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第3章 シレンティウムへの道 ロット家の旅立ち篇

助言を頂きまして、少しばかり改造しました。

「お姉ちゃん、本当に行くの?」


 不安そうな弟の声に少しためらう気持ちが生まれたけれども、私は行かなくてはならないのです。


「ええ、お世話になった方がきっと困っているのだからお手伝いしないとね、分かるでしょう。」


「・・・うん、お姉ちゃんがそこまで言うなら。」


 まだ子供と言っても良い弟に未開の地への道連れを頼むのは気が引けるけれども、2人きりの家族、離れ離れになることの方が考えられない。


「さあ、オルトゥス、支度を手伝って、荷造りは終わっているのだから。」


「うん!」


 弟もようやく踏ん切りが付いたのか、用意した2頭のロバに私たちの少ない家財道具を積み込み始める。


 私はプリミア・ロット、18歳、帝都に暮す帝国の市民、そして弟、オルトゥス・ロットは私より5つ下の13歳。


 父と母は由緒正しき帝都の一般市民でしたが、両方とも流行病で世を去り、私は帝都の宿屋で給仕や受付、経理や事務の仕事をしながら、残された弟の面倒を見てきました。


 それ程裕福ではないけれども、2人で暮して行くには不自由のない給金を貰い、平和に暮していた私たちの運命を変わってしまったのは2ヶ月前のこと。


 私は瀕死の重傷を負ったのです。


 いえ、一度は死んだのかも知れません。


 あのとき、都市警備官吏のあの方が尽力してくれなければ、私の命はなく、弟は糧を失って路頭に迷っていたことでしょう。


 ですから、受けた恩は全力で返さないといけませんから、私はあの人を追って、北方辺境へ向かうことにしたのです。


 もちろん、あの方に私の一生を懸けても良いと思っています、いろんな意味で! 




「おらあああ、どけどけどけえええ!!!!」


    どどどどどどどど


 突如現れたのは大通りを疾駆する6騎の騎馬。


 乗っているのはいずれも身なりは良いが、場違いな嬌声を上げ、周囲を威嚇して下品な笑いを上げている。


 買い物客で賑わう大通りはたちまち喧噪に包まれ、人々は騎馬に撥ねられまいと悲鳴を上げ、左右に逃げ惑う。


 私は勤め先のシェフに頼まれた食材の買い出しの帰り。


 たくさんの荷物を抱え、とても機敏に動き回ることなど出来はしない。


 何とか道の端へと思ったけれども、考えることはみんな同じで、一斉に駆けだしてしまったものだから、何人もの人がはじき出されてしまう。


 かく言う私もその内の1人。


 特別鈍い方ではないけれども、重い荷物と突然の事態が私の身体を縛っていたのは事実。


 私は周囲の人々に突き飛ばされ、はじき出されてしまって、不運にも疾走してくる騎馬の前へふらふらと押し出されてしまう。


「ああっ!!?」


 私は悲鳴を上げると同時に、先頭を走っていた騎馬に撥ね飛ばされた。


ぼぐっ・・・・


どさっ


きゃああああ


 鈍い打撲音の後に、宙を飛び、道ばたへと倒れる私。


 そこからの記憶は曖昧、と言うか、はっきりしない、なぜなら私は自分の身体を見下ろす位置に居たから。


 あの記憶が定かであれば、私は確かに一部始終を見ていたけれども、とても現実とは思えない。


 それでも後で顔見知りの人たちや、官吏の人から聞いた内容と私の見たことは一致しているので、私の見ていた事が事実なんだと分かる。


 


 周囲の人々が悲鳴を上げる中、2人の男が私の身体に駆け寄った。


「誰か応急手当が出来る者はいないか!!」


 灰色の制服に身を包んだ1人の男が路傍にしゃがみ、私の様子を見て取り、周囲へ必死に呼びかける。


私が息も絶え絶えにか細くうめく様子を見て顔をゆがめています、無理もありません、素人の私が見ても助からないくらいの重傷だと直ぐに分かります。 


 付近には私が買ってきたパンや果物、野菜が散乱していました。


 私の身体はごぼっと気味の悪い咳と共に血の塊を道ばたへと吐き出します。


 私は何も感じていないけれども、見開かれた私の身体の瞳はくすみ、うつろであるが涙が流れっぱなしになっているのが見えます。


 人だかりは出来ているものの、遠巻きにその様子を見ているばかりで助力を申し出てくる人はだれもいません。


 帝都市民で賑わう大通りは一瞬で静まりかえっていました。




「・・・乗馬から降りて下さい。」


 同じ灰色の制服を着たもう1人の帝都治安省官吏は、目の前で騎乗している5名に守られた人物に対し、怒気を隠そうともせずに言っていました。


 騎乗の人物は金髪碧眼、すらっとした背の高い美男子ですが、目には退廃の光があります、身なりは良いのに裏路地に巣くう与太者と同じ目をしています。


 周囲の護衛達もどこか荒んだ雰囲気をまとっていて、護衛杖を構える官吏さんを見て嘲笑を浴びせていました。


「ふん、治安省か、貴様にそのような権限があると思ってるのか?オレはヴァンデウス・エルト・ルシーリウスだ。」


 名前を聞いて私は思わず息を呑みます。


 帝都でも鼻つまみ者として有名なルシーリウス家の放蕩息子、いわゆるどら息子です。


 しかし、その一族は帝国の上部に居並ぶ高官揃いで、彼の父親は皇帝補佐官筆頭の職にあるのですが、余りの素行の悪さに誰もが眉を顰める札付きの不良です。


 いかな帝都の治安を預かる官吏であるとは言え、あの官吏さんが相手取るには些か荷が重い人物であると思いました。


 それでも目に怒りの火を灯した官吏さんは、その名を聞いても退きません。


「・・・存じ上げております、ですが騎馬で人をはねた事について取り調べを致しますので、速やかに詰め所までの同道を願います。」


「断る、庶民1人撥ねたところでオレに何の罪があるというんだ?」


 努めて平板に言葉を紡ぐ官吏さんを挑発するルシーリウス。


 庶民だって生きています!


 とても酷い話ですが、これが帝国の現実、悲しいことですが今の世の中貴族に逆らって生きていける帝国人は何処にもいません。


 でも官吏さんは、屈しませんでした。


「・・・大通りでの騎乗走行は禁じられております、また、例え故意で無かったという場合にせよ、この件は不注意による傷害の罪に問われます、尤も、人の多い中央大通りで暴走行為をしていたのです、不注意とはとても言えません、被害に遭った方に対する保障と救護を命じます、お抱えに腕の良い医師ぐらい居るでしょう?直ぐに呼んで下さい。」


 私は、本当に感動しました。


 官吏さんみたいな帝国官吏もまだいたんだなあ、と。


 言葉を発することは出来ませんでしたけれども、私は私の為にそこまでして頂かなくても良いです、どうか退いて下さいと思いました。


 例えこちらが正しくとも、貴族の意見に逆らってしまうと、どんな仕返しをされるか分かりませんから。


 あの官吏さんが、私の事で辛い目に遭うのは嫌だったのです。


「断る!庶民にしてやる必要を感じない。」


「・・・重ねて命じます、この方に対する保障と救護をしなさい。」


 貴族の拒絶にも動じず、敢然と命令する官吏さんは、素敵でした。


「ふふふはあっは、オレに楯突くのか、面白い、確かに戯れに大通りを駆けた事は認めよう、しかし、その女がとろいだけじゃないか、騎乗者の前を遮る行動は禁止されているはずだろ?」


「・・・それは軍使や急報などの緊急時、公的な任務の時だけの話です。」


「緊急だったんだよ!糞を漏らしそうだったんだ。」


げひゃひゃひゃひゃひゃ

ひーひひひひ


 取り巻きが下卑た笑いを上げ、周囲の市民達はその成り行きを固唾を呑んで見守ります。


 正論で説得しようとする官吏さんに対して、不良達の態度は悪く、不真面目さが全開で、さらに屁理屈を捏ねて官吏さんを馬鹿にしています、許せない。


「公務といやオレそのものが公務だ、オレは帝国貴族だからな。」


 一寸考えた後出た言葉に、私は呆然としましたけれども、官吏さんは心底あきれたみたいです。


「では、どうあっても同道願えないのですね?」


「はっ、当たり前だ、オレは悪くない!」


 勝ち誇ったように言う貴族のどら息子。


 しかしその瞬間、馬の上に官吏さんは乗っていました。


 えっ?どうやって?


「なっ!?」


 そして驚愕に目を見開くどら息子を馬から蹴り落とすと、色めき立って飛び掛かろうとする取り巻きの5人を杖でたちまちの内に叩き伏せてしまいました。


 容赦なく振われた杖によって、取り巻きの人たちは全員伸びてしまったようですが、どら息子だけは手加減をされたのか、頭を振って立ち上がります。


 それでも強烈な蹴りで馬から落とされたのですから無事なわけはありません。


 ふらふらと立ち上がりはしたものの、どら息子は再び地面に情けなく尻餅をついてへたり込んでしまいました、ザマアミロですね。


「ルキウス、その娘の容態はどうだ?」


 官吏さんはどら息子の様子にしばらくは立ち上がれないと見たようで、素早く馬から下りると、私の下に駆けつけてくれました。


「・・・余り良くない、このまま手当を施さなければ、命に関わる。」


 官吏さんの同僚で私の身体を懸命に介抱して下さった方が、首を左右に振りながら沈痛な表情で答えます。


 確かに、私の身体はもう保ちそうにありません。


 何せ意識は既に外へ出てしまっていますし・・・


 官吏さんは大胆にもまさぐるように私の服の下の胸に手を当て、それから脇腹や背中に触れていきます。


 こんな時に不謹慎かも知れませんけれども、私は思わず赤面してしまいました。


「・・・背骨と肋骨が折れている、内臓も傷付いているようだ。」


「ああ、それは分かるが、俺たちじゃあ手に負えない。」


 官吏さんの言葉に同僚さんが顔をゆがめます。


「いや、出来るだけのことをしよう・・・すいません!そこの軒先を借りますよ!」


 官吏さんはそう言って私の身体を近くの商店の店先に運び、同僚さんに言って人払いをします、何をなさるのでしょうか?


「・・・天地におわします神々に、かしこみ、かしこみ申す、揺らぎし魂を還し、破れし身体を癒し給え。」


 私が興味深く見ていると、官吏さんはぶつぶつと小さくそう唱えて私の胸とわき腹に触れました、そして・・・キス?


 えっ?そんな・・・でも、官吏さんなら、いいかも・・・なんて。


 真っ赤な顔で自分がキスされている様子を見ているという変な光景。


 ぼうっと官吏さんの手が仄かに光っているような感じがした瞬間、私は酷い痛みに襲われ、思わずうめき声を上げてしまいました。


「・・・?」


 ほっとしたように私を覗きこむ官吏さんの顔が間近に・・・きゃっ、と思う間も無く、再び襲ってきた酷い痛みに、私はむせ返り、咳き込み、血の塊を官吏さんの服に飛び散らせてしまいます。


 それでも官吏さんは少しも嫌な顔をせず、にっこりと微笑んで私の顔の血や汗、涙を同僚さんが用意した布で丁寧に拭い取って下さいました。


「もう大丈夫かな?とりあえず折れた骨と傷ついた内臓を取り繕っておいたから、安静にしていれば、直に動けるようになると思う。」


「はい・・・ありがとうございます。」


 何とかそれだけを言葉にすることが出来ましたけれども、その直後に私は気を失ってしまいました。

 弟から聞いた話では、私を家まで送り届けてくれたのは同僚さんらしく、官吏さんはいなかったようです。



 それから1月半後、私の怪我は不思議なくらいの早さで治りました。


 体力も回復し、職場にお礼と謝罪をかねて出向いた際、官吏さんの運命も知りました。


 職場の同僚にあの騒ぎを見ていた人が居たのです。



 官吏さんは騒ぎを聞きつけたどら息子の父親が差し向けた私兵にも、堂々とした口上でどら息子の非を鳴らし、最後は取り調べに応じなければ逮捕するとまで言い切り、その目の前で逃走しようとするどら息子を殴りつけたそうです。


 私兵たちも官吏さんの乱暴さに怯み、またその正当な主張に無理を通せず、それでも泣き喚いて助けを求めるどら息子に困り果てて、最後は父親のルシーリウス卿を呼んだそうです。


 ルシーリウス卿は息子の非を認め、5日後に官吏さんの詰所へ息子を出頭させる事を約束してどら息子を引き取ったそうです。


 官吏さんも非を認め、当人を出頭させるとまで言っている高官に、それ以上主張することも出来なかったのでしょう、どら息子を解放したのですが・・・


 その5日後に官吏さん・・・名前はハル・アキルシウスさんは、北方辺境へと旅立たされてしまいました。


 密かに今回の騒ぎの顛末を楽しみにしていた帝都の市民達もがっかりしていました。


 市民は皆貴族の横暴には辟易していましたし、だらしない官吏にも愛想を尽かせていたのですけれども、ハルさん達の様な清廉な官吏もまだ居たのだと少し期待したのです。


 しかし現実は厳しいもの、ようやく現われた正義の味方は、敢え無く貴族に敗れて左遷。 本当に現実は厳しいのです。


 そして、正義の味方がいなくなった後の弱者は哀れなもの・・・

 

 私の職場に度々乱暴な人たちがやってくるようになりました。

 

 もちろん、私は怪我で動けませんし、官吏さんのお友達である同僚さん、お名前がアエティウスさんと言うそうですが、ちょくちょくお見舞いに来てもくれますから、そうそう危険を感じる事は無いのです。

 

 それでも、誰かが私が動けないのを良い事に家を荒らしていった事がありました。

 

 何故か物は盗られていませんけれども・・・


 おかしな人を見かけるようになったと、近所の奥さんが噂しているのも聞こえています。


 弟が石をぶつけられたとかで、たんこぶを作って帰ってきた事もありました。


 このままでは・・・命の危険さえ覚えます。


 帝都にもう未練はありません、それに正義の味方をただ待っているだけというのもつまらないではありませんか?


 私はハルさんに付いて行きます!


「お姉ちゃん、その官吏さんの事好きなだけじゃないの?」


 ませた事を言う弟の頭をぽかりとやった私の顔は多分真っ赤、でも私の決意は揺らぎません。

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