第5章 都市伸張 帝国軍派遣依頼篇(その5)
ボレウス隊全員を拘束した、デキムス・アダマンティウスとその配下の兵士達は、一旦軍団基地跡までボレウス隊を連行し、武装解除を行う。
「挨拶が遅れて申し訳ない、デキムス・アダマンティウス北方辺境関所守備司令官です。」
「辺境護民官のハル・アキルシウスです、どうぞ宜しくお願いします。」
敬礼しながらアダマンティウスがそう挨拶すると、ハルは背筋を伸ばしたままお辞儀をして答礼する。
そして、アダマンティウスは万感の思いのこもった目で、ハルの脇に控えるアルトリウスへ顔を向けた。
しばし無言でお互いの顔を見合った2人は、苦笑とも、微笑とも言える笑みを浮かべ、視線を外す。
そしてアダマンティウスはハルに対し、質問を行う。
「辺境護民官殿から委任された治安維持の任及び担当区域内の軍権掌握の件は了解を致しました、謹んで拝命いたします、期間は・・・・当分で宜しいか?」
「お願いします。」
「委任状はレイシンク殿より確かに受け取りここにあります、この委任状のお陰で、ボレウス隊の接収が滞りなく進められます。」
ボレウス隊はアダマンティウスの配下では無く、隣接するオラン北中部国境防衛隊の所属である為、本来であれば担当区の無い帝国域外においてアダマンティウスが処分や拘束を行うことはできない。
しかし、辺境護民官であるハルの委任状があれば、辺境護民官が担当する地域内での軍権は委任状を持つ指揮官に委ねられる。
委任状の発布日は、レイシンクがアダマンティウスに委任状を手渡し、署名を行った日になっている。
幸いにもその日付は、ボレウスが襲撃を行う前になっている事から、アダマンティウスは滞りなく権限を行使できたのであった。
「処置はどうされますか?」
ハルの質問に、武装解除されているボレウス隊の兵士達を横目で見るアダマンティウスは、しばらくはそうして思案した後、徐に口を開いた。
「首謀者の隊長ボレウスは都市騒擾罪で辺境護民官殿が処断、参加した兵士は全員一旦兵籍を剥奪し、関所で私が再訓練を施しましょう。居残った副官以下30名の兵士達は見所もありますのでシレンティウム直属の兵とします。如何ですか?」
「分かりました、残された砦は?」
「シオネウスの砦は管理する対象のシオネウス族が移住してしまいましたから、不要な砦とし、後ほど破却します。居残りの兵士達も隊長が死んでいることですし、我が隊で接収します。解体した砦の資材はこちらへ運ばせますか?」
「そうですね、資材は私たちが引き取ります。砦の破却依頼書を私が担当の国境防衛隊に出します。」
「北中部国境防衛隊司令官のマルケルスは話の分かる人間ですが、それがあると協議が楽になりますから、助かります。」
ハルはアダマンティウスの提案を承認し、ボレウス隊の処遇が決定した。
「シオネウスの村はどうなりましたか?」
後ろに居るヘリオネルをおもんばかりながら、ハルが質問すると、アダマンティウスは残念そうに答えた。
「・・・確認したわけではありませんが、兵士達の証言によれば、残念ながらボレウス隊の手で見せしめの為焼き払われた上塩を撒かれてしまっているようです、再建は不可能でしょう。」
敵地を破壊し尽くした跡に塩を撒くのは帝国の呪いのかけ方である。
呪われた土地は極端に地力が下がり、また塩の影響で土地は不毛となる為再建は難しい。
「そうですか、しかたありません・・・シオネウス族の人たちには申し訳ないが。」
「・・・いえ、一度捨てた故郷です、未練が無いと言えば嘘になりますが、ここを新しい故郷と思い定めていますから・・・大丈夫です。」
ハルが後ろを振り向いて言うと、ヘリオネルは寂しそうに、そして残念そうに言った。
ハルとアダマンティウスはいたたまれない様子でヘリオネルを見ていたが、ヘリオネルは僅かに微笑むと、戦士達を率いて族民達の誘導に当たるべく、太陽神殿へと向かった。
アダマンティウスは、小さく黙礼を送り、ハルに向き直ると言葉を発した。
「では、ボレウス隊の移送手配をしてきます、関所からもう500、兵を呼びますので。」
「お願いします、それまでは軍団基地の地下牢へ収容しておきましょう。」
「心得ました。」
ハルの答えにアダマンティウスは敬礼をもう一度送り踵を返し、兵士達を指揮するべくボレウス隊の武装解除場所へと向かった。
デキムスの向かった先では、アルトリウスが腕組みをして満足そうにデキムスの部下達の仕事振りを眺めていたが、アダマンティウスが近づくと、振り返ってにやりと口角を上げる。
『久しいであるな、元気であったかアダマンティウスよ?まあ、程良く老けたな!部下の訓練も行き届いておる、流石である。』
「はい、厳しい訓練は明日への希望と心得ています。その教えのお陰で生きながらえて恥を晒しておりますが、師も・・・お元気・・・でよろしいのですか?」
『わはははは、確かに!我が身はお主があの時見たとおり既に無い故に、元気とは言い難いが、まあ、元気だ。新しい弟子も出来た事だしな、愉しくやっている。』
アダマンティウスの言葉に、笑うアルトリウス。
その姿を見て、在りし日の事を思い出したアダマンティウスは不意に落涙した。
自分達の厳しく寡黙な司令官が、初めて見せる悲しみと悔悟の涙に驚く部下の兵士達。
アダマンティウスは、兵士達が静かに息を呑むのを余所に涙声で言葉を継ぐ。
「そうでしたか、それは・・・っ、何よりですが・・・いや・・・そうですか・・・」
『・・・どうした?らしくないではないか。』
優しく言うアルトリウスに、アダマンティウスの涙腺は留まる事知らず涙を作り出す。
40年前のあの時以来の涙。
師の首を掲げて開城を迫る敵軍を前にそれを取り戻す事すら能わず、もう2度と会えぬと思い悔し涙を流して以来の涙は熱く、濃く、頬に染みた。
ぐいと涙を拭い、顔を上げて師を見るアダマンティウス。
「いえ・・・すいません、老いるとどうも感傷的になっていけません、こうやってお目にかかれたことで、自分が如何に人生を無駄にしてきたかを悟り悔やんでいた所です・・・思えば、永く、そして無駄な40年でした。」
『いや、それは違うな、あの時お主が私情を殺し、関所を固守してくれたからこそ、アルフォードも帝国侵入を断念した。それに、今またこうしてお主と会う事も叶った。お主が居ってくれたからこそ新たに始まる事もあるのだ。決して無駄などでは無い。』
声を絞り出すようにして言うアダマンティウスに、アルトリウスは笑みを崩さず、そして優しく答える。
「・・・有り難うございます、しかし、この身は最早老いぼれました、左程もお役に立てませんでしょう。」
『おお、何の、これから身と才を粉にして働いて貰うから安心せよ!枯れた身体とてまだまだ使いようはあろう?』
「ははは・・・師には敵いません、十分に心得ています。」
自分の言葉におどけたように答えたアルトリウスへ、アダマンティウスはようやく微笑んでそう言うことが出来た。
「ハル!お怪我はありませんか?」
デキムスと別れたハルの元へ、エルレイシアが駆けつける。
「あ、大丈夫ですよ、そちらは大丈夫でしたか?」
「はい、何事も無く皆さん落ち着いて避難と待機をしてくれましたので、今はみんな農場へ戻ったり家へ帰ったりしています・・・怪我はありませんか?」
にこやかに答えるハルへ、エルレイシアはそのまま間近まで駆け寄り、両手でぺたぺたととハルの頭や顔、身体を触る。
「あ、あんまり触らないで下さい・・・」
「ああっ、駄目です、怪我が無いかどうか確かめませんと・・・」
「いや、無いです、無いですからっ!」
大弓を持ったままのハルが辟易して一歩下がろうとすると、エルレイシアはハルが鎧の上から身に着けている楕円長衣の裾口を掴んで固定し、その中へ手を差し入れようとする。
その手付きに焦って逃れようとしたハルの視界に懐かしい顔が映った。
「おい、ハル、嫁さんもらったんだってな、こんな美人捕まえるとはお前もやるな。」
「・・・ルキウスじゃないか!」
「おう、久しぶりだな。」
にやにやとハルとエルレイシアがじゃれ合っている様子を眺めるルキウスに、ハルの顔が輝く。
「むう・・・納得いきません、私と会った時より嬉しそうです・・・」
その顔を見て不満げに頬を膨らませるエルレイシア。
「・・・」
「悪いな、これが男の友情って奴だ。」
げんなりした様子のハルと、満面の笑顔で答えるルキウス。
「ま、積もる話もある、嫁さん、悪いがちょっと旦那を借りるが、いいかい?」
「・・・仕方ありません、夫のお友達を無碍には出来ません。」
「・・・夫じゃ無いでしょう・・・」
ぼやくハルから渋々手を離すエルレイシアに、悪いね、と言い置いてルキウスはハルの肩に手を回し、少し離れた場所まで移動をした。
「ルキウス、何だって突然こんな所に?」
肩に手を回されたまま尋ねるハル。
「ここシレンティウムって言うんだってな、良い所じゃないか、俺もこっちへ引っ越そうと思ってね。」
ハルの疑問にまずそう答えてから、ルキウスはハルから手を離し、シレンティウムへ来るに至った経緯をハルに話して聞かせた。
「・・・そうか、あの娘順調に回復しているみたいで何よりだ。」
「まあな、ちょくちょく見舞いに行ってたが、お前に感謝してたぜ?」
ハルの安堵の言葉に朗らかに笑うルキウス。
しかし、ハルの顔は再び暗くなる。
「・・・ルキウスにも迷惑を掛けてしまったな。」
「ああ・・・俺の事は良いんだ、俺が好きでやった事だしな。それよりこっちこそ悪かった、お前の左遷に同意したのに、あのどら息子に良いようにやられちまって、何の成果も上げられなかった。みんなも同じ気持ちだと思う。」
ハルの言葉に首を左右に振り、神妙な表情で謝罪を返すルキウス。
「いや、仕方ない・・・とは思いたくないが、どうしようも無い事だから・・・でも、悔しいな。」
「ああ。」
本当に悔しそうに唇をかみしめる2人。
貴族の横暴はますます酷くなるだろう。
一度は掣肘を加えたが、この結果を見た貴族達の傍若無人振りはいっそう激しくなるに間違いなく、それを押し止める力を官吏達は今回の件で失ってしまった。
帝都の市民を思うと、気持ちの暗くなってしまうハルとルキウスであった。
「それよりルキウス、クビになってこれからどうするんだ?働き口は?」
「ああ、そのことだが・・・ハル、俺を雇わないか?」
再度のハルの疑問に、少々ばつが悪そうにルキウスが言う。
「え?」
「見たところ街はなかなかの賑わいだが、どうにも手が足りていないようだからな、力になれる事もあるだろう?」
なぜ、と問いたげなハルに、慌てて言いつくろうルキウス。
しかし、ハルは少し首を捻った後に意地悪く言葉を返す。
「う~ん、どうだか・・・ルキウスなら辺境でも自由にやっていけるんじゃ無いか?」
「お、おい、何てこと言うんだ!こんな所までお前を追い掛けて来てやったって言うのに!お前と俺は友達だろ?」
さらに焦って言い募るルキウスを見ながらハルは首の角度を深める。
「でもなあ、ルキウスに出来る仕事って・・・」
「治安省官吏の経験は伊達じゃ無いぞ?」
胸を張るルキウスに、ハルは斜め向きの視線を送る。
「でも、なあ・・・」
「・・・頼むよ~雇ってくれよ、贅沢は言わない!・・・本当のところを言うとお前を頼ってきたんだからっ。なっ?」
「・・・分かった、仕方ないな。」
最後は手を合わせて泣き落としに掛かるルキウスを見かね、首を縦に振るハル。
確かに人手は足りない。
また、都市警備の経験があるルキウスは、今後の都市運営において重要な位置を占めるであろう治安維持にうってつけの人材とも言える。
「やったっ!恩に着るぜ!きっちり仕事はするから安心してくれ!」
「そうじゃなきゃだめだろう・・・相変わらずだな。」
喜び勇んで言うルキウスにハルが苦笑しながら苦言を呈する。
お調子者の所がある元同僚は、少しも変わっていないようだ。