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第4章 都市整備 水道篇

ようやく都市に手を着ける所まできました。

これから少しずつ廃棄都市がよみがえっていきます。

 シレンティウムでの初めての朝。

 

 ハルは自分の腕に抱きついて眠っているエルレイシアにうんざりした顔を向けながら、躊躇無く腕を取り戻し、近くで剣を杖代わりにして座っているアルトリウスに顔を向ける。


『お早うであるな、美女と同衾してよく眠れたか?』


「・・・自分の毛布に彼女が入ってくるのを止めて下さい。」


『うん?それは野暮と言うものだろう、我は生涯独身であったが、それぐらいの道は弁えておる。』


 笑みを浮かべながらのアルトリウスの言葉で、額に手をやりうめくハル。


 アルトリウスが不寝番をかってくれたので、安心して眠る事が出来ると思い、つい深寝入りしてしまったようで、エルレイシアが毛布の中にもぐりこんできた事には気がつかなかった。


 ううんと悩ましげな声とともに寝返りを打つエルレイシアは、再びハルの手を取ろうとするが、ハルはするりと手を上げてその魔手から逃れる。


「けちです・・・」


「起きているのなら、さっさと用意してください。」




 食料は2日分しか持ってきていないため、明日にはアルマール村へと引き返さなければならない。


 都市の遺構調査は今日中に済ませておきたいと考えたハルは、簡単な朝食を済ませた後、寝ぼける振りをしてしなだれかかるエルレイシアに流されまいと、懸命にアルトリウスから都市の設備について聞き取りながら調査を進める。


 アルトリウスは無理をせずとも都市は逃げないと、ハルを逆方向へ説得しようとし、エルレイシアを煽ったりもしたが、ハルの求めに対しては出し渋りをせずに応じた。


『おお、一つ忘れておった、この都市の水道についてなのだが・・・』


 水道溝はあちこち破損したりしているものの、基本的には40年前の帝国技術の粋を凝らした設備が生きており、後は水を滞りなく水源から導入するだけであることが判明している。


『我らができうる限りの整備をしておったからな。』


 アルトリウスが誇らしげに煎ったとおり、亡霊達によってシレンティウムの都市機能は水道に限らず陥落時から変わりなく維持されている。


 しかし、水源についてはハルも疑問に思っていた。


 近隣に小川はあるものの、水源となる大きな川や池は存在せず、都市内の井戸の数も多く無い。


 ここについてから飲み水は、軍団基地跡地にあった、非常用の井戸から得ており、あくまで非常用であることから他に水源があるとは思っていたものの、特定は出来なかったのである。


 そんなハルの疑問に答えるべく、アルトリウスがハルを先導しながら語りかける。


『都市の中心部に泉があるのだ、そこから都市へと水を引いていたのであるが、少々厄介でな・・・』


「泉?そんな泉程度でこの都市中の水が賄えたんですか?」


『あ~疑問はもっともであるが、まあ、小さいとか、しょぼいとかは本人の目の前では言わないように頼む。』


「「?」」


 アルトリウスの歯切れの悪い言葉に、怪訝な顔を見合わせるハルとエルレイシア。


 しばらく歩いた行政区画の中心部にある広場の枯れた噴水前で、アルトリウスは歩みを止めた。


『しばらくぶりであるな、アクエリウス、元気であったか?』


『な~にが元気であったか?よ、アルトリウス!この裏切り者!』


 アルトリウスが枯れた噴水に呼びかけると同時に、噴水から水と共に薄い青色の美しい女が飛び出してきてアルトリウスに食って掛かった。


 その姿は透き通っており、耳の後ろや手足、背中には魚のような鰭が付いている。


 驚くハルを他所に、エルレイシアはその姿に思い当たる節があったのか、驚きつつも成り行きを見守っている。


 ハルとエルレイシアの様子を見て、少しばつが悪そうな顔で女に話しかけるアルトリウス。


 一方の女は怒りが収まらないと言った風情である。


『あ~すまんな、40年ぶりか?』


『きーっ!そのすかした顔が許せないわ!こっちはずっと待ってたのにっ!!』


『・・・うむ、重ねてすまん、まだ約束は果たせそうにないのであるが・・・』


『なっ・・・て、あなた、死んじゃってるじゃない!!』


『うむ、まあ、な、あの後死んでしまったのだ。』


『なによ!なによっ!それだったらさっさと約束を果たしてくれても良かったじゃないのっ、こっちはずっと待ってたんだからっ』


『いや、帝国皇帝から毎年呪いを掛けられておってな、契約が果たせる状態に無かったのだ。』


『・・・で、今はどうして果たせないの?そっちに居る神官や剣士と関係あるのかしら?』


『うむ、剣士は我の後継者である、我はこの者と顧問契約を結んだのでな、それが完遂されるまではお主の意に副えん。』


『~っ、裏切り者おおおお!!!』





『取り乱して悪かったわ、私はアクエリウス、この地で水を司っているモノよ。』


 アルトリウスを一旦はずし、ハルとエルレイシアの2人で宥め賺してようやく機嫌を直した女、水の精霊アクエリウスは、離れた所で視線を外しているアルトリウスをきっと睨み付けた後に、再び口を開いた。


『で、あそこの裏切り者とあなたたちはどういう関係?』





「・・・と言うわけです。」


『ふ~ん、アルトリウスも苦労はしたのね・・・』


 アルトリウスの死んだ経緯と、ハルとの関係についての説明に一応納得をしたアクエリウスはようやく興奮状態から完全に覚め、冷静に返事をする。

 

 自分の説明が通用した事で安堵するハルの横から、ちらりとアルトリウスを見るアクエリウスであったが、その視線にもう怒りの色はない。


「アクエリウス様はどうしてここにいらっしゃるのですか?」


 エルレイシアの疑問に、アクエリウスは小さくため息をついてから話し始める。


『まあ、特別な理由は無いのよ、ここにあった小さな湧水が私の前身、ここに都市を作るときにアルトリウスが私と魂の契約してくれたの、で、私がその代償として都市の水を供給していたってわけ。』


「魂の契約ですか?どのような?」


『もちろん、アルトリウスと私の婚姻よ、私の親とも言うべき、水神アクアス様の仲人でね!』


「えっ、結婚ですか?」


『そう、一目ぼれだったの・・・』


 そういいながら恥らうアクエリウス。


「一目ぼれですか・・・」


 思い当たる事のあるエルレイシアは顔を紅潮させてハルとアルトリウスを見た。


 ぎくっとする男2人。




 魂の契約とは、文字通り魂を代償とした契約。


 死後の魂を自由にする権利を相手に与える契約の事である。


 魂をどう使うかによってもその意味合いが大きく変わってくるが、アルトリウスがアクエリウスと結んだのは、水神アクアスを仲介とした婚姻契約。


 アクエリウスは、当初出来たばかりの泉に宿る、名もなき水の精霊であった。

 

 そして100年の時が過ぎ、ここに辺境護民官として赴任して来たアルトリウスに一目ぼれをする。

 

 毎夜のごとく姿を現しては、アルトリウスの天幕に葉っぱで作った器に自分の分身たる水を汲み、運んでいたのであったが、それを帝国兵に見つかって取り押えられてしまう。


 取調べを受けた時、自分の素性を話し、一目惚れである事を話して、隷属契約でも構わないから、自分を傍に置いて貰いたいと訴えた。


 しかしアルトリウスは、魂の契約を結ぶ事を条件に、水の安定供給を願い、アクエリウスもこれを受け入れた。

 

 アルトリウスからアクエリウスという名を授かり、アルトリウスの強い魂の力を得たアクエリウスは、大精霊となり、ハルモニウムに水を供給することになった。


 クリフォナム大反抗終結直前、満身創痍のアルトリウスを癒そうとしたが果たせず、逆にアルトリウスから噴水の中へ封じられてしまったアクエリウスは、今日この時までアルトリウスを待ち続けていたのである。


『そう、なのにあの男、自分が死んでから40年も私を封じたままにするなんて・・・まあ、理由はあったんだから、仕方ないとは思うのよ?でも、一言ぐらいあったって良いじゃない、契る約束をした女が同じ所に居るのに・・・その上、また何だか別の厄介な契約を剣士と結んだって言い出すし・・・何時になったら私と添い遂げてくれるのよ~』


 最後は酷い男に引っ掛かった女の嘆き節が炸裂した。


「ハルはそんな酷い事しないですよね?」


「・・・結婚前提の話はやめてください。」




 女2人が思い人の煮え切らなさ振りを嘆き合っている隙を突いてこそこそと話し合う男2人。


「何が生涯独身ですか、きっちりとやる事はやってるじゃないですか。」


 ハルの揶揄するような言葉に顔をしかめるアルトリウス。


『うぬ、これだからこの手は使いたくなかったのだが、この辺りで安定的に水を供給するすべが他にない、故に恥を忍んでやつめに頼もうと思ったのだ。』


「それで、アクエリウスさんは協力してくれるんですか?」


『まあ、任せておけ。』


「・・・あまり酷い事はしないで下さいよ?」


 アルトリウスの悪い顔に、少し心配になったハルは釘を刺した。




 話がついた所で、アルトリウスは、アクエリウスに近づく。


『で、モノは相談だアクエリウス。』


『・・・何よ。』


 不信感全開でアルトリウスを見るアクエリウスに、アルトリウスは爽やかな笑顔で語りかける。


『かつてのように我らはここに都市を興す、故にまた水を供給してもらいたい、ただし、今度はこの都市がこのハル・アキルシウスの思想に沿い続ける限りだ。』


『・・・約束・・・』


『うむ?』


『約束はどうしたの?あなたが契ってくれるっていう約束は?それさえ果たしてくれれば、私はこの地にあなたと共にあり続けるわ。』


 目を潤ませるアクエリウスに、少したじろぐアルトリウス。


『・・・ここに都市が出来て永続的な繁栄が成し遂げられれば我は引退なのだ、故にそれも可能であろう。』


『本当?前みたいに騙し討ちしない?』


『おお、あの時は他に術が無かったのだ、あのまま都市を踏みにじられていれば、お主も汚されていただろうしな、それは我としても忍びなかったのだ、本当に済まない事をした、だからこうして開封し、改めてお願いをしに来たのだ。』


『・・・じゃあ、今して?』


『我らは実体が無いのだぞ?指輪も結符も意味を成さん、どのようにして婚姻するのだ?』


 アクエリウスのお願いに、憮然と答えるアルトリウス。


『契るのが嫌じゃないのね?心変わりしたわけじゃないのね?』


『うむ、術さえあらば構わん。』


 そんな方法は無いと高を括っているアルトリウスが余裕で答えると、アクエリウスは、心底うれしそうな笑みを浮かべた。


『大丈夫、太陽神官はいるし、立会人もいるわ。』


 幸せそうな笑みを浮かべたままアクエリウスは、エルレイシアとハルを示して言うと、キラキラ輝く目でアルトリウスを見つめる。


 そこでようやくアルトリウスが眉をひそめた。


『・・・まさか!?』


『えいっ』


   しぱっ!


 アクエリウスが飛び込むようにしてアルトリウスの唇を奪った瞬間、青い閃光が走った。


「古の契約が成就された事を確認しました、これで晴れて御2人は夫婦ですよ。」


 エルレイシアが厳かに言うと、アルトリウスが額に手をやって嘆く。


『・・・やられたわ、我も年貢の納め時か。』


 アルトリウスのマントと兜の房の色が赤から青色に変わり、アルトリウスの左薬指とアクエリウスの左薬指に赤い指輪が填められている。


『うふ、でもこれからここの水は私に任せてね、飲み水の浄水、下水の浄化だけじゃなく、聖水や薬水も大丈夫よ、アルトリウスの魂の力があるから!』


 そう言いながらうれしそうにアルトリウスの腕を取るアクエリウス。


 その姿を唖然と眺めるハル。


「・・・アルトリウス?」


『抜かったわ、まあ、これで水の件は解決である・・・』


「いや、そうじゃなくてですね・・・」


『もう見知った親類もおらんからな、精霊を嫁にしたとて目くじら立てるものはおるまい。』


 そっぽを向いて話すアルトリウスに、手をのばそうとしたハルの腕を横から取る者がいる。


「次は私たちですね?」


「・・・そうくると思ったんですが、そうは行きませんから!」

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