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第6章 都市増強 シレンティウム籠城戦(その6)

 フリードの戦士団が丸太を抱えて向かうのは東の城門。

 

 堀を穿たれたシレンティウムであるが、東の城門だけは未だ橋が設置されておらず、土の地面が城門まで続いていた。

 

 北の溜め池から導入された水は、北西からシレンティウムの堀に流れ込み、その北、西南を囲んではいるが、東の城門において土の堤、つまりは通り道で分離されている。

 ハシゴや攻城兵器の用意が無いフリード軍は、城門を目指す以外に攻め口が無いのであるが、その勢いはさすが勇猛でもって鳴らすフリード戦士。

 獣に勝るとも劣らない喊声や怒声を張り上げ、両方から支えた丸太を城門に叩き付けるべく一気に突っ込んで来た。

 フリードの弓戦士達は城門へ突撃する戦士達を援護すべく、城壁の近くへ木の盾を手に駆け寄ってくると素早く据え付けた。

 そして城壁の上に陣取るシレンティウムの戦士や兵士目がけて木の盾の陰から盛んに矢を射掛け始める。


「落ち着いて応射しろ!」


飛来する矢羽根のうなりをものともせずハルが叫ぶと、城壁から一斉に矢が応射された。

 木製の盾を前に立て、その陰から矢を射掛けるフリードの弓戦士達に対し、シレンティウム側は、長方形に区切られた胸壁から複数の弓兵や弓戦士が矢を射る。

シレンティウム側が狙うのは丸太を持った戦士達。

 胸壁から射られた矢は狙い過たず、次々とフリード戦士に命中するが勢いは止まらない。

 肩や腕、背中に刺さった矢から流れる血もそのままに、フリード戦士は歯を食いしばり、獣じみたうなり声を上げながら丸太を叩き付ける。


 勢いある第一撃がシレンティウムの東の城門に加えられた。

 すさまじい地響きと破砕音が轟き、丸太の先端が割れ、木製の真新しい城門に凹みが穿たれる。


「凄いな、これでは幾らも保たない・・・!」


『何の、対処方法はある・・・大油壺を放て!』


 ハルが丸太の想像以上の威力に焦りを隠しきれずに言うと、アルトリウスが指示を下し、油壺が城門の脇から丸太の近辺に投じられた。

 脆い陶器製の油壺は、丸太や周囲の地面に落下すると割れて中に詰まった獣脂を周囲にまき散らす。


『火矢を放て!』


 再度のアルトリウスの号令で火矢が放たれ、撒かれた獣脂に火がつくと、その炎はたちまち丸太だけで無くその周囲の戦士達を包み込んだ。

 一旦丸太を持って下がり、第2撃を城門へ叩き付けようとしていたフリード戦士達は、突然の火勢にあおられて絶叫する。

 ある者は直接火を身体に受け、しばらくもがいた後に動かなくなってしまう。

 戦士達は悲鳴を上げて丸太を捨て、城門前からわらわらと脱出を始めた。

 勇猛なフリード戦士も火は苦手なようで、大やけど負い、仲間に担がれて後退しているものもいる。


 わっと歓声が上がるが、すれは直ぐに打ち消されてしまった。


「辺境護民官どの!あれを!」


 アルキアンドの切羽詰まった声にハルがその指さす方向を見ると、今度は長い丸太を抱えた戦士達が堀端にまで近寄り、力任せに大木を立てているのが見えた。


「弓兵!あれを狙え!!」

 

 慌ててハルが指示を下す。


 大木の根元で力こぶを作り、歯を食いしばって力の限り丸太を押し立てて堀の上に渡そうとしているフリード戦士を狙い、シレンティウム側から矢が次々と放たれた。

 しかし、城門へ向かった戦士達と同様に急所に当たらない限り一撃で沈む戦士はおらず、フリード戦士達はとうとう3本の丸太を直立に立て終えた。

 ゆっくりとシレンティウムの城壁に向かって傾いでくる丸太に、兵士や戦士が狼狽える。


「くそっ、落下地点の兵士は一旦待避!」


ハルの指示で、3カ所から兵が退いたと同時に、すさまじい衝撃音が轟く。

 丸太が胸壁を粉砕し、城壁の上に掛かった。

 1本はそのままずり落ちて堀に落下し、派手な水しぶきを上げるが、残りの2本はしっかりと城壁に食い込んでいる。


 シレンティウム側が近接戦闘の準備にかかるよりも早く、フリードの剽悍で身軽な戦士達が一気に丸太を駆け上がってきた。

 たちまち城壁に取り付いた戦士達は周囲で驚くアルマールの弓戦士を斬り殺し、城壁の下へと投げ捨てる。


「行けっ!敵戦士を排除しろ!」


 ようやく出されたハルの号令で帝国兵が城壁上に盾を並べて防御戦を張った。

盾の壁を築いた帝国兵は、辛うじて凶刃を逃れてきたアルマールの弓戦士をその後方に収容しつつ、フリード戦士にじりじりと迫る。

 フリード戦士は新たな敵の登場にも怯まず、喊声を上げて一気呵成に突撃し、激しく剣や槍、斧を振り回して斬りかかってきたが、帝国兵は戦列を緩めず落ち着いて待ち構えた。


 鉄と木、金属と金属、木と肉体、様々な者同士が衝突する音が幾重にも重なる。


 帝国兵が盾を隙間無く並べ、フリード戦士の猛撃を防ぎ止めるたのだ。

 しかしながら猛烈な攻撃や斬撃を受け、帝国兵の持つ長方形の大盾はたちまち傷付き、ぼろぼろになってゆくが、帝国兵はひたすらじっと我慢を重ねる。


 そして、攻め疲れたフリード戦士の息がわずかに切れた。


 攻撃の手が緩んだその一瞬の隙を逃さず、帝国兵は一気に盾を立てたまま前に押し出す。

 怒声を上げて狼狽えるフリード戦士。

 その必死の抵抗をものともせず、帝国兵は鬨の声を挙げて盾を押し、盾の隙間を一瞬作って剣や槍の穂先を激しく突き出した。

 腹や足を刺突され、血しぶきに沈むフリード戦士。

 やがて勢いは逆転し、フリード戦士は前後から帝国兵の挟み撃ちに遭って丸太を掛けた地点にまで押し戻されてしまった。


『小壺を丸太へ投げよ!焼き払え!』


 アルトリウスの命令で油の詰まった小さな壺が丸太へ投げつけられる。

 次々と破裂して丸太を獣脂まみれにする油壺の上に、再び火矢が放たれた。

 破裂するような音を上げ、たちまち丸太が火に包まれると、後続しようとしていたフリード戦士達は堀へと悲鳴を残して落下してゆく。

 残ったフリード戦士達も息が上がっており、満足に戦えないまま帝国側の兵士や戦士達の手にかかって堀へと突き落とされた。


 盾で破れた胸壁を補い、フリードからの弓を防ぐ帝国兵の姿に、フリード戦士達はそれ以上の攻撃を諦めざるをえなくなった。

 やがて、焼け焦げ炭となって脆くなった丸太がボキリと折れ、堀へと落下すると、帝国兵が一斉に盾をがんがんと城壁に打ち付け、どっと歓声を上げる。

 



「先任、そろそろ敵の弓戦士にも打撃を与えておきましょう。」


『うむ。』


 アルトリウスが頷いたのを確認し、ハルは弓戦士達を一旦回復した城壁から退かせると、帝国製の弩を装備した帝国兵を胸壁に並べた。


「よし、構え・・・放て!!」


 ハルの号令で、弩が一斉に弦を鳴らし、直線的に飛ぶ短い矢が木の盾の陰に隠れているフリードの弓戦士達を襲った。

 威力のある弩の矢はフリード戦士が用意した木の盾を易々と食い破り、その陰で身を潜めていた弓戦士達の肉体に炸裂する。

 フリード軍の陣営のあちこちで、叫び声と驚愕の怒声が上がった。


「第2射、放て!」


 ハルの再度の命令で、装填が終わった弩が再び矢を放つ。

 矢は先程と同じように、フリードの盾を砕き、打ち抜き、そして破壊して戦士達に突き刺さった。

 動揺したフリード戦士達がそれでも懸命に応射しようと、後方から新たな盾を用意している様子が見えたが、泥縄的な対処でしかない。


「装填終わったか?・・・よし、第3射、放てっ!」


 だめ押しの矢が放たれ、用を為さない盾の後で次々と倒れるフリードの弓戦士達。

 とうとう弩の威力に我慢できず、フリード軍は後退を始め、シレンティウムの城壁からは緒戦の勝利を誇る歓声が上がった。






「弩がこれ程用意されていたとは・・・くそ、これでは近すぎる!下がれ!!」


 アルトリウスがしまい込んでいた40年前の物とは思えない弩の威力に押され、ダンフォードは堪らず弓戦士達に後退の命令を出す。

 弓戦士達は破壊されてしまった木の盾をその場に放棄し、這々の体で自陣まで戻る。

 自軍の弓の威力を高めようと近接射撃を命じたが、シレンティウムが擁していた大量の弩によってその作戦は完全に裏目に出てしまった。


 都市からの歓声が憎々しいが、どうする事も出来ない。


 丸太での破砕作戦も火攻めにあってひとまずは中断を余儀なくされており、フリード軍は第1回目の攻撃にしくじり、元の布陣へと戻ったのであった。


 しばらくしてベルガンがダンフォードのいる本陣まで報告に現われた。


「・・・ダンフォード王子、この一戦での被害は200名程度です。」


「何だと!!」


 たった一回の戦闘、しかも緒戦で出すには余りに多すぎる犠牲に、ダンフォードは激高するが、ベルガンは意に介せず淡々と報告を続けた。


「それに、考えていたよりもシレンティウムに入っている戦士や兵は多いようです。恐らく2000は居るのではないかと・・・」


「ふん、たったそれだけか・・・力攻めでも良いが・・・」


 緒戦での敗退は痛いが、まだまだ戦いはこれからである。


 ダンフォードは熱くなった頭を冷やして考えなおす。


 ダンフォードとしてはこの戦いの最中に、帝国の手で、という形で父王を始末してしまいたい。

 英雄王の死によって帝国に対する敵愾心を煽り、クリフォナムの結束を固めた上でハレミア人やオラン人より更に優位に立ち、この大陸の北の地に覇を唱えるのだ。

 その為にシレンティウムへ間諜を忍び込ませて策を練り、アルスハレアを逮捕してまで太陽神官の権威を手に入れた。


 それに戦場で王が死んだとなれば、その軍権を自然に引き継ぐ事が出来る。

 戦勝で獲得されるであろうシレンティウムの莫大な財宝は、ダンフォードの権威向上に役立つ。

 この兵力差があれば、力攻めで簡単に都市を攻略できると踏んだのだが、緒戦でシレンティウムの見せた反撃力を考えると、このまま強攻した場合こちらの被害も無視できない程大きくなることが予想された。


 シレンティウムの太陽神官も内応を約束したようであるし、ここは予てからの策通りに事を運んだ方が良いだろう。 


 何も焦る事は無いのだ。


「・・・では、予定通り都市を包囲する、無理に攻める必要は無いぞ。」


 ダンフォードは落ち着きを取り戻して配下の戦士長達へ命令を下した。





『随分下がったな・・・まあ、予定通りである。』


 シレンティウムを遠巻きに包囲し始めたフリード軍を見てアルトリウスが感想を漏らす。


「おそらく、このまま包囲戦に持ち込むつもりですね・・・各自交代しながら休憩を取るように。義勇兵は直ぐに胸壁の補修にかかってくれ!」


 ハルが言うと、半数の兵と戦士が城壁の下へと降りると、変わってシレンティウム市民から応募してきた義勇兵がセメントや煉瓦、壁石を運んで城壁へと登ってくる。

 そして、帝国兵が盾で補う破られた胸壁の補修に取りかかった。

長丁場になる事は最初から分かっていたのである、焦る事は無い。

 しばらくは持久戦となるだろうが、策はこちらにもあるし、食料や消耗品、補修材の類いも十分確保されている。


「・・・動きがあるのは半月後といった所ですか。」


「ええ、それくらいになるでしょう。」


 アルキアンドが言葉を発すると、ハルは頷きながら答えた。




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