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第19章 北方連合成立 戴冠式篇

 ハルのシレンティウム帰還より2月半後、オラン人の都トロニア


 色取り取りの布で飾り付けられたトロニアの大通り。

 木と漆喰で作られた三角屋根の建物が主体のトロニアは、かつて見たフレーディアやハルになじみのある帝国風の石造りの都市とは異なる、また一風変わった趣を持つ街であった。

 ハルは騎乗のまま1500名の北方軍団兵を率いて大通りを静かに進む。

 通りの両脇にはオランの各部族から選ばれた戦士達がぴかぴかに磨かれた鎧兜を装備し、新調されたマントを身につけて、これまた研ぎ澄まされた槍を捧げ持って並んでいる。

 その外側にはトロニアに住むオラン人だけで無く、各地から王位に就く北の護民官を一目見ようと駆け付けたオランの民達が溢れんばかりに詰めかけていた。


「これはこれでまた面白いな…世界は広い」

「土台に石を使ってはいますが、木と漆喰造りがオランの民の建設の基本です」


 ハルが感心したように言うのを聞いたベレフェス族のテオシスが解説し、その建築の要諦を聞いたハルが再び感心したように言った。

「湿気の多い、それでいて冷涼な気候の街らしいな」

 間もなくハル率いるシレンティウム軍は、トロニアの王宮へと到着する。

 ここ100年は誰も主の居なかったトロニア王宮。

 今日、オランの民の希望と期待を一身に受けた、北の護民官ハル・アキルシウスが宮殿へ入るのだ。

 トロニアに集ったオランの民達は、希望に胸を膨らませて王宮の門へと消えてゆくハルを見送るのであった。


 祝宴や族長達の紹介は後回しにされ、まず王位継承の儀式が執り行なわれることになっており、ハルは旅塵を落とす暇も無く広場へと案内された。

王宮内の広場では盛大に火が焚かれ、既にオラン人の各部族や長老達が集まり、広場を円形状に囲んで立っている。

 ハルはかねてから教わっていたとおり、焚き火の周りを一周すると最上席に空いた自分の立ち位置へと向かう。

 ハルの後方には、オラン人の最長老族長であるルナシオニ族長のカテクラウィウスと最大部族であるアレオニー族族長のクリッスウラウィヌスが控え、更にはベレフェス族の族長であるランデルエスが居る。

 この3人がハルの後見人に位置付けられることになるのだ。


「北の護民官、ハル・アキルシウス。この者を新たなるオランの王と迎えるに当たり不満不服のある者は申し出るが良い…我々はこの場に出席した者の自由意志による発言を尊重し、保護し、妥当な物については協議の上採用する」

「………」

「……」


 カテクラウィウスの厳かな言葉に反応する者は居ない。

 しわぶき一つ無い広場に緊張が満ちる。


「では、後見人たる我等、ルナシオニのカテクラウィウス」

「…アレオニーのクリッスウラウィヌス」

「ベレフェスのランデルエス」

「以上の3名がオランの民を代表し、オランの偉大なる先代王達に問う…この者、王に迎えるに相応しき者たるや?」


 しんと静まりかえった広場。


 ぱちぱちと焚き火のはぜる音だけが響いていたが、やにわに焚き火が小さくなり、遂には消えた。

 驚くハルを余所に、オランの族長達は全員が跪く。

 そしてすぐに、ぼんやりと光を放つ人物が4名、ハルの周囲へと現われた。


『ほう…群島嶼人か…だが異存は無い、その者の仁義は王に値する』

『同じく…その者の智勇、王に値する』

『…異存なし、その者の気心、王に値する』

『異存は無い…その者の武技、王に値する』


「では?」


 厳かな、小さくもはっきりと聞き取れる4通りの声音が広場に響くと、カテクラウィウスが跪いたまま問い掛けると、その人影は一様に頷いた気配と共に声を協和させ、周囲へ届かせる。


『この者、オランの王に相応しき者なり。わが民は良き者を選んだ…オランの民にあらざる者よ、そなたをオランの王に迎えるに当り誓いを立てよ』


 驚きつつも人影の中央に居た者に促され、ハルは努めて動揺を気取られぬよう誓いの言葉を述べる。


「私は、オランの民の平穏と生活、誇りと伝統を守り、新たな風となってオランの民の将来を約束することを誓います」


 余りにも平易な言葉遣いに、跪いている族長達の肩が震える。

 笑っているのだろう。


「…如何なるや?」


 こちらも笑いを堪えながらカテクラウィウスが人影に問うと、人影は一瞬呆気にとられていた様子であったが、次の瞬間それぞれから笑いが漏れた。


『ふ、ふふふふ…』

『くくくく…』

『…はははっ』

『うわははははっ、その誓い、努忘れるでないぞ?』


「承知しています」


 憮然としながら、内心は失敗してしまったと大いに焦っているハルがそう答えると、近くに居た人影が笑いを堪えきれないまま最後の言葉を授けた。


『くくく…では我等オランの先王4名はその方をオランの第5代の王と認めよう…オランの民の良き導き手たれ、群島嶼の剣士よ!…そなたの治世は朗らかな笑いが満ちることであろう』


 その言葉が終わり、ハルの手に何かが握らされた途端、焚き火の炎が戻った。

 ぱっと光が満ち、人影は跡形も無く消え去ってしまっている。


「…はあ、ひやひやしましたぞアキルシウス殿」


 ランデルエスが非難めいた言葉を掛けるが、その口角は未だ笑いに歪んでいる。

 ハルが少し情けない顔で後ろを振り返ったその瞬間、どっと笑いが広場に満ちた。


「しかし、こんな明るい笑いを聞いたのは久しぶりだな」


 腕組みをしながらぽつりとつぶやくクリッスウラウィヌス。

 大笑いしている族長達の自己紹介を受け、困り顔で応対しているハルを見ながらクリッスウラウィヌスは自分の口元も綻んでいることに気が付いた。


「笑いが満ちる…か」


 ハルが手の中から先代王達より賜った古代龍の鱗で出来ていると言われている首飾りを集まった族長達に披露していた。

 どうやら着用の仕方が分からないらしく戸惑っているハルを見てまた族長達から笑いが湧き起こった。

 何時も苦虫をかみ潰したような顔をしているカテクラウィウスが大笑いしながらハルの首に首飾りをつけてやっている。

 行く先も見えず、将来に希望の持てなくなったオランの民から笑顔が消えてしまって如何程になるだろうか。


 それが今日終わる。


 強い予感を持ってクリッスウラウィヌスはハル達に歩み寄った。


「さあ、祝宴を執り行ないましょう…民も待ちかねておりましょう」


 これから3日間、オランの流儀に則って新王のお披露目を兼ねた祝宴が街中で張られるのだ。

 ぼやぼやしている時間は無い。

 苦笑いしながらも首飾りをようやくつけて貰い、頭をかきながらカテクラウィウスに礼を言っているハルの肩を抱き、クリッスウラウィヌスは全員に向かって拳を衝き上げつつ叫んだ。


「アキルシウス王万歳!」


 わっと歓声が上がる。


 何事かと押っ取り刀でやって来た護衛戦士達を巻き込み、族長達は歓声を上げながら今度は祝宴の準備が為されている大広間へと雪崩れ込むのだった。




 帝都中央街区、皇帝宮殿・皇帝執務室


 皇帝執務室で政務を執るユリアヌスに、妙齢の美女が詰め寄っていた。

 軽く結ばれた漆黒の髪は腰あたりまでに達しているが、その服装は皇族や貴族はおろか、帝国人女性一般の常識からかけ離れた物。

 上衣こそ帝国の男性が着用する貫頭衣であるが、オランやクリフォナムの民が着用するような下衣ズボンを履き、マントを着用しているのである。

 しかしユリアヌスは、その格好には余り頓着しておらず、むしろ辟易しているのはその会話の内容であった。


「おい、ユリアヌス、聞いているのか?」


 皇帝であるユリアヌスを詰ったその女性は、腰に手を当てユリアヌスを睨む。

 かなりの長身で恐らくユリアヌスよりも背が高いだろう。

 目鼻立ちはユリアヌスとよく似ており、見ただけで2人の間に血縁関係がある事が知れた。

 細身でなかなかの美女であるが、口調はまるで男のよう。

ユリアヌスはその女性にうんざりした様子で口を開いた。


「聞いてるよクラウディア姉上、無茶苦茶言ってるってのは分かってる」

「無茶じゃ無い、お前のためになる良いことだろう?」

「別によかないよ…」


 自分の言葉を流し聞きし、机の上に広げた書類を点検しつつ署名を施してゆくユリアヌスの態度にその女性、ユリアヌスの実の姉であるクラウディアは唸った。


「うぬっ、姉がこんだけ言ってるのに…お前はワルイ弟だ!」

「…血縁で言えば姉だけど、一応おれ亡くなったじじいの養子なんだから、そっちの家とは切れてんだけど」

「なにいっ貴様!父上と母上に謝れ!!」


 本題とは外れたことで怒り出したクラウディアを持て余し、ユリアヌスが書類の点検を一旦止めて姉に向き直る。


「あ~もう、面倒くさいなあっ!…無理ったら無理!もう初代シレンティウム大使はクィンキナトゥスとこの爺さんに決めたの。本人も希望してるし、後任の執政官は爺さんの弟子っコのケスティウスに決まったし…そうだ、新任執政官どうだい?結構イイ男だ、紹介しようか?」

「帝国人はつまらん…男の紹介はいいから、大使の人事を何とか変えろと言っているのじゃ無いか、あんなハゲ爺が行ってもしょうが無いだろう?私のような妙齢の美女が行ってこそ北の護民官も油断して情報の一つも漏らすってもんだ?な?な?」

「妙齢の美女って…自分で言うか…で、本音は?」


 しなを作る姉に、目を細めたユリアヌスが呆れた口調で言うと、クラウディアは意外と豊かなその胸を張った。


「…イイ男らしいからモノにしたい」

「ダメ」

「なんでだっ!?行き遅れの姉の事をちょっとぐらい思ってくれてもイイだろ!」


 すげなく答え、書類仕事に戻ってしまったユリアヌスの机に両手をばっとつき、泣き落としに掛かるクラウディアだったが、署名の手を止めないユリアヌスから更にすげなく返される。


「さっき男の紹介はいらないって言ったじゃないか…大体行き遅れって、自分で言うのかそれ…あのさ姉上、もう貴族派貴族も居ないんだし好きにして良いんだ。ルシーリウスとこの馬鹿息子も北の護民官に討ち取られたし、無茶な縁談はもう来ない。で、ものは相談だけど、グナエウスなんかどうだ?新進気鋭の元老院議員だぜ?将来性ばっちり!」

「…悪くないが、帝国人はつまらん」


 腕を組んでぷいっとそっぽを向いたクラウディアを心底呆れた顔で見つつ、ユリアヌスは説得の方向性を変えてみることにした。


「……姉上~いい加減にしてくれよ。第一あいつ…北の護民官にはすげえ金髪美人嫁が居るからだめだ」

「…私と比べてどうだ?」

「……む?そうだな…外見は良い勝負か」

「ふふん、そうだろ?」


 クラウディアを値踏みするようにして眺めつつ言うユリアヌスであったが、クラウディアの得意げな言葉にはっと自分の口を押さえる。


「…あ、しまった…」


 藪蛇になってしまった事に気付いたユリアヌスであったが、もう遅い。

 クラウディアは自信満々に口を開いた。


「私は性格に難はあるが、容姿や知能、知識、武術はそれなりだ。それに何時も金髪美女に囲まれている北の護民官も、たまには黒髪の清楚な美女に尽くされてみたいだろうしな」

「性格に難ありって、自分で言うなよ…武術なんかいらねえし…で、本音は?」

「…イイ男らしいから絶対モノにしたいっ」

「だめ」

「なんでだっ!?お前、前に辺境護民官と縁を結びたいとか言ってたろ?私が良いぞって言ってるのに、なんでヤらせないんだ!」


さっくりと断られ、諦め悪く再びユリアヌスの机に手を突いて説得を試みるクラウディア。

 そんな姉に視線を戻し、ユリアヌスがその理由を説明する。


「ヤらせるって…あのさ姉上、そういう関係を無理矢理結ばなくたって、少なくともあいつは信用出来るって分かったから良いんだよ。無理に縁組みなんか申し込んだら折角あいつがまとめたクリフォナムやオランに不協和音を招きかねないだろ?あいつの美人嫁が繋いでるクリフォナムの部族や民との縁もあるんだから」

「むうっ…で、本音は?」

「今のが本音と言えば本音だけどな…ま、たとえ縁を結ぶことになっても、姉上に行かれたら無茶苦茶になるからだめだ。嫁がせるならドミティアを嫁がせる」


 クラウディアの問い掛けに肩をすくめながらユリアヌスが答えると、クラウディアが拗ねた口調で抗議する。


「非道いじゃないかっ、ユリアヌスっ!?何で何時もドミティアばっかり…妹ばっかり可愛がるんだっ!」

「ドミティアは姉上と違って聞き分けが良いからな。あ~もう、この話は終わりっ!姉上、くれぐれも言っておきますが妙な真似はしないで、大人しくしていて下さいよ!では、屋敷へお戻り下さい」


 ついにユリアヌスが堪忍袋の緒を切り、クラウディアへ退出を命じた。

 クラウディアはしぶしぶユリアヌスの机から離れ、悔しそうに拳を握りしめる。

 ルシーリウス卿の反乱時、皇族達は全員が屋敷に軟禁されたが、特に奪われた物や壊された物も無く、ドレス類もそのままである。

 クラウディアはハルの好みをあれこれ考えながらぶつぶつ言っていたが、最後部屋から去り際に独り言をぽつりと漏らしてしまった。


「くっ…こうなったら、祝賀式で勝負するしかないっ」


 それを聞付けたユリアヌス、きらりと目を光らせ素早く白紙へ文字を書き付ける。

 そしてクラウディアが部屋から退出する直前、その紙を差し出しながら彼女を呼び止めて言った。


「…あ、そうそう姉上忘れていました。すいませんが旧シルーハ領へ私の代わりに視察へ行って下さい…今から半年ぐらい」

「な、なんでだっ!?今考えただろ、それっ!?」


 悲鳴じみた抗議と共にがばりと振り返ったクラウディアへ、ユリアヌスは文字通りたった今書き上げた辞令を突きつける。


「はいこれ辞令です。皇帝直轄領なんで迂闊な人間を派遣する訳にも行かなくて困ってたんですよね、姉上が居て丁度良かった」

「ユリアヌスっ!?」


 にやりと笑みを浮かべる弟の本気を知って、クラウディアが自分の名前を叫ぶとユリアヌスは言葉を付け足した。


「第3軍団軍団長のカミルスもイイ男だよ姉上、宜しく言っときますから」

「あくまで私を北の護民官と会わせない気だなっ」

「そうです」

「むうっ…」


 隠す余地すら無くあっさり言われ、絶句する他無いクラウディアであった。

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