第4章 都市整備 住民受入れ篇(セミニア避難民その1)
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アルキアンドの屋敷の使用人達は、目まぐるしく出入りする人に振り回され、慌ただしく駆け回る。
ようやく主人と客の太陽神官という、最も神経を使う相手が居なくなったと一息ついていると、すぐに主人と太陽神官が戻ってきてしまった。
主人は何時もお世話している事もあり、疲れている事が仕草や表情から推察できたが、客の太陽神官に使用人達は得体の知れない不気味さを感じる。
大の男である主人が心身共に疲労しているにもかかわらず、それ程強靱とも思えない体つきをした女性であるエルレイシアは少しも疲れた様子を見せていない。
アルキアンドの使用人たちは信仰厚いアルマ-ル族ではあったが、早朝にシレンティウムを出発し、昼過ぎにアルマール村へ到着してから休み無く働き続けるエルレイシアの無尽蔵な体力に恐れを覚える程であった。
「太陽神官どの、お疲れではありませんか?」
「ええ、疲れていませんが?」
たとえ自分が休みたいからだったとしても、主人が大広間へ入るなり太陽神官にそう声を掛けたのを聞いて使用人達は喜ぶが、瞬時に答えたエルレイシアの言葉に落胆する。
またお茶や椅子の用意に、会議の世話を遺漏無く行わなければならない。
「おーい、誰か避難所のレイシンク殿を呼んでくるように、それと太陽神官の護衛の方々を2階の部屋まで案内してくれ。」
おまけにお使いと護衛の異人達の世話まで入ってしまった。
アルキアンド屋敷の使用人達の不幸はまだ終わらない。
エルレイシアがやたら緊張している使用人から注がれたお茶を優雅に喫していると、その男が現れた。
男はアルキアンドの使用人をぞんざいに押しのけ、どかりとエルレイシアの前の椅子へ乱暴に座った。
そのはずみでエルレイシアが置いたばかりのカップからお茶がこぼれ、テーブルに染みを作る。
一言で言えばヤサグレている。
雰囲気だけで無く、服装や髪型に至るまで、である。
恐らく長い避難生活と周囲の厄介者を見る目が彼の心を荒ませたのだろう。
「レイシンク、太陽神官様の前だ、乱暴をするんじゃ無い。」
「本当に太陽神様がいるんなら連れてきてくれ、何で俺らの村を流しちまったのか聞いてやるからよ。」
アルキアンドが渋面で窘めるが、へっと意に介した様子も無く、セミニア村村長のレイシンクはそう吐き捨てる。
そして肘をテーブルの上にかけ、片足を椅子の台に乗せて上半身を乗り出し、エルレイシアを挑発するような目でねめつけた。
「あんたか、俺たちに居場所を提供してくれるってのは?」
「私が提供するのではありません、帝国の辺境護民官が農地と住居地を提供します。」
「はん、ありがたいこったな、じゃあ、俺たちも明日からは帝国人か?」
「求めれば、です。シレンティウムの市民権と帝国の準市民権が得られますけれども、強制ではありません、必要なければそのままでも・・・。」
レイシンクは決して大柄ではないし、年も若い恐らく20歳代であろう。
しかし、年齢や体格から出る威圧感とは一線を画した鋭い視線。
その視線は周囲を圧し、威迫が虚勢では無い事を感じさせる凄みも持っている。
そしてレイシンクはその視線をエルレイシアに向けるが・・・
「どうかしましたか?」
「・・・おい?なんだあその目は、喧嘩売ってんのか!!」
「いいえ。」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「それで、移住の条件なのですが・・・」
「ちょっと待てえ!!」
必殺ともいうべき視線を受け流され、あまつさえさらりと条件提示に移られてしまったレイシンクは焦りを隠そうともせず、エルレイシアの言葉を遮る。
そこで初めて形の良い眉を顰め、エルレイシアがぴしゃりと言った。
「・・・私も忙しいのです、子供の芝居にお付き合いしている時間はありません。」
「な、何だと!」
「レイシンク、いい加減にしないか。」
子供呼ばわりされ、色をなすレイシンク。
すかさずアルキアンドが窘め、席から立ち上がりかけたレイシンクを強引に椅子へ座らせる。
「これ以上騒ぎを起こすなら、こちらも対応を変えるぞ。」
「・・・ちっ、へいへい、族長命令とあらば従いますよ。」
アルキアンドに肩を押さえられ、渋々腰を下ろすレイシンク。
ようやくきっちり椅子へ座ったレイシンクを見て、エルレイシアは口を開いた。
「・・・境遇はお察しします、ですが威迫して自分達に有利な条件を呑ませようとするのは、それを見抜く目を持った相手には逆効果です、今後は慎んで下さい。」
「・・・何もんだ、あんた・・・」
「今は辺境護民官の使者と言った所でしょうか。」
驚くレイシンクの目を見つめ、エルレイシアは答える。
「・・・」
「条件についてお話ししてもよろしいですか?」
「あ、ああ・・・」
驚きの衝撃から立ち直っていないレイシンクであったが、エルレイシアの言葉に我に返った。
エルレイシアが移住の条件の説明を進めるにつれ、レイシンクはそれまでとは異なる驚きで唸った。
エルレイシアが提示したのは、ハルがシオネウス族に提示したのと同じ条件。
「そんな好条件で本当に受け入れてくれるのか?」
「はい、但し、オラン人シオネウス族の方々が先に居住を開始しています、その方々と隣人関係になる事はご承知置き下さい、もちろん居住街区は分けます。」
「オラン人か・・・まあ、おれらはクリフォナムの東の人間だからな、仇敵なのはもちろんだが直接交流はないし、正直そんなに相手を知っているわけじゃあ無いから、大丈夫だとは思う。」
「では?」
「ああ、条件には同意した、セミニアは非常時だからな、全権は今俺に預けられている、すぐに一族に連絡を取る、アルキアンド、最後まで世話になった。」
「ああ。」
レイシンクはアルキアンドと握手した後に椅子から立ち、エルレイシアに片手を差し出した。
エルレイシアが応じ、2人は固く握手を交わす、と、レイシンクが顔をしかめた。
「・・・すごい握力だな。」
「旅が長いものですから。」
エルレイシアは会議の後護衛のオラン人女戦士達がまつアルキアンドの屋敷の2階へと戻り、休息を取ることにした。
夕食まではまだ少し時間がある。
「お疲れ様でした、今日はここに泊めて頂いて、明日シレンティウムへ戻ります。」
「はい。」
女戦士の長がエルレイシアの言葉に応じた。
女戦士達は思い思いの場所に腰掛けている。
エルレイシアは、一つだけ用意された机と椅子につくと、ふと思い立って女戦士長に問いかけた。
「・・・あなた、もし明日からシレンティウムでクリフォナム人と一緒に暮せと言われたらどうしますか?」
「先程お話しになられていた件ですね・・・仇敵ですから、当然不満はあります、でも今の私たちが否を言える立場に無いと言う事はみんな分かっていると思います・・・そもそも私たちは帝国に追われ、行き場が無くてクリフォナムの土地に入ってしまったのですから・・・」
「そうですか。」
女戦士長が少し考えながら答えると、エルレイシアは頷き、何事かを思案した後手紙を書き始めた。
一方、エルレイシアとの会談後、アルキアンドとレイシンクは連れだってセミニア村民の避難所へと向かった。
「移住はすぐに出来るか?」
アルキアンドが問い掛けると、レイシンクは肩をすくめて答える。
「ああ、着の身着のままだしな、家財もあらかた流されちまってほとんど何も無い、身軽なもんよ・・・へへへっ、しかし、同族からも持て余されてる俺たちを押しつけられたって訳だ、その帝国官吏は、気の毒なこった。」
「すまんな、本当はこちらで移住場所を用意してやれれば良かったんだが、どうにも良い場所が無い、ここ最近は争い事も無く、あちこちに開拓村が出来て、残っているのは開拓に向かない土地と、手を付けられないシレンティウム周辺だけだったんだ。」
最後は自嘲気味に言うレイシンクに、アルキアンドは申し訳なさそうに言う。
しかし、レイシンクは首を左右に振った。
「いや、いいんだ、事情は承知している、それに前のままの死霊都市なら願い下げだったが、今は条件が変わった、辺境護民官とはいえ帝国の勢力下に入るのはしゃくに障るが、村民の忍耐も限界だ、仕方ない、他に行く所があるわけでなし、村の復興も無理な以上は我慢する他ない。」
「食料はこちらで1年分用意する、頑張ってくれ。」
アルキアンドの言葉に、レイシンクが頷く。
「しかし、驚いたな、死霊都市が一瞬で変わるってのは。」
レイシンクの言葉に、アルキアンドは口をゆがめて答えた。
「俺も見張りを派遣して知っていたからこそだ、いくら太陽神官様の言葉とは言え長年死霊が屯していた場所が、いきなり住めるようになったと言われても信じられん。」
アルキアンドは、村の戦士で隠密行動に優れたものを2名、ハルとエルレイシアに護衛と偵察を兼ねて付けていた。
エルレイシアから話をされた時に初めて知ったふりをしたが、オラン人の件は除き、シレンティウムから死霊が去った事はその見張りに付けていた戦士から聞いて知っていたのである。
「オラン人と積極的に諍いを起こす必要は無いが、気を付けておいてくれ、大挙して東へ傾れ込むような様子があった時はすぐに知らせるんだ。」
「オラン人はそんなに窮しているのか?」
アルキアンドが言うと、レイシンクは怪訝そうに質問する。
「ああ、思った以上に帝国国境防衛隊の締め付けが酷いらしい、他の部族では実際逃げ込んできたオラン人と村の間で人死にの出る衝突も起こっている、先程言ったように、移住に適した土地は昔と違ってそれ程無い。」
「・・・分かった、で、それを受け入れた帝国官吏の人となりはどうなんだ?」
「左遷官吏だが、問題ない、と言うか、帝国人の盗賊から太陽神官様を救ったそうだ。」
「へえ、そりゃまた奇抜な・・・ま、聞かされた条件を聞く限りまとも過ぎてびびっちまったがな、それだからこそ左遷されちまったって訳だ、可哀想に。」
やれやれと首を振るレイシンクに、アルキアンドは人の悪い笑みを浮かべて答えた。
「全くだ、だがそのお陰でこちらは助かる。」
「そういうことだな。」
最後に2人は固い握手を交わしてから分かれた。