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第5章 都市伸張 帝国軍派遣依頼篇(その4)

 ハルが名乗りを上げるべく、下準備を行っている時、重装歩兵隊に漸進隊形を取らせ、その中央で指揮を執るボレウスは都市の美しさに魅了されていた。

 所々真新しい補修跡はあるものの、芸術性と機能性を兼ね備えた都市の作り、水道橋のアーチの見事さに目を奪われる。

 恐らく彫刻や建造自体は帝国の技術で為された物であろうが、植物や自然を模しているデザインや配置はまごうかたなき辺境の蕃地に住まう蛮族達の物。

 しかし、それがまた神話や人々の功績に基づいた、神々や人物像主体の帝国内の都市とは違った趣を見せているのである。

 ボレウスは帝都で勤務した事もあるが、あの凄みを感じる殷賑振りとはまたひと味違った優しさを感じさせる都市のたたずまい。


「・・・流石英雄が愛し、守った街だな。」


「はっ、廃棄都市とは思えません!」


 ボレウスの慨嘆に、臨時の副官に任じた先任兵士が答える。

 そして部隊が西の城門をくぐった時、大通りの前方に1人の男が現れた。

 帝国風の鎧を身に着け、帝国人が身に着ける楕円長衣をその上からまとった姿で、浅黒い肌に、黒い髪。

 手には群島嶼風の大弓を持ち、箙を背負っている。

 この辺りでは見かけない、セトリア諸国人の特徴を強く持つ人物の登場に、ボレウスはとっさに部隊へ停止を命じた。


「部隊停止!防御態勢!」


 ボレウスが命じると、若干乱れは生じたものの、部隊は城門をくぐり抜けた所で停止する。


「・・・何者だ?見たところ帝国人のようだが・・・」


「副官が仰っていたように行政官では無いでしょうか・・・それですと、少しまずくはありませんか?」


「馬鹿言え、こんな所に帝国の行政が及んでいるものか、気にするんじゃ無い!」


 早くも及び腰になった兵士達の雰囲気を感じ取り、慌ててボレウスは先任兵士の言葉を否定するが、既に都市の略奪を明言してしまっているだけに、もし本当にこの都市が帝国の行政管轄にあった場合は、味方に対する略奪の罪や、都市騒擾罪で処断されかねない。

 居残った副官の冷笑が見えるようである。

ボレウスが冷や汗をかいていると、その人物が宣言するような口調で話し始めた。


「帝国辺境護民官並びにシレンティウム市担当行政官ハル・アキルシウスが部隊隊長に糺す!部隊の目的を宣せず都市の城門をくぐる事は帝国法により禁断されているはず!この都市は私の権限において治められし帝国行政管轄下の都市である!その非を悔い、速やかに部隊共々武装解除の上投降せよ!!」


「くっ、くそ、何でこんな所に辺境護民官が・・・!」


「・・・隊長、どうしますか?」


 はっきり帝国の管轄下にある都市であること、自分達が罪を犯した事を宣言されて動揺し、固めた盾を揺らす兵士達。

 これで配下の兵士達までこの都市が帝国の支配下にあり、自分達が罪を犯そうとしている事がはっきり伝わってしまった。

残された道は投降か、若しくは・・・全てを無かった事にしてしまうか、である。


「・・・辺境護民官さえ殺せば、後はどうとでもなる、やるしか無い!全員戦闘態勢!」


 足音を鳴らし、構えていた盾を脇に剣を抜く帝国兵士。


「よ、よろしいのですか?」


 ボレウスはそう尋ねてきた先任兵士を睨んで黙らせると、自分も剣を抜いた。


「敵は辺境護民官だ!あいつを殺せっ、突撃!」


「「おおう!」」


 帝国兵士達はハルめがけて突撃を開始した。





『・・・馬鹿な、仮にも帝国軍の隊長ともあろう者が、辺境護民官を敵だなどと叫ぶとは・・・あきれてものが言えん。』


 ハルの傍らで、唖然とするアルトリウス。

 辺境護民官は帝国皇帝の親任官。

 ハル個人の氏名を標的にするならまだしも、官職を標的にするとは皇帝に対する挑戦であり、明らかな国家反逆罪である。


『隊列はばらばら、盾壁には隙間だらけ、その上最早そのような良識も失われてしまったのか、時とは残酷なものであるな。』


「先任、ぼやいている場合ではありません!」


帝国兵士が自分目がけて突撃してくるのを見て、ハルは黄昏れているアルトリウスへそう叫ぶと、戦士達に指示を飛ばす。


「最初の手はず通り、左右交互に弓射開始!足止めは任せる!」


 伝令代わりの戦士は無言で頷くと、都市の大通り左右に隠れた戦士へハルの命令を伝えるべく走った。


「足さえ止まれば・・・何とかする!」




ハル目がけて走る帝国兵達の視界左右に、ちらりと動くものが入る。

 その瞬間、鋭い羽音と共に矢が飛来した。

 突撃していた数名の帝国兵が身体を貫かれ、倒れ伏す。


「矢だ!右方向!防御態勢急げ!」


 残っている建物の屋根や、木の上から次々と唸るような音を立てて飛来する矢。

 ボレウスが慌てて兵士達を呼び集めるが、今度は左方向から矢が飛び、集まろうと背を向けた兵がうなじや背中に矢を受けて倒れた。


「くそ、潜んでやがったか!」


 ばらばらに突撃をしてしまった為、防御態勢を取るまでに時間が掛かってしまい、さらに数名の兵士が絶命する。

 ようやく防御態勢を整えて様子を見ると、間断なく飛んでくるが、飛来する矢数は多くはない、少なくとも自分達よりはかなり小勢である。

 しかし、徴税、略奪後の戦利品搬送に少しでも輜重の空きスペースを作ろうと考え、かさばる上に保管が面倒な弓矢は持ってきていないボレウスに反撃する術は無い。


「くそう、こう言う事ならきっちり装備を調えてくるべきだった・・・」


 今になって悔やむボレウスが、固められた盾の隙間から前を見ると、辺境護民官が悠然と大弓を構えていた。


「馬鹿かあいつは、所詮は素人文官・・・盾壁を真正面からどうするつもりだ?」


 あざけるボレウスを余所に、辺境護民官は狙いを定めているのか、しばらく構えたままでいた後、矢を放った。

 ぱしっと軽い音が大弓から発せられる。

 そして息を吹きかけたような短い音の後、左目に矢を受けた最前列の兵士が崩れ落ちた。


「な?」


 驚くボレウスの目の前で、さらにもう一閃。

今度は慌てて倒れた兵士の穴を埋めようとしていた兵士がもんどりうって倒れる。

 その左目には、烏の矢羽根が付いた矢が突き立っており、その屍骸を見た横の兵士が恐怖に顔をゆがめ、絶叫した。


「・・・・盾通しだ!群島嶼の盾通しだぞ!!」


「盾通しだと・・・!」


 兵士が倒れ、盾の壁に穴が空いた場所からボレウスが呆然としながら辺境護民官を見ると、辺境護民官の大弓から再び、しかし今度は自分目がけて矢が放たれたのが分かった。






『・・・何が盾通しか、あれだけ盾と盾の間に隙間が空いておれば誰でも矢を通せるわ、かつては盾の隙間は心の隙間と厳しく調練しておったのだが・・・全く帝国兵の練度低下は目を覆いたくなるばかりであるな。』


ボレウスの左目にハルの矢が突き立ち、ものも言わずに仰向けにひっくり返るのを見て、アルトリウスはため息をついた。


「お陰でこちらは助かりました、指揮官さえ討ち取れば兵士は抵抗を止めるでしょうからね。」


 ハルが帝国兵士を見据えたまま、構えを解かずに言うとアルトリウスは頷いた。


『うむ、その為に最初に相手の非を鳴らし、こちらの正当性を謳ったのであるからな、これであの百人隊長を討った事も問題になるまい。』


 ボレウスが倒れた事で、帝国兵達は一気に戦意を喪失し、その死骸を回収もせず、盾を構えて後退し始めている。

 そして、西の城門まで下がると隊長や戦友の死体を残したまま、盾や剣を放り投げて一斉に背を向けて逃げ始めた。

 大通りに潜んで矢を放っていた、オラン人やクリフォナム人の戦士達から歓声が上がる。


『・・・やれやれ、本当に情けない、盾や剣を投げ捨てると敵前逃亡で死刑だぞ・・・だが、そのせいで助かったかと思うと何とも複雑な気分であるな。』


再び深いため息をつきながら、アルトリウスが言った。




帝国兵が一斉に逃走へ移ったまさにその時、デキムス・アダマンティウスはレイシンクの案内でシレンティウムに到着していた。

 そして、その郊外において戦闘が行われている事に気づき、即座に反応する。


「・・・ルキウス君、君はレイシンク君と共にシレンティウムへ向かってくれ、私は戦闘が行われている西の門へ向かおう、レイシンク君、輜重を頼む。」


「ああ、任せてくれ。」


 デキムスの依頼にレイシンクも顔をこわばらせて応じ、ルキウスも頷く。


「じいさん、気を付けてくれ。」


「ふっ、じいさんではない、君こそ気を付けるが良い・・・部隊戦闘準備!」


デキムスの気張った号令に、兵士達は素早く盾のカバーを取り外し、投槍を用意し、弓の弦を張る。

 そして最後に剣と槍の状態を確かめ、各十人隊長から報告を受けた百人隊長3名がデキムスの下に駆け寄った。


「全隊戦闘準備完了です。」


「よろしい、では警戒しつつ漸進する、目標はシレンティウム西門、敵はおそらく不良帝国軍であろう、心せよ!」


「「応!」」




ボレウス隊の副官は、深いため息をついた。


 逃げ帰ってきた兵士達を留めて再編成を行おうとするが、そもそも隊長の尻馬に乗って良い目を見ようというろくでもない連中である、戦意などはなから無い。

 予想外の抵抗に遭い、おまけに隊長は戦死、損害は戦死負傷併せて40名前後と言う所であるものの、もう部隊としては機能しないだろう。

 このまま帰還する事も考えたが、流石に敗残兵のままで、しかも盾や剣を投げ捨てて戦闘の出来ない帝国兵を無事砦まで戻せる状態でも無い事はすぐ分かった。


それでなくてもボレウス隊は無茶苦茶な略奪や徴発で近隣部族から恨みを買っているのだ。

 途中で襲われる可能性の方が高い。


「降伏しか無い。」


 折しも、いずれから現われたのか別の帝国軍部隊が城門より進んできている。

 戦闘振りやボレウスの言動を聞き取った副官は、このままでは自分達も反逆罪で処断されかねないと判断した。


「白旗を揚げろ。」


 副官は兵士に命じ、降伏の証である白旗を揚げさせた。



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