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第18章 帝国内戦 戦闘開始篇

 帝都東部平原、ルシーリウス軍陣営


 それぞれの指揮官達が特段の変化無く自陣へと引き上げてきた事を見て取った両軍の兵士達は、いよいよ開戦が近づいたと気持ちを引き締める。

 尤も、無頼集団が多いルシーリウス軍はまた違った思いを抱いていた。


「おう、やっと開戦か!停戦になっちまいやしねえかとヒヤヒヤしたぜ」

「違いねえ!停戦なんぞくそ面白くも無えや、北方辺境の蛮族のお姉ちゃん達を思う存分いたぶりてえからなあ」

「金髪ていやあ、下の毛も金色らしいぜ!」

「ここで勝てばシレンティウムとか言う、蛮族の街の財宝と女共は好きにできんだろ?」

「ああ、間違いねえよそれは、親分が言ってたからな!」

「わはははやる気も出るってもんだぜ!」

「シレンティウムといやあ、ここ最近じゃ一番金の集まってる街だからなあ…今から楽しみだぜ」

「帝都の女はやり尽くしたからな、もう飽きちまった」

「おれは奴隷が良いな、クリフォナムの頑丈な奴隷共なら高値で売れるだろ」

「帝都は金も食いもんも良かったが、もう獲れるもんはねえし、飯にも飽きたしなあ」


 最前線に置かれた事など露程も気にしていない無頼達は、お仕着せの鎧兜と剣を装備し、さながら帝国兵のようではあったが、その中身は全くの別物であるのだ。

 ルシーリウス卿が金と免罪を餌にかき集めた無頼達は欲望を隠そうともせずに戦列を組む同僚達と下劣極まりない話を延々と繰り返す。

 後列に連なるルシーリウス家に昔から仕える古参の私兵達は、無頼には違いないものの一応の訓練を受けたり、帝国軍の退役兵が主となっている。

 急遽集められたどうしようも無い連中や他の貴族から応援に寄越された私兵よりは若干ましではあるが、それでも勝利後に期待する物は変わらない。

 全員が自分たちの勝利を疑わず、そして勝利後の褒美や対価に思いを馳せていた。


 配下達のかしましい、卑猥で下劣な話し声に頬を緩めつつ、ヴァンデウスが無頼達と同じ欲望を夢想していると、固い中年男の声が耳に届いた。


「若、宜しいですか?」

「おう、いいぞ」


 そのグラティアヌスの言葉にヴァンデウスは夢想を破られたが、その夢想を現実の物にしてくれる男の言葉である、無碍にすること無く鷹揚に頷く。

 主人の承諾を受け、グラティアヌスは胸一杯に息を吸い込むと大音声を発した。


「では、正攻法でゆきますぞ…前進!!」


 グラティアヌスの号令で、ルシーリウス軍がシレンティウム軍目指して前進し始めた。



 帝都東部平原、シレンティウム軍陣営



「敵が動きました!」


 前線からの伝令に、ハルは無言で頷く。


「準備はすでに整っています、いつでも射撃可能です」

「敵はまっすぐ向かってまいりますな、おそらく小細工せず、正攻法で正面からぶつかるつもりでしょう」


 クイントゥスがハルに告げると、アダマンティウスが補足の報告を行う。

しばらく敵であるルシーリウス軍の前進を見ていたハルは、おもむろに口を開いた。


「戦闘準備、重兵器隊は特殊火炎弾、爆裂弾を装填した後指示を待て、射撃方法は予てからの研究通りにすること、その後はクイントゥスに一任する。敵軍の布陣は厚い、故に敵軍の半ばまでが射程に入り次第一斉射撃を行う」

「了解!」


 クイントゥスはハルの命令を聞き、返事を残して指揮する重兵器隊の布陣場所へと戻る。

 その間にもルシーリウス軍がずんずんと迫る。

 そして、その最前列が射程内へと入ってきた。


『さて、もう間もなくであるな、準備は良いかハルヨシよ?』

「いつでも!」

『うむ…では頃合いであろう…』

「そうですね、射撃開始!」


 ハルの号令で伝令兵が勢い良く大きな青い旗を上げた。

 その青い旗を見たクイントゥスが率いてきた重兵器の前端を確認し、その全てに白い装填完了を示す小旗が翻っている事を認めてから前を見る。

 一応の西方陣形を組んだルシーリウス軍は、寄せ集めとは思えないきっちりとした行進を続けており、その射程が敵陣の中段あたりまで達していることが確認出来た。


「よし、全機射撃開始!」

「射撃開始!」

「射撃開始ぃっ!撃て撃てっ!!」


 クイントゥスの号令により伝令が走り、将官達が声を張り上げる。

限界いっぱいまで引き絞られた重投石機の拗り発条を留めていた鎹が、工兵達のハンマーで次々と打ち落とされ、貯められたすさまじい力が装填された特殊火炎弾を打ち出した。

 鉄で補強された腕木がきしみながら同じく鉄で補強された支木にぶつかり、轟音を立てて重投石機が跳ね上がる。

 工兵達は慣れた様子で衝撃によってずれた重投石機を元の位置へと引き戻し、新しい弾を装填するべく発条を梃子で巻き始める。

工兵達は1機に対し4人がかりで汗だくになりながら発条を巻き上げていく。

 そして再び力が貯まり、特殊火炎弾を装填し終えた工兵達の耳に、爆音が低く、地響きのように伝わってきた。


「お?命中だ!」


 クイントゥスが言うまでも無く、敵陣には綺麗な横一線を描いて炎が立ち上っており、それはすぐに真っ黒な煙を伴って周囲を炎で包む。

 射程距離が伸びた事で、弾の到達までに時間が掛かるようになり、これまでであれば2斉射目に入る前に着弾の効果が分かったが、今は2回目の射撃準備が整ったくらいまで時間が掛かるのだ。

 その分発条の巻き上げに時間が掛かるようにはなってしまったが、そこは兵士を増強して補った。

 そして更に、順番に炸裂する特殊火炎弾は以前にハレミア人を打ち破ったときの物よりも威力が増している。

 燃料を入れる壺の形状を工夫し、より多くの燃料を詰められるようにしたためだ。

 スイリウスにより随所に改良が施され、威力、使い勝手共に向上著しい重兵器。 

 2斉射目が放たれ、次々と敵陣が炎を吹き上げる中、クイントゥスは声を張り上げた。


「頃合いは良し…爆裂弾装填!」


 クイントゥスの号令でそれまで素焼きの瓶に蜜蝋で封をした特殊火炎弾に変わって、今度は丸い素焼きの瓶で出来た弾が用意され、腕木の先の発射皿へと装填されてゆく。

 黄色い旗が各重投石機の前端に掲げられた事を確認したクイントゥスは絶叫した。


「撃てええええっ!」


 再び轟音とともに腕木が支木に衝突し、丸い瓶が空高く飛び出す。

 勢い良く飛び出した丸い弾は、どんどん小さくなってゆく。

 最後には丸い粒のようになった弾が地面に到着すると同時に割れて砕け散り、中に詰まっていた粉とおぼしき物を周囲へとぶちまけるのが辛うじて見えた。

 その瞬間、どすんという今までに無い重みを伴ったすさまじい爆発音が轟き、キノコ型の爆炎がルシーリウス軍のあちこちに立ち上がった。

 思わず遠くに居るシレンティウム軍の兵士達がのけぞってしまうほどの爆発と閃光は、わずかに遅れて届いた衝撃波とともに最前列で盾を構える兵士達を揺さぶる。

 衝撃と爆発、閃光はルシーリウス軍の兵士達の悲鳴や絶叫、怒号とともに断続的に続き、その恐ろしげな光景に味方である北方軍団兵たちも生唾を飲んだ。

 炎に巻かれた兵士達は一瞬で真っ黒に炭化し、爆発に巻き込まれた兵士達は絶叫と共に体の一部を吹き飛ばされつつ宙を飛ぶ。

 真っ黒に焦げた物体がばらばらと周囲に降り注ぎ、飛び散った火の粉を振り払おうとして失敗した兵士たちが悲鳴を上げる。

 爆発の衝撃で頭を揺さぶられたり、耳をやられたりした兵士達が倒れ伏していた。

 未だ相手との距離があり余裕があるにも関わらず、ルシーリウス軍の兵士は重兵器隊の連射とその攻撃のもの凄さにすっかり意気を削がれてしまう。

 しかし、大軍の利点かはたまた弱点か、後退命令も停止命令も未だ出ず、無頼とは言えこの大軍の中にあっては勝手に逃げ出すことも出来ず、多くの兵士達は前へと進む他無いのだった。




「…スイリウスさん…ぶっ飛ばしすぎだろう…」

『あの発明女史、いささか頭がぶっ飛んでいるのであろう…』


 後衛となる本陣で、次々と発射される爆裂弾がルシーリウス軍の前衛から中段にかけてまんべんなく炸裂する様子を見ていたハルとアルトリウスが冷や汗をかく。

 スイリウスが発明した爆裂弾は東照から伝わった花火に使われている火箭薬を改良した爆裂薬を使用したものであるが、弾単体での爆発力は持っていない。

 少しでも火に曝してしまうと爆発したり、燃えてしまったりする為繊細な取り扱いが必要で、そのことからスイリウスと工兵隊の面々は何度かの実験における失敗を経て爆裂弾単体での使用を断念し、事前に特殊火炎弾などで敵陣に火の気がある状態で使用する事にしたのであった。


 この花火を伝えたのは、何を隠そう薬事院教授の鈴春茗。

 学習所や薬事院を訪れる、主に子供達に披露した飛行花火の噂を聞きつけたスイリウスがその製造方法と使用方法を教わったという経緯があった。

 東照において武器という分野であれば、火箭薬は文字通り火箭として使用されている。

 しかしこれはあくまでも火箭を飛ばす燃料としての使用であり、火箭薬そのものが持つ爆発力を兵器にしようという発想は、その制御の難しさや運搬手段の欠如から誰も持たなかった。

 それをスイリウスは火箭薬の持つ推進力の大元であるところの爆発力に注目し、この爆裂弾を完成させたのである。


「花火が爆裂弾に変わってしまうと言うのは…ほんとうに物って使い方次第ですね」

『うむ、全くである』


 爆発と火炎に巻かれ、世にも恐ろしい地獄さながらの様相を呈しているルシーリウス軍の前衛の様子を、ハルとアルトリウスは引きつった顔で眺めるのだった。




 ルシーリウス軍陣営


「なっ?なんだこれはっ!おいっ冗談じゃ無いぞ!」

「落ち着いてください若、これは…おそらく重兵器からの一斉射撃で御座います」


 爆炎に包まれた前衛の歩兵達を見て、慌てふためくヴァンデウスをグラティアヌスがたしなめた。

 その間にも前衛から中段の歩兵達は火炎に巻き込まれ、爆発で吹飛ばされている。


「じ、重兵器だと?こ、こんなもの凄い威力があるのか?!」

「いえ、本来帝国で使用している火炎弾はここまで威力はありませんし、ましてや…炎を伴って破裂する事など御座いません。これはおそらく辺境護民官軍の秘密兵器で御座いましょう」

「ひえっ…ひ、秘密兵器だとうっ!?」


 落ち着いたグラティアヌスの言葉の間にも、動揺を抑えきれないヴァンデウス。

 前衛では更に爆炎の閃光が次々に煌めき、地面を揺さぶる程の衝撃と轟音が轟いている。

 爆裂する炎を避けようと兵士達が右往左往するが、大軍であるのでそれほど移動も出来ない上に、まんべんなく降り注ぐ特殊火炎弾や爆裂弾に、折角逃げた先で炎や爆発に巻き込まれるのが関の山である。


 悲鳴と絶叫が爆発の間に響き渡り、焼け爛れた半身を晒して泣き喚く者や、手足を爆発で吹飛ばされて立ち上がることすら出来ず、うめき声をあげる者も居る。

 絶対の有利を確信していた無頼の集団は、炎と爆発の洗礼を浴びてその自信と確信を木っ端みじんに打ち砕かれ始めていた。


「ど、どうしたらいいんだ!?」

「どうもこうも御座いません。このまま進むだけで御座います」

「な、何?俺たちも射程に入ってしまうじゃないか!」


 グラティアヌスは怖気をふるっているヴァンデウスを気にする事無く、ごく平然と言い放つ。


「心配ありません、このような特別な物、弾数はそうあると思われません。我らは20万近い大軍、動揺せず数で押せば良いのです。いかな威力のある弾といえども我ら全員を吹き飛ばすほどの数も威力も御座いません」

「しっ、しかし俺たちに当たったらどうするんだ?」


 後衛に届き始めた爆発を気にしつつ尋ねるヴァンデウスに、グラティアヌスは辛抱強く説明した。


「大丈夫で御座います、あの弾は効果を見るに歩兵を薙ぎ払うための物。騎兵や散兵にはそれほど効果は御座いませんし、弾数が限られている以上そのような使い方も致しますまい。若、大丈夫です。動揺せずこのまま押し出せば兵数差で勝てます」

「そ、そうか?」


 爆発に身を竦ませながらも力強い家令の言葉に、ヴァンデウスはようやく落ち着きを取り戻した。


「では、このまま前進だ!」

「は、心得まして御座います」



 シレンティウム軍本陣


『ふむ、なかなか崩れんであるな』

「そうですね、やっぱり数が多すぎますね」


 アルトリウスがぴくりと片眉を上げて言うと、ハルも頷きながら応じた。

特殊火炎弾と爆裂弾が次々と炸裂し、少なくない兵士達を焼き、焦がし、吹飛ばし、絶命させ、再起不能にしているがルシーリウス軍は一向に歩みを止める気配が無い。

 ここの兵士達を見れば右往左往している者も居るし、何とか射程から外れようとあがいている者も居るが、軍としてみた場合全く動揺が無いのだ。


「やっぱりグラティアヌスさんは一廉の指揮官でした」

『うむ、それは間違いなかろうが…ふふふ、まあ、やせ我慢が何時まで持つか試してみるのである』


眼下に据えられた重兵器の後ろに、山と積まれた特殊火炎弾と爆裂弾、更には未だ荷車に積んだままのそれらの予備弾を見てアルトリウスが不敵な笑みを浮かべる。


『まあ、人間時には我慢も必要であるが、し過ぎるとろくな結果にならんのである』

「経験譚ですか?」


 ハルの質問に、アルトリウスは少し言い難そうに答えた。


『まあ……そうであるな。我にも色々あったのだ』

「え?我慢したんですか?」

『ハルヨシめ…本当に最近可愛げがないのであるっ』


 ハルの言葉に、アルトリウスはぽそりとつぶやくのだった。


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