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第6章 都市増強 シレンティウム籠城戦(その7)

若干の改訂を加えました。

 半月後、シレンティウム

 

「・・・このまま包囲戦を続けるおつもりですか?」


 ベルガンの言葉に、むっとした表情を作るダンフォードであったが、膠着状態は動かしようのない事実である。

 食糧事情が心許ないが故の忠告であろうが、王子たる自分に対する口の利き方というものを考えないベルガンの発言に苛立ちを隠せないダンフォード。


 しかしここでベルガンに怒りをぶつけた所で何も解決しないのはよく分かっていた。

包囲をしているフリード戦士達の士気も弛緩してきている。

 精神的に粘り強い帝国人と違い、クリフォナムやオランの民はそういった面では籠城戦や包囲戦に向いているとは言い難く、半月もの籠城でフリードの戦士達は既に焦れている。

 ただしそれはシレンティウムとて同じ事こと、籠城に付き合っている市民の大半はオラン人やクリフォナム人なのだ。


 彼のアルトリウスも籠城戦に不向きな市民を戦闘前に都市から脱出させたからこそ、5ヶ月もの長期間、籠城を続けられたのであるし、一方はアルフォード王という飛び抜けたカリスマ性を持った王が陣頭指揮を執っていたからこそなしえた攻囲戦であったのだ。


「・・・ふふん、そろそろ仕掛けるか・・・奴らから挑発もされている事だしな。」


 昨日、シレンティウムから王の耄碌を揶揄され、その上で一騎打ちの申し出があった事は、フリードの全戦士が知る所である。

 ハルが東の城門の上へ仁王立ちになり、何事かと注目したフリードの戦士達に向かって滔々とアルフォード王の耄碌振りや理不尽振りを訴えて挑発したあげく、最後には帝国人の自分との一騎打ちも受けられない臆病者だと罵ったのだ。


 一騎打ちの申し出はこの時が初めてだったが、事前に申し入れをしたが断られたかのような意味合いを持たせた言葉に、戦士達は大いに怒り、これに応じない王子や宮宰に不満を訴えた。


 しかし、そんな挑発も意に介さず、反対をし続けたのが宮宰ベルガンである。


「・・・私は反対です。現段階で都市側に一騎打ちを申し出る意図が全く分かりません。未だ都市には物心両面で余裕があるように見受けられます。何らかの策が用意されているかも知れません。」


 シレンティウムを完全包囲したものの、フリード軍に決定的な決め手を持っていないと思っているベルガン。

 そのベルガンにはシレンティウムに内応や裏切りといった隙は見受けられないようにみえた。


 そして、いくら戦場では矍鑠としているとはいえども、アルフォードは齢80を数える。


ダンフォードは直ぐさまハルの申し出に乗ろうとしたが、宮宰の立場としては万が一があっては困るどころの話では無く、ベルガンは一騎打ちに強く反対していた。

 その為会議が紛糾し、回答が今日になったのである。

 ダンフォードの仕掛けた内応策や間諜による策は、一騎打ちにかこつけてアルフォード王を撃った後に発動する予定であるため、まだ合図は出していない。


 また、この策をアルフォードの宮宰であるベルガンに秘している事は言うまでも無い。


「・・・使者を出せ、王が一騎打ちに応じるとな!」


 そう言いつつ、ダンフォードは後方で居眠る父王の下に近づき、反対の為に止めようとしたベルガンより素早くその耳元に囁いた。


「父王、アルトリウスの後継者が一騎打ちを挑んで参りますぞ。」


「・・・なにっ・・・アルトリウスの、後継者だと?!」


 アルフォード英雄王はダンフォードの言葉を耳にした途端、がっと目を見開き、傍らの大剣を鷲掴んで立ち上がった。


 そしてそれまでの耄碌した様相を一変させ、老人とは思えない動きで大剣を力強く抜き放ち、豪快な刃音をさせて大剣を振り抜きながら叫んだ。


 アルフォードは普段耄碌していても、戦場の雰囲気を感じさせたり、攻撃的な言葉を掛けた時だけは、不思議と壮年時を思わせる動きを見せる。


かつての戦場の記憶が去来するのか、武人としての記憶が呼び覚まされるのか、いずれにしても悲しき性と言えよう。


「小癪な!直ぐに応じよっ、剣の錆にしてくれるっ!!」


 その様子をダンフォードはほくそ笑みながら、そしてベルガンは痛ましそうに見ていたが、当の本人は気が付いた様子も無く素振りを繰り返し、雄叫びを上げた。


 



 同時期、シレンティウム東城門


 アルフォードを乗せた輿が使者を露払いにして東城門の近くに現われた。


『ハルよ、来たぞ・・・!』


「・・・いよいよですか・・・」


 普段超然としているアルトリウスも、さすがに緊張感をにじませ、かつての仇敵が現れた事を、自分の後継者であるハルに伝える。


 先日一騎打ちの申し出をした際に回答を保留され、些か焦ったシレンティウムの首脳陣であったが、今日のフリード軍の動きを見て挑発が無駄で無かった事を悟った。

 ハルは気力を漲らせ、自分の武器である、先祖伝来の刀と、アルトリウスから借り受けた白の聖剣を手にしている。

 白の聖剣は帝国兵が一般的に使用するグラディウスと同型で飾り気の無いものであるが、非常に軽く頑丈でその点に置いては一般的なグラディウスとは比較にならない。

 片手で十分以上に取り回しが可能であったが、ハルは使い慣れない直剣でもある為、左手で防御を主として使う事を決めていた。

 

 敢えて不利となる事を承知で両刀にしたのは、自身の腕前にそれなりの自信を持っている事もあるが、アルトリウスの汚名返上の為という意味合いが強い。


『ハルヨシよ、我が聖剣は軽く頑丈ではあるが、アルフォードの剛剣を真っ向から受けるのは無謀である。ここぞという時以外は、まともに打ち合うでない。』


「承知していますよ先任。」


 アルトリウスのいつになく真剣な忠告をしっかりと受け止め、ハルは剣の鞘をゆっくりと払った。

 白く、冷気を纏った剣身が露わとなる。


「ハル・・・気を付けて下さい。」


 気遣わしげな様子を全面に出し、泣きそうな顔のエルレイシアがそう声を掛けると、ハルは振り返って小さく微笑み、手を挙げて城門に向かった。




「辺境護民官に告ぐ!我がアルフォード英雄王は最後の温情を示された!このまま都市を巻き込み最後の一兵まで戦うならばそれも良し、その際は兵、民一同全滅せよ!その方が都市の代表として英雄王との一騎打ちに応じるならば、兵及び民の命は安堵される!その方が負ければ、城門を開き降伏せよ!万が一にも我が英雄王が遅れをとらば、兵を退こう!返答や如何!?」


「一騎打ちの申し出をしたのはこちらが先だ!・・・私が勝てば降伏しろ!英雄王!」


「おう!!勝てると思うかっ小僧!良かろう、万が一にも貴様が勝たば降ってやろうわ!」


 口上を述べたダンフォードをからかうように返答したハルに、アルフォード王が応じた。

 齢80とは思えない張りのある声でハルの挑発に乗ったアルフォード王は輿からゆっくりと降りると、抜き身の大剣を右手に、そして黒い箱を輿に置いて進み出た。


 ハルの挑発に易々と乗ってしまったアルフォード王に、ダンフォードは渋い顔になるが、どうせ王諸共撃ち殺すのである。


 大勢に影響は無いと思い直して間諜への合図を出させた。




 僅かに開かれた城門からハルはシレンティウムの外へと出る。

 正面には頭二つ分程も背丈の違うアルフォードが仁王立ちしており、ハルはその近くへ静かに歩み寄った。


 お互い弓の射程距離ぎりぎりの位置に立つ2人。


 同時にシレンティウムの城門が閉じる低い音が聞こえる。

 これでハルに後は無い。

 次に城門をくぐるのは、勝利した時のみ。


「フリードの王にしてクリフォナムの王、アルフォード。」


「帝国辺境護民官、秋留晴義。」


 割れ鐘のようなアルフォードの声と、落ち着いたハルの声が重なった。

 周囲はこれから始まる戦いの行方と中身に思いを馳せ、しわぶき一つ無く静まりかえっている。


「・・・貴様がアルトリウスの後継者か?群島嶼の小僧。」


「そうですが・・・アルフォード英雄王。おとぎ話の英雄にこの様な形で会えるとは思っても居ませんでした。」


「ぐっぐっぐっ・・・おとぎ話か、確かに小僧にすれば現実味の無いおとぎ話の世界の出来事だろうが、あの時代を懸命に駆け抜けたわしらにとっては昔話であってもおとぎ話などでは無いわ。貴様ごときにアルトリウスの後継が務まるか、試してやろう!」


 そして戦いは唐突に始まった。

 ぐあっと獣のような声を上げ、アルフォードが大剣を一気に横へ振り抜く。

 ハルはとっさにアルトリウスから預かった左手に持つ白の聖剣でその切っ先をそらしつつ後へと飛び退る。


 すさまじい一降りに、かすっただけの聖剣がびりびりと震えた。


「ハルっ!!」


 後からエルレイシアの悲痛な声が聞こえてきたが、振り返る事は出来ない。

 ハルが心配ないというようにアルフォードから目を離さず手を振ると、アルフォードは片眉を上げてハルの後、城門上にいるエルレイシアをうかがった。

 そしてハルの腰に目を落とした。


「・・・ほう、よく見れば小僧、我が娘の結符を受ける身か・・・」


「耄碌している割には良くものが見えていらっしゃる・・・振りか?」


「ぐっぐっぐっ振りなどでは無い・・・戦場こそわしの居場所、戦場の風に吹かれれば正気にもなるわい。」


 言葉が終わるか終わらないかの内に振われた大剣がハルを袈裟懸けに襲った。

 金属同士が衝突するすさまじい不協和音と衝撃音が響く。

 ハルが聖剣でアルフォードの大剣を弾いたのだ。


「うわっ、80過ぎたじいさんの力じゃ無いぞ・・・!」


「なめるな小僧!わしの娘が欲しくばわしを打ち倒してみよ!!」


「おおっ?は、話が違うっ!」


素早く離れた後、攻守を入れ替え、ハルの刀と聖剣の鋭い斬撃が縦横から襲うが、大剣を片手で操り防ぎきるアルフォード。


「くっ、片手で・・・!」


「やるではないか若造!」


 再び攻勢に転じたアルフォードの暴風のような大剣の斬撃を避け、かわし、そして白の聖剣で弾き、剣先をそらすハル。


「それは・・・アルトリウスの剣か?」


 一拍おいたアルフォードがハルの手にする白の聖剣に気付いて言葉を掛けた。


「いかにも!先任の敗北による汚名は後任の自分が雪いでみせるっ。」


「ぐっぐっぐっ、貴様に果たせるか!?」


 油断無く剣を構え、威勢良く応じたハルに笑いを含みながら、アルフォードは答えて再び剛剣を見舞った。


「ぬっ、くそっ!」


 斬撃をかわしつつ、時折生じる隙を突いて反撃するが、ハルの攻撃はアルフォードに軽く受け止められ、弾かれてしまう。


「そのようなそよ風に類する攻撃ではわしに勝てんぞ、辺境護民官!!」


 剣を両手に持ち替えたアルフォードが、今までに倍する速度と力でハルに斬りかかった。



 



「お、おい、どうしたさっさとやれ!」


「合図は既に出しました・・・が、反応がありません・・・!」


「な、何だと?」


すさまじい戦いに双方の戦士や兵士が見とれている時、ダンフォードは焦りも露わに自分の従戦士をどやしつけていたが、受けた報告の内容に青くなった。


 とうに合図を出したにもかかわらず、間諜に反応が無いのである。


 シレンティウムから石弓の矢が飛び、とうに王と辺境護民官をハリネズミにしているはずが、未だ2人は激しく剣を打ち合い、剣戟の音を背景に見事な戦いを展開して双方の戦士や兵士を魅了し続けている。


「兄上・・・」


 デルンフォードが切羽詰まった声色で声を掛けてきたが、ダンフォードの耳には入らない。


「く・・・くそ、こうなれば・・・」


 アルフォードの危機にかこつけて援護射撃のふりをして2人を射殺してしまうか・・・

 しかし、幾ら流れ矢であったとしてもこの場合アルフォードに矢が当たれば、命令したダンフォードに明日は無い。


 それでも失敗した策はいずれ露見する。


 万が一にもベルガンや宮廷官などの、自分に対して反抗的なアルフォード王の側近達にもれれば自分達は放逐、最悪は命を奪われる事になるだろう。


「ちっ・・・」


 ダンフォードは決断を迫られていた。




 ぼくっと鈍い音をさせ、アルフォードの大剣が空振り、ハルの手前の地面を掘る。

 隙を見て取り、ハルが刀で首を目がけて素早く突きを入れるが、アルフォードは無理矢理地面を掘った大剣を跳ね上げた。

 下から迫る大剣に慌てて身をよじったハルだったが、予想外の反撃に大剣の切っ先が顔をかすり、小さく血が飛んだ。


 そして再度距離を取る2人。


「ふうううう・・・かはああああ・・・」


「・・・・」


 軽く息を弾ませている程度のハルに比べ、アルフォードは疲労の色が濃くなってきている。

 大きく肩で息をし、深呼吸を繰り返すアルフォード。

 翻ってハル。

 今出来たばかりの真新しい切り傷から顎に向かって垂れている血が、地面にぽとりぽとりと落ちるが、気にした様子も泣くアルフォードの動きを見据える。


「群島嶼の剣士よ、貴様はこの地に何を望む?わしらクリフォナムの民が住まう地に?」


「・・・平和と平穏、それに日常。」


 徐に口を開いたアルフォードへハルが応じると、アルフォードは皮肉な笑みを浮かべた。


「帝国の平和と平穏か?」


「違いますね・・・はっきり言って帝国の今のやり方は嫌いです。」


 ハルの言葉に面白そうな笑みを浮かべ直したアルフォードが更に問う。


「・・・ぐっぐっぐ、では、クリフォナムの民を導き、帝国に刃向かうという事か?」


「必要ならば。」


 断言するハルの言葉に目を見開くアルフォード。


「・・・アルトリウスの後継者か・・・良き後継者が来たものだ!あやつも喜んでいよう。」


 最後のハルの言葉に満足したのか、アルフォードはにわかに表情を引き締め、身体に力を込める。

 ぼこりと筋肉が脹れ上がり、肩口から背中に掛けての筋肉が盛り上がった。


「むううううんん!!!」


 大上段から振り下ろされた、飾り気の無い一撃は、しかし恐るべき力が籠められている。


 本来であれば、かわさなければ行けない一撃。


しかし、ハルは真っ正面から受け止めた。


大剣と刀、そして聖剣が触れた瞬間轟く衝撃音。


 受け止めたハルの両踵が地面を掘る。


 風が舞い、びりびりと振動が辺りに伝わる程の一撃を受け、ハルの両腕と背骨がきしんだ。


 まさに命と誇りを賭けた一撃に、ハルは膝を落としそうになる。


 しかし、反発力を蓄えていたハルの両膝と腰、そして腕が脹れ上がった。


「おああああっ!」


 気合い一閃。

 拮抗が破られ、ハルがアルフォードの大剣を弾き挙げた。

 そして、ばしっと厚手の布を叩いたような音が響く。


 わずかにかがんだハルの前で、アルフォードがゆっくり地面へと崩れ落ちた。

 横に薙がれた刀の跡がアルフォードの胴に刻まれたのだ。

 鎧を破り、肉体に届いた斬撃は、アルフォードの腹部を深く裂いた。


「・・・見事だ。」


 満足そうな笑みを浮かべ、仰向けに倒れるアルフォード。

 呆然とその様子を見送るハルの目に、フリードの弓戦士達が一斉に矢を番え、自分目がけて弓を引き絞る姿が映った。



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