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第7章 都市再整備 再整備篇(その2)

 数日後、シレンティウム南水路工事現場


「辺境護民官どの、お知り合いという方達が、退役兵協会の人たちと一緒に訪ねてきているのですが・・・」


「知り合い?」


 南西の湿地から水を排する為の水路を改めて開削する工事現場で、ハルは円匙を地面に突き立て、額の汗を拭いながら怪訝そうに返事をした。

 エルレイシアの献身的な治療の甲斐もあって、左肩の怪我も随分良くなり、機能回復訓練がてら、土木作業に精を出していたのだ。

 しかし、わざわざ呼びに来た兵士には悪いが、北方辺境に知り合いは居ない。

 おそらく騙りの類だろう。


「う~ん・・・適当に追い払ってしまってくれるかい?」


「良いのですか?1人は御身内と言っておりますが・・・」


「・・・身内?」


 自分の身内ははるか遠くの群島嶼にしかいないが、何となく嫌な予感がする。


「・・・取り合えず、会うだけ会ってみるか・・・」


 思い直したハルは、円匙を担ぐと、シレンティウムへ向かった。





執務室へ戻ろうと行政庁舎の前に来たところで、ハルは2人の少女が佇んで話しているのを見つけた。


「楓!・・・とロットさん?」


 見覚えのある姿に思わず言うと、2人が同時に振り返った。 


「ハル兄!」


「アキルシウスさんっ」




ひとしきり騒いだ楓を相手にした後、ハルはプリミアと言葉を交わす。


「ご無沙汰しております、あの折は本当に有り難うございました。」


「怪我はもう大丈夫なんですか?」


「はい、お陰様で傷跡も残らずに治りまして・・・。」


 ハルは執務室へ2人を案内し、香草茶を淹れて振る舞うとプリミアに軽く近況を尋ねた。

 帝都にいる時は身の危険も感じたと言うことで、わざわざ北方辺境へハルを訪ね、弟と2人で旅をしてきたことがぽつりぽつりと語られる。


「もっと自分が上手く立ち回れていれば良かったのですが・・・」


「いえ、アキルシウスさんは別に悪くありません。」


2人が話している間、プリミアの弟オルトゥスと文句を言い終えた楓は、ガッチリした石造りの執務室を物珍しそうに眺め、時折ひんやりする壁を触ったり、叩いたりしている。


「で、どうしてウチの又従妹と一緒に?」


「途中、盗賊に襲われかけたところを助けて貰ったんです。」


オルトゥスと仲良くしている楓の様子を見ながらハルが尋ねると、プリミアは微笑みながら答えた。

詳しく聞けば、北方辺境に向かう街道の途中で偶然行き合ったところ、いきなり襲いかかってきた盗賊団との戦闘になったが、楓とその従者達が苦も無く追っ払い、打ち倒してしまったという。

 向かう先が同じということもあって、それから一緒に旅をしてきた2人であったが、まさか目的とする人物まで同じとは関所に着くまで分からなかった。


「本当に驚きました。ハルさんの・・・又従妹さんだったんですね。」


「まあ、又従妹というか、妹みたいなもんなんだけど。」


 壁の装飾や造りを確かめるのに飽きたのか、こちらへ近づいてくる楓とオルトゥスを見ながらハルが少し言葉を濁す。


『ほう、その方がハルヨシの又従妹であるか。』


「ひえっ!」


『ふむ、してその方がハルヨシに帝都で命を救われたという娘であるな。』


「は、はいっ」


 不意に2人の前に現われたアルトリウスは、品定めをするように2人をそれぞれ眺め回すと、顎に手を当てて考える仕草をした。


『・・・なかなかの器量である!』


「ハ、ハル兄!し、死霊が・・・!」


 脱兎のごとく駆けてきた楓がぶるぶる震えてハルの背中に隠れ、アルトリウスを指さし、プリミアは言葉も無く、自分にしがみついてきたオルトゥスを抱きしめてアルトリウスを凝視していた。


「ああ、そうか・・・心配しなくて良い、こちら先任のガイウス・アルトリウス顧問官。」


『おう、アルトリウスである。宜しく頼むのである。』


 手を腕組みに変えたアルトリウスが自己紹介すると、呆けたようになる2人。


「ま、まともにしゃべった・・・!」


「こ、こんなこと・・・」






アルトリウスとハルがごく普通に会話する様子を見て、ようやく落ち着いた3人。

 最初は恐る恐るアルトリウスと話していたプリミアも、直ぐ普通に会話できるようになった。


『ほう、ロット嬢は帝都の旅館で仕事をしていたのであるか・・・うむ、これは良い!』


 プリミアの素性や経歴を聞いていたアルトリウスがそう言うと、楓と話していたハルは首を傾げる。


「何が良いんですか?」


『うむ、実は宿泊施設の建設が終わっていたのだが、切り盛りする人間がおらんということで困っておったのだ。その方、やってみる気は無いか?』


「ああ、そう言えば・・・」


 ハルもアルトリウスの言葉に思い当たる。

 行商人や移住希望者達から、宿泊施設の要望が出されており、行政街区の一角に、シレンティウム市直営の宿泊施設を建設することになっていたのだった。

 それが完成したのはハルがフレーディアに行っている間のことで、ハルも報告を受けてはいたがすっかり失念してしまっていた。


「はい、それならばお役に立てそうですが・・・」


『何、心配は要らん。給金は帝都の時よりは少なかろうが、住居と食料は弟殿ともども保障しよう。』


「いいんですか?」


 アルトリウスが胸を叩く様子に少し戸惑いながら、プリミアがハルに尋ねる。

 ハルはプリミアの不安を払拭するべく、笑いながら答えた。


「ああ、客はクリフォナムやオランの人たちが多くなるだろうけど、むしろこちらからお願いしたいんだ、やって貰えるかい?」


『宿は四階建てでな、豪華では無いが趣味の良い清潔な宿である。別棟には我の設計により帝国風の風呂も完備しているのであるぞ。』


 アルトリウスが得意げに言う。

 ハルは裸の付き合い、という意味より、風呂のような公共施設を増やし、人種や民族が違うシレンティウム市民に共通の公共道徳を普及させようと考えた。

 そこで第一号として宿泊施設に付属させる風呂の設計は、一家言持っているというアルトリウスに依頼したのであった。

 宿泊施設に付属させたのは、外から来たクリフォナム人やオラン人にも風呂そのものより、それを通じて公共道徳を普及させやすいと考えたからである。

 風呂の習慣はクリフォナムやオランには無い。

 水浴びや水遊びせいぜいである為、風呂の作法は帝国風になる。


『ふふふ、まあ、後はアクエリウスを説得するだけであるな、大変楽しみである!では参ろうかロット嬢!弟御も同道せよ。』


「は、はいっ」


「うん」


アルトリウスがロット姉弟を連れて出て行こうとするが、執務室の出入り口で、プリミアが立ち止まって振り向いた。


「ハルさんっ!」


 うんといった感じで自分を見るハルに、プリミアは一生懸命な様子で言葉を紡ぐ。


「あの、本当に有り難うございます。お礼らしいお礼も出来ない内に、またお世話になってしまって・・・本当に、どうお礼を言っていいのか・・・」


「気にしないで良いよ。困った時はお互い様だし、なかなか見つからなかった宿屋の主人をお願いするんだから、こちらこそ有り難う。」


「はいっ、では、失礼します。」





「仲良いね。」


「帝都で事故に遭った所を助けただけだぞ・・・て、それより!お前っ」


 プリミアとハルの会話を面白くなさそうに眺めていた、楓が近づいて来るなりそう言ったが、ハルは怪訝そうに言葉を返し、そして今更であったが楓を問いただす。


「なに?」


「なに、じゃない!どうやって此処まで来たんだ?大叔父は?」


「源爺からちゃんと許可はもらってきたもんっ」


 ハルの詰問口調に反発したのか、楓はそう言うとぷいっと明後日の方向を向いた。

 あり得ない回答に、ハルは更に楓を詰問する。


「なあっ?・・・嘘付け!お前は次期当主だろうっ?」


「次期当主はハル兄だよっ」


「・・・え?」


「だから、ハル兄の仕事がおわったら、ボクと一緒に領へもどればいいって、そう言われたよ。」


 楓から発せられたいきなりの事に、一瞬言葉を失ったハルだが、ため息を漏らしながら否定した。


「・・・馬鹿言え、そんなこと出来るか・・・」


 シレンティウムを完成させ、引退する。

 確かに、今楓が示したのは一つの終わり方かも知れない。

 おそらく楓がここに居ると言うことは、秋留村や領にも少し余裕が出来たのだろう。

 シレンティウムが完成する頃には、自分が戻ってもやっていけるぐらいには復興しているかも知れない。

 しかし、ここに赴任した当時ならいざ知らず、今のハルにはその選択肢は無かった。

 そもそも任期は15年である。


「仕事は1年2年で終わるものじゃないぞ。」


「そんなあ~一族で若者はボクらぐらいしかいないんだよっ?」


 楓の言葉で、およそ言わんとするところを察したハルはげんなりとする。

 これは源継の差し金だろう。

 領の分散防止と一族の結束を第一に考える古い群島嶼人らしい源継の思惑は分かっている。

 楓を嫁に取り、本家と分家の領を合わせ、お家再興を為すといったところか。

 踊らされている楓が可哀想だが、この様な僻遠の地にまで来てしまったのであれば、無碍に追い返すわけにも行かない。


「全く、源継大叔父にも困ったもんだ・・・楓は妹みたいなものなのに。」


楓は可愛いが、それは妹や年下の親族に向ける親愛の情であり、異性間の愛情では無い。


「ボクはハル兄の妹じゃないよ?」


「そう言ってもいいようなもんだろう?」


「まあ、そうだけど・・・」


 楓は不承不承ハルの言葉に頷く。

 分家とは言っても血縁も地縁も極めて近い分家であり、兄妹同然に育ったのであるから、それは否定できない。

 しかし、楓が抱いている感情は断じて兄妹の愛情などでは無いのだが、それを説明するのも気恥ずかしく、楓は手近にある椅子へどさっと勢い良く座った。


「あっ。」


「ん、何だそれ?」


 その拍子に腰に下げていた革袋が床へと落ちる。

革袋は源継が楓に渡したものである。


「・・・そうだ、源爺がこれをハル兄にって。」


 落ちた革袋を見て源継からの言伝を思い出した楓が、革袋を拾い上げてハルに手渡した。


「源継大叔父が?」


ハルが怪訝そうな顔をしながら楓の手より革袋を受け取って中を見る。

 中に入っていたのは、大量の木の実。


「・・・・これは冠黄櫨の種じゃないか・・・!」


「うん。」


 冠黄櫨は、群島嶼固有の樹種であるが、温暖な平地より寒冷な山地を好む樹種である。

 小粒な果実が秋に大量に実るが、これは蒸した後に圧搾すれば木蝋となる。

 群島嶼の木蝋原料の一つであるが、寒冷な気候を好む為、栽培は余り盛んではない。

 群島嶼では黄櫨や漆木の方が栽培しやすい為である。


「・・・楓、秋留村で黄櫨は植えていないのか?」


「焼け残ったのはあるけど・・・船もないから売りにも出せないし、人手も無いしね。おまけに食べ物を作るので大変だから、蝋を作ってる暇は無いみたい。」


 帝国との戦いで最後まで活躍した群島嶼の水軍と海運が解体されたことは知っていたが、未だ再建は許されていないらしい。

 帝国が南方大陸侵攻の足掛りとして行った群島嶼侵攻は、その目的が帝国から南方大陸への海上輸送路を確保と、途中の妨害勢力である群島嶼の水上戦力を潰すことにあったので、当然と言えば当然の措置である。


「そうか・・・」


 源継の意図は今ひとつ分からないが、確かにシレンティウムの気候は冠黄櫨の栽培に適している。

後は土と水だが、どのみちここにある土と水で育たなければ栽培は出来ないので、これは実際植えて試してみる以外に無い。

 成長して実がなり、蝋が採れるようになるまでは10年以上かかるだろうが、試してみる価値はあるだろう。

 革袋の中の木の実を見つめ、考え込んでしまったハルを見ながら、楓は木の実が実る頃には故郷へ帰れるだろうかとふと思う。

 でもそれまでには、自分達の関係も何とかしておかなければならない。

 今のままでは、いつまで経っても自分は「妹」のまま、関係の進展は望めない。


「がんばるぞっ」


「何をだ?」


胸元で右こぶしを握りしめて言う楓を、ハルは不思議そうに見た。





 テルマエ・シレンティウメ


『どうであるか?帝都にも負けぬ街作りであろう!』


 アルトリウスの言うとおり都市の路面は帝都に引けを取らない舗装がなされ、路肩の溝には泥も溜まっていない。

 街路樹は既に葉を赤や黄色に染め始めていたが、それが大理石造りの白く美しい建物や水道橋に映え、鮮やかな彩りを街に添えている。

 帝国と異なり、建物の装飾は控えめで、それがまた北方辺境の風情を引き立てる。

 あちこちで新しい家や建物が建てられており、木材や石材を満載した馬車荷車が盛んに行き来し、活気と秩序が融合した情景を見ることが出来た。

 商業区では青空市場が相変わらずの盛況で、ロット姉弟はその繁忙ぶりや街の美しさに呑まれ、アルトリウスの案内も耳に入らないまま大通りを歩き続ける。


『娘らよ、しばらくここで待つのである。』


 アルトリウスは行政区画の中央広場にある噴水前でロット姉弟に言った。

 突然立ち止まったアルトリウスに、シレンティウムの光景に圧倒され、ぼーっと周囲を見回していたプリミアとオルトゥスは驚きつつも素直に従う。


「え?は、はい。」


「うん・・・おじさん何するの?」


『まあ、見ておるがよい・・・アクエリウス!』


アルトリウスが清浄な水を間断なく吹き上げ続ける噴水に呼びかけると、水量が一気に増え、最後にアクエリウスが噴水から飛び出した。


『・・・アルトリウス、久しぶり・・・戦いには勝ったみたいね?』


『うむ、我らは馬鹿では無い、同じ轍は踏まんのである。』


『ふふふ、我ら、ね。良かった、またこの街が消えてしまうんじゃ無いかと心配したけど、大丈夫みたいね。』


『今の辺境護民官は我よりよほど優秀であるぞ?』


『そんなことは無いと思うけど。』


「アルトリウスさん・・・そのお方は・・・?」


仲良く、そして自然に会話を始めた2人に、プリミアがようやく我に返って声をかける。

 オルトゥスは目を丸くしたままアクエリウスを呆然と見ていた。


『おお、すまんのである。こやつは水の精霊アクエリウス。このシレンティウムの水利を司るものだ。』





『・・・そんな面倒なことさせないでよね。温泉なんて引っ張ってくるのも大変なのに、落とした湯は草木や土に悪いんだから・・・きちんと処理しなきゃなんないのよ?』


 アルトリウスに公衆浴場の話を持ちかけられたアクエリウスは、腰に手を当てて抗議めいた口調で言った。


『まあ、そう言うな。この様な水利に関わることは、お主だけが頼りなのだ。この街の皆も風呂を心待ちにしているのだぞ。一つ協力してくれんであるか?』


『・・・そこまで言うんなら・・・仕方ないわね。良いわ、やってあげる。』


 本来は水の精霊というより火の精霊や、岩石の精霊の管轄であるらしく、最初は断ろうとしたアクエリウスであったが、アルトリウスの説得にようやく応じ、首を縦に振る。


『で、何処に引っ張ってくれば良いの?』


『うむ、この浴場の外に敷地を設けておいたのでな、ここへ頼みたい。』


『分かったわ。お風呂の排水路はきちんと他の水路と分けておいてね、でないと処理が大変だから。』


『うむ、排水路や貯水槽は既に完成しておる。その辺抜かりは無いのである!』


 アクエリウスがアルトリウスの案内した敷地へ手を付くと、ぼこぼこと地面が泡だった。

 しばらくして、熱泉が土を押し上げて沸き上がり、アルトリウスが設計した湯だまりにみるみる白い湯が満ち、溜まり始め、そして湯は湯だまりから導入溝を通り、浴場内へと導かれる。

 もうもうと立ちこめる白い湯気には、温泉特有の、鼻につく臭いがする。

 アルトリウスやアクエリウスが何をしているのか興味津々で見守っていた市民達から歓声が上がった。

 喜んでいるのは主に帝国人と、帝国に住み暮したり旅をしたことのあるクリフォナム人であるが、他の市民はきょとんとした様子で湧上がる湯と、喜ぶ市民達を見ている。

 しかし周囲の者達が公衆浴場の説明をすると、その目が興味深そうなものに変わった。


『よいか!公衆浴場は1回銅貨3枚である!なお、シレンティウム直営旅館の別館施設であるから、ここにおるロット嬢が差配する!行儀良く出来ぬものはつまみ出すからそのつもりでおれ!』


アルトリウスがプリミアを紹介しながら、そう高らかに宣言した。




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