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第1章 シレンティウムの亡霊 その1

 静寂を二つ名に持つ廃棄都市に、時ならぬ闘気が満ちた。


 剣を激しく打ち合う音が響き渡り、2人の男がそれぞれ鋭い斬撃を放ち合った後に一旦間合いを取る。


 場所はシレンティウムの行政区にある闘技場跡。


 再度2つの人影が激しく打ち合い、そして離れる。


『ふむ、なかなかの腕前だな、しかしまだ甘い!それでは臣民を守る事などできんぞ!新任辺境護民官!!』


「くっ・・・とっくに引退しているくせに元気だな!」


『何の!後輩を鍛える事は先達の勤め、我は現役時代に勤めを果たせなかった身であるからな!今度こそは勤めを十分に果たそうぞ!!』


「ちょっ・・・!このっ!!」


 鋭い突きを受けて後ずさるハルを追撃するのは古風な鎧兜の男。


 深紅のマントを翻し、鎧兜の男は渦を巻くような鋭い突きを再び繰り出す。


 突きを刀でいなし、自分の懐へ引き込み体勢を崩そうとしたハルの意図に気付いた鎧兜の男は身体を止め、素早く剣を引く。


 鎧兜の男が引いた隙を突き、一足飛びに追うハル。


 ハルの全体重が乗った上段からの振り下ろし。

   

 唸る刃が鎧兜の男の脳天に迫るが、男は剣を斜に構え、すさまじい膂力で斬撃を受け止めた。


 ぎりぎりと剣と刀がせめぎ合い、火花を散らす鍔迫り合いとなる。


『おおっ!良いぞ、今のは良い!!あのまま釣られて突きを撃っておれば後首を叩かれて死んでおる所だったわ!』


「・・・もう死んでいるくせに何という奴だ!!さっさと逝けっ!!」


『栄えある前任者に対する口の利き方がなっておらんな、鍛え甲斐のある奴よ、我が礼儀作法からみっちり仕込んでやろうぞ!!』


 ハルは思い切り力任せに刀を押し上げて隙間をつくり、鎧兜の男に足蹴りをかませて強引に離れると、刀の切っ先を突きつけて叫ぶ。


「英雄アルトリウスが天に召されず彷徨っていると知ったら帝国中の子供が幻滅するぞ!」


『うわはははっ!我死んで護国の鬼とならん!子供達は泣いて喜ぶだろう!!!!』


 剣を目の前でかざし、豪快にハルの言葉を笑い飛ばした英雄アルトリウス。


 足はぼやけてはっきりせず、背後の景色はその身体を通して見る事が出来る。


 あまつさえ周囲には青い火の玉が3つ灯ってもいる。


 アルトリウスの透けた身体に力が漲り、ハルは緊張しながら腕に力を込める。


『それではゆくぞ!!』


「くっ!厄介なっ!!」


 アルトリウスの気合いに応じハルは刀を正眼に構えた。




 ハルとエルレイシアがアルキアンドの待つアルマール村に到着したのは昼過ぎ。


 直ぐに村長兼族長であるアルキアンドが出迎え、その案内でアルキアンドの屋敷へと招かれた。


 ハルが1人では無く、エルレイシアを伴って村に来た事に村人は一様に驚き、そして戸惑った。


 屋敷で食堂に通されたハルは、アルキアンドから一つの追加命令書を受け取った。


「なるほど・・・ハルモニウム、今は静寂の都か。」


 ハルはアルキアンドから自分宛に届いた帝国からの命令書を見てつぶやく。


 アルキアンドは依頼書とは別にハル宛ての追加命令書も預かっていた。


 手紙や配達物は帝国や周辺諸国を含めて伝達網が整備されており、かつて州が置かれていたアルマール族の領域でも未だその利便性から利用されている。


 帝国も自前の配達組織を持っているが、機密性の薄い外交文書や内務文書は西方郵便協会を使う事が多い。


 早馬や伝書鳥を含め郵便従事員を使った郵便網はなかなかに上手く機能しており、アルキアンドの元へも郵便従事員が直接手渡しに来た。


 またこれとは別に配達に時間のかかる場所へは伝送石を使う。


 伝送石は分割が可能で、1つの伝送石に文書を写し込むと、分割された伝送石に文書が伝送されるという不思議な特性を持つ。


 相互通信が可能で、またどんなに離れていてもこの特性は失われず、遠隔地への伝達には利便性を発する一方で機密性には欠ける。


 その機密性を一定に保つ為、国家組織とは分離した郵便協会が設立されたのである。


 郵便協会は伝送石伝達以外の配達や輸送にも携わっており、今回のように機密性はそれ程でも無いが、他に知られては困るという程度の文書については直接専従員が配達する。


 そうして届けられた追加命令書には、かつて帝国が北の備えとして設置したハルモニウムへの拠点設置と、都市機能の復興を命じていた。


「静寂の都・・・ですか?」


「ああ、今はそう呼ばれていると聞いたが・・・」


 エルレイシアの問い掛けに、ハルは重いため息をつく。


 既に40年が経ったとはいえ、帝国とクリフォナム人が激戦を繰り広げた古戦場である。 そしてかつては帝国の尖兵都市としての役割を果たしていた都市で、帝国人は全滅して既に居ないが、多くのクリフォナム人が命を散らして帝国を押し返した象徴ともいえる都市を復活させるというのは、如何なものか。


 帝国はクリフォナム人を尊重していないという印象を与えかねない。


戦いがあったのは100年1千年前の話では無くたかだか40年前の事。


 戦いを憶えている者も多いだろうし現に戦いへ参加し、存命している者も多いだろう。


 帝国とクリフォナム人は疎遠ではあるけれども、今の帝国に戦争を起こす意思はないのだから、国境安定の為には隣人を余り刺激しない方が良いはずである。


「ううっ、これが左遷か・・・。」


 改めて自分の置かれた立場を思うハルが文書を手にしたままがっくり肩を落とすと、エルレイシアがそっと寄り添ってハルの肩を抱いた。


「静寂の都市が私たちの新居なのですね、2人きりの生活、嬉しいです。」


 心持ちうっとりとした表情のエルレイシア。


 鼻息も微妙に荒い。


「・・・何時まで付いてくるつもりなんだ。」


 顔を上げて半眼で睨むハルの顔を不思議そうに見返し、エルレイシアはさらりと答えた。


「え?何を言っているのですか?ずっとですよ。」


「・・・勘弁してくれ。」




 ハルが視察と物資調達と称して若者を連れ、村の見物に出かけてしまった隙を逃さず、アルキアンドはエルレイシアに対して心配そうに話しかける。


「神官様、どうして帝国人と旅路を共にされているのでしょうか?」


「途中賊徒に拐かされた私を助けてくれたのです、尤も私を拐かしたのも帝国人ではありましたけれども。」


「・・・まさか、帝国人が蛮族と蔑む私たちの命を助けるような事を?しかも奴は官吏ですぞ?」


 巡検と言いつつ村々を回り、貢納を要求してくる帝国兵や追従する官吏にほとほと嫌気が差しているアルキアンドは、エルレイシアの言葉を信じられずに反駁する。


「いえ、事実です、私の荷を取り戻してくれたばかりか、結符を受けてくれました。」


 椀で出された白湯を両手で持ち、優雅に喫していたエルレイシアはほんのり頬を赤く染めて言い足す。


 その様子にも軽く驚きつつ、アルキアンドは思わず声を大きくした。


「!!何と、神官様の結符を!?ではあの黄色い符は見間違いでは無かったのか!」


「はい。」


 嬉しそうに答えるエルレイシア。


「しかし・・・王は憤られるでしょうな・・・。」


「これも運命です。」


 アルキアンドの思案顔に、エルレイシアは意に介した様子も無く答えた。




 アルキアンドの屋敷にてしばらく逗留する事となったハルとエルレイシアは、翌朝旅支度を調えて屋敷を出た。


 ハルは弓矢を背負い、刀を腰に差し、エルレイシアは樫の木の杖を持ち、またそれぞれの背中には2日分の食料や生活具の入った背嚢がある。


「とりあえず、赴任地に行ってどういう状態なのかを見極めたい。」


 ハルはアルキアンドに淡々と告げて出発した。


 エルレイシアはもちろん道案内である。




 滅びた北の都ハルモニア。


 今は静寂都市シレンティウムと呼ばれる廃棄都市は、アルマールの村から西南に歩いて半日の割合近い場所にある。


 廃墟の大部分は戦争後に破壊され、利用できる石材や建材は持ち去られてしまっている。


 残っているのは第21軍団が駐屯していた基地の一部と、行政区であった一角だけで盛時の10分の1以下の範囲でしか無い。


 しかしながらその周囲は戦死者の死霊が屯し、獰猛な魔物や獣が徘徊する危険地帯である事から、地元のアルマール族すら滅多な事では近寄らない。


 流石に日の高い内から死霊は現われなかったが、魔物や獣はちょくちょくハル達の進路に出現する。


 ハルは出来るだけ隠れたり進路を変えたりとやり過ごす方を選んだが、避けようのない時は弓と刀を使って排除する。


「死霊が出ないのであれば私は余りお役に立てませんね。」


 そう言いつつもエルレイシアは頑丈な樫の杖で飛びかかる魔物を打ち据え、短い詠唱の後放った光線魔法で魔鳥を打ち落とす。


「・・・何でその腕前で盗賊に捕まったんだ?」


「油断していたのです、気が付いたら縛られていました。」


「・・・そうか。」


 落ちた魔鳥を回収しながら、ハルは脱力して答えた。




 予想外に早くシレンティウムに到着した2人は、早速遺構の調査を始めたが、目新しいものは何も無かった。


 戦争で滅びたにしては破壊された跡や焼け焦げた跡も無く、綺麗な状態で保存されている建物に石畳の道路、排水溝には土砂が溜まってはいるものの、溝そのものは破損が無い。


 また、行政区を防備する為に築かれたと思われる内部城壁も人の背の高さ程度まで残っており、ハルは不思議な印象を受ける。


「私も以前来た事がありますが・・・やはり奇妙ですね、いつ見ても綺麗に保たれています。」


 草木は生い茂ってはいるものの、道路に植えられていた街路樹が大きくなっただけであろう、無節操にあちこちから生え出しているような感じでは無い。


 ただ人が入った形跡は一切無く、たき火をしたり、野営をしたと思しき痕跡は見つける事が出来なかったので、余計に不自然な感じがするのである。


 

 しばらく遺跡を歩き回り、軍団基地の一角にさしかかった時、突然、ハルは背後に人の気配を感じて振り返る。


 エルレイシアもハルにでは無く、人の気配に驚き同じ方向に振り返った。


『おう、帝国人か・・・懐かしいな、40年以上ぶりだ。』


 銀色の鎧兜に身を固めた帝国軍上級将校の姿がそこにはあった。


 エルレイシアが必死にハルの袖を引くが、ハルは奇妙さよりも懐かしさが高じて笑顔を浮かべると名乗りを上げた。


「帝国北方辺境担当、辺境護民官ハル・アキルシウスです。」


『ふむ、高位文官どのか、御丁寧に痛み入る、我は帝国北方守備軍司令官にして、栄えある第21軍団軍団長のガイウス・アルトリウスである。』


 ハルの笑顔が凍り付いた。



 帝国の英雄登場です。

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