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序章 その2

「うん、どれだけ広いか分からないが、全部だ、全部といわれた、任命書も有る、任期は一応5期15年、クリフォナムの民を恭順させられなければもう15年、恭順させるまでは戻らなくとも良いそうだ・・・」


努めて明るく言うハルに、エルレイシアが少し言いにくそうにしながらもずばりと聞く。


「・・・それって、左遷ではありませんか?」


「・・・そうとも言うな。」


 一瞬、詰まったが、ハルは任命書をエルレイシアに示しつつ答える事が出来た。


「・・・何をしたのです?」


「・・・内緒だ。」


「教えてくれないと、夜中に襲っちゃいますよ?」


「・・・・・・・」


 怯えを含んだ目でエルレイシアを見るハル。


「そんな顔をされると、ちょっぴり傷つきます。」


 顎の下に人差し指を付け、あざとい表情でハルを見つめるエルレイシア。


 ハルはがっくりと疲れたように顔を落としてつぶやいた。


「何でこんなの拾ってしまったのか・・・」


 丁度いい具合に沸騰し始めた鍋を見ながら、ハルは反論を諦めて任命書をしまうと、鍋に用意していた食材を投入し始めた。


「あ、これは米ですね、初めて見ました、干して固めてあるのですか?」


「ああ、そうだ、煮てやれば元に戻る、しかし、米を知っているのか、物知りだな。」


 エルレイシアが食材に興味を示し、話題が変わった事にほっとしながら、ハルは質問に答えた。


「はい、帝国製の博物学の書籍を見たことがありまして、温暖で湿潤な気候でないと育たないとか・・・残念ながらこの辺りでは育ちませんね。」


「ああ、無理だな。」


 北方辺境とは言っても、あくまで帝国から見て北方なのであり、気候はそれほど厳しくはないが、それでも米の生育には条件が悪い。


 帝国、そして北方の民のクリフォナム人も基本的には麦を育てている。


 米を主として生産しているのは帝国では群島嶼部のみで、他には東照帝国が主要な穀物としている。


 しかし、米は麦に比べて単位面積当たりの収穫が多くはあるものの、豊作と凶作の格差が酷く、東照帝国では凶作のたびに政情不安が起きている。


 ハルは木製のおたまを取り出し、ゆっくりとかき混ぜながら鍋が煮えるのを待つ。


 しばらく、無言の時が過ぎた。


 ハルは、ゆっくり、そして静かに手を動かし、エルレイシアは今までのおしゃべりが嘘のように、落ち着いた表情でその様子を黙って眺めている。


 そして、出来上がりが近付くと塩と香草を刻んで乾燥させたものを投入し味を調える。


「ハルは準備万端ですね?白塩や香草を用意しているなんて・・・」


「色々言いたい事はあるが、とにかくあんたは・・・そうか、賊に捕まってたんだっけな・・・」


「はい、荷物は全て失ってしまいました、食糧や衣類はともかく・・・経典や神話辞典を失くしてしまったのが心苦しいですね・・・私の師から賜ったものだったので・・・。」


 エルレイシアは少し寂しそうに言った。


「・・・すまん。」


「いえ、良いんですよ、ハルが悪いわけではありませんから。」


「あ~いや、その、実は・・・荷物は・・・」


「?」


 言葉を濁すハルに、エルレイシアは訝しげな表情で小首をかしげる。


 その様子に心苦しさを感じたのか、ハルはエルレイシアから視線を外して口を開いた。


「あるんだ、実は、奴らが追ってこれないように、食糧や水が入ってた背嚢を持ってきたんだが、それと一緒くたになってて分からなくてな、色々本やら女物の服やらが入ってた、多分あんたのだろう。」


「!!?」


「つい、言いそびれてしまって・・・」


 そう言いつつ、ハルはバツの悪そうな顔のまま、一段落付いた調理の手を止めて徐に立ち上がると、自分の荷物の中から綺麗な刺繍が施された鞄を取り出した。


「これだろう?早めに言わなくて悪かった。」


 ハルは鍋の側に戻りながらバツの悪さを取り繕うように、ぽんぽんと軽く表面についたほこりを手で払ってから、エルレイシアに鞄を手渡す。


「・・・・・」


「・・・」


 無言でハルを凝視したまま、エルレイシアは鞄を両手で押し頂くように受け取る。


「・・・」


「・・・だから、悪かったって言ってるだろう・・・」


 その無言と視線を抗議のものとして解釈したハルが我慢しきれずにそう言うと、エルレイシアは受け取ったかばんの中から一筋の細い黄色の布を取り出して、ハルに近付く。


「な、なんだ・・・」


 座ったまま身じろぎするハルに構わず、エルレイシアはその布をハルの帯の左脇部分に結びつけた。


「これは太陽神のお守りです、これを収めてください。」


「・・・ああ、ありがとう。」


 ようやく口を開いたエルレイシアに、安堵したハルは素直にそう言ってお守りを見る。


「綺麗な色だな。」


 何で染められたものだろうか、鮮やかな黄色が紺色の帯に映える。


「良く似合っていますよ。」


 笑顔で言うエルレイシアに、少し照れ臭そうな顔をしたハルは、木の椀を2つ荷物から取りだし、良く煮立てた粥をよそって木の匙と一緒にエルレイシアに手渡した。


 エルレイシアが椀を覗くと、ほんのりと香草の香りが湯気と共に漂う。


 早くも粥を食べ始めるハル。


 エルレイシアは椀と匙を奉げ持ち、しばらく瞑目して休んでいる太陽神への感謝の祈りを口ずさんでから、徐に匙で粥をすくい、口へと運んだ。


「・・・おいしい」


「だろう?残り少ない米と香草だが、今日は特別だ、捕らわれの身で体が弱っているだろうからな。」


 おいしそうに粥を口にするエルレイシアに、ハルはそう言いながら素直に嬉しそうな笑顔を浮べる。


 粥を口にしながらも、木椀ごしにハルのその笑顔を上目遣いで盗み見ていたエルレイシアはポツリとつぶやく。


「・・・そういう、さりげない優しさは、ずるいですね。」


 声は小さく、相手には届かない。


「何だ、お代わりか?」


 もりもりと粥を平らげていたハルは、手が止まったエルレイシアを認め、自分の木椀を傍らに置くと、うん、と頷きながらしゃもじを持ち、空いた手をエルレイシアに差し出す。


「遠慮しなくて良い、少し多めに作って置いたからな。」


「・・・・いえ。」 


 盗み見ていた事に気付かれ、顔を赤らめたエルレイシアは、慌てて視線を逸らしまだ椀に残る粥を匙で口に運ぶ。


 その様子を見たハルは、しばらくしてエルレイシアが椀を空にするのを待ってから、その椀を取り、粥を満たしてから返した。


 そうして食事が終わると、ハルは手早く食器を汲み置いていた手桶の水で濯ぎ、空拭きした後に立ち上がると、馬から下ろした荷物の場所へと歩いて行く。


 そして食器を片付けると共に中に入っていた毛布を取り出し、火の近くに戻るとエルレイシアへ手渡した。


「・・・何時から捕まっていたのかは知らないが、疲れているだろう?俺は大丈夫だから休んでおいてくれ。」


「はい、それでは・・・」


 確かに道中で山賊に襲われてから縄で縛られ、まるで荷物のように運ばれるだけであったとは言え食料や水はほとんど与えられなかったために、体力は消耗している。


 エルレイシアは素直に毛布をハルから受け取ると、火のそばに座ったハルの横へいそいそと寄り添い、こてんと横になった。


 頭はもちろんハルの膝の上。


「・・・何をしている・・・」


 ぴしっと青筋を再び浮き出させるハル。


「えっ?」


 何を質問されているか分からないといった様子でハルを見上げるエルレイシア。


 そして毛布から両手をちょこりと出し、ぽすっと打ち鳴らした。


「そうでした、忘れていました。」


「神職の身で慎みや遠慮を忘れていたとは不幸だな、まあ思い出したのなら良いから、どけてくれ。」


 ハルが身じろぎすると、エルレイシアはがしっとその膝頭を意外と強い力で掴んで固定すると口を開く。


「ハルが襲っても良いんですよ?」


「寝ろっ!!」



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