第7章 都市再整備 戦後篇(その2)
前話についてですが、ベルガンの台詞直後の部分について改訂をしました。
帝都中央街区・貴族街、ルシーリウス卿・帝都邸宅
豪華絢爛という言葉が正に相応しい邸宅の大広間。
磨き上げられた真っ白な大理石はまるで鏡のような輝きを誇り、洗練された彫刻や壁飾りが屋敷中を彩る。
貴族派貴族の主立った者達が、元老院の開催通知を受け、まず向かったのはこの白亜の邸宅であった。
「ルシーリウス卿、あの小憎たらしい辺境護民官の話は聞きましたかな?」
真っ白な楕円長衣を身に纏いながら、腹の中の黒い物がにじみ出そうな風貌の男が阿るように口を開いた。
しかし、その声に反応する者達は無く、場は静まりかえったまま。
言葉を発した男が少し気まずそうに黙り込むと、沈黙が辺りを支配する。
十数名の高位貴族達が集まって居るその中心に、邸宅の所有者である、貴族派貴族の筆頭、ルシーリウス卿が口を真一文字にひき結んだまま目を閉じていた。
時折ごくりと喉を鳴らす貴族達ではあったが、ルシーリウス卿の思索を邪魔しないよう細心の注意を払い続ける。
「・・・ルシーリウス卿?」
先程の男、高位貴族の1人プルトゥス卿が再度空気を読まず、そう問いかけると、ルシーリウス卿の左こめかみにぴきっと血管が浮き出る。
息を呑む貴族達を余所に、ゆっくり目を開いたルシーリウス卿は、ぎろりとプルトゥスを睨み付け、身震いしたプルトゥスを余所に口を徐に開いた。
「どうもこうもない、我が一族の後継者に恥を掻かせたのだ、それなりの償いはして貰う事になる。」
「如何しますかな?また部署を変えてしまいますか?」
貴族の1人がそう言うと、ルシーリウスはふんと鼻を鳴らした。
「馬鹿な、老いたりと雖もアルフォード英雄王を討ち破った北の英雄だぞ?前のように軽々しく左遷など出来るものか。第一、帝都の市民や臣民達が許すわけがない。」
ルシーリウスの言葉に場は再び沈黙に包まれる。
しばらくして、1人の初老の貴族が意を決して発言を求め、ルシーリウスが顎で促すと、その初老の貴族は一礼した後口を開いた。
「しかし、クリフォナ・スペリオール州を復興させた所で皇帝直轄州である以上、我々に手出しは出来ませんぞ?そもそもあ奴は中央官吏。我々に出来るのは以前のように圧力を掛けて閑職に追いやることだけです。」
初老の貴族の言葉にルシーリウスは頷く。
「そのとおりだ、我々は元老院議員とはいっても行政権限を持っていない。役職は中央官吏共に抑えられているし、奴はそもそも中央官吏だからな、人事もいじれん。だが、やりようは幾らでもある。差し当たっては軍閥の馬鹿共を焚き付けて、北方辺境から兵力を奪い取ってやろう。」
ルシーリウスの言葉に初老の貴族は頷く。
「分かりました、では高位将官に当たりを付けておきましょう。」
「頼む・・・それから、北方辺境に対する監視を強めるようにしてくれ。プルトゥス!」
「は、はひっ!」
満足そうな笑みを浮かべ、初老貴族が退室するのを見ていたルシーリウスは、続いてプルトゥス卿を呼びつけた。
「な、何でございますでしょうか?」
「卿は、各地の商人に顔が利いたな?」
「はひいっ」
豚のような返事を返すプルトゥス卿を、汚物を見るような目でみたルシーリウス卿は、それでも利用しがいのある人物である事を懸命に思い出しながら言う。
プルトゥスはかつて商工長官の地位にあったことがあり、その頃の黒い伝手や交友関係を未だに持っている。
実際、ルシーリウスも一方ならぬ恩恵を受けている1人で、容姿思考は愚かの一言に尽きるが、類は友を呼び、利に聡い商人や地廻り連中とは妙に仲が良く、あながち無能とも言えないのだ。
「シレンティウムや北方辺境に入る物資や人を調べろ。」
「承知しましたっ。」
たるんだ身体を揺らしながらプルトゥスが去ると、ルシーリウスは徐に腰を上げた。
「では我らの戦場へ行くとしよう。」
数名の元老院議委員に任じられている高位貴族が腰を上げ、ルシーリウスに付き従う。
皇帝出席の元老院特別会は、間もなく開催である。
帝都中央街区、帝国軍総司令部
「実に素晴らしい!!!」
アダマンティウスから送られてきた伝送石による仮の報告書を読み進めると、厳つい短髪の中年将官は感嘆の声を上げた。
筋骨逞しい体格に見合った大きな声は、周囲の物を振わせる程の声量で、慣れた副官達は瞬間に耳を塞いで事なきを得る。
最低限度の装飾として壁に掲げられていた、盾や剣が将官の大声にカタカタと軽く揺れた。
「何者だ?このハル・アキルシウスという辺境護民官は?一騎討ちで北の英雄王を倒すとは、ただの中央官吏では無いだろう!」
報告書を副官に手渡しながらその将官、帝国軍総司令官ティトウス・スキピウスは相変わらずの大声で尋ねる。
「調べました所、元群島嶼のヤマト剣士であるそうです。」
報告書を受け取らねばならなかった為に耳を塞ぎ損ね、大声の直撃を受けてしまった副官が顔をしかめながら答える。
「ほう!?群島嶼か・・・!確かに、奴らには随分と手こずった!!」
興味津々という顔で副官の話に喰い付くスキピウス。
「はい、しかも熾烈な抵抗を最後まで続けていたク州の出身ということです。」
「なにっ!?何故そんな逸材が中央官吏などにっ?しかも、何故辺境護民官なんかになっているのだ!」
思わず席から勢い良く立ち上がり、豪華な椅子を後へ倒してしまうスキピウス。
スキピウスは粘り強く敢闘した群島嶼の剣士達をことさら高く評価しているのだ。
それ故に群島嶼の剣士達を帝国軍へ熱心に勧誘しており、西方諸国との国境には既に群島諸人を集めた部隊を配備してもいる。
すさまじい音を立てて倒れた椅子が落ち着くのを待ってから、副官は言葉を継いだ。
「何でも、一族への仕送りの為に帝都の治安官吏として働いていましたそうで、ルシーリウス卿の長男を取り締まった事で貴族派からの圧力がかかり、左遷されてしまったようです。勤務態度は真面目であったそうですが融通が利かずに苦労させられたとは、元上司の言動です。」
「・・・実に興味深いっ!」
だんと机を叩いて天井を仰ぐスキピウスは、その顔に満面の笑みを浮かべた。
「是非とも手合わせをしてみたいぞ!!」
「・・・悪い癖が・・・」
大声を避けようと少し離れながら答える副官に、スキピウスが無邪気な笑顔でそう言い
放つと、副官がため息をついた。
「うん?何だ!?」
「いえ、何でもありません。辺境護民官は職務上大変繁忙でありますし、何分遠い北方辺境です、手合わせだけの為に呼び寄せることも出来ません。そもそも彼は中央官吏で我々が命令できる立場にもありませんので、不可能です。」
副官のぼやきを聞きとがめたスキピウスが振り返ると、副官は自分の愚痴を誤魔化しながらもスキピウスの要望が実現不可能である事を説明する。
「むっ、それもそうか・・・しかし、惜しい逸材だな。南方侵攻作戦で軍団を任せたいぐらいだ!・・・おまえ、ちょっと行って引き抜いてこい!」
「それは無理と申し上げました。」
「・・・残念だ・・・」
にべもない副官の言葉にしょげかえって机に手を突くスキピウスだったが、その耳に自分の部屋へと近づく足音が入ってきた。
「ふん?この軽くて勿体ぶった足音は・・・貴族どもか。」
「如何しますか?」
「通してやれ、また提案と抜かして腐った話をするつもりだろうが、聞かない訳にはいかないだろう!」
副官の質問に、スキピウスは椅子を元に戻し、居住いを正して着席すると、机に肘を突き、その上で手を組み合わせる。
「今日はどんな耳グサレ共が来るか楽しみだ!」
「小官は全く気が進みません・・・総司令官、我々の主目的を見失わないようにお願いします。」
「分かっているとも!」
どこかうきうきした様子のスキピウスを見た副官は、胃の辺りを僅かに押さえるのだった。
帝都中央街区、元老院・執政官執務室
元老院はもう間もなく開催であり時間は余り残されてはいない。
早馬が到着した直後に元老院の開催が通知されてきた為、どの派閥も今頃対応や協議に追われていることだろう。
大陸の西に覇を唱える帝国の最高行政官である、執政官の執務室としては些か心許ない感じのする飾り気の一切無い部屋に、高位文官達が集合していた。
「・・・とにかく貴族派は辺境護民官の解任に焦点を合わせて動くだろう、理由は何であれ、これは何としても阻止しなければならない。帝国発展の為に北方辺境は重要だ。その重要な北方辺境は、あの群島嶼人を軸に回り始めている、これを止める法は無い。」
「しかし、理由として挙げられるのは州としては不安定で、未だ未成熟であるという一点だけですと、押し通すのは無理がありませんか?」
カッシウスの言葉に、高官の1人が質問するように言うと、カッシウスも少し苦しそうに答える。
「うむ・・・しかし他に理由は無いだろう。」
「南方侵攻を目指す、軍閥がどう考えているかですが・・・」
更に別の高官が、軍の動きについて気に掛ける発言をした。
「一度この件について協議を持ちかけたが、断るどころか辺境護民官を軍に転籍させろと言ってきた。本末転倒なので断ったのだ。」
「なかなか軍は目敏いですね。それを言ってきたのはスキピウス総司令官ですか?」
「いや、副官のヒルティウスだ。何時もの通りの先読みだろうが、あいつだけは全く油断ならない。」
カッシウスは、怜悧な目をした総司令官副官の顔を思い出しながら、忌々しそうに言った。
総司令官のスキピウスは兵士に対する人望は絶大ではあるものの、良くも悪くも軍人であり、その発想や思考形態は悪く言えば単純で、およそ政治家としてのものでは無い。
そのため、与しやすい相手と言えるが、その副官であるヒルティウスは全く持って油断ならない人物で、むしろ警戒すべきは副官の言動と思考の方である。
何度か予算交渉で協議を持ったが、煮え湯を飲まされたこともあった。
それ以上に煮え湯を呑ませてもいるが、軍人らしからぬ思考の持ち主にカッシウスは警戒心を持っていたのである。
「・・・では、軍も解任に同意する恐れがあるのでしょうか?」
「目的が余りに違いすぎるから、それは無いだろう。貴族派は辺境護民官を亡き者にするのが目的だが、軍はその武略を求めてのことだ、合意には至らないと思うが・・・」
軍には軍の思惑があり、それは貴族派とは相容れない。
最悪ハルを転籍させるという交換条件を提示すれば、軍はこちら側に付くはずである。
しかし、それとは別に、中央官吏達は軍の主目的である、南方侵攻には否定的で、その点についてだけ言えば貴族派と協力をしなければならない。
「しかし、解任してしまえば自由になるのでは?」
「解任するのは辺境護民官の職であって、中央官吏を解任する訳では無い。転籍は執政官である私の同意と総司令官の同意両方が無ければ出来ん。私に同意するつもりが無いことは、はっきり伝えた。」
最初に発言した高官が再びカッシウスに質問するが、カッシウスは頭を振ってその意見を否定すると、執務机から立ち上がって言葉を継いだ。
「いずれにせよ、今日の議題は北方辺境に関して、辺境護民官の身柄や措置に関する議論が主な物になるだろう。本題はこの件が片付いてからだ。」
帝都中央街区、元老院議場
帝国では一定以上の高位文官、高位武官を勤めた者は、例外を除いて領地を持たない一代限りの貴族に任じられ、更にその上位に位置する者達は元老院議員に任じられる。
官職を退いた後も元老員議員の身分は終身である為、家系により元老院議員となる高位貴族と、平民や下級貴族出身の元官吏や軍人の席数は常に拮抗しており、今までこの均衡は破られず維持され、帝国の健全な運営に寄与してきたのである。
元老院は年1回の定例招集、皇帝が招集を議長に求め、議長がこれを承認する皇帝招集、元老院側の求めによる、元老院招集があり、今回は皇帝招集に当たる。
重要案件のある場合は皇帝臨席が行われ、今回は北方辺境の変事に対するものであることから、皇帝マグヌスが議長に元老院の招集を求めた為、マグヌスは議長席の後方に位置する皇帝特別席へ既に着座している。
「・・・権限はこれ以上与えることは適当で無いと考えます。辺境護民官という官職の性質を考えればこれは当然のこと、これ以上の権限を与えるならば、正式な帝国州と成し、辺境護民官を解職し、新たな州総督を任ずべきでしょう。」
開会から議題は辺境護民官の身分措置と、今後北方辺境に対してどういう姿勢で臨むかというものに集中した。
貴族派貴族は、辺境護民官の解任と中央召喚を求め、中央官吏派は辺境護民官ハルアキルシウスに対する更なる権限拡大を求めた為、議論は平行線をたどっていた。
貴族派貴族の旗頭、ルシーリウス卿が発言を終えると、中央官吏派の筆頭である、執政官カッシウスが元老院議長に発言の許可を求め、議長がルシーリウスの着席を待ってからカッシウスに発言を許可する。
「まず、この度の戦勝に対するハル・アキルシウスやそれに協力した者達への恩賞を考えて頂きたいのに、いきなり権限削減や解職を申し出るルシーリウス卿に苦言を呈したい。本来であれば帝都へ召喚し、凱旋式を催しても良いくらいの大功です。」
カッシウスはそう前置きをし、ルシーリウスが嫌そうに顔を背けるのを確認してから、徐に言葉を継いだ。
「私はルシーリウス卿に反論はせねばなりません・・・未だシレンティウムと名付けられた彼の都市と州の成熟は不十分と考えます。ここは現職の辺境護民官に権限を与え、更なる帝国版図の拡大と発展を目指すべきです。彼の者にはそれだけの能力がある事はこの戦勝で明らかになりました。ここは優秀な官吏に全てを任せるべきです。」
「・・・それでは執政官は帝国州への格上げはどの時点において、どの程度の発展度で行うべきと考えておられるのか?目安を示して頂きたい。」
ルシーリウスが挙手しながら質問する。
「発展度について法令による規定はありませんし、従来通りこれは中央から行う現地調査と辺境護民官の申請を受けてという形で良いと思いますが。何か不都合でもありますか?」
「不都合という程のものでは無いが・・・そのような優秀な官吏は中央で活躍させるべきではありませんか?もしくは、西方のどこか適当な市長にでもして、労をねぎらってやっても良いのでは無いかと思うのですが。」
カッシウスの回答に、ルシーリウスはやれやれといった風情で言葉を返すが、片眉を上げたカッシウスが更に言い返す。
「おや・・・ハル・アキルシウスはルシーリウス卿たっての願いで北方辺境へ異動させたはずですが。」
「ふむ、そうでしたかな?いずれにせよ優秀な者を辺境で腐らしておくわけにはいきませんでしょう。そうですな・・・武勇に優れたる者ということですから、軍へ転籍という形にしては如何でしょう?後任の州総督にはプルトゥス卿を推薦致します。」
痛い所を突かれたにもかかわらず、ルシーリウスは空とぼけて議論を素早くすり替え、軍の関心を誘う発言をした後にするりと自分の意見を入れた。
軍閥関係者は、現在の所不気味なぐらいの沈黙を守っており、この案件については全く発言していなかったのだ。
自分の言葉の効果を見定めるように、ルシーリウスは総司令官であるスキピウスを一瞥するが、スキピウスは腕組みをしたまま微動だにしていなかった。
・・・なんだ、何を考えている?
慌ただしく行った事前協議で、一応の賛同は取り付けたはずであるが、スキピウスの態度に不安を覚えるルシーリウス。
「・・・慣例であれば、州総督は辺境護民官がそのまま昇格するはずですが?」
しかし、直ぐにカッシウスが反対意見を述べてきた為、ルシーリウスはスキピウスの隣に控える副官の笑みに気付かないままカッシウスへと向き直った。
「時代は変わったのですよ、執政官。そのような腐敗の温床作りは賛同致しかねますな。ここは一旦人事を刷新した方が良いと思います。」
「腐敗?腐敗ですと!?」
静かに睨み合う2人の気迫に押され、議場は静まりかえっていたが、そんな中で軍閥の首魁、スキピウス帝国軍総司令官が議長へ発言許可を求めた。
「北東管区国境警備隊を解体し、兵1万5千を南部へ移動する許可を頂きたい!」
「い・・・いきなり何を言い出すのですか?」
議場に轟く大声に、怯んだような声でかろうじて言い返すルシーリウス。
今日の議題は北方辺境と辺境護民官についてのものであり、軍の配置転換は議題に含まれていないはず。
しかしそんな意見も全く意に介さず、スキピウスは言葉を継いだ。
「辺境護民官には、このまま北の抑えとなって貰いたい!アダマンティウスに北東管区国境警備隊の内5000を与え、第22軍団を新設しましょうぞ!辺境護民官に第21軍団の再建及び増強許可を与えておりますれば、アルフォードのいないクリフォナムなぞ簡単に押え込めましょう。北方に備えた軍を南へ移せば、更に2万は増強が可能です!この好機を逃す手はありませんぞ!今こそ南部大陸侵攻の許可をっ!!」
一気に自分の意見を言い終えたスキピウスに、議場は呆気に取られたが、いち早く立ち直ったカッシウスが、負けじと声を張り上げてスキピウスを窘めた。
「総司令官!今日の議題は北方辺境についてですぞ!」
その途端、あちこちで隣り合う派閥同士の議員達がつかみ合わんばかりの議論を始めてしまい、一瞬で元老院議場は蜂の巣を突いたかのような大騒ぎとなり、収拾が付かなくなってしまった。
「・・・静まれ。皇帝陛下からの下問があるっ!」
議長の声で、それまで議論に熱中していた議員達が座り始め、しばらくしてようやく落ち着きを取り戻した。
完全に静まったのは、随分経ってからであったが、満足そうに議場を眺め回したマグヌス帝は、ゆっくりと自席から立ち上がる。
「熱心な議論結構なことだ、これが帝国発展の礎である・・・まず、総司令官と執政官に尋ねる・・・北方の変事を何時掴んだ?何故我に報告が無いのだ?最悪の事態に備えるべき軍は何をしていたのだ?」
「うぬっ!」
「そ、それは・・・」
皇帝の下問に詰まり、冷や汗を掻く2人。
軍はアルフォード挙兵とシレンティウム攻めを把握してはいたが、帝国に侵攻する類いのものとは見なさず、また辺境の廃棄都市を防御する労力と効果を天秤に掛けた結果、放置した。
また、カッシウスはシレンティウムの存在が暴露されてしまうことを恐れて、シレンティウムの存在やその発展度のみならず、アルフォードの挙兵についても報告をせず、隠していたのである。
「ルシーリウスに尋ねる。辺境の護民官任命権は誰にあるのだ?」
「・・・」
辺境護民官は親任官であり、また中央官吏の人事権は皇帝に直結している。
解任や異動について、度々圧力を掛けて変えさせてはいたが、本来貴族とは言えルシーリウスが口出しを出来ることでは無い。
しかし今回の発言に人事干渉を匂わせてしまったルシーリウスは、先の2人同様冷や汗を掻いた。
「おのおの、自らの至らぬ所を反省するが良い・・・」
しかし、3人が恐縮している様子を見て満足したのか鷹揚に頷くと、マグヌス帝はそれ以上の追求をせず、ゆっくりと言葉を発した。
「執政官の申し様は尤もである。蛮王アルフォードが討たれたのであれば、これは帝国にとって喜ばしいことだ・・・辺境護民官ハル・アキルシウスには賞詞と大判金貨1000を与え、併せて州総督権限を付与することとするが如何。」
元老院議員達が皇帝の提案に拍手で賛意を示すと、マグヌス帝は頷き、再び言葉を発した。
「ルシーリウス卿の提案は一部を認める、皇族の1人を監察官としてシレンティウムへと派遣し、不正が行われていないかどうか視察させようと思うが、如何。」
再度、元老院議員達はその賛意を拍手で示す。
「軍総司令官の申し出はこれを認める、但し北方の軍指揮権限は辺境護民官を上位とし、非常時には更に1個軍団の増設を認めることとするが、如何。また、別に南部侵攻は計画策定後、まず我と執政官の裁可を求めるが良い・・・」
「はっ!必ずや!」
拍手に負けない大声で答えるスキピウスに笑みを向けた皇帝は、最後に締めくくりの言葉を添えて、閉会を宣言した。
「帝国の平和と安寧、繁栄を希求すべき者よ、良きに計らえ、この件については以上である。」