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第6章 都市増強 政情不安篇

 同時期、帝都中央街区帝国元老院議場


 豪奢な白い大理石で建造された元老院議場。


 人気の無いこの場所に、帝国元老院の正装である、白の貫頭衣に同じ色の楕円長衣を身に纏った60歳くらいの男が階段状になった半円形の議席中央付近に膝を立てて座っていた。


 普段であれば、皇帝を補佐する元老院議員達が侃侃諤諤の議論を行い、帝国政治の方向性を決める、謂わば帝国の中枢とも言うべきこの議場も、夕方ともなれば静かなたたずまいを見せる。


 しかし今は、その元老院議員と傍らに侍る黒装束の男のみ。


 黒装束の男が何事かを報告している様子は窺えるものの、その声は小さく、内容は聞こえない。


「・・・そうか、それ程までに力を伸ばしつつあるのか。」


 報告を受け、男は深く、しかし静かにため息をついた。


 白髪を短く刈り揃え、厳格を絵にしたような顔は、報告を聞きより一層厳しさを増す。


「それで、お前の見立てはどうだ?」


「・・・このまま順調に成長すれば、彼の英雄アルトリウスが築いたハルモニウムをしのぐ繁栄と盛名を発現するに違いありません。」


「うむ・・・確かにな・・・計画は見事なものだ、そつが無い。」


 黒装束の男から手渡された報告書を読み進めるにつれ、男の眉間には苦悩とは種類の違うしわが刻まれる。


「農地開発、都市再整備、湿地干拓、住民徴募、街道改修・・・施策を上げれば切りが無い・・・例え”アルトリウスの遺産”があったとて、ここまで見事に立ち回れる者はいないだろう。」


「はっ、北の英雄王も動向には注目し始めたようです・・・尤も、英雄王自身が注目しているかどうかは分かりませんが。」


「・・・滅多な事を言うな、あの英雄王には帝国の脅威で居続けて貰わねば困る。」


 揶揄するような黒装束の声を聞きとがめた元老院議員が、窘めると、黒装束は黙って居住いを正した。


その行為を反省のものと受け止めた元老院議員は、立てていた膝の上に肘を突き手の甲の上に顎を乗せ、片手にした報告書を読み進める。


「・・・東の帝国と、東南の王国にこの件に関連して動きはあるか?」


「シルーハは未だシレンティウムの動向を把握しておりませんが、東照帝国は商人伝いで情報を仕入れたらしく、既に塩畔の西方府が動いている模様です。」


 ふと報告に記されていない外国勢力の事を口に上らせた男にたいし、黒装束がまるで待っていたかのようなタイミングで回答する。


 その回答を聞いた男が口角をゆがめた。


「・・・大方シルーハとの紛争に利用する腹だろう、友好的になりつつあるとは言え、相変らず油断できん国だ・・・しかし今は静観するほかあるまい。」


 帝国には敵が多い。


 現在帝国の剣たる軍閥は内海南岸の南部部族連合の住まう地に執心しており、その下準備の為に8年前、南方辺境である群島嶼へと軍を進めた。


 結果として3年もの月日を要し、莫大な損害を出しつつも制圧に成功したが、その結果一時的に計画は頓挫、帝国は軍力回復に5年の歳月を要したのであった。


そして現在、以前の水準まで回復した軍事力を見て、再び軍閥が計画を練り始めている。


「・・・如何しましょうか?」


「どうもこうもない、しばらくは放っておくしかないだろう。我らに兵権は無いのだ。」


 男が黒装束の男に少し投げ遣りな態度で答えた。




 帝国内には現在大きく分けて3つの政治勢力がうごめいている。


 軍権を背景に帝国領土拡大を至上命題とし、軍事最優先の国家建設を掲げる帝国軍閥。


 地方分権推進により領土を拡大し、最終的には貴族による合議制国家建設を目的とする貴族派貴族。


 本来の帝国の姿である中央集権を再構築し、内政重視、皇帝集権という名目の権限強化を目指す中央官吏の三派である。


 そこに老いた現皇帝マグヌス帝の後継者問題が絡んだことで、抗争は激化の一途をたどっており、またそれぞれの政治目的を隠れ蓑に私腹を肥やす輩も後を絶たず、各派閥とも自派閥の締め付けと相手方の切り崩しに忙殺され、本来の業務がなおざりになっていることが、帝国の荒廃に繋がっている。


 

そうしてささくれた気持ちでいた時に、帝国貴族と衝突した下っ端の中央官吏が居ると報告を受けたのは何時の事だったか・・・


 面白い奴がいるものだと興味本位で記録を取り寄せたところ、その好漢は元敵国である群島嶼の剣士だという。


 衝突の理由も貴族の評判を貶め、官吏の権限強化に寄与しそうな帝都の市民受けする実に良い内容。


 その行為は筋の通ったもので、久々に爽快感を感じた報告だったが、そこは1勢力の旗頭として事件を考えてしまう悲しさ。


 その結果これを利用しない手は無いという結論に達した。


「・・・あの時動いて正解であった。」


「まさにそうですな。」


 元老院議員の独り言に黒装束が相づちを打つ。


 確かに中央官吏の地位向上にはこういう硬骨漢を養っておかねばならないが、然りとて未だ勢力不利な状態で徒に帝国貴族と衝突するのも得策では無い。


 罷免要求を出して来た貴族派筆頭であるルシーリウス卿の要請を何とかかわし、現場の同僚官吏を上手く宥め賺して左遷でカタを付け、更にはシレンティウムへの赴任を命じた事は間違いでは無かったようだ。


 このままシレンティウムがかつてアルトリウスが為したように都市として成長し、皇帝直轄州と成れば、再び徴税官を派遣して中央官吏の地力向上にその財力を利用できる。


 硬骨漢であれば、我々中央官吏の意向に逆らうかも知れないが、軍閥や貴族の言いなりにもならないだろう。


 かつてのアルトリウスもそうだったように、むしろ正当な理由のあるものが、こういった硬骨漢からは利を得られる。


 後はその繁栄を横取りされないよう如何に他の勢力から隠しおおせるか、であった。


「・・・カッシウス執政官、如何致しましたか?」


「いや・・・何、ちょっとした考え事だ。」


「そうですか・・・お休みになっていらしゃるのですか?」


「このような時に休んでいられるものか、時勢に取り残されてしまう。」


 沈思黙考が過ぎたようで、部下である黒装束から心配されてしまった男、帝国元老院議員にして、帝国中央官吏の筆頭でもある執政官クイントゥス・カッシウスは苦笑しつつそう答え、更に言葉を継いだ。


「まあ良い、シレンティウムの繁栄はこのまま軍閥や貴族には知られないよう注意してくれ、報告ご苦労だったな、引き続き監視を続けるように。」


「は、それでは・・・」


 黒装束が議場から静かに消えると、カッシウスもゆっくりと議席から腰を上げる。


「・・・帝国再興の礎となるか、はたまた滅亡のきっかけとなるか・・・」


 楕円長衣の懐に報告書をねじ込みながらつぶやいたカッシウスは、ゆっくりと議場を後にした。

 






 更に同時期、フレーディア城内王の間


 薄暗い部屋の中で跪き、アルマール族の若者はシレンティウムの現状について報告を終えると、頭を垂れた。


「アルマールの小倅から報告のあった件か・・・忌々しい帝国人め・・・また我が大地に巣喰いおったか・・・我らが地は我らの物だ・・・実に気に喰わん。」


 そういったのは金銀のちりばめられた王冠を頭に嵌めた、80歳を過ぎた老人。


 長く伸ばされた金髪はくすみ、口元と顎に生える立派な髭の色も良くはない。


 しかし未だその眼光は鋭く周囲を圧しており、経過を報告に来たアルマール族の使者を震え上がらせた。


 もし、アルマール族の若者が勇気を奮ってその瞳を見ていれば、王の瞳の中に含まれているのは狂気であったことに気が付いただろう。


 しかしながら勇気は発露されず、アルマール族の若者は厄介な任務が一刻も早く終わる事を願ってうつむいたまま王の言葉を待った。


「王、しかし、あの地は彼のアルトリウスが拠り、激しく抵抗した難攻不落の城地、また、東と西、北と南を結ぶ交通の要衝で、その賑わい振りを利用し、我が民族の振興に役立てるのも手かと思いますが。」


 傍らに控える宮宰が申し述べると、王と呼ばれた男、クリフォナム人フリード族の英雄王アルフォードは、ぐっぐっぐっと喉にこもった笑い声を上げた。


「我が民族に賑わいなど要らん、我が民族に必要なのは、血と鉄である、我が民族こそは武に拠って立つ者共・・・賑わいなど、要らん・・・」


 そう言いつつ王は傍らの黒い箱を忌々しげに見遣る。


 宮宰はその中身を知っていたが敢えてそれには触れず、言葉を続けた。


「しかし・・・王、帝国は賑わいによって軍を為し、賑わいで得た金で戦士を雇い、西の地に覇を唱えたのです。」


 宮宰の発言が終わると同時に、突如アルフォードは玉座から立ち上がり、手元にあった巨剣を引き抜いて咆哮した。


「それがどうした!?帝国など惰弱な者共、いざとなれば我が勇敢なるクリフォナムの戦士達が帝国の端城など一瞬で踏みにじってくれるわ!彼のアルトリウスもこの我が剣で葬ったのだぞ!この剣の錆となったのだぞ!!」


 唖然とするアルマールの若者を余所に、アルフォード王は一気に叫んだ後は、どさっと力なく玉座へと座り込む。


 そして、宮宰にかすれた声で言った。


「すぐ軍を起こせ・・・アルトリウスの居城を落とすのだ・・・!今度こそ・・・完膚無きまでに・・・あの女を使え・・・!」


 宮宰は頭を垂れ、王の意に沿うたことを示すと、すぐに護衛戦士達を呼び集めてから、アルマール族の使者へ告げた。


「・・・謁見は終わりだ、下がって良いぞ。」

 



 アルマール族の若者が王の間を驚愕と共に後にすると、黒い箱を持ったまま寝入った王は一旦寝室へ護衛戦士達の手で運ばれ、王の間は宮宰だけの静かな場となる。


 王の命令は絶対とは言え、このような命令を実行に移す訳にはいかない。


 思い悩みながら細い矢狭間を兼ねた窓より下を見ると、慌ててアルマールの若者が馬に乗り、一目散に帰還する様子が見て取れた。


 これで少なくともアルマールの村に王が無茶な命令を下した事が伝わる。


 願わくば帝国の辺境護民官にも伝わって貰いたい。


 アルマール族長のアルキアンドはそれぐらいの腹芸は出来る男だ、期待しても良いだろう。


 今後王の命令を実行に移さないようにするには如何にすべきか考えるべく、自室へ引き上げようとした宮宰を呼び止める者がいた。


「ベルガン宮宰、帝国の廃棄都市が復活したのか?攻めるんだろう?」


 宮宰に後から声を掛けたのは、アルフォード王を若くした容貌と明るい雰囲気を持った男。


 その後には、銀色を短く刈った物静かな雰囲気の若い男と、豪奢な金髪を長く腰辺りまで伸ばした可憐と言うにふさわしい若い女がいる。


「・・・これはダンフォード王子、デルンフォード様とシャルローテ様も・・・お聞きでしたか?」


 宮宰ベルガンは、内心舌打ちしたい気持ちで一杯だったが、主筋の王子達を無碍には出来ない。


 思いは一切顔に表さず、にこやかにそう応じた。


「ああ、一部始終聞かせて貰ったよ、全く興味深い話だ・・・なあ。」


宮宰のベルガンの言葉に、最初に声を掛けた男、ダンフォードがそう言いながら後の2人に声を掛けると、2人は黙ったまま頷いた。


「本当に軍を起こすのか?もう父王はまともな判断を下せないから、何を言っても駄目だろうし、代わって我々が話を聞かなければどうにもならない。この案件は重要そうだから、最終的には3人で話し合って決めてから決裁をするよ。」


「・・・そうですか。」


 ベルガンは表情にこそ出さなかったが、もう一度舌打ちをしたい気分だった。


 王の子供らとはいえ、未だ実権はアルフォード王にある。


 最近は王が耄碌した事を好機と捉えたのか、積極的に権力を行使しようとしている3人。


本来であれば悪い事ではないのだが、それぞれ王位に野心を示している3人は、抜け駆けを互いにしないよう監視し合っているに過ぎない。


 確かに今のアルフォード王に政治的な判断を求めるのは酷だし、得策では無いが、そういった時の為の家臣団であり、それを束ねる宮宰たる自分が居るのだ。


 アルフォード王の盛時は、その威光を恐れて政治の場に近寄りもしなかった3人。


 判断力や政治バランスに特に誰が優れているという訳でもなく、ベルガンから見れば3人ともアルフォード王の器を受け継ぐ事の出来なかった出来損ない共である。


今回の件に限らず、重要な案件について等分に関与しておき、後継者争いで抜きん出た存在を作らないようにしているのだろうが、そんな事は自分達の中ではどうかしらないが、部族全体としてみれば意味が無い。


 血筋で王を決めるというのは王の子供にその実力があってこそ初めて意味を成すものであり、実際アルフォード王と先王の間に血縁関係は無い。


 人を多く集められる者が王になるというのがクリフォナム人フリード族の伝統で、アルフォード王はそうしてあくまでも実力において王位を勝ち取ったのである。


 しかしこの王子達は長く安定したアルフォード王の治政で、すっかり勘違いをしてしまった。


 クリフォナム人は良くも悪くも実力主義である為、現在のアルフォード王個人の魅力に惹かれ、あるいは恩義を受けて従っている戦士や宮廷官、貴族は数多あれど、実力の無い王子達を認めている者は、実のところ皆無である。


 今はアルフォード王が尊敬されているが故に、その派生効果として敬われているに過ぎない王子達。


 ベルガン自身も、アルフォード王個人に宮宰として従っているのであって、その血筋に従う家臣では無い為、万が一アルフォード王が亡くなれば宮廷を去ろうと考えている。


 当然、アルフォード王よりふさわしい者が王位を正当な手段で手に入れ、ベルガンが心酔できる人物であればそれに従うこともあるだろうが、少なくとも目の前に居る3人に忠誠を誓う事は絶対に、ない。


「で、その廃棄都市を滅ぼせばどのくらいの財が手に入るんだ?賑わいを利用しようってのはそういう意味なんだろベルガン?軍を起こすなら収穫前の早いほうが良いよな?父王もきっとそう言うよな?」


 しかし、そんな無能も今は王の子。


 その意向を無視する事は王の意思を無視する事になる。


 ましてや王本人が軍を起こせとも言っている。


「・・・分かりました、戦士達に触れを出します。」


「ああ、頼んだよ。」


その数刻後、フレーディア城に戦士の招集を告げる角笛の音が鳴り響いた。



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