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第19章 北方連合成立 準備篇

「少々よろしいか?」


 ハルがオランとクリフォナムの王位を受けるという事で話がまとまった段階で、アダマンティウスが発言許可を求めた。


「どうぞ」


 ハルが発言を許可すると、アダマンティウスはいつになく改まった表情で1枚の紙片を取り出した。


「では、失礼して…私がこれから話す事は今後の帝国との関係と、帝国から来ている要望に関してです。シッティウス殿構いませんか?」

「構いません、おそらく私が受け取っている物と同じ物でしょうな」


 シッティウスがアダマンティウスに別の紙を差し出す。

 机の上に置かれた2枚の紙を見比べる出席者達が、同種の物である事を確認したのを見計らってアダマンティウスが再び口を開いた。


「あ~はっきり言いまして、私に対して帝国軍総司令官にと引き抜きがありました」

「えっ?」

『ほほう、アダマンティウス、お主も偉くなったものであるな』


 びっくりするハルに遠慮しつつも、かつての副官が帝国軍総司令官にという要望があった事に対して喜色を隠せないアルトリウス。

 しかし当のアダマンティウスは周囲の反応に困惑しながら言葉を継いだ。


「出所はユリアヌス帝です。一応アキルシウス殿の意向次第とは言っておりましたが返答は保留致しました。私の本音と致しましては断りたいのですが…ともかくはそういう事です」


 驚きで絶句しているハルを心苦しそうに見ながらアダマンティウスが言うと、その後を受けてシッティウスが言葉を発する。


「補足させていただきますと、帝国軍の再編について人材が不足しており、見識、人物、経験、実力、名声から将軍の他に比する人物が居ないので、アダマンティウス将軍を返して貰いたいとのことですな。まだ正式な形での要望とはなっておりませんが、非公式な打診として文書が送られてきています」

「…お断りします」


 考えるまでも無い。

 アダマンティウスが帝国軍へ戻りたいというのであれば考慮する余地があったかもしれないが、本人も望んでいないのであれば、ハルとしてはこの有能な老将軍を手放すつもりは一切無かった。


「やれ、肩の荷が下りました。しかし現在帝国は兵士官吏共に末端から不足しておりますか…今後このような引き抜きをせぬように申し入れをせねばなりますまい」


 ため息をつきながらアダマンティウスが言うと、シッティウスが書類に書き込みながら頷く。

 そしてシッティウスは徐に一枚の紙を差し出した。


「こちらは帝国とシレンティウム間で取り交わされる予定の協定文書です。一応内容に過不足は無いと思っていますが確かめておいて下さい」


 ハルがのぞき込んだその紙には、つらつらと帝国風の硬い文章が書き連ねられている。

 その内容は


1 辺境護民官ハル・アキルシウスを北の護民官に任じる。

2 北の護民官位は今後継承については自由とする。但し、帝国に敵対した場合、帝国の敵対勢力と通じた場合はこの限りでは無い。

3 北の護民官の担当地域についてはクリフォナ・スペリオール、クリフォナ・インフェリオール、クリフォナ・オリエンタ、ノームリア、オラニア・オリエンタとする。東方辺境、極北辺境については北の護民官の優先領有権を認める。

4 北の護民官の管轄地域においては帝国のいかなる権限も及ばない。また、北の護民官は帝国領において権限を行使できない。これに付随して帝国は北の護民官に対する徴税権を放棄する。但し犯罪捜査については協議の上、担当官吏の権限を決定することとする。

5 北の護民官は、帝国東方に対する防衛戦争に協力する義務を負う。

6 国境警備隊の兵数装備は協議の上同数同程度とする。帝国と北の護民官は相手方との協議無くして勝手に国境警備隊を増強してはならない。

7 北の護民官は、外交について帝国に敵対する可能性のある勢力との交渉に当たっては、帝国に交渉の経過を報告する義務を負う。また、帝国は北の護民官に不利に影響する外交交渉に当たってはその経過を北の護民官に報告する。

8 北の護民官領における通貨は帝国通貨を使用する。貨幣改鋳を行う際、帝国は北の護民官へ通知しなければならず、貨幣改鋳に合意できない時、北の護民官は自国通貨を鋳造する権利を回復する。

9 帝国と北の護民官は、相互の領土間における通商は自由とする。但し、相手国内においては相手国の法令、課税制度に従って商業活動を行う。

10 帝国と北の護民官は互いに大使を交換する。

11 帝国と北の護民官は相手方主要都市に協議の下に領事を置く事が出来る。

12 帝国と北の護民官は、自領内において相手方市民に対する保護義務を負う。但し犯罪者についてはこの限りでは無いが、逮捕・拘束が長期に亘る際、罰金以外の刑に処す際は相手国に通知を行う。

13 帝国と北の護民官は官吏、軍人その他の人材交流を双方の合意の元で行う事が出来る。


というものである。


「…まあ、概ねよいのでは?」

「ぱっと見た感じじゃ特に困った所はなさそうだ」


 街区代表のヘリオネルが言うと、その隣に座っていたレイシンクも賛同する。


「…まあ、引き抜きに対する申し入れは別ですればよろしいか」


 アダマンティウスも賛意を示した。


「シレンティウム市民…これは概ねクリフォナムの民とオランの民ですが、北方の民と帝国市民が対等の立場に立っていると言うだけでも、この条約は価値があると思います」


 アルキアンドは何度も頷きながら賛意を示す。


「問題ありませんね、では条約を発効させましょう」


 ハルはすらすらと協定文書の末尾へ内容について同意する旨の一文と署名を行い、シッティウスへと手渡した。


「確かに…ではこれを帝国へ送っておきます。おって正式な祝福付きの協定文書が届く事でしょう」


 外交文書においても、特に密約などの場合以外は祝福付きの協定文書を取り交わし、異心の無いことを示すのが通例である。

 ただ、これもあくまで対等の関係にある国同士の外交文書であって、属国や力関係のはっきりしている場合は使われない。

 祝福付きの協定文書を使うということを取ってみても、帝国の現在の首脳部が本来であれば皇帝の配下に過ぎない北の護民官が治めるシレンティウムとの関係を重視し、気を遣っていると言うことが分かる。

 いずれシレンティウムが帝国との関係を見直すにしても、対等の国家関係であったことを示す祝福付きの協定文書があれば、それだけで帝国に対して対等な関係で主張が出来ることだろう。

 シッティウスが全員の前でハルの署名が終わった協定文書の下書きを封緘し、更に筒に収めて厳重に封を為した。

 後ほど西方郵便協会に預けられ、特別便で帝都に送られるのだ。


「それから…新皇帝のユリアヌス帝より、今回の戦費に対する補填が為される旨の通知が来ておりますな」

「それは助かりますわ」


 シッティウスがそう言いながら隣に座る財務長官のカウデクスにその書状を渡す。

 受け取ったカウデクスはさっとその書状へ目を通すと顔を少しほころばせた。


「皇帝陛下は随分と奮発して下さったようですわ。今回の戦費を補ってあまりあるほどの金額です」

「遺族に対する弔慰金や保障は大丈夫ですか?」


 ハルの言葉に真剣な眼差しで頷きながらカウデクスは口を開く。


「もちろん、それらを考慮した上でのことですわ…遺族に対する保障については、併せてシレンティウムで仕事を斡旋して頂こうと考えているのですが、宜しいでしょうか?」

「問題ありません」


 次いで視線を向けられた農業長官であるルルスが即座に答えた。


「男手を無くしてしまわれた家庭に対しては、薬草栽培農園で働いて貰おうと考えています。亜麻栽培や製糖にも人手がいりますので」

「こちらへも人手を回して頂けますかな?わはは、文字の読み書きが出来るようであれば商家へ斡旋致しましょう」


 次いでオルキウスが発言すると、更にその隣に座っていたスイリウスがぽそりと言った。


「…工芸区の親方達が弟子や従業員を探している…こっちでも斡旋出来ると思う…」




 戦死者遺族や、傷痍兵に対しては手厚い事で有名なシレンティウム。

 その手当が終わると、シッティウスが少し困ったような顔で切り出した。


「…但し、戦費支給には条件がありまして」

「条件ですか?」

「はい、帝都で北の護民官の叙任式と戦勝式典を執り行なうので、これにアキルシウス殿が出席すること、だそうです」


 ハルの疑問に紙面を見ながら答えるシッティウスへ、アルトリウスが不敵な笑み浮かべて言う。


『…ふむ、考えたのであるな。あからさまに金をやるから来いとは体面もあるので言えぬであるし、こちらも応じ難い。式典にかこつければ此度の戦の勝利の立役者を帝都市民に披露してやれるという訳である。それに式典への出席を条件とすれば、金が欲しい我等は行かざるをえぬが、理由があれば応じやすくもあるという訳でもあるな』

「よく考えられているとは思いますな」


 シッティウスもアルトリウスの言葉に同意すると、今度はハルが困り顔で口を開いた。


「でも、順番でいけばトロニアの方が先でしょう?」

『何、問題あるまい。どうせ手ぶらでは行けぬのであるから、第21軍団を護衛代わりに引き連れてゆくが良い。トロニアから直に帝都へ行け、レムリア峠を越えれば直ぐである』

「日時もこちらにある程度合せることが可能と記されておりますな」


 アルトリウスの提案にシッティウスが再び紙面を見ながら言葉を継いだ。


「…しかし、第21軍団は今回の遠征で疲弊しておりますぞ?レムリア峠などと言う峻険な山道を踏破するには装備、訓練とも十分でありませんし、第一1個軍団では大所帯に過ぎませんか?」


 今度はアダマンティウスが現実的な面で指摘をする。

 いくら寒さに強く頑健な身体を持つクリフォナム人主体であるとは言え、軍装のままレムリア峠を越えるのは無理がある。

 そもそも道と呼べるような道は無く、かつてオラン人が強勢であった頃でさえこの道を使って帝国側へ侵入したことは一度も無いのだ。

 ごく少数の木樵や狩人といった山岳地域に暮す者達が偶に帝国側へ商売などのために抜けるぐらいの獣道である。

 また厳しい気候や峻険な地形の問題だけで無く、魔獣や野獣も多いのでそう言った意味でも安全とは言い難いレムリア峠。

 しかしトロニアから帝都へは一番の近道である事も確かであった。


『うむ、それについては考えがあるのであるが…まずは形だけは第21軍団にして、中身はごっそり入れ替えるのである』

「入れ替えるんですか?」


 アルトリウスの言葉に首を傾げるハル、シッティウスはその意図に気付いたのか仕切りに頷いている。

 アルトリウスはハルに笑みを見せてから構想を披露した。


『おう、これからの北方連合を担う若者や重要人物を第21軍団として編制するのである。野戦中心の遠征だけでは帝国の実体は知れん。帝都を見せ、西方帝国の広大さと威容、文明と物量を自分の目で見せてやれば良かろう。世界を知ると言うことは自分や故郷を知ると言うことに繋がるのである、言わば見識を広めさせるのであるな』

「なるほど…では、少数精鋭で?」


 ようやく合点のいったハルにアルトリウスは肩をすくめて答えた。


『無論である、補給の問題もあろうし、峠越えは大軍では無理である。であるから1個軍団7000名を連れて行く訳には行かぬ。そうであるな…兵を合せて1500程度で良かろう。装備は冬期装備を持たせれば良い、補給は山越えの分をトロニアで購入するのである』

「では、早速編制に入ります…これが成功すれば帝国は我々とのより強い友好関係を望むでしょうね?」


 ハルの意味ありげな言葉に、アルトリウスは人の悪い笑みを浮かべて答えた。


『当然である、我等の機嫌を損ねれば軍がいきなり帝都の裏庭に踏み込んで来るやも知れんのであるからな。ま、わざわざそういう可能性もあると知らせてやるのであるから、今は親切というモノである』

「今回はクリフォナムの同盟部族の若者達に対して募集を掛けましょう、編制は早くとも冬になりますが、致し方ありませんな」


シッティウスの言葉にアダマンティウスが補足を加えた。


「装備はお任せ下さい、最高の冬期装備を調えて見せます」

「では、トロニアと帝都へ冬に入ってから向かう事とします。各部署は準備に入って下さい。これが終わればいよいよ北方連合国立ち上げです。心の準備もするようにしておいて下さいね!」


 最後にハルがそう締めくくると出席者達は一斉に立ち上がり、それぞれの仕事を果たすべく各部署へと散ってゆくのだった。

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