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第4章 都市整備 住民受入篇(オラン人その1)

 アクエリウスの力によって噴水から水が溢れ出し、水道設備で都市の隅々まで行き渡る様子を見ながら、ハルやエルレイシアは感嘆の声を上げ、アルトリウスとアクエリウスは満足げに微笑んでいる。

 

 アクエリウスが導いた地下水脈は、見る見るうちに都市の上水を潤し、下水に堆積した土砂を押し流してゆく。


 また、下水に巣食っていた魔物や獣たちが水に追われ、ある物は水死してそのまま都市外に排出された。


 あっという間にシレンティウムは静寂の都市から、水音の満ちる清浄な都市へと変貌を遂げたのである。


 水道が破れている箇所では道路に水が落ち、一時的な虹と水溜りを作っているが、その水も道路脇の側溝へと吸い込まれてゆく。


『都市で使用された水はすべて水道から灌漑設備を通じて農業用水へ回されるようになっているのだけれども、灌漑設備はどうなっているの?都市からの水の導入は一応問題なさそうだけど・・・』


 都市機能が生きている全域に水を張り巡らせた事を告げてから、アクエリウスが尋ねる。


「灌漑設備自体は生きていますが、肝心の農地が・・・」


『うむ、40年放置されていたのであるからな、まだこれからだ・・・と、ハルヨシよ、表に人が来ておるぞ・・・これは、オラン人の集団だな。』


「オラン人ですか?この様な場所に?」


 エルレイシアが不思議そうに首をかしげる。


 以前はオラン人とクリフォナム人の係争地であったこの辺りも、クリフォナム人の大反抗以後は完全にクリフォナム人の土地と化しており、オラン人の居住区は随分と後退している。


 また、帝国の侵攻や横暴に耐えかねて、降伏し、帝国内へ移住するオラン人が増えており、北方辺境でのオラン人人口は減少の一途で、とても植民集団を送り出すような情勢に無い。


 ましてやアルフォード英雄王が健在である、クリフォナム人地域に侵入するなどは、今の勢力関係からは考えられない事であった。


 そういった事情や情勢は、昨晩アルトリウスやエルレイシアから教えられてハルも分かっている。


「・・・何か事情があるのかもしれません、話を聞いてみなくては・・・でもよく分かりましたね。」


『我が築いた都市であるからな、当然だな、この都市直近に近づく物はねずみとて我に分かる、まあ、簡便な警鐘がわりであるな。』


 ハルの問いに対しアルトリウスが得意げに答えた。


 エルレイシアは少し考えた後、答えを出した。


「そうですね、私も行きます、オランの民も太陽神様への信仰は同じですから、お役に立てると思います。」


「分かった。」


 エルレイシアの言葉に、ハルが応じる。


『我らは遠慮して置こう、無用の混乱を招き兼ねんしな・・・ちなみにオラン人どもはお主らが入って来たのとは逆側におる、些か憔悴しているようだな。』


『私もこれからは基本的に人前には姿を現さないわ、用がある時は呼んでくれるかしら。』


 アルトリウスはそう言い、執務室へと姿を消し、アクエリウスは噴水へと消える。


「では行きましょうか。」


「はい。」




 オラン人の一部族、シオネウス族を束ねるヘリオネルは戸惑っていた。


「・・・どうして水が流れている?ここはシレンティウムではないのか?」


 一族500名を率いての逃避行、さしあたっての中継地と定めてやってきた静寂の都市であったが、屯していたはずの魔獣や死霊はおらず、それどころかそこは清浄な水が流れ、明るい雰囲気を宿す都市遺跡になっていた。


 ヘリオネルは30歳台半ばではあるが、その武力と胆力で族長に推された剛の者。


 かつて腕試しでこの地を訪れた事があり、その時はこの様な良い雰囲気ではなかったはず、もっとおどろおどろしい雰囲気を纏った場所だった。


 それがすっかり変わってしまっている。


 帝国兵の亡霊も、魔獣もいない。



 家財道具一切を荷馬車に乗せ、女や老人子供を含む一行であったことから、真っ当な道は避け、帝国軍の追跡をかわす為にあえて誰も寄り付かない静寂都市を目指し強行軍でここまで来た。


 せめて一晩の宿を屋根のある落ち着いた場所でと思い、静寂都市を選んだのだが、予期していなかった光景にヘリオネルは戸惑いを隠せない。


 後ろに続く荷馬車や歩きの一族たちも、聞いていた都市の様子と全く異なる光景に目を丸くしている。


「あなた・・・」


「う、うん、これは神の思し召しか・・・」


 身重な妻の不安そうな、そして何かを期待するような声に言葉を返すヘリオネル。


「そうですね、主に太陽神様の思し召しです、シレンティウムへようこそ。」


 扉の無い城門から現れたのは、クリフォナム人女性の太陽神官、エルレイシア。


 太陽神官の姿を見たことで、オラン人たちの緊張が緩んだ、しかしその後にハルが続くと、一瞬緩みかけた緊張が再び高まる。


「くそ、帝国人!先回りされていたか・・・!」


「えっ?」


 戸惑うハルを他所に、ヘリオネルはそう叫んで剣を抜くと、荷台に乗っていた息子にすぐさま後続に配していた戦士たちを呼びに行くよう言いつける。


「ええっ?ちょっと待った、待ってください!」


 慌てるハルを意に介さず、ヘリオネルは一気に間合いを詰めて斬りかかった。


「どこまでしつこいんだ!帝国の犬めっ!食らえ!」


「だあっ!!」


 ハルは自分より頭二つ分大きいヘリオネルの斬撃を正面から受け、とっさに刀を抜く事も叶わずに左前へかわした。


 更に自分の横へ振り落ろされた剣の勢いを殺さずそのまま自分の手で押してヘリオネルに地面を掘らせると、ヘリオネルの手の甲を拳で打ち、痛みで握りの緩んだ隙を突いて親指を取り、外へとくじきながら足を引っ掛けた。


 どすんと、地響きがするぐらいの勢いで地面に叩きつけられたヘリオネルは、揺れる頭と視界に我を忘れたが、その瞬間、首筋に冷たい刃の感触を感じた。


 見ると波紋を描いた鋭い刀が突きつけられている。


「うっ、くそ・・・」


「「族長!!」」


 駆けつけた20人ぐらいの戦士たちが叫ぶ。


「落ち着いて話が出来ますか?」


 エルレイシアがハルに取り押さえられているヘリオネルに問うと、ヘリオネルは自分を押さえ込んでいる帝国人と、太陽神官が並び立っている事に不審の目を向けてから、こくりと頷いた。




 ハルはとりあえず長旅で疲労しているシオネウス族を都市に招きいれ、軍団基地跡へと誘導した。


 一番広い場所で安全を確保できる場所がそこしかなかったからで、胸壁もあり、兵舎等の屋根のある建物も多く残っている。


 城門をくぐり、石畳できっちり舗装されている道路を列を作って軍団基地跡へ向かう人々、その途中に、清浄な水が流れる水道があり、立派な帝国風の建物が立ち並んでいる。 

 

 軍団基地跡へ行くまでの道のりで、シオネウスの老若男女は都市に魅了されていた。


 旅装を解き、天幕を張って野営の準備を整える戦士たち、他の者たちは老人、子供、女の順で建物へ収容すると、アルトリウスあの執務室でハルとエルレイシアはヘリオネルと話し合いを始める。


 ここまでの道すがら、ハルとエルレイシアの関係やこの都市の統治権がハルにあることは、アルトリウスやアクエリウスの件を除いてヘリオネルに説明してある。


 ヘリオネルも帝国化しつつあるオラン人の例に漏れず、法令や権限については理解しているし、この場所が最終目的地であったわけではない事から、都市内ではハルの威令に服する事を約束した。




「まずは礼を言う。」


 ヘリオネルはそう言いながらハルとエルレイシアに手を差し出し、かわるがわるしっかりと握り締めた。


「正直、どうすればいいか分からなくて困っていたところだった、帝国の圧力と追っ手を避けてここまで来はしたものの、行く当ても無い、一時の宿とはいえ、場所を提供して頂けて本当に感謝している。」


「それは気になさらないで下さい、困っている人を助けるのは当然の事です。」


 ハルが何の気負いも無くそう言うと、ヘリオネルは複雑な顔で頭をかいた。


「う、帝国人のあなたからその言葉を聞くと、おかしな感じがするが・・・今の私たちはその帝国に居候しているも同然だ、厚意は素直に受け取りたいと思う。」


「ここは心配ありません、かつての古き良き帝国が息づく場所です。」


「太陽神官殿がそこまでおっしゃるならば・・・それにしても久しぶりですな。」


 エルレイシアの口添えに、ヘリオネルはようやく安心したように笑みを浮かべる。


 実はエルレイシアとヘリオネルは顔見知りであったのだ。


 大地の巡検の際、エルレイシアが立ち寄ったオラン人の村。


 まだ若い戦士だったヘリオネルは、エルレイシアの顔を覚えていた。


「あの頃は、まだ少女と言っても良いくらいに可愛らしいお嬢さんだったが、美しくなられました。」

 ヘリオネルの言葉に艶然と微笑むエルレイシア。


 普段ハルやアルトリウスの前で見せるのとはまた別の顔がそこにはあった。


「それで、ここまで来た理由を教えていただけますか?」


 ハルの言葉にヘリオネルの顔が厳しいものへと変わった。



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