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第7章 都市再整備 戦後篇(その3)

 フレーディア城、地下牢獄


 暗闇に慣れた目に、地下牢獄への入り口からほのかな光が入り、アルスハレアは目を細める。

 既に投獄されてから2ヶ月ほど経っただろうか・・・

 さすがに大神官をいきなり殺すような度胸は無かったようで、ダンフォードは地下牢獄へアルスハレアを繋いだ。

 しかし、いずれは機会を見て殺されてしまうことは明らかで、アルスハレアはとうとうその時が来たと覚悟を決めた。


 恐らく、あのアルトリウスが築いた都市を攻め滅ぼし、凱旋したのだろう。


「・・・ここだな、鍵を開けてくれ。」


 アルスハレアが繋がれていた牢に、複数の足跡が近づき、そして若い男の声が響く。

 さび付いた鍵穴に鍵が差し込まれ、開錠する際の酷く大きい音が牢全体に響き渡った。

 いよいよ自分もここまで。

 そう思い定めて近づく足音を数えつつ、静かに暗闇の中で目を閉じたアルスハレアに、声が掛けられた。


「アルスハレアさんですね?」


 目を開いたアルスハレアの前に、帝国風の鎧を身に着けた若い男がしゃがみ込んでいた。


「・・・アルトリウス?」


 思わず懐かしい名前を口にするが、直ぐにアルトリウスの訳は無いと思い直し、誰だろうとその顔を見つめていると、その帝国人が徐に口を開いた。


「いえ、残念ですが人違いです。私は帝国辺境護民官のハル・アキルシウスと言います。ご無事で何より、助けに来ました・・・立てますか?」


「ええ、何とかね・・・」


 名前に聞き覚えがある、確かエルレイシアが寄越した手紙か何かで知った名前だ。

アルスハレアはその手を借りて立ち上がると、促されてゆっくりと歩き始めた。


 これはどうしたことか。


 この辺境護民官を名乗る若者に付き従うベルガンや帝国兵の姿を見れば、何か自分の予想外のことが起こったことは間違いなさそうである。




 ハルは、降伏したベルガンらフリードの戦士に200名の帝国兵を率いてフレーディアへ進んだが、ダンフォードがアルフォードの名を使い、根こそぎの動員を掛けていた為フレーディアに戦士の姿は殆ど無く、戦闘を経ずしてハルはフレーディア城へ入城することができた。


 先触れとしてフレーディアへはフリードの戦士長を派遣し、アルフォード王が一騎討ちの末に敗れ、ハルが王位をアルフォードの遺志で継承したことと、ダンフォードのあるまじき振る舞いは既に知らされている。


 フレーディア城に残る宮廷官は、ベルガンの使者に降伏を受け入れる旨を伝えてきており、城下町の門扉は開かれていた。


 ハルが手にした兜に輝くアルフォードの王冠と、後ろに続くアルフォード王の棺を見たフリードの族民は皆が頭を垂れ、跪きアルフォード王の崩御を悼み、敗戦の悔しさに涙を流したが、大きな混乱無く、進駐を果たしたのである。


 ハルは直ぐさまベルガンをフレーディア城代に任命し、率いてきた3000名のフリード戦士の指揮権を与え、フレーディアの混乱収拾に努めた。

そこで、宮廷官の1人からアルスハレアが幽閉されていることを聞いたのである。


「叔母さま・・・ご無事で!」


「エルレイシア・・・あなたも大事ないようね。」


 ハルとベルガンによって地下牢から救い出されたアルスハレアは、清潔な衣服に着替えてからエルレイシアと対面した。

 少しやつれはしたが、至って健康そうな叔母の姿に安堵するエルレイシアに、アルスハレアは周囲の帝国兵やハル、それにベルガンの顔を眺めながら尋ねる。


「それで、エルレイシア、一体何がどうなっているの?説明して貰えないかしら。」


「叔母さま、実は・・・」





「そうでしたか・・・アルフォードを破ったのですか・・・」


 エルレイシアから今までの顛末を聞かされたアルスハレアは、まじまじと傍らに座るハルを見つめた。

 怪我をして包帯をしている事もあるが、外見的に強そうな雰囲気は見受けられない。

 しかし、魂の輝きは人一倍であるようだ。


 かつてアルスハレアがアルトリウスに感じたものと同じか、それ以上の強い輝きを感じる。

 余りにも長く見つめられ、ハルは居心地悪そうに身じろぎするが、アルスハレアは意に介した様子も無く見つめ続ける。


「叔母さま、あんまり見つめないで下さい。」


「何を警戒しているの?・・・別にとったりしないわよ。」


 エルレイシアが、少しふくれてアルスハレアの視線を遮ると、アルスハレアは呆れて言葉を返した。

 そしてふくれているエルレイシアを余所に、アルスハレアはハルに向き直る。

 この者であれば、彼のアルトリウスと同じ魂の輝きを持つこの者であれば、道を違えることは無いだろう。


 かつての自分がそうだったように、自分の姪もこの魂の輝きに魅了されてしまったに違いない。

 ハルを見て甘く、そして苦いその懐かしい感情を思い出しながら、アルスハレアは口を開いた。


「辺境護民官様、私はこのエルレイシアの叔母ですが、師であり母も同然の間柄です。そこで、という訳ではありませんが、私もシレンティウムへ赴いて宜しいでしょうか?」


「叔母さま?」


 驚くエルレイシアに微笑みを向けるアルスハレア。


「しかし、大神官をおいそれと移す訳には・・・」


 太陽神殿が移れば太陽神官達の拠点がこれまでのフレーディアからシレンティウムへと移る。

 大神官と太陽神殿の権威を利己的に利用する為、移設を実施したと宣伝されるのは面白くないし、それが悪評に繋がり、逆に足かせになってしまわないとも限らない。

 宗教的権威を手に入れることによる利益や効果は計り知れないが、ハルとしては余り宗教的な権威を利用する事を考えていない為、ありがた迷惑とも言える提案であった。


 ハルの渋り具合に、アルスハレアは思い当たる事が有ったのか、少し考えた後に再び口を開く。


「・・・それでは、大神官位をエルレイシアに譲りましょう。これなら、太陽神殿は自然にシレンティウムへと移ります、尤も、継承すべき大神官杖は残念ながらダンフォードに奪われてしまいましたが・・・」


「えっ?」


 驚くエルレイシアを見て微笑むと、アルスハレアは言葉を継いだ。


「私ももうすぐ70に届く年齢ですから、私の弟子の中で一番優秀なエルレイシアへ大神官位を譲るのは当然です。辺境護民官様が心配しておいでの事はこれである程度払拭されるのではありませんか?」


「しかし・・・」


その提案に、なおも渋るハル。


 ハルのフレーディア入城後に大神官の譲位があれば、これはこれでまた圧力を掛けて譲位を迫ったと曲解する輩がいるだろう。

 しかも引き継ぐのは自分とずっと行動を共にしてきたエルレイシアである。


「譲位であれば問題ありませんでしょう?・・・その後引退した元大神官が何処に行こうとも自由ですし、元々私の出自はアルマール族。この地へはアルフォードに連れて来られただけなのですから、引退して故郷へ戻るのはごく自然なことではありませんか?」


「ここは恐らくダンフォードやハレミア人との戦いの最前線になります。神官様方はシレンティウムで落ち着いて祭事を司っていただきたい。」


 ベルガンも太陽神殿を移すことについては賛成のようである。

 ベルガンとしてはダンフォードの大神官簒奪事件に絡む人物を手元に置いたままでは、自分がこの件について差配せざるを得なくなるので、そのような厄介で微妙な事案はハルに受持って貰いたいのだ。


 ことはクリフォナムの民全体に信仰の厚い太陽信仰に関わることなので、ベルガンの立場としては決定権が無い以上当然の反応であろう。


 考えれば考える程心配事は尽きないが、心配ばかりでは前に進めない。


 ハルはエルレイシアに対する大神官位の譲位と太陽神殿のシレンティウム移設、そして前大神官のアルスハレアの受け入れをすることに決めた。

 太陽神殿を受け入れることは、マイナス面ばかりでは無い。


「分かりました、では・・・アルフォード王の葬儀を終え次第、ということで宜しいですか?」


「ええ、エルレイシア共々、宜しくお願い致します。」


 ハルの言葉に、アルスハレアは笑顔で答えた。






フレーディアの城下町をベルガンと散策しながら、ハルは北方随一の人口と規模を誇るこの街が意外にも脆弱なつくりである事に気が付いた。


 城下町とは言っても、集落が大規模化しただけの雑然とした街並みであり、辛うじてフレーディア城へ通じる道だけが砂利敷きであるだけ。

 おそらく軍事的な利便性や防御を最大限考慮したフレーディア城は、難攻不落の城地であることは間違いないが、町としてみた場合、立地は決して良いとは言えないのだろう。

 元は城に詰める戦士や貴族、宮廷官とその家族が集住し、更にその消費を当てにした職人と商人が集まってきたのだろうが、都市計画やその後の都市整備も行われずに発展してきた為か、住環境としては極めて悪いのだ。


「城下町の住民はどれくらいですか?」


「はっきりは分かりませんが・・・恐らく5万人を越えているのではないかと・・・」


「どこも街の作りはこの様な感じですか?」


「はあ、まあ、だいたいはこの様な感じですが。」


 ハルの質問に答えるベルガンであったが、その質問の意図が分からずに戸惑う。

フリード族の集落は何処もこの様な状態であるのだろう。

ハル自身、南部の諸族については援軍を求めに訪問したことがあったのである程度状況は知っているつもりであったが、北方系はまた全然様相が異なることに気が付いた。


 汚れには余り頓着しない性質なのだろうか。


 人口はシレンティウムの約20倍であるが、排水の便は悪く、ゴミも町中に散乱しており、蛮族特有の活気は十分以上にあるものの、衛生環境や街の機能は帝国の都市に比ぶべくも無い。


 気候的な問題もあるだろうが、故郷の群島嶼も清潔度でいえば北方辺境より遙かに進んでいたので、ハルは町の光景に戸惑いを覚えたのだった。


「これは・・・根本的な改造が必要みたいだな・・・」


 道に溜まった腐敗している汚泥を気にもせず、駆け回ってあそんでいるフリード族の子供達を引きつった笑顔で眺めたハルは、そうつぶやいた。




 しかしながら、未だシレンティウムも発展途上であり、距離の開いた2つの都市を同時に開発していくことは、資金的、資材的な問題と相まって非常に困難である。


 シレンティウムとフレーディアを結ぶ街道については既に普請を開始していたが、街そのものに手を付けるのはもう少し後になるだろう。

 せめて行政機構だけでも整えようと、ハルは宮廷官の中から、王の文書を司っていた文章司を使って戸籍の作成に着手していたが、そもそもの識字率が低いクリフォナム人、その中でもとりわけその傾向の強いフリード族のために作業は進んでいない。


 是正策として、初等学校を設立することをベルガンに承諾させ、既にフレーディア城にて読み書きに計算方法を加えた授業を開始している。

 ハルは初等学校については、シレンティウムでも設立することを決めていたが、とにかく行政を任せられる人材がいないことを痛感した。


「まだまだこれからだ。」




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