第5章 都市伸張 基盤整備篇
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何時も有り難うございます。
翌朝、執務室にシレンティウムの主立った者達が集合した。
大きな紙筒を手にし、羽織袴を身に着けた上に楕円長衣をまとう辺境護民官ハル・アキルシウス。
銀色の分厚く古式ゆかしい帝国の鎧兜を身に付けた、幽霊軍団長ガイウス・アルトリウス。
白く長い長衣をゆったりと着こなし、太陽神を象ったメダルを首から提げ、金色のベルトを締めている太陽神殿神官エルレイシア。
最新の軽い帝国風鎧を身に纏い、その上から楕円長衣を身に着けた北方辺境関所守備司令官デキムス・アダマンティウス。
赤い貫頭衣に革ベルトを締め、楕円長衣にサンダル履きの治安担当官ルキウス・アエティウス。
緑色主体のチェック柄のズボンにブーツ、茶色の長い貫頭衣をベルトで締めた、シオネウス街区代表ヘリオネル。
青いズボンに茶色の長袖シャツ、さらにその上から半袖の上衣を合わせている、セミニア街区代表レイシンク
今のシレンティウムの構成を良く表す、それぞれ民族色豊かな装いである。
「さてと、今日皆さんに朝早くから集まって貰ったのは他でもありません、今後の都市運営について、方針を決めたいと思ったからです。」
全員がそろった事を見て取り、ハルが口を開いた。
『ふむ、なるほど、取りあえず基礎固めに区切りを付けると言う事か?』
「はい、私がこの都市へ来てからもう3ヶ月近くなりますが、人も増えてきましたし、街区の整備も順調です。また、アダマンティウス司令官の帝国軍が来てくれたお陰で大々的な開発も今後可能になります。」
アルトリウスの言を肯定するハルに、アダマンティウスが鎧を着用した胸を叩いて力強く請け負った。
「設計から建築まで、何でも言ってくれたまえ、帝国技術の粋をご覧に入れよう。」
「そこで、まずはこの図面を見てもらえますか?」
ハルはアダマンティウスの様子をにっこりと微笑んで見た後、手にしていた紙筒を広げた。 机の上にはシレンティウムを中心とした、この地域一帯の地図が広がる。
「今まで色々見て分かりましたが、シレンティウムの西と東はこのままでも順調に発展していくでしょう。平坦地ですし、元々アルトリウス先任軍団長が拓いていたので、農業水路も圃場整備も行き届いています。また煉瓦の道も残っています。」
ハルが示す先には、水色で色付けられた水路が張り巡らされている事を示す線と、農地を示す黄色で色付けられた面。
それに、街道を示す赤い色の線が東はアルマール村まで延びているものと、途中で枝分かれして、遙か東の東照を目指すものがある。
また、西の赤い線はオラン人地域を目指して伸びている。
今のところ東側はセミニア村の元村民を中心に、クリフォナム人主体の開発が行われており、人口は約500人程である。
一方、西側はシオネウスの族民を中心に、オラン人主体の開発が進み、人口は約700人程であった。
「シレンティウムの東西は、入植者を今まで通り集めて開発を進めていきます。」
ハルの言葉に、ヘリオネルとレイシンクの2人が頷く。
『問題はシレンティウムの南北であるな、我も手を付けかねた。』
アルトリウスが透き通った指で地図の縦をなぞり、ハルはその言葉に頷いた。
シレンティウムの北側は未だ手つかずの台地で、その先はクリフォナム人の中心地である大森林地帯へと続いており、南側は西南を中心に湿地帯と疎林が北辺大山脈まで広がっている。
シレンティウムの北の台地には小川が1つ、西南の湿地目指して流れ込んでおり、また南にある北辺大山脈からも小川が1つ湿地帯へと流れ込んでいた。
北側の小川は、水道を築けば利用は可能であったが、水源を周囲の敵性蛮族から守る必要があり、また北から攻めて来るであろう蛮族によって、籠城戦となった際は容易に破壊されてしまう。
南側の小川は、シレンティウムと標高差がある遙か彼方の北辺大山脈から水道を引く必要があったが、湿地の上を通さねばならず、資材、資金、安全性の面で問題があり、アルトリウスの時代に断念された。
当然、湿地帯は水が澱んでいるだけで無く、夏には蚊や毒虫、寄生虫発生の温床と化し水源としての利用に適さない。
また湿地帯近辺は土壌が腐敗しており、これも早急に対策を考えなければならなかった。
少し離れた、アルマール村の北側にはエレール川と呼ばれる、最終的には大北海へ流れ込む大河の支流があるが、シレンティウムよりかなり低い場所を流れている為、これまた水源としての利用は難しい。
シレンティウムが水の精霊アクエリウスの力を借りなければならなかったのは、このような水源事情からであった。
「最終的には、北辺大山脈の麓まで開発を進められれば良いですが、それは何年も先の話です、差し当たってはこの湿地を何とかしないといけません。」
ハルが示すのは南にある茶色で塗られた湿地帯。
「今は、シレンティウムから出た水はこの南側に広がる湿地へ流されていますが、これを改めて、北側にあるエレール川にアルマール村の北側を経由して流しましょう。湿地が無くなれば夏場の蚊の問題や疫病発生の危険からも逃れる事が出来ますし、水質が改善すれば土壌の問題も解決です。アダマンティウス司令官、技術的には可能でしょうか?」
地図を見たアダマンティウスは、しばらく標高差や地形を考察していたようであったが徐に口を開く。
「測量してみないと何とも言えないが、恐らく湿地からエレール川への排水路開削は高低差、地質共に問題ないだろう。シレンティウムの水道も付け替えは簡単であると思う。」
「では、測量の後計画を策定して下さい。」
「心得た、北方第一の水路を開削しよう。」
次にハルはシレンティウムの城壁跡に指を走らせる。
「それから、都市の防備ですが、差し当たって高い城壁を作るのは無理なので、北の小川から来る水を利用して堀を作れませんか?」
「ほう、堀ですか・・・確かに、高い城壁を造るより簡単ではあります。それでも手間暇は掛かりますし、底に敷く粘土や堀壁に使う石材もそれなりに必要ですが、資材の確保は如何か?」
『それは問題ない、北の台地の終わりに良い石取り場が2カ所ある。今は木に覆われていてはっきりせぬが我が道を付けて居るからすぐにでも回復できよう。』
ハルの言葉に興味深そうな様子で応じたアダマンティウスが質問すると、アルトリウスが地図の北西の部分を指さしながら答えた。
地図ではちょうど台地が途切れる辺りに向かって薄赤色の線が西門から引かれている。
『手前は大理石、その奥からは石灰岩が取れる。砂岩や泥岩は北辺大山脈まで行かねば手に入らんがな。』
「差し当たっては大理石とセメントが手に入ればそれで十分です、硬い石が必要な時はまだ先でしょうし、その時は街道も整備されているはずですからな。」
アダマンティウスが街道に言及してアルトリウスの回答に納得すると、それまで黙っていたエルレイシアが進み出た。
「その街道ですが・・・アルマールのアルキアンド族長から、村と都市を結ぶ街道を整備して欲しいと要望が来ています。」
エルレイシアはハルに一通の手紙を手渡す。
ハルが読むと、そこには今まさにエルレイシアが伝えた事と同じ内容が記されており、最後にはアルキアンドの署名がある。
理由としては、村を経由してシレンティウムを訪れる者が増えた事が上げられているが、北方辺境関所への近道にもなる事とは無縁では無いだろう。
帝国内での産品販売を重視しているアルマール村として、ここはシレンティウムを利用する事が得策と判断したに違いない。
「そうですね・・・街道はまず北方辺境砦とシレンティウム、シレンティウムとアルマール村の間に帝国風のしっかりした石敷設をしましょう。」
ハルが手紙を手にしたままアダマンティウスへ向き直ると、アダマンティウスも賛同意見を述べた。
「分かりました、街道沿いには監視砦兼休憩所を作り、盗賊や兇賊、魔獣、真性蛮族の防備を固めねばなりませんな・・・しかし。」
アダマンティウスはふと気が付いたように質問する。
「・・・これだけの大開発を行うとなれば、私の指揮下の兵士達だけではとても手が足りないが、辺境護民官殿は人手についてはどうお考えか?」
ハルは、ヘリオネルとレイシンクをちらりと見てからアダマンティウスの質問に答えた。
「これは少し前から考えていた事なのですが、帝国軍兵士を土工兼技術者として使うのでは無く、技師や現場監督としての役割を担って貰い、人手は移住希望者を募ろうと思っています。」
ヘリオネルやレイシンクからの聞き取りで、実は双方の民族ともに移住希望者が多い事を把握しているハル。
オラン人は、度重なる帝国の圧迫に耐えかねている事が主な理由で、村単位での逃散も珍しくは無い。
そしてクリフォナム人は帝国を破った英雄王の下で、40年に渡り周辺民族に優位性を保ち続けた結果、人口が増加し、彼らの技術で開発可能な土地がもうほとんどなくなりつつあった為である。
双方の民族ともこのまま放置すれば、周辺地域への大移動につながる危険性があったが、ここ数年は一部の例外を除いておおむね気候も安定しており、豊作が続いている事からその兆しは見られ無い。
シレンティウム周辺も、死霊都市と化していた事から開発が見送られたという以上に、湿地や帝国の遺構をクリフォナム人が利用する術を持たなかった事が大きな原因であった。
しかし、帝国の技術を用いれば、その開発が可能になる。
ハルが言葉を続けた。
「3年間開拓作業や都市整備の労働に従事してくれた者には戸籍と市民権、それから土地を与えます。開拓期間における労働する人の食住は行政府持ち、最低賃金も払います。」
「なるほど・・・家族ぐるみで、しかも家畜などの資産持参で来た場合はどうする?」
「その場合は西と東の開拓地へ回します。そこで土地を与えますので、自力で開拓をして貰う今までの方式です。」
レイシンクが質問すると、ハルは西と東を指さしながら答えた。
「ふむ、募集はどのように行うのか?」
「レイシンクさんとヘリオネルさんの伝を使って、それぞれの部族で土地を持たない無産農民や移住地を探している人たちに声を掛けて貰います。帝国にも、こっそり募集を掛けますが、こちらは余り期待は出来ません。」
アダマンティウスの疑問にもよどみなく回答するハル。
帝国人に限らず、セトリア諸国と呼ばれる内海沿岸に住まう民族は、伝統的に山を越えた先のクリフォナム人やオラン人を蛮族と呼んで一段下に見ている。
また、内海沿岸に比べて気候の厳しい地域へ移住を希望するような物好きはそうたくさんはいないだろう。
それに帝国は政情は不安定で国は乱れ始めているが、庶民の暮らしにそれ程影響がある訳では無く、積極的に移住しなければならない理由も無い。
何らかの理由があって辺境へ逃れざるを得ない限り、このような場所へ来る帝国人はいないと見た方が良い。
「そちらは私が退役兵達に声を掛けてみますかな?数は多くありませんが、兵士としての訓練を受けていますし、技術もあります。辺境の勤務が永いので、異民族に対する接し方も心得ていますから、辺境の開発にはうってつけだと思うのですが・・・」
アダマンティウスが帝国軍の退役兵達を移住させる事を提案する。
『それでは技師として招いた方が良かろう。農地を求めれば与えてやれば良いが、専属の開発技師として迎えた方が都市としては役に立つ。』
アダマンティウスの提案を補充し、アダマンティウスもその意見に頷いたのを見てから、アルトリウスはハルに向き直る
『そうだ、ハルヨシよ、これからの農作業にも必要不可欠な馬や牛は人の募集と共に調達する必要があろう。』
今度はアダマンティウスがアルトリウスの意見を補完した。
「馬については一時的に関所の馬匹を転用する。後は関所に居る馬喰や商人を使って仕入れるしかありませんが、資金は如何ほどおありか?」
「出所は内緒ですが資金についての問題はありませんので、必要数の確保をこっそりお願いします。」
アルトリウスがにやりと笑みを浮かべるのを見ながらハルが答えると、アダマンティウスは2人の遣り取りを見て何かを察してそれ以上は聞かずに承諾する。
「まだ、帝国に気付かれる訳にはいかないという事ですな、承知した。」
その他には都市内の街路整備や水道補修、居住区の選定が行われるが、都市の基本である農業政策や、基盤整備についてはおおむね話が終わった。
あとは工芸区と商業区の問題である。
これについては全く進んでいないと言っても過言では無いため、ハルの口調もつい愚痴っぽくなる。
「・・・職人には一応集住して貰って工業区らしくはなっていますが、職人の技量に差もありますし、文化的な違いでやり方も異なるんですよ。」
『水車も復活させたのに、宝の持ち腐れであるな。』
アルトリウスが言ったのは、シレンティウム各所に設けられた動力水車のことで、かつて鍛造や製粉、セメント工場で動力源として使用されていた水車を再現し、元の設置箇所へ設置したのである。
ハルが目指すのは、シレンティウムを北方辺境随一の工芸と商業の都市にする事。
辺境の資源をシレンティウムで商品化し、帝国や東照、果てはシルーハにも売る。
そして3国の商品を仕入れてシレンティウムで中継交易を行うことが目標である。
職人は今のところシオネウスとセミニアの職人がそれぞれ居るが、商人に至っては皆無で、商業区は近隣の族民が農産物や日常生活品を売り買いしているだけの青空市場状態である。
青空市場はシレンティウム市民の台所となっており、また他の村との産物売買をシレンティウムへ来て行う人が増えている為、これはこれで良いのだが、ハルの構想を実現するには力不足も甚だしい。
「行政官が必要なんじゃ無いか、太陽神官様に頼めば?」
ルキウスがハルにそう声を掛けてエルレイシアを見る。
「ハル、私に出来る事なら言って下さい。」
「エルレイシアには神殿運営と治療院をお願いしているし、これ以上の負担は・・・」
エルレイシアの行政能力は意外な形で発覚したが、既に太陽神殿を運営し始めており、太陽神の恩恵を受けようと信者が集まり始めている。
それに付随してエルレイシアに治療院の運営も依頼していたハルは、ルキウスの提案を断らざるを得なかった。
ちなみに治療院はエルレイシアを筆頭として、シオネウス、セミニアの薬師3名で運営中である。
「う~ん、出来れば帝国人の官吏が良いんだけどなあ・・・知り合いなんて居ないし。」
「俺にもそんな頭の良い友達はいない。」
帝都にいたとは言え、たった5年ほどのことであり、ハルには知り合いその者が少ない上に、同僚官吏は治安官で行政官とは少し趣が違う。
ルキウスも下町出身で官吏になっているのは友達連中で自分だけといった有様である。
「1人・・・心当たりがありますが、世に出てくれるかどうか・・・」
「どういう方ですか?」
アダマンティウスが徐に切り出したので、ハルが先を促す。
「元帝国直轄州総督だった、トゥリウス・シッティウスと言う者が居ります。行政手腕は折り紙付ですが、貴族と衝突して中央官吏を辞めさせられてしまい、今は確かコロニア・リーメシアの町に隠遁しているはずです。」
『ふふん、あほ貴族どもと衝突したというのか?なかなかに見所があるではないか。我としては是非とも招聘したいな。』
アルトリウスは経歴を聞いただけで気に入った様子である。
アダマンティウスは苦笑しながら師の様子を横目に見て、ハルに言葉を継いだ。
「かつて彼が若い頃に関所へ担当官吏として赴任していた事がありまして・・・確かに仕事は出来る男ですが、性格はきついと思います。ただ、干されて既に5年以上経っていますので暇を持て余しておるでしょうから、招けば応じて来るかも知れません。」
今のところ帝国に気取られず、シレンティウムを発展させたいハルにとってはうってつけの人材と言えよう。
帝国、特に貴族に恨みがあり、しかも現在は出仕していないので足が付く恐れも無い。
「シレンティウムへ来て貰うようにお願いしましょう。」
ハルの決断により、シッティウスの招聘が決定した。