第6章 都市増強 東照城市大使赴任篇
少し間が空いてしまいましたが、何とか更新です。
水路開削工事開始から1月後。
隊商と言うにふさわしい馬車の群れがぽっかりと開いた平地に出ると、正面に石造りの城門が見えた。
街道が以前通った時とは異なり、古い煉瓦造りから石畳へ変わっていた事でその隊商を驚かせていたが、切り開かれた農地や水路、そして視界に入る都市の発展振りがさらにその一行を驚かせる。
「お~見えたヨ、あれがシレンティウム市ヨ。」
東照商人のホーは、一行を護衛する位置にある東方の武将に嬉しそうに声を掛けてシレンティウム市を指さす。
「へえ・・・死霊都市のなれの果てとは思えない・・・立派な西方城市じゃないか。」
「それ当たり前ネ、ワタシが出発する前から州牧さん色々考えてたネ、その施策はワタシ見ても無駄無かたヨ、帰る頃だいぶ発展してるは思たネ。」
感嘆の声を漏らしたのは、馬に乗った柔らかい雰囲気をもつ40歳代の東方の武人。
背丈は言うに及ばず肩幅も胸板も武人らしく厚いが、威圧的なものは感じられない。
東照人特有の浅黒い肌に彫りの浅い優しい風貌で、真っ黒な髪は頭上で結い止め、前袷の衣服に、袴服を穿き、東照風の革札を縫い合せた軽甲を身に着け、腰には美麗な装飾を施した直剣を履いている。
「なるほど、その見立てに間違いはなさそうだ、奉が熱心に推すだけはある、此処まで来た甲斐があったという訳だね。」
感心する武人にホーは得意げに言い返した。
「それ、当然ネ、介大成大使、でなければわざわざお前さんに声掛けないヨ。」
幼馴染みの格式張った物言いに苦笑を漏らす介大成を余所に、ホーは後ろに続く隊商を励ました。
「皆、シレンティウムはもうすぐヨ、見たとおり普通の城市ネ、死霊は・・・一応居ないネ!水は凄い美味いネ、もうちょっと頑張るヨ!」
ホーの率いる隊商がシレンティウムに到着した事は、直ぐさまハルに知らされた。
ハルがエルレイシアとアルトリウスを連れて行政府となっている、元の軍団司令部の玄関へ赴くと、既に隊商はそこに到着しており、隊商は荷をほどいて行政府の倉庫へと商品を運び込んでいる所であった。
「ホーさん。」
「お~エルレイシアさん、ご無沙汰ネ、戻ってきたヨ、州牧さんも元気かヨ~!」
指揮を執っているホーの姿をその中に見つけたエルレイシアが声を掛けて笑顔で手を振ると、ホーも嬉しそうに手を振り返し、隣のハルにも声を掛ける。
「大事ありませんでしたか?」
ハルの労いの言葉にホーが頷く。
「無いヨ!お陰様で借金全部返した上に、東照で良い繋ぎも出来たネ、これからバリバリ働くから期待して欲しいヨ!今日持ってきたのは、州牧さんから借りたお金の一部返済分と、帝国で売れそうな商品ネ。既にこの商品の代金はワタシの借金からさっ引かして貰てあるネ。」
そう言いつつ、幾分身なりが立派になったホーがハルに東照紙の目録を手渡した。
そこには返済分として東照金100両、東照製の絹反物や翡翠、懐紙、東照薬品が同じく東照金100両分あることが記されていた。
東照金1両の金含有量は、帝国の大判金貨1枚分とほぼ同じくらいである為、ホーはたった1回の商いで、シレンティウムへの借金を約半分返した事になる。
しかも、仕入れてきた東照の商品はいずれも帝国内では1.5倍から2倍の値段で売れるものばかりである。
「商品の差額分は借金に計算しないで良いネ、それは利子分ヨ。」
ホーは驚くハルにそう言って片目をつぶって見せた。
『そろそろそちらの出来る御仁を紹介して貰えぬかな?』
介大成が手持ちぶさたにしている事に気付いたアルトリウスが、ハルやエルレイシアに土産話を披露していたホーに声を掛ける。
「お~亡霊将軍もお元気・・・で良かったかヨ?」
ホーが振り向いて東照の礼法である包拳礼を送りつつアルトリウスに返答しかけるが、途中で尋ねるような口調になってしまう。
『うむ、元気である。』
「あ~何よりネ・・・」
しかめつらしくアルトリウスに答えられ、ホーの笑顔が微妙なものになった。
未だに苦手意識があるようだ。
ホーは気を取り直したように笑顔を無理矢理戻し、アルトリウスの求めに応じるべく、自分の隣にいる介大成を前に出した。
「あ、遅くなったヨ、こちら東照帝国のシレンティウム城市大使になる介大成大使ネ、実は私の幼馴染みネ。介よ、こちらが州牧のハル・アキルシウスさん、隣が夫人のエルレイシアさんネ。」
「介大成と申します、お世話になります。」
「いや、夫人じゃ無いですから、って・・・ええっ、大使!?」
淀みの無い奇麗な発音の帝国共通語を話す東照人というよりも、その来訪理由に驚くハル。
一旦はエルレイシアの紹介に問題があると抗議しかけたが、それすらどこかへ飛んでしまった。
「はい、東照皇帝より任命され、シレンティウム市の城市大使として赴任して参りました。以後御世話になりますのでどうぞよしなにお願い致します。」
介大成の自己紹介を聞き、ハルは慌ててアルトリウスを手招き近くに呼び寄せると、ひそひそ声で話し始める。
「これってまずいんじゃ無いですかね?」
『いや、まずくは無かろう。東照が隣国の都市に城市大使を置くのはそう珍しい事では無いのだ。実は我の頃にも打診があった。その時は東照と帝国の関係は緊張していたので断ったがな。』
「確かに今の帝国と東照は、緊張関係にありませんね。むしろ積極的に交流をしていますし・・・」
ハルの言葉通り、東照と帝国は現在、今までに無い良好な外交関係を結んでおり、断絶状態の国交を復活させるという名目で、使節の遣り取りが年に1度行われている。
帝都でも東照産の絹や翡翠、それに東照茶は上流貴族の間で持て囃されており、その内茶は帝都の庶民に広まりつつあることはハルも知っていた。
しかし、今まで帝国と東照の間で直接交易をした事実は地理的な理由から無い。
北は蛮族跳梁する辺境の地、内海の東側沿岸部を押さえているのはシルーハで、東照と帝国を直接結ぶ道は存在しない為である。
かつてアルトリウスがハルモニウムで手がけたが、わずか10年でそれも途絶え、それ以降はシルーハを経由しての船舶交易が主流である。
その為、帝国内での東照商品は割高になり、一部の貴族の嗜好品としての意味合いが強くなってしまっている。
東照の商人も、危険性と儲けを天秤に掛けた結果、無理をして航路や交易路を開くより、シルーハを経由して交易を行った方が安全で確実との結論に達し、帝国との直接交易には積極的で無い。
『法令的には特に問題無いと思う、東照の城市大使は外交的な使節では無い。どちらかというと、現地行政府と自国民の折衝や商談、トラブルの際の相談窓口や仲介役である故にな・・・リキニウス将軍が東照を打ち破るまでは、セトリア諸国の友好都市に城市大使が居た事実もある。いれば何かとこちらにとっても便利な存在だ。』
「・・・しかし。」
エルレイシアと楽しそうに話している介大成の様子をうかがいながらハルが決断をためらっていると、その理由を察したアルトリウスがハルの胸中を代弁するように言った。
『ハルヨシが心配しておるのは、中央のあほ貴族共が騒ぐやもしれん、ということであろう?』
「そうですね・・・それが一番面倒くさいです。」
ハルがその言葉の内容を認めると、アルトリウスは少し考えた後に口を開いた。
『しかし、不利な事だけではあるまい。これを受け入れれば、東照からの文物がより一層ここに流れ込む事になろう、それこそ我が治めていた頃以上にであるぞ?東照帝国との繋ぎも出来る。あほ貴族は東照商品が安くなればそれだけで喜ぶ愚か者もおろうしな、大事は無いと思う。』
「う~ん、どうしたものか・・・」
腕を組んで悩むハル。
「ハル、悩む事は無いのではありませんか?」
「えっ?」
きっぱりというエルレイシアに驚いて顔を上げるハル。
「あなたがこの地で何を為すか、それが重要、と最初に会った時に言いましたよね?あなたが、何を為したいのか、今はそれも重要な事だと思います。」
「何を為すか・・・」
『うむ、そうであるな、くよくよ考えておるのでは何を為すかがぼやけるばかりであるからな。あほ貴族の出方を気にするのも確かに大事であるが、それよりもまずこの地で何を為そうとしているのか、何を目的に動くかである。ハルヨシよ、そなたはこの地で何を為す?』
アルトリウスの問い掛けに周囲を見回すハル。
日に焼けた隊商の面々に、街の大通りを通るクリフォナムやオランの族民達。
隊列を組んで歩く帝国の兵士に、大荷物を抱えながらも笑顔の商人。
皆一様に明るい顔で街を行き来している。
「為すこと・・・でしたね。分かりました、介さん、辺境護民官として、またシレンティウム担当行政官として城市大使の赴任を認め、歓迎致します。」
迷いを吹っ切ったハルの決断に、介は包拳礼で応じる。
「有り難うございます、辺境護民官どの、そのご判断を決して後悔されることはありませんよ。夫人、どこか適当な建物はありませんか?」
「神殿の隣に丁度整備の終わった建物がありますから、そこではどうでしょう?」
『ああ、問題は無かろう。他に適当な建物も無いであるしな。』
その直後、東照帝国シレンティウム城市大使事務所
「東照から、シレンティウムに1つお願いしたい事がありまして・・・これは直ぐにでなくても構いません。」
アルトリウスに促されてようやく立ち直ったハルが城市大使事務所に赴いたところ、早速介大成からエルレイシア共々東照茶の振る舞いを受けた後、そう切り出された。
「お願い、ですか?」
『条件によるであるがな。』
ハルの隣でアルトリウスがそう付け足した。
介大成は、それはご尤もであると頷きながら言葉を継ぐ。
「特に難しい問題や要求ではありません、お願いしたいのは、東照西方に対する食糧の供給です。見たところ、シレンティウム市は盛んに開拓を行っていますね?このまま3年も経てば、この地は北方随一の穀倉地帯に変わるでしょう。」
「・・・何故でしょうか?東照国内で飢饉でもありましたか?」
ハルの質問に介大成は首を左右に振った。
「いえ、そうではありません。元々東照西方は土地の塩が強く、特に塩畔などはその塩で交易を成り立てている街なのです。これまではシルーハから穀物や野菜を輸入していたのですが、正直申しまして、最近あの国とは上手くいっていません。主に交易の利益配分を巡って紛議が持ち上がっています。」
介大成の説明に拠れば、帝国内での東照商品の人気上昇により、商品の販売価格が上昇しているにもかかわらず、シルーハの商人は仲買料金を据え置いてその利益を独占しようと考えた。
東照側はこれに怒ったが、シルーハを介さない事には帝国内へ商品を運ぶ事が出来ず、結果言いなりにならざるを得なかったとのこと。
しかしその後、この紛議で東照はシルーハを介さざるを得ないという弱みを見せてしまった為、シルーハ側が足下を見て、商品価格の更なる値下げを求めてきたのである。
これを東照が拒んだ所、一時的ではあったが、シルーハは東照西方に対する食料品の輸出を停止するなどの措置で恫喝に及んだことから、東照の西方を統括する西方府が他に活路を求めようと動き出した所で、ホーが帰ってきた。
ホーは帝国金貨で借金を全て返済した上商会を再興し、伝を使って介大成に接触を求めてきた事から、東照西方府にシレンティウムの存在が知れたのである。
「皇帝の認可を得ては居ますが、これは東照の国策と言うよりは東照帝国西方府の意向が強く働いている施策です。帝国との直接交易の道が開ければ・・・いや開かれる可能性があると知れるだけでも、シルーハに一泡吹かせられるのです。もちろん、対価は金、物どちらの形でも構いません、きっちりお支払いします。」
介大成の説明と提案に対し、アルトリウスが眼光鋭く問いただした。
『ふむ、それでシルーハから譲歩を引き出そうという腹か。なかなか考えたようであるな。だがそれが成った暁には我らを切り捨てるのか?』
「・・・いえ、シルーハの米は東照西方の人の口に合いませんので、こちらの麦が欲しいのです。それに、シルーハへの道は煩わしいフェン人がおりまして、安定した交易路を確立できそうなシレンティウムへは末永いお付き合いをお願いしたいと思っています。」
『で、あるそうだが、如何する?』
介大成の言葉に嘘はなさそうであったが、アルトリウスはハルに目を向けた。
ハルは出された東照茶を飲み干し、徐に口を開く。
「分かりました。では、塩と東照の特産品は必ずシレンティウムを通過することにして頂ければ・・・但し、それはこちらも食料品が輸出できるようになってからになりますが。」
それを見た介大成の笑みが深まる。
「良いでしょう、貴男とは公正公平な取引が期待できそうです。・・・ま、いずれにせよ我々としてもここにしか活路はありません。宜しくお願いします。」
色々ご指摘頂きまして、改訂しました。
今後ともどうぞ宜しくお願い致します。