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第7章 都市再整備 再整備篇(その1)

 フレーディアより20日後、シレンティウム東城門


「・・・変わってないわね。」


 アルスハレアがシレンティウムの城門を遠望し、感慨深げにつぶやく。

 戦いで荒らされた農地や堀、城壁は修復され、破損した街道や用水路、建物も既に修理がなっている。

 一度は破却された湿地帯の水をせき止める堰も再構築され、今は水も捌けてその後に排水路が掘削され始めていた。

 あちこちで木や石を打つ槌音や、鍬や円匙で土を掻き掘る音がしている。

そこにオラン人、クリフォナム人、帝国人の区別は無く、皆が泥とほこりにまみれて汗を流し、笑い合って働く姿があった。

 修復されたばかりの街道をハルが率いる帝国兵が通ると、それに気が付いた市民達が手を振り、また別の者は頭を下げる。


「・・・みんな、生き生きしてるわね。」


「叔母さま、それは当然です。」


 アルスハレアが笑顔で手を振り返すハルの様子を見ながら言うと、エルレイシアが自分の事であるかのように答えた。

 最大の脅威であったアルフォード英雄王率いる北方最強の軍を打ち破っただけで無く、アルフォード英雄王自身を一騎討ちで倒し、その武勇を認められて王位を譲られた、辺境護民官の治める都市。


 市民は誇りと自信に満ちているのだ。


 ハルの後ろ姿を誇らしげに見ながら、エルレイシアは言葉を継いだ。


「ハルは北の新たな英雄となったのですから。」




 ハルはアルトリウスにフレーディアより戻って直ぐ執務室へと呼び出された。

 執務室には既にヘリオネル、レイシンク、そしてアルキアンドが集まり、ハルとアルトリウスが来るのを待っている。




『ふむ、ではアルマール村の者達は皆このシレンティウムへ移住するというのだな?』


「はい、村は焼かれ、農地は完膚無きまでに荒らされてしまいました・・・再建は不可能ではありませんが、厳しいものがあります。」


 アルトリウスの問いに、アルキアンドは頷きつつ答える。

 調査の結果、村は完全に焼き払われており、住居に限って言えば再建には相当の費用と時間が必要で、間もなく冬が訪れることからも無理は出来ない。


 農地は表面的に荒らされただけで、再整備は可能との判断であったが、それにしても手間がかかる事に違いは無く、アルマールの族民達は途方に暮れた。

 アルキアンドは再建を考えたが、族民達は元の村からそれ程離れてもいないシレンティウムへの移住を望んだ者が意外と多かったのである。


 もともと防御不十分なアルマールの集落より、城壁と堀の整ったシレンティウムの方がはるかに安全であり、今回の戦いでシレンティウムが頼りになる事が分かったのも大きい。

 また、元の集落までは歩いて半日弱の距離でしかないため、馬車に乗り合って行けば、かつての自分の畑をシレンティウムから耕しに行くことも可能であろう。


「しかし、一時的な避難ならともかく・・・7000人以上とは。」


 ヘリオネルが唸る。

 現在のシレンティウムの人口は、オラン人が2000人弱にクリフォナム人がやはり2000人弱、そして帝国人が100人前後。

 帝国兵を入れれば帝国人の数は600人程度にまで増えるが、いずれにしてもそこにクリフォナム人の南方系最大部族のアルマール族が、拠点となる集落をシレンティウムへ移すとなれば、オラン人とクリフォナム人の数の均衡が崩れてしまう。


 それでなくとも、今回のフリード軍の略奪のおかげでクリフォナム人の移住希望者が増えているのだ。


 ヘリオネルの本音を言えば、遠慮して欲しい。


さらに募集を掛けていた移住希望者は、ハルがアルフォードを破ったことが伝わるにつれオラン人、クリフォナム人共に増え続けているが、ここでアルマール族が本腰を入れてシレンティウムの移住経営に参画すると、オラン人のシレンティウムにおける発言権は相対的に下がってしまう。

しかし、故郷を失う悲哀は、ヘリオネルの打算的な考えを押し流した。

 あの辛さを今アルマールの族民達が味わっていることを考えれば、そして自分達をシレンティウムが受け入れてくれた時のことを考えれば、とても反対は出来ない。


「私は受け入れたいと思っていますが皆さんはどうですか?」


「俺は反対しないぜ。故郷を失う辛さは身に染みているからな。」


 ハルの質問にレイシンクがすかさず賛意を示した。

 レイシンクも形は自然災害と違えども、故郷を失った者なのである。


「私も、受け入れには賛意を示したい・・・」


 ヘリオネルも、しかめっ面ではあったが賛意を示した。





 その後、シレンティウム太陽神殿前


『な、なに!?アルスハレアを連れてきたであると!?』


 アルキアンドとの会談後、ハルとアルトリウスはハルの治療の為、エルレイシアの待つ太陽神殿へと向かっていた。

 その際に、フレーディア城での顛末を語ったのだが、アルトリウスはアルスハレアを同行してきたという話を聞いて素っ頓狂な声を上げた。


「え、ええ、故郷はアルマールだと言っていましたし・・・引退後はエルレイシアと暮したいとの要望でしたから。」


『ぐむ、どうにも覚えのある人間の気配がすると思えば・・・ハルヨシよ、お主とんでもない事をしてくれた・・・』


 アルトリウスの狼狽える理由が分からず、反対に自分が狼狽えてしまうハル。

 アルトリウスの言うとおり、何かとんでもない事をしてしまったような気になり、恐る恐るその理由を尋ねようとしたところで、横合いから肩に手を置かれた。


「あ・・・」


 青空市場からの帰りだろうか、ハルが振り返ると、籠に購入した薬草や香草を山のように積めて持っているエルレイシアとアルスハレアがいた。


「何がとんでもないのですか?」


 にこやかに、それでいて全然笑っていないと感じられるくらいの怒気を含んだ声がアルスハレアから発せられる。

 すかさず回れ右をするアルトリウス。


『・・・では我は北の工事現場へ行くのである、あとはよしなにな!』


「先任・・・そっちは南ですが・・・」


 アルトリウスへ思わず声をかけてしまったハル。

 しかし、その声を無視し、ふいっと消え去ろうとしたアルトリウスにアルスハレアの神官術がかけられた。


「・・・此の世にあらざる者の身を地に縛り行き足を止め賜え、制縛。」


『ぐわっ!?』


 消えようとして果たせず、むりやり地面に固定されたアルトリウスがつんのめる様にして立ち止まる。

 そのアルトリウスへゆっくりと近づき、アルスハレアが声をかけた。


「お久しぶりですね、アルトリウス?」


『う、うむ、久しいのであるな。』


 気まずい沈黙が辺りを包む。

 街行く人も太陽神官と死霊、そして辺境護民官の取り合わせに何事かと注目し始めた。


「・・・言うことはそれだけですか?」


『・・・』


「地に彷徨う霊よ、安らかなる眠りを天にて得られん事を・・・」


『なっ?』


「清浄。」


『うおおおおお!?』


 自分の問い掛けに無言のアルトリウスへ、いきなり清浄術を放つアルスハレア。

 周囲に光が満ちて降り注ぐが、すんでの所で制縛術を破って光をかわしたアルトリウス。

 しかし、そのマントの一部はすっぽり溶け落ちている。

 驚いて声も無いエルレイシアに持っていた籠を押しつけると、アルスハレアは腕組みして仁王立ちになり、辛うじて術をかわし、地に手を突いた格好で息を切らせているアルトリウスへ冷たく言い放つ。 

「・・・なかなかしぶといですね?」


『いっ、いきなり何をするのであるかっ!もう少しで昇天するところであったぞ!』


「ふふふ、不義理な男にお仕置きです。」


 アルトリウスの必死の抗議に、そう言い返すアルスハレア。

 口をぱくぱくさせているアルトリウスを見て、ハルは青くなり、エルレイシアも普段とは全く違うアルスハレアの様子に圧倒されている。

 街行く人は、野次馬根性を十分以上に発揮し、面白そうな顔で少し遠巻きにその様子を傍観していた。


「お、叔母さま・・・」


 辛うじてそう言ったエルレイシアに、アルスハレアは振り向きもせずに言う。


「エルレイシアも良く覚えておきなさい、甘い顔をするだけではいけません。男は与えるだけではだれてしまうのです、適度な刺激とお仕置きは必須です。」


『無茶苦茶を言う』


「・・・地に彷徨う霊よ・・・」


『だあっ!やめんかっ!ハルヨシっ、このばあさんを止めるのであるッ!』


「はっ・・・!はいっ」


アルトリウスの声にようやく我に返ったハルは、詠唱を始めたアルスハレアの口を塞ぎ、市民の面白がるような視線を避け、エルレイシアと一緒に太陽神殿へと駆け込んだのであった。





『全く・・・とんでもない婆になったものである・・・』


「・・・失礼な。あなたがそういう風だから婆になってしまったのよ!」


『・・・年を取ったのも我のせいであるのか?』


「おまけにその姿・・・水の精霊と致しましたね?」


『いっ、致すとはなんであるかっ!これは生前の契約で・・・』


「致したのでしょう?」


『ぬうっ・・・!』


 太陽神へ入った後、言い合いを始めてしまったアルトリウスとアルスハレアを見て、ハルは呆れ、エルレイシアは笑う。

エルレイシアは、買い入れた薬草を籠ごと乾燥戸棚にしまうと、呆れて2人を眺めるハルの背をそっと押した。


「エルレイシア?」


「いいですから。」


 いぶかしげに振り返るハルを立てた人差し指で制し、エルレイシアはハルを太陽神殿の裏へと連れ出す。


「積もる話もあります。ここは2人きりにしてあげましょう。」


「・・・言い合いしているようにしか見えないですが。」





2人の言い合いはとうとう40年前に遡ってしまったが、そこでふとアルスハレアが何かに気付いたように言葉を発した。


「・・・あれからもう40年経つのね、つい昨日のように思い出されてしまうけれど。」


『うむ、長いようで短い年月であった。息災・・・な訳では無いだろうが、よくぞ再び戻ってくれたのである。また会えるとは思ってもいなかったが。』


 息災なようで、と言葉を続けようとしたアルトリウスだったが、アルスハレアに鋭い視線を送られ、とっさに言葉を入れ替える。

 その言葉はアルスハレアを満足させるものだったようで、表情がようやく和らいだ。


「大怪我をしたあなたが、水の精霊を封じ、私を気絶させてアルフォードに引き渡した後のことは・・・アルフォードから全部聞きました。」


 治療を施そうとしたアクエリウスを封じ、アルスハレアに気当てを放って気絶させたアルトリウスは、その後満身創痍のまま、帝国とクリフォナムの民に語り継がれることとなる激闘の後、アルフォード王に首を落とされた。


「どれだけ私が・・・」


 涙は落ちない、声は、上げない、そしてそれ以上の言葉も無い。

 しかし、アルスハレアの40年の涙と苦しみは、しっかりとアルトリウスに届いた。

 40年前、自分の肩にすがり、意識を失うことに懸命にあらがおうとしたアルスハレアの悲痛な顔を思い出す。


『済まぬであったな・・・しかし、悪いとは思うが、我はあの時のことを後悔はしていない。』


 真面目で繊細な自分を豪放な態度で上手く隠し、常に前向きで、将来と目標を見据えて人々を引っ張っていた、40年前の勇姿がアルスハレア脳裏によみがえる。


「・・・そうでしたね。あなたはそういう人でした。」


 僅かに微笑みながらアルスハレアが答えると、アルトリウスも苦みを含んだ笑みを浮かべて言った。


『我らがいたから、あの時我らが悲劇に苛まれたからこそ、今のハルヨシやお主の姪のエルレイシアが居る、続いてくれる。そう考えれば悪いことばかりでは無かった、と思えるのだ。』


「ふふふ、まるで自分の果たせなかった夢を子供に負わせる親のよう・・・」


 少し熱を帯びたアルトリウスの言葉に、アルスハレアはおかしそうに含み笑ってから答える。


『うむ、そうであるな、何としても我らが果たせなかったことを、あやつらには為して貰わねばならんのである。』


「・・・分かりました、私たちがたどり着けなかった未来、あの子達には辿り着いて貰いたいですからね。」


 アルスハレアは、触れることの出来ない透けたアルトリウスの手の上に自分の手をかざした。

 40年前に取り縋った頃とは比ぶべくも無いしわだらけの手だが、アルトリウスは手のひらを上に返し、応じてくれる。

 一瞬、アルスハレアには、アルトリウスが何時もの若々しい姿では無く、自分と同じように年相応の姿に見えた気がした。




「ほら、やっぱりです。」


「はあ、なるほど・・・」


 趣味悪く太陽神殿の奥の部屋から2人の様子を覗くエルレイシアとハル。

 会話の内容は聞こえないが、怒鳴り合う声が静かに会話する声へと変わったので、こっそり覗いてみたところ、そこには良い雰囲気のアルトリウスとアルスハレアの姿があった。


「・・・あの、寄り過ぎです。」


 2人の姿に触発されたのか、うっとりして寄り添おうとするエルレイシアから身を離すハル。


「イイじゃないですか・・・あん、そんな邪険にしないで下さい。」


「・・・いや、ね。ちょっとっ・・・」


 覗き中に騒ぎ立てることも出来ず、壁際であったことから、あえなく追い詰められ、身体を寄せられてしまう。


「静かにしないと2人に気付かれてしまいます。」


「・・・」


 身じろぎしようとしたハルをそう窘めて制し、エルレイシアはハルを壁に押しつけるような格好でぴったり寄り添うと、その肩に自分の頭を預けるのだった。



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