第4章 都市整備 住民受入れ篇(セミニア避難民その2)
セミニア避難民受入れの部分を2部制にしました。
エルレイシアをアルマール村に送り出してから20日後、ハルが戸籍原本の進捗状況についてドレシネス老とへリオネルから聞き取りをしていた。
20日でオラン人居住区の街路を修復したり、水道の破損箇所を改修したりと、忙しく働き回っていたハル。
人手が足りないので、辺境護民官自身が草を刈り、木の枝を打って石を運び、セメントを塗って働いたのである。
それまで持っていた帝国人のイメージとは180度違うハルの姿勢に、シオネウスの族民は皆一様に驚き、そして次第に親しみを持ち始めていた。
今も水道補修から帰ってきたばかりで全身汗まみれ、手は泥汚れを落とす為に洗ったばかりで濡れている。
「紙が足らないんですか・・・」
『ふむ、我が保存してあった戸籍原本の用紙は300程、しかも使えぬようになってしまった紙が半分近くあった、そもそも数が足らなかったのだな。』
「はい、ですから、戸籍原本の作成は止まってしまっておりますのじゃ。」
ドレシネス老が残念そうに言う。
『無いものは仕方ないのであるな、調達する術を見つけなくてはならん。』
アルトリウスが腕を組んで言う。
「エルレイシア殿が伝を掴んだ東照人の商人が頼りですが、果たして上手く紙を持っていますでしょうか。」
へリオネルが心配そうに言った所で、アルトリウスが突然何かに気が付いた素振りを見せる。
因みに、アルトリウスが違和感なくこの場にいるのは、その存在がシオネウス族の人々に知れ渡ってしまったからであった。
本人が頻繁に昼日中からハルと共にシオネウス族の住居地へ現れては建築指導をしたり、農作業を指導したりしているからで、最初は恐れられていたが、都市の遺構をよく知っている為、今では逆に重宝されていたりする。
アルトリウスの活躍もあって、オラン人達の居住区はこぢんまりとであるが、既に完成している。
『暇を持て余していたのだ。』
とは、本人の弁である。
そのアルトリウス。
ハルの執務室となった軍団長執務室の中で遠くを見る目をした後、口を開いた。
『ハルヨシよ、東の城門前にエルレイシアがクリフォナム人を300人以上連れてきたぞ・・・ん?妙ちきりんな東照人もいるな・・・こやつが商人か?』
「・・・無事着きましたか。」
エルレイシアからの手紙で、東照人の商人に伝を作った事と併せて、クリフォナム人アルマール族のセミニア村に居住していた者達がシレンティウムへ移住する希望を持っている事を伝えられていたハル達。
ハルはすぐに承認する旨の手紙を返し、既に居住街区の選定も終わっている。
「クリフォナムの民達か・・・」
喜色を浮かべるハルに対して、複雑な顔のへリオネルとドレシネス老。
仇敵とも言うべきクリフォナム人の移住者第1陣の到着である、無理も無い。
へリオネルとしても騒ぎを起こすつもりは全くないが、長年の確執というものはそう簡単に消す事は出来ない。
自分達指導層にある者は、しがらみからまだ自制心を利かせられるものの、族民たちはそうではない、それは相手も同じだろう。
エルレイシアからの手紙の内容を聞いて、反対こそしなかったが、へリオネルは危惧を覚えて、ハルに争い事が発生する可能性があると忠告をしている。
それでも、ハルとしては少しでも多くの市民を獲得したい所で有るし、シレンティウムは元々がクリフォナムの大反抗後、クリフォナム人が一応の勢力圏としてきた土地でもある。
最初から断るつもりは無かったが、断る事でクリフォナム人から疎外されたり、敵視されてしまっては困る。
ハルが受け入れを決定した時、へリオネルも自分達が逃亡者である自覚がある為、それ以上何も言わなかったのだ。
「まずは移住者を出迎えに行かないと。」
ハルの言葉でその場にいた全員が東の城門へと向かった。
「ようこそシレンティウムへ、辺境護民官のハル・アキルシウスです。」
「クリフォナムが一部族アルマール、セミニアのレイシンクだ、これからよろしく。」
東の城門まで出迎えたハルと、村長のレイシンクが握手を交わした。
その横では、にこにこ笑顔のエルレイシアと、きょろきょろ周囲を見回す東照商人ホーがホーの行商用馬車に乗っている。
「早速ですが、居住街区へ案内します、エルレイシアから聞いていると思いますが、割り当ては農地ひとり4H、居住地は人数割りです、割り当ての素案が出来たら私の許可を取って下さい。」
「分かっている、ああ、それから依頼されていた食料は何処へ運び込めば良いんだ?」
ハルの説明に頷くと、レイシンクは後方に率いていた荷馬車の群れの一部を示した。
するとアルトリウスがハルの横に現われてレイシンクに声を掛ける。
『それについては我が案内しよう。』
「うわっ!!死霊?」
驚愕して後ずさるレイシンク。
その反応を見たハルとアルトリウスは、うんうんと頷く。
「何だかこの遣り取りは久しぶりの感じがしますね。」
『そう言えばそうであるな、シオネウスの者共は女子供まで我に慣れてしまったからな、最初の頃のようで懐かしい。』
口をぱくぱくさせ、馬車から降りてきたエルレイシアに詰め寄っているレイシンクを振り向かせ、ハルはアルトリウスを紹介する。
肩を叩かれ、柄にも無くびくっとするレイシンク。
「・・・レイシンクさん、こちら先任のアルトリウス元司令官です。」
「・・・あ、ああ、都市造りに協力しているって言う帝国の鬼将軍の亡霊か・・・いや、聞いてはいてもこうして目にするとびっくりするな・・・」
ハルがアルトリウスを指さして説明したことで、冷や汗をかきながらもレイシンクは納得する。
『呪いは掛けぬから、安心せい・・・それでは荷馬車の者達はこのまま大通りを我について真っ直ぐ進め!行政区画の貯蔵庫へ案内する。』
「おい、この帝国将軍さまの亡霊について食糧を貯蔵しておけ。」
アルトリウスの号令に応じてレイシンクが命令し、後方の荷馬車の一部ががらがらとけたたましい車輪音を響かせ、城門をくぐり抜けてくる。
『こちらは我に任せよ、早く居住地へ導いてやれ。』
「分かりました、終わったら執務室へ戻ります。」
ハルはアルトリウスと別れ、近寄ってきたエルレイシア、それからレイシンクと並び、東の城門を抜けてから右へと曲がる。
石畳の都市街路の左右は、住宅の遺構はしっかりと残されているものの、樹齢約40年の天然樹に覆われるうっそうとした森。
ハルはしばらく進んだ所に出来た広場へセミニアの族民を案内した。
「取りあえずここで野営か?」
「はい、この広場は本来公共広場ですが、木は先に入植していたオランの方々が切っておいてくれました、それから水道橋を流れている水は飲用可能です、この周辺の街区がセミニアの街区になります。」
「そうか、オランの連中が・・・」
レイシンクの質問にハルが後に付いてきていたへリオネル達を示しながら答えると、レイシンクはへリオネルの下へと進み出る。
「クリフォナムのレイシンクだ。」
「オランのへリオネルと申す。」
2人は敵意の無い事を示す為、両手を挙げたまま近寄り、がばりとお互いを抱きしめる。
「「よろしく」」
一時的な講和の儀式。
ハルはその様子を安堵して眺め、右隣にいるエルレイシアへ顔を向けた。
「お疲れ様でした、身体は大丈夫でしたか?」
「はい、ハルもお元気そうで何よりです・・・あ、それから、こちら行商人のホーさんです・・・ホーさんこの都市の行政責任者のハル・アキルシウス辺境護民官です。」
エルレイシアが傘を取って頭を下げている東照人の商人、ホーをハルに紹介し、ハルをホーへ紹介する。
「ハル・アキルシウスです、宜しくお願いします。」
「あーどうもヨ、ワタシ商人の奉玄黄言うネ、ホーと呼んでくれると良いネ、エルレイシアさんの招きで此処まで来たネ、宜しくお願いしたいネ。」
2人はぺこりと頭を下げ合って挨拶をする。
ハルはエルレイシアとホーを促した後、言葉を交わしているへリオネルとレイシンクに声を掛けた。
「では、レイシンクさん一段落したら、へリオネルさんと一緒に行政区画へ来て下さい。」
「分かった。」
「へリオネルさん、道案内を宜しくお願いします。」
「引き受けよう。」