第4章 都市整備 東照商人取込み篇
ホーの馬車へエルレイシアと共に乗り、行政区画へ向かうハル。
ホーは水道橋が物珍しいのか、しきりに眺めては感嘆の声を上げている。
「逢いたかったです・・・」
「・・・鼻息荒くして変な事を言わないで下さい・・・」
そして相変わらずのエルレイシアに退くハル。
「おーエルレイシアさんの想人さん、州牧さんかヨ!」
ハルににじり寄っているエルレイシアを見たホーが愉しそうに笑う中、馬車はがたがたと車輪を鳴らしながら石畳の上をゆっくりと行政区画へと向かっていった。
『おお、待っていたぞ、こちらは滞りなく搬入が済んだ、これでしばらくは味さえ気にしなければ食い物の心配をせずとも良い。』
ハルとエルレイシア、それにホーの3人が執務室へ到着すると、既にアルトリウスが待っていた。
「申し訳ありません、黒麦に大麦、ひよこ豆が大半ですから・・・」
『いやいや、気にするには及ばぬよ、今は量こそ大事・・・しかし、食料、移民、商人の手配を1度に済ませてしまうとは、太陽神官殿は帝国の高位文官に勝る行政手腕の持ち主であるぞ。』
確保した食糧の質の悪さに謝罪の言葉を口にするエルレイシアであったが、アルトリウスは笑いながらエルレイシアの手腕を褒め讃えた。
ハルもお疲れ様でしたとエルレイシアにねぎらいの言葉を掛ける。
「はい、ありがとうございます。」
エルレイシアが嬉しそうに返事をすると、ハルは一つ頷き、視線を傍らの東照人へと向ける。
「さてと、ホーさんでしたね。」
「ハイよ。」
「遠い所をありがとうございます、これからも宜しくお願いします。」
ハルの丁寧な挨拶に驚きの表情をしたホー。
そしてエルレイシアの方を見ながらにこやかな笑みを浮かべた。
「エルレイシアさんの言てた通りの人ネ、あなた良い人、こちらこそ宜しくするヨ、ワタシ頑張るヨ、そこでヨ・・・ワタシ考えたヨ、州牧さん何が必要なるかたくさん考えたヨ、で、これとか、これとカ持て来たヨ。」
そう言いつつホーは肩から提げている大きな鞄から試供品ヨと言いつついくつかの物品を取り出し、石製の執務机に並べた。
それをのぞき込むハル達が目にしたのは・・・
帝国で公用文書に使用される、草茎紙と封筒。
帝国製のインクと堅筆。
東照帝国製の文箱。
東照帝国製の版木。
東照帝国製の簡易木版機。
その他帝国製、東照製の各種文房具。
「これ、アツメタよ、どうか?いるかヨ?」
「・・・全部買います。」
ハルが驚きながらも即決すると、ホーは得意満面でさらに言葉を続ける。
「おー良かったヨ、考えた甲斐があったヨ!馬車にたくさん積んできたネ、あと、お塩と帝国の升と秤と尺も持て来た、必要かヨ?」
「全部買います。」
またも即決するハル。
近くで腕組みをしていたアルトリウスも感心しきりな様子で唸っている。
『何と、見事な先見の明だな、その方本当に商人か?』
「・・・死霊と話しても呪われ無いかヨ?」
アルトリウスに話しかけられて不安そうに振り返るホーへ、エルレイシアは笑みを浮かべて答えた。
「この方は大丈夫ですよ。」
「エルレイシアさんがそう言うなら話してみるヨ・・・これ、商人の基本ネ、相手が何を欲しがてるか、考えて商品仕入れるネ、在庫は駄目ヨ、ワタシその辺は自信あるヨ!州牧さん、死霊と・・・コホンネ、廃棄都市へ入ると聞いたネ、言い難いけど左遷ネ、行政用品、きっと何も無い、だからあちこち回って要りそうなモノアツメタよ。」
安心したホーがアルトリウスに向き直り、見得を切る。
なるほどと感心して頷くハル達であったが、エルレイシアがふと気付いてホーへ問い掛けた。
「その腕前でどうして商売に失敗して借金を抱えたのですか?」
「・・・船が沈んだヨ・・・」
「あーそれは・・・」
船と一緒に自分まで沈んでしまったかのような声を出すホー。
それに対してハルが思い当たった顔をする。
群島嶼でも交易は基本的に船で行う為、その悲哀と辛酸はよく知っている。
「ワタシ、これでも昔シルーハと帝国相手に船商売をやってたヨ、親父の代からの商売ヨ、自慢ナイが、ケッコウ儲かってたヨ・・・でも・・・全部ヨ!全部しづんだヨ!!酷いヨ~!!群島嶼の海は魔物ヨ~!」
「・・・・」
『・・・酷いな。』
ホーの深い悲しみと嘆きに言葉を失うエルレイシアとアルトリウス。
「ワタシの乾坤一擲の商品とお金返せヨ~」
ホーはそう嘆くと泣き出してしまった。
「取り乱して悪かったヨ、船が沈んだ時の事思い出してしまったネ。」
ぐしぐしと目元を擦りながらホーは立ち直る。
よく聞けば、ホーは船を出す時期を指定していたらしいが、シルーハ人船長が天候を見誤って出港してしまい、その結果嵐に巻き込まれて5隻の船は全て沈没、ホーが群島嶼へ送り込んだ商品と、群島嶼の産品を買い付ける為に乗せていた資金も全て海没してしまった。
商品購入資金を借入金で賄っていた為、莫大な借金を背負う事となり、ホーは東照から逃げるように・・・いや、実際西方辺境へ夜逃げをしてきたのであった。
「州牧さん、これいくらで買ってくれるカ?」
ホーが涙目のまま指で示す商品を見つつ、ハルは思案を重ねる。
ホーは船商売で失敗をしたとは言え、商品を見る目や先見力は持っている。
また、帝国とは関係の薄い東照に縁がある事も捨てがたい要素であろう。
借金関係で生じた不義理の代償を帳消しにできれば、かなりの力になることは間違いない。
東照の商品を仕入れて帝国に売り、帝国の産品を東照に売る中継交易構想が実現できる。
「ホーさん、借金はどのくらいあるんですか?」
「恥ずかしいヨ、でも、言うよ、船の話もあなた方に初めてしたネ・・・」
「そ、そうですか。」
また涙が溢れそうになったホーに若干身を退くハルとアルトリウスであったが、ホーは涙を拭って口を開く。
「ワタシ借金は帝国の大判金貨200枚分あるヨ。」
『豪儀であるな、しかし我らに出せぬ額では無いか・・・?』
アルトリウスの言葉に頷くハル、エルレイシアも期待するような目でハルとホーを交互に見ている。
ハルは徐に口を開いた。
「そうですね・・・ホーさん、その借金をシレンティウムが肩代わりしますから、専属商人契約を結んで下さい、商売資金もお貸しします。」
「・・・本気かヨ?ワタシは1度失敗した人間ヨ、できるかどうかヨ・・・」
自信なさげに下を向くホーに、ハルは首を左右に振り言葉を継いだ。
「あなたが一生懸命協力してくれるなら、信用は得られますし、失敗した時の何倍もの利益が上げられると思いますよ。」
「・・・分かったヨ、ワタシここの城市の戸民になるヨ!必ず期待に応えるヨ。」
ホーはキッと強い目をハルに向けて宣言するように言い、ハルもその目を真っ向から受けて頷く。
「良かったですね、ホーさん!」
「エルレイシアさん!アナタが声掛けてくれ無かたら、こんなイイ話無かたネ、ありがとうヨ~」
エルレイシアがホーへ近づくと、ホーは両手でその手を取り、何度も何度も頭を下げた。
ホーは、セミニア村の戦士を護衛に付けて貰い、早速東照へと向かう事になった。
向かうのは東照最西方の城市である塩畔、かつてホーが拠点としていた城市である。
「太陽神様の言う通りヨ、善は急げヨ!それで無くても、ワタシあちこちに不義理してるネ、信用を戻すは大変ヨ、時間が惜しいヨ!」
借金分と商売資金分として大判金貨400枚を空になった馬車に積み込み、その言葉を残してホーは勇んでシレンティウムを後にした。