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第6章 都市増強 シレンティウム籠城戦(その4)

 シレンティウム開拓民専用居留区、深夜


 明かりは無いが、満月が地を照らし、闇に慣れた目であれば十分物を見ることが出来る夜。

 掘っ立て小屋に、泥で汚れた男達が集まりなにやらひそひそ話をしていた。


「城壁は大分高くなっているけども、狙撃できるポイントは多く無い。」

「志願兵や義勇兵に紛れ込むにしても、戸籍を一々作ってやがるから、難しいんだ。」

「いっそ、シレンティウムの市民として戸籍登録してから義勇兵に参加してはどうだ?」

「だめだ、シレンティウムの友好部族の推薦が無いと戸籍が貰えない。俺らが帝国人を装うには無理があるしな・・・」

「毒も無理だ、直ぐにばれる・・・水が良すぎる・・・」   


 フリード族の間諜達は、開拓民の募集に紛れ込んでシレンティウムのあちこちへ潜入していたが、いよいよ攻撃が始まるという段階になり、一旦集まって策の確認を行うことにしたのである。


「帝国製の石弓は用意できた、これで狙撃は可能だ。策は狙撃でいく、良いな?」


 1人が言うと、他の全員が闇の中で目だけを光らせてこくりと頷いた。


「そこまでだ!!シレンティウム行政府だっ!!」


 掘っ立て小屋の扉が帝国兵に蹴破られ、ルキウスが指向灯で部屋の中を照らし出した。

 その直前にルキウスの顔を見た間諜の1人が叫ぶ。


「!!?くそっ、アエティウス治安官だっ!」


 いきなり光を当てられて一瞬目がくらんだ間諜達であったが、相手がシレンティウムの治安を預かる曲者治安官であることを知り、抵抗を試みず即座に脱出をはかる。

 しかし、周囲を既に帝国兵に取り囲まれ、逃げ道を塞がれた間諜達は儚い抵抗の末に全員が捕らえられた。


 数名は激しく抵抗したので、帝国兵が槍で突き殺してしまったが、首尾は上々であろう。

 間諜達を縛り上げて行政府へ連行した後、ルキウスが掘っ立て小屋の中を改めると、石弓が20挺、毒の入った瓶、毒を塗ったナイフ数本、それに剣や投げ槍などの武器が用意されていた。


 そして奥の方には、籠に入れられた伝書鳥が8羽。


 指示と思しき木の葉の手紙も数枚ある。


「ふっ、よし、これで任務終了だ。」


 ルキウスは掘っ立て小屋の中に散乱していた物品全てを持参した木箱に入れさせ、自分は鳥籠と木の葉の手紙を大事そうに持って行政府へと引き上げた。





 同時刻、シレンティウム北城門

 

 城門の閂付近で、なにやらうごめく陰がある。

 その陰はやがて大きな木槌を取り出した。


『この様な夜更けに、何をしているのか?』

「・・・くそっ、何故見つかった?」


 アルトリウスの声に、木槌を振り上げようとしていた男がうめいた。


『答える必要は認めんな・・・』

「ううっ・・・くそう!」

『その大槌を捨て、悔い改めれば措置を考えてやらんでも無いぞ?』


 ニヤニヤしながらアルトリウスがすいっと近づくと、男達はじりじりと後ずさった。


「・・・うわああっ」

『馬鹿め!』


 破れかぶれになって、木槌を閂金具へ振り下ろそうとした男へアルトリウスは一瞬で間合いを詰めると右手で軽く触れ、金槌を叩き付けようとしていた男を左手で触る。

 更に斧を閂に叩き付けようとした男を両手で触った。

 ゆらりと揺れた後、男達は次々に昏倒し、地に倒れ伏す。


『・・・やはり不味いな・・・アルフォードの所も人材不足であるな・・・』


 心底不味そうな物を口にした顔で、ルトリウスはぼやき、待機していた戦士達を呼び寄せて後始末をまかせると、その場を後にした。




 同時刻、シレンティウム北東城壁


「よし、ここに紐を仕込め・・・そうだ、これでこれ以上石を積んでもこの紐を引けば、この高さから崩れ落ちる・・・紐は上手く泥で隠すんだ。早くしろ。」


 1人の指示で複数の男達が城壁に取り付き、石の間に詰められたセメントを削って、太い紐を仕込もうとしていた。


「それは困りますので、取り除いて頂けますか?」

「・・・困るどころの話じゃないでしょう。」


 女の言葉に男が呆れたような声を出す。 

 突如現れた男女に、男達の緊張が頂点に達するが、2人だけである事を見て取った指揮者が冷静に指示を出した。


「・・・何だ、2人だけか・・・おい、やっちまえ。」


 面倒だが、こいつらを始末した後で別の場所に仕掛けを再度仕込めば良い。

指揮者の命令を受け、無言で懐から短刀を抜き、構える男達。


「月の神よ・・・害意を持つ者の力を失わしめ賜え。」


 女が杖を前に出し、静かな声でそう唱えると、ふわっとした空気が周囲に満ち、次の瞬間指揮者を除いて全員が短刀を取り落とす。

 そして男達は更にガクガクと震えながら地面へと崩れ落ちる。


「くっ!」


 指揮者が倒れる部下を目の当たりにし、慌てて剣を抜いて女に斬りかかったが、前に出た男に振り下ろそうとした手の肘を拳で叩かれて剣を宙に飛ばされた。

次の瞬間、腹に男の膝が突き刺さり、指揮者は空気を全て吐き出さされて気を失う。


「・・・危ない危ない。」


 飛んだ指揮者の剣を空中で受け止め、崩れ落ちる指揮者を横目に、男はそう言って安堵のため息をついた。

 そして女がその背にそっと寄り添って言う。


「・・・ハル、助けてくれて有り難うございます・・・」

「今・・・ワザと隙を作ったでしょう。」


 ハルはエルレイシアの言葉に呆れてそう言い、むーどないです、とすねるエルレイシアを促しながら、気絶した間諜達を縛り上げて搬送の兵が来るのを待った。





 翌日、シレンティウム行政府執務室


「・・・という訳で、アルトリウス先任軍団長のご協力の下、フリード族の間諜は一網打尽にしました。」

『うむ、我が都市のことである、当然であるな!』


 シレンティウムの主立った者が集まった席で為されたルキウスの報告に胸を張るアルトリウス。

 昨日の一斉摘発を逃れ得た間諜は1人もおらず、籠城準備でこれから出入りを厳しく制限する為、シレンティウムとフリードの人を介しての繋ぎは、ほぼ不可能になる。


 間諜達はその為に伝書鳥を複数持ち込んでいたが、それもこちらで無事確保が出来た。


 後はフリード軍が戦を開始するまで、フリード側の策が順調である事を偽装し続けられれば良い。

 アルフォード王の動き以前は一切シレンティウムにいなかったフリード族の者達が多くなっていたので、ルキウスはヘリオネルとレイシンクに依頼し、目端の利いた者をそれとなく監視に付けていた。

 またフリード族は元来戦士の部族でこの様な間者働きに向いているとは言えず、随所で不審な動きをしているフリード族の者がいるとの通報が市民から寄せられてもおり、ルキウスはそのアジトについてはかなり正確に把握していたのである。


しかし今回の作戦はその性質上失敗は許されないことから、念のためにアルトリウスの索敵能力を加えた上で、昨晩の一斉摘発の大成功につなげた。


「間諜を取り調べた結果、策は狙撃に決定しかかっていたみたいだ。狙撃場所もいくつか聞き出せたし、アジトに帝国製の最新式石弓が準備されていた。因みに、王に流れ矢が当たっても不問にされることになっていたらしい。」

「・・・ということは、アルフォード王の臣下ではありませんな。」


 ルキウスの報告に、アルキアンドが不快そうにつぶやいた。

あわよくば王を撃って帝国が卑劣な手を使ったと言うことを宣伝する為、わざわざ帝国製の石弓を用意したのだろう。

 ルキウスはアルキアンドの言を肯定しながら言葉を継ぐ。


「ああ、王子のダンフォードとか言う奴の臣下らしいぜ。」

「・・・あの馬鹿王子か。」


 アルマール族への貢納徴収に最も熱心だったフリード族の王子だ、アルキアンドの不快な顔が更に嫌悪へと変わる。


『アルフォードの主導では無くなっているのか・・・宮宰は何をしている?』

「宮宰ベルガン殿はむしろ戦いを避けたがっていると思います。元々帝国そのものはともかくとして、制度や技術の導入にやぶさかではありませんでしたからな。」


 間諜が王子の臣下と聞いてアルトリウスが尋ねると、アルキアンドがそう答える。

 さらにアルキアンドは、王子達の人望の無さや、フリード族の個人主義的な特性について説明を加えた。

 シレンティウム攻めの発案と発動はアルフォード王が行ったかもしれないが、それ以後の取り仕切りは明らかに王子達の手によるものである。


 未だ戦いのカナメはアルフォード王にあることは変わらないが、シレンティウムの敵は王子達に定まりつつあった。


「しかし・・・よくそんな簡単に聞き出せたなあ・・・」


 感心するハルに、ルキウスはにたっと笑みを浮かべる。


「酒飲ませてやったんだ。みんな酔っ払うと良くしゃべったぜ?」

「おいおい・・・牢で酒盛りか?」

「まあまあ、堅いことは言うなよハル。相手は間諜なんだ、尋常の取り調べじゃ口を割らないし、かといって拷問じゃあ心証も効率も悪いからな、酒おごってやったんだ。牢番には悪かったが、牢から出しちゃいないし大丈夫だよ。」


 クリフォナム人最大の悪癖の一つ、大の酒好きという弱点を突いた手法に呆れるハルへ、ルキウスはニヤニヤしながら言葉を付け足した。

 確かに良いか悪いかはともかくとして効率的であることは間違いない。


「今も牢内でクダ巻いてる奴が一杯いるぜ。」


 ルキウスの言葉に、牢番の兵士達が負わされる苦労を思うと、帝都で酔っ払いの対処に四苦八苦した経験のあるハルは少しいたたまれない気持ちになったが、とにかく相手とその出方が分かったのは大きい。

 手法としては穏便であるし、間諜達も酔っ払ってしまっているのであれば、むやみに逃走を図ることも無いだろう。

 ただ、ルキウスの報告で懸念材料が一つあった。


「しかし、帝国製の石弓か・・・」

『・・・入手経路であるか?』


 ハルが手を腕を組んで難しそうな顔をすると、アルトリウスが徐に尋ねた。


「性能の良い帝国製の石弓で成功率を上げる為と考えれば自然ですが、これを入手するとなると・・・」

『確かにな、で、ルキウスよ、その辺はどうであるか?』


 ハルの懸念については尤もであることから、アルトリウスがルキウスに情報の有無を尋ねるが、ルキウスは肩をすくめて答える。


「それについてはあんまり良い情報は無かったな。帝国の商人から買い付けたというんだが、武器を商う帝国商人はこの辺まで来ちゃいない。」


 シレンティウムを訪れる帝国商人は、生活雑貨を主に取り扱う行商人ばかりで、武器防具を扱うような大きな商人は関所を越えて北方辺境へは入ってきていないのである。

 個別に頼めば用意はするだろうが、それでも20挺の最新式石弓。

 一般的な行商人が直ぐ用意できるような代物では無い。


「何者かの支援を受けたと言うことかな?」

『そう考えるのが妥当であろう・・・何、後にも敵は居るということを忘れさえしなければ良いのだ。今どうこうできる問題では無いのであるし、それを使う間諜は既に抑えてある故にな、差し当たっては心配あるまい。』


 ハルの懸念を含んだ疑問を払拭するように、アルトリウスが言った。

確保された間諜は30名。

 ずさんな作戦の割には大人数であり、王子が曲がりなりにも本気で策を練っていたことをうかがわせる。


 確保された木の葉の手紙には、王命である事が記さされてはいたものの、間諜に出す指示にわざわざ発出先を書かねばならないというのが既にお粗末である。


 恐らく王命と称し、王子達が指示を出しているのだろう。


「で、伝書鳥なんだが、とりあえずハルの指示通り、策は狙撃、狙撃手は20名って入れて飛ばしといた。」


 ルキウスが最後にそう報告すると、一同は策の仕上げが終わったことを実感した。




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