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第7章 都市再整備 戦後篇(その1)

改訂しました。

ベルガンの言葉の直後の部分です。

 シレンティウム籠城戦終結2日後、シレンティウム北城門


 降伏の軍使として元宮宰ベルガンは、辺境護民官と相対していた。

 自分よりも随分若く見える群島嶼出身のこの辺境護民官が、老いたりとはいえアルフォード英雄王を打ち破り、フリードの勇猛な戦士団を退けたのだ。

 肩口には固く結ばれた布、頬にはアルフォードが付けた傷があるが、至って平板なその姿からは、とても一騎打ちをしてのけるような胆力があるようには見えない。


「・・・では王の御遺体は、降伏と共に引き渡されるという事で宜しいですな?」


 アルフォードの遺体を巡る交渉はベルガンが覚悟したよりも容易く終わりそうである。

 ハルが要求したのはベルガンを中心とするフリードのアルフォード王派の降伏のみ。

 それは最初からベルガンの思う所であった為に、特段の条件と言う訳では無い。

 ただ、ベルガンは他の戦士長達の動向が気になっていたのだが、ハルが出撃の際に着用した王冠が予想以上の効果をもたらした。

 戦士長らはアルフォードを一騎打ちの末に降したハルが、アルフォードから受け継いだ王冠を付けた姿を見て、ハルをアルフォードの後継者と認め、アルフォードが約束した通りに降伏するという、ベルガンの意見を支持したのである。


「はい、それとベルガンさんには宮宰をして貰います。」


「私が引き続き宮宰を?」


「そうです、尤も呼称は変えさせて貰いますが・・・私は基本的にシレンティウムにいますので、北のフリードまで目が行き届きません。そこでベルガンさんにはフリード族の取り纏めをお願いしたいんです。」


「取り纏めですか・・・私だけがフレーディア城へ行った所で効果は然程もありませんぞ・・・それについては辺境護民官殿に一つお願いがあります。」


「何でしょうか?」


「我々と共にアルフォード王の御遺骸を奉じ、フレーディア城へ進軍して頂きたいのです。アルフォード王の後継者が姿を見せてやれば、直ぐにも族民達は従うでしょう。」


 いきなりの申し出である。

 面食らったハルを余所に、ベルガンは言葉を継いだ。


「辺境護民官殿はアルフォード王から王位と王冠を授かった身、その姿をフレーディア城においで頂き、族民達にみせてもらいたいのです。当然我々戦士は実力で王位を勝ち取った辺境護民官殿を知っております故に従いますが、族民達はそうではありませんからな。」


「・・・しかし・・・」


『問題なかろう、行ってくるが良い。』


 躊躇するハルに、突然現れたアルトリウスが言った。

 アルトリウスの姿に驚愕しつつも努めて平静を装うベルガンであったが、思わず声が震える。


「そ、そちらのお方は?」


「私の先任で、かつてアルフォード王とも剣を交えたアルトリウス司令官です。」


「な・・・なんと、帝国の鬼将軍が!」


 ハルの紹介に更に驚くベルガン。

 そしてアルトリウスは腕組み姿でベルガンに答える。


『うむ、今はこの辺境護民官の顧問官として都市の運営に携わっておる。よしなにな!』


「は、はあ・・・この様な事が・・・」


 未だ驚きから脱しきれないベルガンを余所に、ハルがアルトリウスに尋ねた。


「先任、問題ないんですか?」


『おお、シレンティウムは後片付け以外は問題なかろう。今は折角アルフォードが譲りおいた王位を無駄にはできんのである。それに北が何時までも動揺していては落ち着かん。何よりアルフォードがいなくなったフレーディアが心配である。』


 ダンフォードは3000余りの戦士を率いてフレーディア城へと敗走していたが、途中略奪した土地の族民達に次々と襲われ、戦士の数を減らしつつフレーディアから進路を変えて更に北方へと落ち延びようとしている事が分かっている。

 それらの情報は実際ダンフォードの軍を襲った族民達からもたらされており、信憑性は高い。

 ダンフォードらの母親は、フリード北方の有力支族であるフリンク族の出身である為、おそらく母方の伝を頼って落ち延びるつもりなのであろう。 

 裏を返せばフレーディア城は今無防備であるという事で、周辺部族や更に北のハレミア人が動き始めると厄介である。


 ただ占領されるだけなら良いが、そこは蛮族らしいクリフォナム人やハレミア人のすることである。

 暴力と略奪が伴う事は間違いなく、クリフォナム人が40年間中心とした城と城下町が滅んでしまうかもしれない。


「・・・私も行って良いですか?」


 ハルの後からエルレイシアが現われる。


「父の葬儀を叔母と共に司りたいのです。」


 もの問いたげなハルの視線に、エルレイシアはそう答えた。


「・・・分かりました、では3日後に出発します。」


 ハルがしばらく考えた後に返答すると、ベルガンは珍しく喜色を表して答えた。


「おお、それでは戦士長達にはその事を伝え、出立の準備をさせましょう!」




 

 同時期、東照帝国シレンティウム大使館


「・・・かくて英雄王は破れ、北方の地に新しい風が吹き始める事となるであろう。と。」


 城市大使の介大成は、今回の戦いの顛末を塩畔の西方府へ知らせる為、手紙をしたため終えた。

 筆を置き、介大成は大使館の窓からシレンティウム市街を眺める。


 戦勝に浮かれる様子よりも、忙しそうに戦場の後片付けや街の再修復に勤しむ市民達の姿がそこにあった。

 堰も再度修復され、湿地からの水は次第に引き始めているが、折角整備した東側の農場はめちゃくちゃになってしまっていた。


 しかしながら既に鍬や鋤を持った農民達が圃場回復に勤しんでおり、その顔に暗さは無い。

 また、ハルは戦死した戦士や兵士の遺体を敵味方の区別無く、都市南方の山麓へ墓地を造営して葬る事に決めたようで、棺に納められた死体は一旦太陽神殿に集められ、エルレイシアに葬送詩を送られる事になっていた。

 時折太陽神殿の屋根から魂魄が天に昇る様子が見えるのは、葬送詩に送られた魂魄が天へと昇る光景に他ならない。


「これで当面の脅威は消えた・・・しかし、異民族に王位継承とは、東方じゃ考えられないな。ダンフォード王子とやらの残党も大したことがなさそうとなれば、シレンティウムの発展を阻害するものは当面存在しないという事か。」


 介大成はそう独り言をつぶやくと、手紙の墨が乾いた事を確認し、丁寧に折り畳んで封書へ入れ、鑞で封をした。


「・・・では、少しだけご祝儀を用意しましょうか。」


 窓からシレンティウム行政庁舎を眺めつつ、手紙を手にした介大成は微笑んで言った。





 6日後、北方辺境関所


 シレンティウムの戦いの顛末が早馬で北方辺境関所にもたらされた時、アダマンティウスは直ぐさま使者を引見した。

 騎乗で駆け続けて来た帝国兵は疲労困憊であったが、水を飲み、息を整えてアダマンティウスへ一気に報告する。


「アキルシウス辺境護民官率いるシレンティウム市は、アキルシウス辺境護民官殿自身が敵英雄王アルフォードを一騎打ちにて討ち取り、ダンフォード王子のフリード族軍をシレンティウム郊外にて破りました!」


「我々が応援に駆けつける間もなく打ち破ってしまったか・・・!」


 報告を聞き絶句するアダマンティウス。


 しかも、あの英雄王を一騎打ちにて討ち取ったという。


「・・・直ぐに帝都へ使いを出すようにっ!口頭使者で構わない。」


 アダマンティウスが従兵に命じ、命じられた兵士が帝都へ早馬を走らせるべく、慌てて駆けてゆく。




たちまち戦勝に沸く関所。


 思うように兵士が集まらず、難渋していたアダマンティウスであったが、自分達が間に合わなかった事など些末な事と思えるくらいの衝撃だった。

 帝国北方における、最大にして最強の敵が、シレンティウムとの戦いで消えたのだ。

 その立役者である、ハル・アキルシウスの名は帝国に留まらず近隣諸国に轟く事は間違いない。

 それまでの 鬱々としていた気分を吹飛ばすかのような、偉大な勝利であった。

 


 上機嫌で執務室へ戻るアダマンティウスの目に、帝国兵とやり合う2人女性の姿が目に入る。


 関所はアルフォード王がシレンティウムを攻めるという情報が入った時点で閉鎖しており、帝国人の商人達やオラン人、クリフォナム人の族民達は一切出入りしていない。

 無駄に人心を動揺させるなという帝国軍上層部からの指示で、アルフォード王が軍を動かしたという事には触れていないが、関所閉鎖の通知は徹底させており、帝国側においては周囲の村や町にも既に触れは出してある。


 今はハルがアルフォード王を打ち破ったことで解放に向けて手続きが進んではいるが、そもそも、原則として帝国人の越境を認めてはいないのだ。 

 しかし見れば2人のうら若き女性が通過の許可を求めて粘りに粘っている。


「どうしたのか?」


「あっ、守備司令官。実は・・・」


 アダマンティウスが2人の猛攻撃にどう対応したものかと苦しんでいる兵士の同僚に聞けば、既に半月近い足止めにも屈せず、毎日ああして粘っているらしい。


「ふむ・・・奇特なものだ、事情があるのか?・・・とにかく話をしてみよう。」


 アダマンティウスはそう言いながら2人に近づいていった。

 



「・・・という訳で、関所を越える事は出来ないのだよ、お嬢さん方。」


 ルキウスの時と同じように、食堂で対応するアダマンティウスの理を尽くした説明に納得する様子も無く、机に身を乗り出しながら群島嶼の衣服に身を包んだ、長い黒髪の少女がアダマンティウスに噛み付く。


「何で身内に会いに行くのに制限があるのっ!?」


「そうです、私は・・・身内ではないですけど、とにかく御世話になった人が向こう側にいるので・・・どうしてもこの関所を通して欲しいんです。」


 そして、旅装ではあるが、もう1人の帝都の町娘といった風情の少女が穏やかにではあるが、無理な要望を出す。


「いや、そうではなくてだね・・・今は危険だからという事なんだが・・・」


 温厚な性格のアダマンティウスであったが、この2人にはほとほと困り果てた。


 シレンティウムでの戦勝はまだ国家の秘事であるが故に明かせない為、従来通りの説明を繰り返すことしか出来ないのだが、新たな頭痛の種に額へ手を添えて顔をしかめる。


「・・・とにかく、先は分からないが今は駄目ですな。とりあえず名前と年齢、それから北方辺境の知り合いの名前と行き先を教えて貰いたい。後でなら力になれると思う。」


 アダマンティウスの言葉に、2人は頷き、それぞれ名前と年齢、それに会いたい相手を言った。 


「秋瑠楓17歳!秋留晴義・・・じゃなかった、ハル・アキルシウス辺境護民官の身内なんだけどっ。今どこにいるか知ってますかおじさんっ!」


「プリミア・ロットです。歳は18ですが、もうすぐ19歳です。私が会いたいのは、ハル・アキルシウスさんという帝都で治安省の官吏さんだった人なんですが。」


そこで互いに隣の少女を見つめる2人。


「・・・え?ハル兄の知り合い?」


「ハルさんの・・・身内?」


 見えない何か鋭いものが交錯し、その2人の様子を見ていたアダマンティウスの額に冷や汗が浮かんだ。





 北方関所から10日後、帝都中央街区、元老院前広場


「・・・以上の顛末により、北方辺境護民官ハル・アキルシウスは蛮族クリフォナムの蛮王アルフォードを一騎討ちにて討ち取り、先任である英雄アルトリウスの汚名を雪いだのみならず、その子ダンフォードの軍を敗走せしめ、北方辺境に安寧と平和をもたらした。マグヌス帝はこの功績を激賞し、北方辺境護民官に彼の英雄アルトリウスの率いた帝国第21軍団の再建を認め・・・・」


 告示官吏がその大声を遺憾なく発揮し、元老院前広場で告示文を読み上げる。


 朝夕定時に1日2回行われる告示は普段訴訟関係者以外は聞く者もほとんどいないが、北方辺境での一戦が告示され始めると、たちまちその噂は帝都中に広まった。

 そして、告示の2回目が行われる夕方には、ハル戦勝の告示を聞きに来た帝都市民で広場は埋め尽くされる。


「・・・おい、ハル・アキルシウスって、貴族に逆らって北の辺境へ飛ばされたっていう治安官吏じゃ無かったっけ?」


「確か、変わった名前だから覚えてるな。」


「一騎討ちか・・・やるじゃないか。」


「左遷されたのに腐らず頑張ってたんだなあ。」


「まだ、帝国にも優秀な官吏が居たんだな・・・」


 告示が規定通り2回読み上げられると、それまで静かに告示を聞いていた帝都市民達がどよめき、ざわめき始める。

 次第にそのざわめきは熱を帯び始め、興奮が頂点に達すると、何時しか帝都市民の中から帝国万歳の声が上がり始めた。

 静かに進行する腐敗と身分格差、財産格差に社会の逼塞感が帝都市民を縛り、いつしか暗い雰囲気を纏うようになっていたが、久々に聞く胸のすく告示に鬱屈したものを発散させるかのように、歓喜の声が爆発した。



 北方辺境関所からもたらされた、戦勝報告に帝都は震撼した。


 帝都市民は、左遷された気骨ある官吏が、逆境にもめげず辺境で頑張っていた事に驚喜した。


 貴族派貴族は、左遷したはずの官吏が恐るべき力を付け始めた事に恐れを抱いた。


 中央官吏は隠し続けてきたシレンティウムの成功が明らかになった事に臍をかんだ。


 軍閥は帝国北方の脅威が大きく減退したことに気を良くし、南への野心を募らせる。


 そして、元老院は紛糾したのであった。



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