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第6章 都市増強 シレンティウム籠城戦(その1)

 フリード族の戦士招集から数日後、アルマール村、アルキアンドの屋敷



「・・・困ったことになった。」


「族長、困ったどころの話では無いじゃろうが!何をのんびりと構えておるのか!?」


 ぼんやりと中央の席でつぶやいたアルキアンドに、長老の1人がかみついた。


 アルキアンドは、部族全ての長と戦士長を呼び集めた。


 彼らとは別に戦士団を招集もしたが、到着するのは早くとも1月半後。


 収穫を間近に控えたこの時期にどの程度の数の戦士を招集できるか分からないが、アルキアンドは防御的な意味を考えて戦士を招集した。


 フリード族がシレンティウム攻撃に動くとなれば、直近のアルマールとしては巻き込まれる可能性を考えておかなければならない。


 再び黙り込んだアルキアンドに、長の1人が質問した。


「アルフォード王の招集に応じますか?」


「・・・いや、ベルガン殿から戦士招集の話は来ていない、おそらく事をフリード族のみで抑えるつもりだろう。北のハレミア人が南下の兆しを見せている上に、西のオラン人も動向が分からないからな。」


 その長の言葉にアルキアンドは首を横に振りながら答える。


 今フリードを実質的に動かしているのは宮宰ベルガンで、このことはクリフォナム人であれば皆知っている。


 かつての英雄王も老いには勝てず、最近頓に耄碌が激しく、宮宰や宮廷官も王の対応に苦慮していると聞く。


 そして無能な3人の子がそれに乗じており、フリードの求心力は低下していた。


 しかし、英雄王の盛名は未だ高く、蔑ろには出来ない。


「シレンティウムへの使者は戻ったか?」


「いえ、しかしもう間もなくこちらへ戻ることでしょう。」


アルキアンドの質問に別の長老の1人が答えた。


「・・・族長、帝国に肩入れするようなまねをして良かったのですか?」


「真似も何も、既に肩入れは随分昔からしている。」


帝国の貢納要求に長年従い、一時はハルモニウムの傘下に入った事もあるアルマール族である。


 思考形態は他のクリフォナム人より帝国寄りである事は間違いない。


 しかしアルキアンドの言葉はあからさまで、クリフォナム人としては大胆な発言であった為に場がざわめく。


「・・・英雄王だって我々に幾度も財産や兵の提供をさせてきたじゃないか、帝国とどう違うんだ?帝国とフリード両方からの貢納が無くなったのは、シレンティウムのお陰じゃ無いのか?」


 別の長がアルキアンドの意見を補足するような発言をすると、ざわめきが大きくなった。


確かにシレンティウム復興開始後、帝国から毎月来ていた貢納要求は一切なくなった。


 フリードの長たちも、シレンティウムの存在を意識して、アルマール各村への立ち寄りを止めてしまった為、貢納が止んでいるのだ。


 一方、アルマール各地でシレンティウム発の街道整備が進み、帝国兵が極めて紳士的に巡回や警護を行ってくれている為、アルマールの族民達は最近すこぶる安泰な日々を送っている。


 アルマールにとって最も望ましい状態は、この現状を維持すること。


「英雄王は黙って座っていてさえくれれば良かったのだが・・・厄介事を起こしてくれた。」


 アルキアンドによる再びの爆弾発言で、ざわめきはどよめきに変わった。




そのとき、突然屋敷の扉が開く。


アルキアンドが振り返るってみると、簡単な革鎧を着けたアルマールの若い族民が、息せき切って、焦りを隠そうともせず開いた扉の前に立っていた。


 屋敷の見張りに立ててあった者だ。


「ぞ、族長!使者が・・・」


 アルキアンドが何事かを尋ねる前に、その族民が切れ切れに言う。


 いぶかしげにアルキアンドが眉を顰めると、その後から黒髪の帝国人が現われた。


「おじゃまします・・・族長、お久しぶりです。」


「・・・護民官どの。」


 辺境護民官ハル・アキルシウスが、護衛も付けず、アルキアンドが送った使者を伴ってそこに立っていた。


 呆気に取られるアルキアンドやアルマールの長連中を余所に、ハルは屋敷の中をのぞき込んでから言った。


「・・・ちょっとお願いがあってきたのですが・・・丁度皆さんお集まりですね。」






「まあ、はっきり言ってしまえば、皆さんのお力をかりたいということです。」


 アルキアンドの隣へ椅子を用意されたハルは、単刀直入に助力を請うた。


「ご存じの通り、シレンティウムは戦力と呼べるものをほとんど持っていません。それに比べて農繁期とはいえ、フリード族の戦士は族長から知らされているだけでも7000名、これでは勝ち目がないのです。」


「・・・しかし、アルマールの戦士を無理して集めても、4000程度ですじゃ。護民官どのが申したとおり間もなく農繁期である今、その半分程度しか集められますまい。」


 ハルの言葉に長老の1人がしかめっ面で言う。


「ええ、それは分かっています。私はアルマール族だけに助力を頼む訳ではありません。」


「・・・他には・・・?」


「シレンティウムへ入植している、ソカニア族、ソダーシ族、アルペシオ族、アルゼント族のクリフォナム人諸族と、オラン人のベレフェス族には助力を頼むつもりでいます。もちろん、勝利の暁には部族の自立と不可侵、それにシレンティウムの自由立ち入りと援助を条件に。」


 アルキアンドの質問に淡々と答えるハル。


「馬鹿な!」


 がたがたと殺気だって席から立ち上がる長達。


 ハルが挙げた諸族はオラン人のベレフェス族を除き、いずれもクリフォナム人の中で南方系に属する者達で、アルフォード英雄王の大反抗以前は、帝国の援助を受け、北方系に属するフリード族らと対立していた歴史を持つが、民族の誇りを説くアルフォード王に共感し、大反抗に参加し帝国を北方から追い出した。


 しかし、大反抗以降はアルマール族と同じく、帝国と関係を持っていたことを理由に下位部族と見なされ、個別にアルフォード王と緩やかな支配関係を結んで貢納を押しつけられてしまう。


 平和と帝国からの自立は得られたが、帝国に代わって新たにフリード族が上位に就いただけの状態になってしまったのだ。


 アルフォード王から40年で受けた恩恵も多いが、受けた屈辱もそれに劣らず多いことは、実際その立場にあるアルマール族の長老達にはよく分かる。


 それ故に、ハルの出した条件は魅力的で危険だった。


 しかも、シレンティウムの公正で寛大な姿勢と施政は既に諸方へ広まっており、約束を裏付ける信頼性も十分。


 因みにベレフェス族は、シオネウス族の上位部族で、オランとクリフォナムの境界付近に勢力を持つ大部族であるが、隣接するクリフォナムのフリード族には40年間押され気味で推移している。


 シオネウスを通じてシレンティウムとは縁が深くなっており、境遇はアルマール族とよく似ていた。


「き、貴様っ!北方辺境でクリフォナム人を2つに割り、オランを巻き込んで何を企むかっ!!」


「独立・・・というよりは自立、そして同盟ですね。シレンティウムを盟主に、今名を挙げた諸族と同盟を結びたいと思います。」


 悲鳴じみた長の言葉に落ち着いて答えるハルへ、再びアルキアンドが質問を投げかけた。


「・・・条件は・・・兵力提供だけか?」


「差し当たっては、それと通行権の保障です・・・一度各部族の代表者をシレンティウムへ集めて会議を催す予定ですが・・・それはアルフォード王を打ち破り、私たちの力を示してからになるでしょう。」


 どよめきが悲鳴に変わりそうな場を無視し、アルキアンドがハルを睨むように見つめる。


「・・・破れるか?彼の英雄王を?」


「皆さんの助力があれば可能です。」


 視線をそらさず、ハルはきっぱり答えた。






結局、回答は保留したアルキアンド。


 ハルは全部族を回り終わり次第、もう一度アルマールを訪れることを言い残し、アルマールの使者を道案内に、次に近い部族であるアルゼント族の族長に面会を求めて旅立った。


 ハルが去った後、アルキアンドの屋敷は熱気を込めたまま静まりかえった。


 全員の視線がアルキアンドに向かっている。


 期待と恐怖、そして希望。


 アルキアンドは腕組みを解いて席を立つと、両手を目の前のあるテーブルへと静かに置き、徐に口を開く。


「・・・これは長年にわたる帝国とフリードの軛をアルマールから外す好機だと思う。」


 真っ直ぐ見据えたアルキアンドの視線に迷いは一切無かった。








 ハル出立直後、シレンティウム



「・・・では、私は直ぐに戻り、可能な限りの兵を率いてきましょう。」


『うむ、後事は心配するな、我がしっかり面倒を見ておこう。』


 馬上のアダマンティウスは、師であるアルトリウスに敬礼を残すと、護衛騎兵と共に南の関所へと旅だった。


 アダマンティウスは、帝国北東部国境警備隊の副隊長でもある。


 指揮下にある兵は、全部で10000、しかし国境警備の性質上、自由に動かせる兵は各守備達から抽出しても、せいぜい1500程度である。


 その内既に500名はシレンティウムで街道普請や水路開削に携わっている。


 取り急ぎ近隣の砦へ玉突き移動させる形での招集を掛けるべく、急使を派遣してはいるが、直に編成作業を行う為にアダマンティウス自身関所へと戻る必要があったのである。


 


 ハルは出立直前に、アルキアンドから送られてきた使者を、直接シレンティウムの主立った者達と会わせた。


 使者から直接アルフォード王が軍を起こしたと聞かされ、絶句する者、青くなる者と様々であったが、全員が驚きと絶望に苛まれる。


「やれる事をやるしかありません。私はどこまで協力を得られるか分かりませんが、直ぐに近隣部族と協議してきます。シレンティウムは水路と開拓整備を一時中断して、堀と城壁、城門の補修と構築に全力で取り組んでもらいます。」


 ハルは諦めずそう言うと、代官にルキウスを指名し、アルトリウスにその補佐を求めた。


 また、アダマンティウスに援軍の編成と関所への帰還を指示し、隣接する国境警備隊にも応援を求める使者をすぐに派遣する。


「市民については避難の呼びかけを行う一方で義勇兵を募りましょう。時間はありません、直ぐに動いて下さい。」


早ければ2月後にアルフォード王が現われるだろう。


 来襲までそれ程時間的な余裕は残されていない。




 アルトリウスは、ハルから行政代官の肩書きを預かるルキウスの指揮下で動くという名目で現在防戦準備を進めている。


 ルキウスは決裁権だけを持つ形で、実際の指揮や指示はアルトリウスが行っている為、誰もがアルトリウスに指示を仰ぎにやってくる。


 シレンティウムは再び亡霊軍団長の支配する街となったのであった。


『堀の石垣は諦めよ、粘土で底を打ったら北の溜め池が出来上がり次第水を入れるのだ。』


『石壁はそれ程高くせぬでも構わぬから、とにかく人が隠れられるくらいの物を急ぎ作れ。』


『畑は諦めるのであるな。アルフォードが来れば全て踏みにじられる、収穫できる物はして良いが、それ以外の収穫は無いものと覚悟せよ。』


『とにかく食料と水は各自で貯め置くのだぞ、シレンティウムから落ちる者は早うせい!』


 矢継ぎ早に、しかし的確な指示を下すアルトリウスの下で、シレンティウムの防戦準備は着々と整いつつあった。


 ハルモニウムの時と違い、退避しようにも行き場の無い者も多く、一方で食料等の物資に余裕があることから、アルトリウスは強制的に住民を退避させることはしない事にした。


『ふっ、しかし・・・自ら諸族の説得に赴くとは、度胸のある事だ。』


 指示を出すのも一段落し、城壁の構築具合を視察しながらアルトリウスはハルの厳しい眼差しを思い出し、含み笑う。


困難は人を成長させると言うが、思えば頼もしくなったものである。


『・・・明日を見る為に・・・であるか、我に明日があるとは・・・死んだ身で思いも寄らぬ事であったがな。』


 アルトリウスは楽しそうにつぶやいた。





 クリフォナム、オラン、帝国とその出自に関係なく、シレンティウム市民の怒りは強い。


 廃棄された都市と土地を利用し、これから新しい生活を始めようと頑張ってきた。


 ようやく形になり始めたその成果を、理不尽な理由から無にしようというアルフォード王の所行である。


 憤りを持たない方がおかしい。


 そして、憤りは行動へと繋がる。


 アルトリウスの指示に従って防戦準備を手伝う市民は数多く現われたが、都市から逃れようとする者はほとんどいなかったのである。


「ここは俺たちの街だ!街は俺たちで守る!」


シレンティウム市民は一丸となって防戦準備に邁進し、その心は次第に一つへと結びつき始めていた。



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