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第18章 帝国内戦 内戦終結篇

 帝都中央街区、元老院議場


 マグヌス帝の葬儀が終わり、短縮された喪が明けた日の翌日。

 元老院は異様な雰囲気に包まれていた。

 帝都市民達も、元老院で何が行われているかを知っており、元老院前の広場には貴族派貴族の無頼兵士達によって陰惨で非道な被害を受け続けた帝都市民達が詰めかけ、怨嗟と怒りの声を上げ続けていた。

 最近ユリアヌスが復活させた元老院衛兵隊が元老院前の広場で規制を行い、万が一にも元老院へ市民達が雪崩れ込んだり、暴徒と化して乱暴狼藉に及ばないよう目を光らせている。

 朝早くから始まった元老院は、佳境を迎えようとしていた。


「以上…国家反逆罪、外患誘致罪、偽勅罪、公権力濫用罪、帝都騒擾罪、貴族特権濫用罪、私闘罪、不正蓄財の罪、議員に相応しくない振る舞いをした罪等により、ルシーリウス卿の貴族籍を一族諸共剥奪し、領地は全土没収、財産は全て接収とする…なお、当代は死刑!」

「…ふざけるな!」

「こんな裁判は無効だ!」

「申し開きをさせろ!」

「私たちは貴族だぞ!!」


 クィンキナトゥス卿の宣告に、縄を打たれ議場に引き出されていた貴族派貴族が一斉に反発する。

なお、一連の動乱に荷担した貴族派貴族280名全てが同罪に処されて既に宣告を受けており、たった今ルシーリウス卿が最後の宣告を受けたのであった。


「…裁判は公平無私に行われている。無用な誹謗中傷は止めて頂こう…元老院衛兵、黙らせろ」


 臨席していたユリアヌスが冷たく命じた。

 悪口雑言の限りを尽くしていた貴族派貴族、今は全ての権限を剥奪された元貴族達は、たちまち黒色で装備を統一された衛兵達に押さえ付けられ、拳を振るわれて黙らされてしまう。


「こ、このような真似を貴族にして許されると思っているのかっ?」

「…もう貴様は貴族ではない」


タルニウスが新たに衛兵隊長に任命されたロングスに抗議するが、ロングスは全く取り合わず拳をその顔に見舞った。

 くぐもった悲鳴と共に元老院議場の床に倒れるタルニウス。

 その隣では殴られる前から悲鳴を上げているプルトゥスを衛兵が2人がかりでタコ殴りにしている。


「…あなたも文句がおありか?」

「……ない」


 かつての覇気はどこへやら、すっかり塞ぎ込んでしまったルシーリウスを一瞥しながらロングスが問うと、本人は生気の無い声でそれだけ答えた。

 ロングスは面白くなさそうに鼻を鳴らすと、その腹部へ右拳を打ち込む。

 ぐっとうずくまったルシーリウスの尻を蹴飛ばして床へ倒すと、ロングスは配下の兵士達に命じた。


「連れて行け!」


この後、元の貴族派貴族達は帝都市民達に晒された後、磔刑に処されるのだ。

 帝国創草以来、帝国の地方経営を担い、政策決定に携わり続けてきた貴族派貴族はこうしてほぼ壊滅することとなったのである。




 皇帝宮殿、皇帝執務室


「…これで長く帝国の地方経営を担っていた貴族派貴族はその役目を終えますことでしょう」

「やっと帝国の形が整って参りましたのう」


 新たに元老院議長に就任したクィンキナトゥス卿と、前議長で執政官に就任した大クィンキナトゥス卿が言うと、ユリアヌスは頷きながら答えた。


「ああ、これでようやく帝国を建て直せる…良くも悪くもこの動乱がなければ改革は出来なかっただろうな…早速だが執政官、元老院議員を辞めて貰うぞ?」

「ほほう…なるほど、元老院を一元化する訳ですかの?」


 ユリアヌスの突然の言葉に動じた風もなく、大クィンキナトゥス卿は面白そうに言った。


「そうだ…政策決定の場から官吏と軍人を排除する。政策を実行する者がその決定に携わっていると、その力加減によっては今回の南方作戦のような無謀な政策が通ってしまう。そしてその政策が成功すれば益々我が通し易くなって、自らの利になる政策決定、つまりは自分達が実行する政策の実施だけを追い求めるようになる。帝国では無く、自らの仕事を為すために政策決定を行うような方向へと動いてしまう事がはっきりした。それに伴う派閥争いの深化も見過ごせない。今後元老院議員については他官職との併任を認めない、議員専従とする」


 ユリアヌスの言葉に、クィンキナトゥス卿が唸る。


「しかし、軍人や中央官吏派の連中は納得しませんぞ?」

「中央官吏派は大丈夫だ、その為に大クィンキナトゥス卿、あなたを執政官にしたのだ」

「…曲がり形にも官吏の頂点に立つわしが議員身分を返上すれば、下も否やとは言えますまいのう」


 ユリアヌスと大クィンキナトゥス卿の言葉を聞いて、クィンキナトゥス卿がその意味せんとする所を察した。


「なるほど…そして市民派貴族と軍人のみの元老院にして、官職併任禁止の法律を元老院で採決する訳ですな?」

「その通りだ、それであれば戦死したり、地方へ派遣されたりして高位軍人が多くない今、市民派貴族の方が数が多いから採決で勝てる」

「…軍事蜂起の可能性はありませんか?特にロングス将軍は典型的な軍閥です」


 ユリアヌスの言葉にクィンキナトゥス卿が危惧すべき点を述べるが、これについてもユリアヌスは既に手を打っている。


「ロングスは名誉職の元老院衛兵に任命して兵権を取り上げた。他の軍閥に連なる有力な将軍達も名誉職に祭り上げて兵権を奪っていく」


 元老院衛兵、近衛兵、帝都守備隊は軍総司令官と同等の地位とされてはいるが、兵権は殆ど無い名誉職で、ここ40年ほどは誰もその隊長に任命されていない。

 ユリアヌスは厄介なロングスをまず元老院衛兵隊長に任命して兵権を事実上奪い取り、さらに地方の軍閥で面倒な人物がいれば残り2つの名誉職へ転任させるつもりであった。

 しかし、軍閥の主要人物は既に南方戦線で戦死しており、残っているのは第1軍団長のロングス、第17軍団軍団長ラベリウス、北東管区国境警備隊のマルケルスぐらいである。

 このうちマルケルスは早い段階でユリアヌス支持を表明しており、ラベリウスは大怪我をして群島嶼で配下の軍団と一緒に療養中。


 他の軍団長達は良くも悪くも色はなく、ユリアヌスの呼びかけには積極的には応じてこなかったものの、敢えて反抗もしていない。

 加えて彼らは南方作戦のために軍兵を引き抜かれ、守りの薄くなった状態で国境守備を果たさねばならなかったため、積極的に中央情勢へ関与する事が出来なかったという事情もあった。

 ユリアヌスは自分に帰順して元老院議員の地位を大人しく放棄するならば、いずれは任期を見て解任はするにせよ、そのまま引き続き各地の軍団長を勤めさせてやっても良いと考えている。

これは州総督についても事情は同様であるが、ユリアヌスは地方行政に関しても州総督の任期を短縮し、更には州を細分化して総督の権限を弱くする事を決めていた。

 執政官のカッシウスを解任して皇帝顧問官に任じ、この件を研究させており、程なくその骨子が出来上がる事となっている。

 新たに属州へ編入される貴族派貴族から取り上げた領地と併せて、帝国全土の行政区分を再編するのだ。


「貴族派貴族から取り上げた領地は帝国領の約5分の1、接収した財産は帝国の年間予算約5年分となりました」


 貴族派貴族は根刮ぎ動員した私兵をハルに撃破されているため、実力で抵抗しようにもその術がなく、中には一家での憤死を選んだ者達も居たが、ユリアヌスの命令で財産や領地の接収に赴いた州総督や軍団司令官への抵抗はごく僅かであった。

 これで改革に必要な費用は十分賄えるだけでなく、それまで貴族が貪っていた税収も国庫に入ってくるようになった為、来期からは資金的に余裕が出来るだろう。

 貴族領で遮られていた資金や商品の流れも良くなり始め、帝国は少しずつ経済が復調しつつあった。


「領地も金も…貯めも貯めたり、じゃな。全く、何をしておったのだか…貴族が聞いて呆れるわい」


 息子の報告に呆れる大クィンキナトゥス卿。

 接収された貴族派貴族の財産は、まず今回の戦災に遭った東部諸州や帝都の復興、市民達への賠償に使用される事が決まっていたが、それに加えてユリアヌスは辺境護民官軍への戦費を接収費用から支払う事にしていた。

 ハル達シレンティウム軍は、シルーハ縦断作戦、ユリアルス城攻略戦、ポ-タ河畔の戦い、帝都東部平原の戦いと連戦し、更には帝国がユリアヌスの下に態勢が整うまで東部諸州や占領したシルーハ領の治安維持を担っていたのである。

 一旦呼び戻そうと使者を帰したが、ハルはこれを固辞した。

 今は軍をまとめてシレンティウムへと向かっている最中であろうか。


「…金をやるから来いというのも生々しすぎるだろうから、北の護民官への任命式典と戦勝祝いを執り行なうと言えば問題ないだろ?」

「うむ、帝国内戦を治めた立役者が帝都へ来るとなれば帝都市民も喜ぶじゃろうの。日取りは追って決めるとしよう。差配はわしに任せよ!今度は辺境護民官も断るまい…いや、今度は断らせぬぞ」


 ユリアヌスの言葉に、大クィンキナトゥス卿が嬉しそうに言葉を発する。

 この老貴族は古風で遠慮深い所のある辺境護民官の態度をすっかり気に入ってしまったようで、事あるごとにシレンティウムへ赴きたいと言っていたが、ハルを帝都へ呼ぶ事が決まったことでようやくそのお騒がせ虫が治まりそうであった。

そんな父親の姿に苦笑を漏らしつつ、クィンキナトゥス卿はユリアヌスへ次の案件について語り始める。


「それから…辺境護民官から引き渡しを受けたシルーハ領ですが、今後のシルーハとの交渉にもよりますが、今の所帝国領へ編入する方向で検討しています。またルグーサを返還し、東照との講和を為す見返りにセトリア内海沿岸のシルーハ領を全て引き渡させようと思っていますので、ご承認を頂きたいのですが」

「…防衛上の問題は無いのじゃろうな?無理な領土拡張は破滅のもとじゃぞ」


それまでの無邪気とも言える笑みを消し、大クィンキナトゥス卿が息子をぎろりと睨むが、クィンキナトゥス卿はたじろぐ素振りも見せず、澄ました口調で言葉を継いだ。


「はい、セトリア内海沿岸は文化的にシルーハよりも我が方に近く、占領後も特に摩擦は生じていません。そして防衛に関してですが、占領地は丁度山脈を隔ててシルーハと国境を引く形になりますので問題ありません。恐らくいくつかの砦を築き、ユリアルス城のような関所的な要塞を峠や街道に設ければ事は足りるでしょう。費用は接収した分で十分に賄えます」

「…防衛は再建した第3軍団と、引き上げさせた第17軍団か?」

「はい、その様に想定しています。また東部国境警備隊の担当区域を南へ伸ばします」

「分かった、承認しよう。元老院に諮ってから動くように」


 ユリアヌスの言葉に、クィンキナトゥス卿が黙って頭を下げる。

 その話を黙って聞いていた大クィンキナトゥス卿が首を捻りつつ質問の言葉を発した。


「シルーハとの予備交渉はどうなっておるのじゃ?」

「今の所我々の提案を断る様子は見られませんが…もし断った場合は…」

「ふむ…辺境護民官をけしかけると脅かす訳じゃな?」


 息子の言葉を遮るように引き継ぐ大クィンキナトゥス卿。


「その通りです。実際やるかどうかはさておき、この脅し文句は威力があるでしょう」


 そう父親に言ってから自分へ向き直ったクィンキナトゥス卿に、ユリアヌスは頷いた。

 帝国は内戦によって国内立て直しの真最中である為、実際問題としてシルーハと事を構えている余裕はないし、東照も本国ががたついていて兵をそれ程集められない。

 シレンティウムも事情は同じで、兵数に問題がある上に、長期の遠征で兵は心身共に相当疲れている。

 それぞれ単独ではシルーハ攻略をなしえないが、3国で掛かればシルーハを分割してしまう事は可能であろうが、そういった事情から派兵は不可能であった。

 ただ、脅し文句としては使える程度の現実味はある。

 ましてや分割されるかも知れない当のシルーハにとってはこれ以上無い脅迫であった。


「軍の大半を失った今のシルーハに断る事は出来無いだろう。これを断るような真似をすれば、帝国に西の国境を侵され、辺境護民官に首都を突かれ、東照に東から雪崩れ込まれる訳だからな…東照の黎盛行都督との連絡は?」

「シレンティウム経由の伝送石通信で問題なく為されております。今のシルーハは帝国と東照、シレンティウムの3方向からの攻撃を防ぐ手立てを持っておりませんので、可能性とは言えそういう動きを見せさえしておけば良いのです。東照は国境に軍を集めており、辺境護民官軍は我々の依頼によりユリアルスとルグーサを経由して帰還途中です。再建した第3軍団はユリアルス城へ入りました。既に準備交渉に入っていますが、シルーハは我々の動きを察知しており疑心暗鬼に陥っているようです。おそらくこちらの条件を受け入れるでしょう」

「やれやれ…世の中はどう転ぶか分からんもんじゃ…攻めたシルーハが勢力を減じ、攻められた帝国が伸びた…北の護民官は国を手に入れる…分からんもんじゃ」 


 ユリアヌスの質問によどみなく答える息子を見つつ、大クィンキナトゥス卿は苦笑混じりに言った。

 国を手に入れるという言葉でふと気付いたユリアヌスが口を開く。


「群島嶼はどうなった?」

「…それなんじゃが、反乱を起こそうとした大氏共を抑えた者がおるようじゃ。その者の説得によって大氏は反乱を断念したと、療養中のラベリウス将軍から報告が来ておる。何でも辺境護民官の親類とか何とか、名は秋瑠源継という、ヤマトの剣士の総帥であるそうじゃ」

「…なるほど、我々は辺境護民官に全て頼りきりという訳か…はあ」

「わはははははっ、違いない!礼も兼ねて式典は派手に為さねばならんのうっ!」


 大クィンキナトゥス卿の答えを聞きユリアヌスが歎息すると、大クィンキナトゥスは大笑いしたのだった。



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