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第7章 都市再整備 戦後篇(その4)

 5日間に及んだアルフォード王の盛大な葬儀も終わり、フレーディアは落ち着きを取り戻し、フリードの族民達は今まで通りの生活に戻りつつある。 


アルフォード王の遺骸は大神官アルスハレアと次期大神官であるエルレイシアに司られ、フレーディアの族民や戦士達が見守る中、火葬に付された。

フリードの族民達は偉大な英雄王との別れを静かに惜しみつつも、戦場に散った誇り高い死を讃えたのである。


 帝国に対する反発からダンフォード派につく支族や貴族も少なくないが、それらは北方に近い場所に集中しており、またベルガンの工作もあってダンフォード派を最北部へ抑え込むことに成功していた。


 ただし中心となるフリンク族はハレミア人に長年睨みを効かせてきた勇猛なフリード族の中でも更に武勇を謳われる支族であり、その勢力は大きく油断は出来ない。

 幸いにもアルフォード王の死を知ったハレミア人が極北地域で蠢動し始めており、その対処に追われているフリンク族に南下してくる余裕はなく、しばらくは睨み合いが続く事が予想された。


 ハルは王権をもって各貴族に支配地の安堵を申し渡し、フリードの支族でベルガンの働きかけでハルに従う者達を引見して今まで通りの関係を維持することに努めた。

 役職名だけをそれまでの宮宰から、フレーディア城代に改めたベルガンが宮廷官を上手く司った為大きな混乱も無く、フリード族の支配機構はそのまま維持されたのである。




 そのベルガンに見送られ、帝国兵200名を率いたハルの後には、馬車に乗ったエルレイシアとアルスハレアの姿があった。

 地下牢獄に2月近く幽閉されていたアルスハレアだったが、エルレイシアの看病と治癒神官術の施術もあり、体力を十分に回復させ今日の出発となった。


 因みにフレーディアの太陽神殿には、大地の巡検に出ているアルスハレアの弟子の1人が、フレーディアに到着し次第着任することになった。

 十分以上に経験を積んだ男性神官であるため、最前線となるフレーディアにはふさわしいだろう。


 アルスハレアはアルフォードの葬儀後、大神官をエルレイシアに譲位することを宣言し、仮の大神官杖をエルレイシアに授け、伝書鳥を使い、各地の太陽神官に新しい大神官が誕生したことを知らせると共に、真なる大神官杖が奪われたことを知らせ奪回への協力を求めた。


 奪回への協力とは言っても荒事によるものでは無く、あくまでも情報収集である。

 当然、シャルローテが所持はしているだろうが、フリンク族の地へ逃れた為詳しい情報が無いためであった。




「シレンティウムですか・・・あの街は久しぶりですね、あの美しい街が再び開かれるとは思ってもみませんでしたが・・・」


 アルスハレアは期待感に満ちた言葉を口にすると、先行しているハルの背中を見遣り、うきうきとしているのが丸わかりの態度で横に座って手綱を取るエルレイシアに質問を投げかける。


「で、あの人の何処に惚れたの?」


「えっ・・・それは、たくさんありますよ、叔母さま。」


 突然の質問に顔を赤くしながらも答えるエルレイシアに、調子に乗ったアルスハレアが更に言う。


「全部言っても良いのよ?」


「えとですね・・・」


 ごにょごにょと耳打ちするように話すエルレイシアに、頷きながら相づちを返すアルスハレアは、最後に納得したように大きく頷いた。


「なるほど、それで結符までして・・・気が早いのだから、誰に似たのかしら。」


「気が早いのは父様でしょうか?」


「アルフォードはそうでも無かったと思うわ。」


「ではやっぱり母様ですか・・・」


「・・・そう言う会話は人のいない所でお願いします。」


 2人の会話にとうとう堪りかねてハルが口を出す。

 周囲で2人の会話を聞いていた帝国兵が笑いを堪えていることに気付き、いたたまれなくなったのだ。


「あら、聞こえていましたか?」


 しれっと言い返すアルスハレアに、ハルは手強い相手を自ら増やしてしまった事に気付き頭を抱えるのだった。






 同時期、北方関所兵士食堂


「というわけなのだが・・・条件は今話した通りであるが、どうか?」


「土地をくれるって言うのなら否やはありませんや。全面的に賛成しますぜ。」


 アダマンティウスと話しているのは、50歳代の逞しい体つきをした帝国人。

 顔や腕に付いた刀傷と、その物腰から普通の帝国人では無いことが推察できた。


「退役兵協会はシレンティウムの移住者応募に協力しますぜ!」




 アダマンティウスはシレンティウム籠城戦前に、ハルとの話し合いで提案したとおり、退役帝国兵を雇うべく、帝都の退役兵協会に手紙を出し、条件付きでシレンティウムへの移住を呼びかけていた。


 シレンティウムが提示した条件は


1 シレンティウム市においては帝国人、クリフォナム人、オラン人その他の人種別なく法令の下に平等である事に、真に納得できる者

2 工兵経験、若しくは都市造営技術を持つ者、または現役兵として活躍可能な体力を有する者

3 職務は都市造営における技術監督、技術指導、建造、設計または兵士勤務

4 シレンティウム完成後、シレンティウムに土地4Hと住宅地を与える

5 その後は自由契約とするが、シレンティウム在住者は、防衛戦に限って招集に応じること


というものであった。


 帝国の退役兵達は、かつては故郷に戻って農民となる者が多かったが、ここ数年は用心棒や護衛として商人に雇われたり、あるいは貴族の私兵となって働いたりと、現役時代の経験を生かした仕事に就いている者が多い。

 農地に適した土地が少なくなり、退役金が土地から金貨に変えられてしまった為で、退役兵協会は退役兵達にそういった仕事を紹介したり、あるいは退役兵を雇いたい者達に退役兵を斡旋したりする仲介役を果たしているのである。


 その退役兵協会の会長である、セプティムスは、わざわざ帝都から馬を飛ばし、北方辺境関所までアダマンティウスを訪ねてきたのであった。

 セプティムスももちろん元帝国兵であり、北方辺境関所で百人隊長を勤めていたのだが、退役後は一旦貴族の私兵となった後、退役兵協会の会長へと就任したのである。


「既に1500人の応募がありますぜ、兵士希望がその内の500人で、後は技術職希望者ですな・・・家族の移住も良いのでしょ?」


「おお、構わんよ。」


「なら、少なくとも後3000人は集まりますぜ、守備司令官。素行不良者は当然除いてありやすんで、心配しないで下せえ。」


 ガッチリと握手を交わすと、セプティムスは厳つい顔に似合わない人なつこい笑みでアダマンティウスにそう言い足した。





 数日後、北方辺境関所、アダマンティウス執務室


 伝送石で送られてきた命令書を手にしたアダマンティウスは絶句していた。


「・・・まさかこの様な事が・・・本気で南部大陸侵攻を考えているのか?」


 その命令書には、アダマンティウスを定員5000名の第二十二軍団軍団長に任命すると共に、北東管区国境警備隊を解体し、残余の15000の兵士を南方へ送るよう記されていた。

 また、北東管区国境警備隊の有していた砦や設備は全てシレンティウムに譲渡し、辺境護民官の指揮下に入るよう追加命令が付されている。


 そしてもう1通。


 こちらはアダマンティウスを通じて辺境護民官へ示達されることになるが、ハルに対する報償と今後の記載がなされていた。

 その内容は

1 辺境護民官ハル・アキルシウスの戦功をたたえ、皇帝賞詞及び大判金貨1000を与える

2 辺境護民官ハル・アキルシウスに州総督権限を付与する

3 第二十一軍団の再建を認め、非常時により第二十三軍団の新設を認める

4 軍団の再建、新設は辺境護民官の裁量による

5 北東管区の国境防衛は辺境護民官に一任し、国境警備部隊の設置を認める

というものであった。


 これは完全に帝国北東の守備をハルに委ねる事を意味する。

 軍上層部はおそらく後詰めの兵士達も根こそぎ南部へ移動させるつもりだろう。


 約4万もの兵士で守っていた帝国北東部の国境地帯を、辺境護民官ハル・アキルシウスであれば僅か1万5千程度の兵で守れると踏んだのだ。


 追って西方郵便協会から正式な命令書が送られてくるだろうが、これでアダマンティウスはしばらく北方関所を離れられなくなってしまった。

 軍団再編の指揮と兵士輸送の手配をしなければならない。


「うぬっ、全く貧乏くじばかりだ・・・」


 先日、気の早い退役兵100名とその家族の一団と併せて、辺境護民官の知り合いだという2人の少女を送り出し、ようやく一段落付いたと思ったのだが、なかなか楽はさせて貰えないようである。


「まあ、辺境護民官殿の方が大変であろうか・・・」


 アダマンティウスは命令書を手に、早馬の準備を命じつつ、2人の少女の顔を思い出しながらつぶやくと、そっとため息を漏らした。


「おまけに・・・お主、本気で辺境護民官殿に仕えるつもりがあるのか?」


 アダマンティウスの言葉に、僅かに頷くのは、30代半ばの鋭い顔付きをした男。

 むろん帝国人であるが、鋭いのは顔付きだけで無く雰囲気もどこか怜悧なものを纏っている。


「そのハル・アキルシウスという辺境護民官に興味があるのは事実だ。施策も素人にしてはなかなか堂に入っている。私が力を貸すに値する人物かどうか見極めた上でのことになるが・・・依頼内容についても申し分ない。」


「シッティウス・・・何もそう取り繕って話さんでも良いではないか?本音はどうか?」


 ぞんざいで高飛車な物言いをする男を呆れたように見ると、アダマンティウスは諭すようにその男、シッティウスへ言葉を投げかけた。


 アダマンティウスの視線は意味ありげに窓の外へと注がれている。


 するとシッティウスはそれまでの態度を一変させ、恥じ入るように下を向き、唇をかんで答えた。


「・・・くっ・・・正直生活に追われている・・・貴族の仕返しは思った以上に陰湿で粘着質だ。」


「ふむ、であろうな・・・でなければ一族郎党引き連れては来ないだろうからな。」


 表を見るアダマンティウスの視線の先には、馬車に家財道具を満載したシッティウスの家族が当主の帰りを待っていた。

 コロニア・リーメシアの街で隠退生活を楽しむどころでは無かったようだ。


「・・・今となっては仕方ない。」


 落胆した声色でつぶやくシッティウスの姿が哀れである。


「まあ良かろう、口は利くから心配しなくても良い、そもそもお主のことは私が推薦したのだ。」


「恩には着る、が、報いる術は無い。」


 元気づけるように言葉をかけたアダマンティウスに、シッティウスは短く答えた。


「仕事で報いてくれれば良い。それ以上は辺境護民官殿も求めないだろう。とにかく辺境護民官殿の力になってくれれば良いのだ。」


「・・・あなたにそこまで言わせるとは、ますます興味深いな。では宜しくお願いする。」


 自分の答え方に気を悪くした様子も無く、更に言葉をかけてくるアダマンティウスに、シッティウスは今度こそ本当に興味を抱いた。

 少なくとも辺境護民官はこの誇り高い老将の尊敬の念と、助力を獲得するだけの人物である事は間違いなさそうである。


「おお、そうであるか。では、次の退役兵達が到着し次第出発して貰おう。」


「分かった、ここでやれる事もあるし、待つのは大丈夫だ。」


 シッティウスの態度が変化したことに気付いたアダマンティウスは、陽気に言うと、シッティウスもようやく軽い笑みを浮かべて答えた。




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