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第6章 都市増強 シレンティウム籠城戦(その5)

 フリード軍、アルフォード王本営


 張られた豪奢な天幕の中で、若い男の怒声が響く。


「食料の確保が出来ないって・・・どういう事だ!」


「南部諸族はこぞって余剰食糧をシレンティウムへ売却してしまったそうです。」


 冷静な男の声が窘めるような響きで答えると、更に激高した様子で若い男の怒声が響いた。


「・・・何?裏切りか!?」


 天幕の中では上座に位置する若い金髪の男が、中年の物静かな雰囲気を持った男を苦々しく睨み付けていた。

 しかし中年の男、宮宰ベルガンは若い男、ダンフォード王子のとげとげしい視線に動じた様子も無く、言葉を淡々と返す。


「いえ、そうではありません。開拓民を養う為に既に買い付けを終えていたようで、アルフォード王が兵を発する以前の日付で契約書が残されています。」

「くっ・・・!族民の分の食料はあるんだろう!?供出させろ!!」

「それは下手をすれば武力を伴うことになりますが、宜しいのですか?南部諸族を敵に回すことになりますぞ。」


 ついに発せられた無理な要求に、ため息をつかんばかりの様子でベルガンがはっきりと窘めたが、王子は窘められたことにすら気付いていない様子で言葉を継ぐ。


「・・・やむを得んだろう?戦いに食料は必要だ!とにかく何でも良いから出させろ、それが駄目なら徴発するんだ!」

「・・・分かりました、今一度各村邑に働きかけを致しましょう。」

「手ぬるい!良いから村一つ焼き払って我々の本気を知らしめろ!そうすれば他の村は食料を供出する!」


 妥協案を示したにもかかわらず、納得しない王子に、ベルガンははっきりため息をついた。


「王子、そのような事をすればクリフォナムの結束が揺るいでしまいます。」

「・・・王命に逆らうのか?いいからやれっ!南部諸族など気にするな!」

「・・・」


 人差し指を突き出し、出口を示したダンフォードに呆れたベルガンは、ダンフォードの背後を見遣り、黙って一礼を残して立ち去る。


 天幕から出るベルガンの背中を憎々しげに見送ったダンフォードは、その宮宰が見た自分の後方で居眠りをする父、アルフォードを振り返った。

 黒い箱と大剣を手放さず、器用に船を漕ぐアルフォードを苛立った様子で見た後、ダンフォードはうろうろと天幕の中を行き来する。

 シレンティウムへ大量に潜り込ませた間諜から、工作活動が順調であるという内容の知らせが既に届いている。

 また、別の間諜からは王諸共石弓での狙撃が可能になったとの知らせも来た。

 協力者との連携も成功したようで、どうやらシレンティウムでは予想以上に事が上手く運んでいるようである。

 最後に、エルレイシアから誇りに殉じるという内容の言づても届いた。

 しかし、自分が率いる軍には不都合が生じ、宮宰は口やかましくて自分の言うことを聞かない。


「くそ、戦士は十分集まったというのに・・・どうして上手くいかない!策も上手くいっているはずなのに!」


 ダンフォードは叫ぶと同時に立てられていた燭台を蹴り倒した。

 派手な音を立てて転がる燭台。

 その近くには鎧を身に纏った神妙な顔のシャルローテとデルンフォードの姿もある。

 しかし、アルフォード王は騒音を気にもせず眠り続け、その姿にダンフォードはより一層苛々を募らせた。


「くそっ、何故だっ!」


 苛立ちを隠そうともせず、戸惑う弟妹を余所に、ダンフォードは頭をかきむしって叫ぶのだった。




 軍を催すにあたり、ダンフォードは王直卒の軍であること、自分達がその軍を直接指揮することを名目にして、王の身柄を宮廷官や宮宰から切り離すことに成功した。

 久々の戦いということもあり、この時期においては破格とも言える、7000名余りの戦士が集まり、フレーディア城は戦争直前の活気に湧いた。

 他部族についてはベルガンが強硬に反対意見を述べたことから招集は諦めたが、それでもまともな防備も戦力も無いシレンティウムを攻めるには十分な数である。


 直ちに進軍を開始したが、直ぐに問題は発覚する。

 戦士達はクリフォナムの伝統に従い、3日分の携帯食料を持参しているが、それ以降の食料は戦士長や王が用意する。

 おおむね現地調達という名の略奪によって確保されるが、今回はクリフォナム人の住まう地域においての戦いであり、むやみに略奪をすることも出来ず、結果ベルガンにより進軍先の部族や村邑に食料の用意を求めたのだが、これがはかばかしくない。


 理由は、ハルの仕掛けた食料買い占めである。


 おまけにハルはその際に各部族の者達が責めを負わないように、日付を偽装した契約書を作成し、各部族に必要な枚数を配布していたため、ベルガンの抑えも利いている事と併せて各村邑は今のところ無理な徴発をされていない。

 しかし、余りにも食料の集まりが悪く、ダンフォードが遂に堪忍袋の緒を切ったのであった。


「・・・やってられんな、アルフォード王が掲げたクリフォナム人の結集もこれまでか。」


 ベルガンはやりきれない思いであったが、それでも未だアルフォード王は存命であり、存命である限りは義理がある。

 義理がある限りは、例え無能と雖も子供の面倒は見てやらなくてはならない。

 そして、戦いに勝たねばその義理は果たせないのだ。


「・・・最低限のことはやらねばいかんか・・・仕方ない。」


 肩を落とし、ベルガンは自分付けの戦士達を率いて食料調達へ向かうことにした。





 アルフォード王本営直近、アルゼント族ナルテア村


 フリード軍の本営から最も近い村の広場で、戦士長と村長が会話とも言えないような話し合いを持っていた。


「そ、それでは略奪ではありませんか・・・!」

「そうだ、出さねば奪う。」


 戦士長の言葉に一瞬、絶句した村長は次の瞬間怒りに顔を赤く染めた。


「・・・わ、我々にどうしろと・・・飢え死にしろというのか!」

「・・・シレンティウムとやらに面倒を見て貰えば良かろう?」

「そ、それが同胞の言葉か!?ほ、本気なのか?」


 信じられないものを見る目で戦士長を見る村長だったが、それを意に介す様子も無く戦士長はごく普通に言葉を発した。


「では、始める、抵抗すれば村を焼く事になるぞ。」

「そ、そんな・・・」


 村長が止める術も無く見守る中、フリード戦士達の家捜しが始まった。

 家捜しとはいっても別段村の族民達は食料を隠している訳では無い。

 余剰食糧が無いので供出をしなかっただけであり、自分達の分は家々に普通に保管してあるのだから、直ぐに見つかる。

 剣を手に家々の扉を乱暴に蹴破った戦士達は、突然の侵入者に驚く村人達を余所に、食料を奪い、あるいは剣で脅しつけて運ばせる。


 抵抗する者は殴りつけ、蹴り倒す戦士達。

 たちまち村は騒然とした空気に包まれたが、剣を取り出し抵抗しようとする村民達を村長はかろうじて押し止めた。

 村の広場に集められた食料は、村民が次の収穫までに食い繋いでいくはずだったもの。

 その量にひとまず満足した戦士長は、村の族民達を使い、村にあった荷車へ食料を積み込ませる。


「ではな、村長。辺境護民官に宜しく伝えてくれ。」


 戦士長の捨て台詞に、わなわなと拳を振わせる村長であったが、どうすることも出来ずに自分達の食料を積み込んだ荷車を眺めることしか出来なかった。


「村長!」

「何ですかこの仕打ちは!黙っているんですかっ!」


 村人の声に振り返った村長の視界には、怪我をして倒れた者や、蹴破られて無残な姿をさらす家々がある。

 集まってきた、顔を腫らし、腕を抱えた村人達に、村長は怒りに震えながら言い放った。


「黙ってなどおらん!わしらの食料だけで無く、誇りも奪ったあ奴らには必ず仕返しをしてやる・・・皆の者!荷を纏めよ!シレンティウムへ加勢に行くぞ!」


 村長の言葉で、途方に暮れていた女子供や男達に生気がよみがえった。





 10日後、シレンティウム東城門


 アルマール村の方角から黒煙が上がった。


 恐らくアルマール族の離反を知ったアルフォードの軍が、無人のアルマール村を焼き払ってしまったのだろう。

 しばらくすると、空に赤い炎の陰もはっきり映っており、アルマールの人々は黙って自分達が長年暮してきた村が無くなるのを、間接的にではあるが目の当たりにしてしまう。 

 アルマール村の人々は城壁に上り、赤い空が白んで夜が明け、煙が絶えた後も、目に刻み込むような強い視線をいつまでも北東へと向けていた。


「薄々こうなる事は分かっていましたが・・・やはり落胆と衝撃は酷いものですな・・・」


 怒りとも寂しさともつかない表情でアルキアンドは夜空を眺めつつハルに言ったことを思い出ながら、ハルはアルトリウスの待つ東の城門へと上る。




『間もなくアルフォードの率いるフリード軍が現われよう。』


 城門の上で北東方向を見るハルに、アルトリウスが言った。

 無言で頷くハルの前へ、幾らも経たないうちに森の切れ目から、思い思いの鎧兜に身を包み、剣や槍、弓を持った戦士達が一応の戦列を組んで現われ始めた。

 後方に輿が用意されている事が分かる。

 10名程の屈強な戦士達が担ぐその輿の上には、アルフォード王と思しき人影が悠然と抜き放った大剣を前に突いて座っている。

 その周囲には王子だろうか、豪華な鎧に身を包んだ若い男が2人に女が1人、これまた屈強な護衛戦士達に周囲を固めさせて現われた。


「あれは・・・左がダンフォード王子、右がデルンフォード君で、女がシャルローテ様ですな。」


 ハルに続いて城門へと上ってきた完全武装のアルキアンドが、額に手をかざしながらその姿を望見してハルに説明した。

 大方の予想と異なり、北東方向から現われたアルフォード軍は、シレンティウムの堀に驚きつつもこれを避けて東の城門前に布陣しつつある。


 攻囲戦を挑むつもりは無いのか、シレンティウムを囲む事はせず、野戦のような布陣を敷くフリード軍にハルは戸惑いを隠せない。


「んんっ?どういうつもりだ?」

『・・・ふむ、野戦布陣だな。』


 ハルの戸惑いをアルトリウス肯定すると、アルキアンドが口を開いた。


「・・・シレンティウムの城壁に戸惑っているのではありませんか?」




 アルキアンドの予想通り、ダンフォードは戸惑っていた。


「・・・どういう事だ?堀と城壁が整っているぞ・・・」


 ただの廃棄都市と思いきや、シレンティウムはすっかり様変わりして防備が整っている。

 破れていた城壁は再び大理石で結び直され、その外には新たに水の張った堀が設けられているのであるから、戸惑わない訳にはいかない。

 聞いていた話とは全く異なる様相を見せるシレンティウムに、ダンフォードだけで無く、ベルガンや戦士達も一様に戸惑いと驚きを隠せないでいた。


 ましてや間諜からの報告も来ていないのである。

 ベルガンは嫌な予感がしたが、ダンフォードの顔を見て進言するのを諦めた。


「・・・周囲の木を切れ、出来るだけ長くな!」


 ベルガンが指示を出し、斧を武器とする戦士達が直ぐさま周囲の木を切り始めた。

 攻城戦を想定していなかった為、攻城はしごすら持参していないフリード軍は、このままではシレンティウムを攻める術が無い。

 力攻めになった場合は、大木を倒して堀の上を渡した上で城壁に立て掛け足場とするのだ。 長さの足りない木は、破城槌代わりになるだろう。

 しかしながら周囲とは言っても、開拓が進んで木は随分と切られてしまっており、思うような大木も少ない上に、大木であればあるほど城壁の前まで運ぶのも一苦労である。


 戦士達は苦労して木を切り倒し、枝葉を払って縄を掛けると自陣まで人力で搬送する。

 慣れない作業は遅々として進まず、ベルガンの苛立ちをかき立てた。


「早くしろ!」


 食料は一応調達できたが量的には非常に心許なく、この戦いには余り時間を掛けていられないことは明白であるし、シレンティウムの情報が正しく伝わっていなかった事も気になる。


「急げ!」


 ベルガンは何時もの冷静さを焦りで失い、声を荒げて戦士達を急かした。





『ほう、目端の利く者が居るのであるな。』

「・・・大木を橋代わりにして堀と城壁を押し渡るつもりですね。」

『うむ、それに破城槌の代わりでもあろう。』

「なるほど・・・」


 アルトリウスの声に振り返ったハルは、その指さす方角を見て言葉の内容を理解した。

枝葉を切り払われた大木が何本も用意されている。

 長い物はハシゴや橋代わりに、短い物は城門を破る為の破城槌代わりに使うつもりだろう。


『・・・ま、これくらいは予想の範囲である。』


 アルトリウスは後ろにある油の入った壺を見て言った。

 用意された大木は、東の城門付近に並べられる。

 また、フリード軍は攻囲をせず、東の城門付近に野戦布陣で居座ったままである事から、兵数を考慮して東の城門を破る事に全力を傾けてくるつもりであろう。

しばらく様子をうかがっていると、ダンフォードと思しき者が城門の前へ進み出て来ると、肩を怒らせて声を張り上げた。


「我は英雄王の後継者、クリフォナムの民が部族、フリードのダンフォード!廃棄都市の辺境護民官に告ぐ!速やかに城門を開き降伏せよ!我らは我らの誇りを掛け、我らの大地から帝国を排除する志で集まったアルフォード英雄王の戦士団である!城門を開き軍装を解いて降伏するならば英雄王は温情を与えるであろう!!」


 ハルは周囲に敵の弓兵がいない事を確認してから城壁より身を乗り出して応じた。


「辺境護民官ハル・アキルシウスだ!その申し出は断る!我らは廃された都市と土地を持ってこの地に生活を築こうとした!それを破壊せんとは何事か!英雄王に申しあげる!民の平穏を願うならば兵を退け!追討ちはしない!」


「・・・従わないのであれば武力を持って意を通すのみ!降伏の機会を拒んだたこと、後悔するな!!」


 ハルの言葉に余韻を残さず、吐き捨てるように叫び返したダンフォードが自陣へと速やかに引き返す。


「・・・最初から退く気なんて無いのによく言うな。」

『まあこれも一つの様式というやつである。』


 ハルがその背を見ながらこぼし、アルトリウスがそれに応じると、アルキアンドが配下の戦士達に指示を出し始めた。


「・・・来ますぞ!」


 アキルアンドの言葉が終わるか終わらないかのうちに、フリード軍の戦士団が喊声を上げ、大木を左右から抱えて一気に突っ込んできた。


 戦いの火ぶたが切って落とされたのだ。




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