いや、大丈夫だティオリア、呆れてはいません。ただ、酔っ払ってるのによく同じように何度も話せるものだなあと・・・」


「それって、呆れてるって言うのよ?」


「そうでしたか・・・あははは。」


 同じように空の木杯を持った元ボレウス隊副官の、クイントゥス・ウェルスが朗らかに笑う。


「もう!クイントゥスも酔っ払ってるっ」


 ぷうと可愛らしく頬を膨らませつつも、テオネルの妹ティオリアは空になっているクイントゥスの木杯へ麦酒を注いだ。


「はい、どうぞ。」


「ああ、どうも・・・」


「何だ・・・兄貴は彼氏の後か?」


 にやにやしながらテオネルが空のままになっている自分の木杯を見せびらかすように左右へ振る。


「なっ、何言ってるの?」


 まんざらでもなさそうな照れ顔でティオリアは言い募る。


「ま、いいさ。戦友に妹が嫁ぐなんてな、こんな良いことは無い。」


 妹から酒を注いで貰いながらテオネルは上機嫌で言った。

 そして、木杯を持ったまま未だ飲まずにいるクイントゥスを見ると、にかっと笑う。


 こん


 息の合った2人に打ち合わされた木杯が、軽やかな乾杯の音を響かせた。


「しかし、あのボレウスの野郎の部隊に居たにしちゃあ真っ当なヤツだな、お前は。」


「・・・あの時の自分を今でも絞め殺してやりたいですがね。」


 ぐいっと酒をあおった2人はそう言い合うとどちらからとも無く苦笑した。

 かつては奪う者と奪われる者の立場であった2人は、決して交わることの無い関係であったはずだった。

 しかし、シレンティウムで再会した2人は、籠城戦で別働隊として市外に隠れ、最後は一緒に堰を破って溢水作戦を成功させて戦勝に貢献した。

 堰を破壊した後近くに居たフリード戦士に見つかり、2人の居た部隊はばらばらになってしまう。

 その時命からがら湿地へと逃げ込んだテオネルとクイントゥスの2人は、湿地の魔物や執拗に追い掛けてくるフリード戦士達を避け、時には戦い、互いに助け合ってシレンティウムへと無事帰還した。

 最初は互いの素性を知っていただけにその態度と口調は余所余所しいものだったが、必要に迫られて協力している内、いつしか互いの背中を守り合う仲になっていたのである。


「「戦友に!」」


 そしてその戦友は間もなく義兄弟となる。

 シレンティウム籠城戦後、頻繁に行き来するようになったテオネルとクイントゥスは、早くも最終段階の呑み友達へと行き着いた。

 最初はテオネルの家族に遠慮していたクイントゥスだったが、誘われて家を訪問している内にこのオラン人の家族と交流を深めていくことになる。

 帝国のお土産や食べ物を持参しては、テオネルの家で飲み明かす仲になったある日のこと、テオネルは妹であるティオリアをその席に呼んだ。

 ティオリアは、以前からオラン人に無いタイプの、生真面目で頭の良いクイントゥスに興味を持っており、またクイントゥスも時折宴席に同席する元気な美少女を気にしていたのである。

 このテオネルの策略は図に当たり、元気なオラン娘のティオリアと実直な帝国将官はその席で意気投合した。

 最初は気の合う友人であった2人だが、付き合いを重ねる内にそれぞれが相手に惹かれ始め、そして男女の仲になった。

 今日はクイントゥスがオランの仕来りに則り、一族の長と家長へ婚約の挨拶に来たのであったが、小難しい儀式の後は底が抜けるまで飲み明かすのがオランの流儀であり、度々その洗礼を受けていたクイントゥスは、その場を上手く切り抜け、テオネルと一緒にティオリアを連れてテオネルの家へとたどり着いたのである。

 テオネルの妻と子供はテオネルらが帰宅した際は既に眠っていたが、いつものことと気にしている様子も無く寝入っている。


「まあ呑め、義弟よ!」


「・・・了解した。義兄。」


 木杯を傾ける2人の様子を嬉しそうに見ていたティオリアは、そっとクイントゥスの横へ座ると、木杯を空けたクイントゥスの耳に囁く。


「・・・これからよろしくね。」


「う・・・分かってる、こちらこそ。」 


「お前ら・・・まだ早いぞ?ここは俺の家だ。」


 2人が出す甘い空気を敏感に感じ取り、テオネルはしかめっ面で2人を窘めた。



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