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第18章 帝国内戦 内戦前夜篇

すいません、更新が遅くなりました。

 翌日、帝都中央街区・貴族街、ルシーリウス卿・帝都邸宅


「皇帝が死んだ…当分は隠しておくつもりだが…」


 ルシーリウス卿の言葉で、部屋にいた貴族達の顔が凍り付く。


「い、何時ですか?」

「恐らく昨日だ、看取った者が誰もいないので分からない…朝に食事係が発見した」


 どもりながらも辛うじてそう聞いたプルトゥス卿に、ルシーリウス卿は苦虫をかみ潰したような顔で答えた。

 ルシーリウス卿から元老院の閉鎖を命じられ、主立った者は屋敷へ集合するよう早朝に使いが来た事で、不審に思っていた貴族達の顔が強ばる。

 これは一大事である。

 皇帝が後継者を指名せず、また誰に後事を託すでも無く崩御してしまった。

 もちろん、ユリアヌスを指名はしていたのであるが、これは現在のルシーリウスが主導する元老院の承認を得ていないので無効である。

 一つ間違えれば帝国は分裂してしまい、血で血を争う戦乱の時代が来てしまうだろう。

 しかし、ルシーリウスは落ち着いて口を開いた。


「勅命をこの機会に幾つか出したいと思うのだ」


 また余りの言葉に、衝撃から立ち直りかけていた貴族達の顔が再び凍り付く。


「しかし…それは偽勅となります、帝国で最も重い罪の一つですぞ?」

「…いいんじゃねえのか?皇帝が死んだ事を知っているものはいないんだろう?」


 タルニウス卿が絞り出すように言うと、軍総司令官に就任したヴァンデウスが面白そうに言った。


「ああ、皇帝の遺体を発見した食事係はすぐに殺した。この事を知っているものは我々以外にはいない」


 息子の台詞に気を良くしたのか、ルシーリウス卿は笑みを浮かべて言った。


「いや…それは…しかし」

「…出す勅命は他でも無い、ユリアヌスの廃帝と辺境護民官の罷免だ。元老院で出した罷免決議よりも、任命権のある皇帝による罷免の方が打撃が大きいだろう。海軍とシレンティウム同盟という実力を手に入れてしまった奴らに今となっては手遅れの感も有るが、国内外の勢力に対して正統派はこちら側だと広く知らしめる事が出来る」


 躊躇するタルニウス卿らに対して、畳み掛けるように言葉を継ぐルシーリウス卿。

 そしてぐいっと部屋を睨め回す。

 気圧された貴族達を代表してタルニウス卿が言葉を濁しつつ答えた。


「うむむ…それはそうですが…」

「ま、心配すんなって、ざっとで動かせる兵は10万以上ある。この軍がありゃいくら辺境護民官だって俺たちに勝てやしないだろ。ユリアヌスの海軍なぞ陸戦じゃ役にたたねえしな!」

「…うむ、その通りだ、本来であれば策を弄するまでも無い事だが、西方諸国や東照帝国の動向が気になるし、戦後は奴らとも一定の関係を築かなくてはいかん。故になるべくユリアヌスめに味方が増えぬようにしたい、それに反逆者認定してしまえば傭兵達は契約に躊躇するだろうし、市民や臣民は支持しにくかろう?」


 ルシーリウス父子の説得と説明、恫喝に顔を見合わせていた貴族達がようやく折れる。


「…紙一重ではありますが、効果はあると思います。しかし余りおすすめ出来ない手段ですぞ」

「それは分かっている、こんな事が出来るのもここ一月だけだろう。では、勅命を早速出そう。ハル・アキルシウスの罷免とユリアヌスの廃帝だ!」

「…では、勅命書の作成に取りかかります」


 タルニウス卿が渋い顔でゆっくりと立ち上がると、ヴァンデウスがそれに続いた。


「ふっ、親父、俺はあの辺境護民官と勝負してくるぜ」

「くれぐれも油断するな」


 ルシーリウス卿がはしゃぐような口調で言う息子を窘めるが、ヴァンデウスは意に介した様子もなく言い放つ。


「はん、誰にものを言ってるんだ?俺は軍総司令官のヴァンデウスだぜ!俺より強いヤツは此の世にいないっ!所詮蛮族は蛮族、北の蛮族に帝国の鎧を着せたところで何も変わりゃしねえって」

「…まあ良い、万が一にも負ける要素は無いからな…帝都周辺の貴族派貴族からの応援も得られた、存分に戦ってこい」


 些か呆れ気味ではあるが、ルシーリウス卿は兵数に格段の差があるためよもや負ける事は無いだろうと考え、ヴァンデウスを送り出す事にした。

 それに、貴族派貴族の私兵が続々と帝都へ到着しているため、兵数はかなり脹れ上がっており、このままの調子で増えるのであれば、帝都の抑えと辺境護民官への対処は同時に出来るだろう。

 既に帝都の兵数は15万を超えていた。

 帝都の押さえとして5万ほど置いておいても、続々増える貴族の私兵達を集めればまだ兵力に余裕はある。

 ルシーリウス卿が掛けた言葉に、ヴァンデウスはにたりと笑みを浮かべて答えた。


「任せろ!」




 3週間後、コロニア・リーメシア、市長室


 普段は広く感じる市長室であるが、今日この時に限って言えば些か狭いと言わざるを得ないなと、コロニア・リーメシア市長のパーンサは自室でもある市長室を見回す。

 ポゥトルス・リーメスからやって来た副皇帝ユリアヌス。

 帝国第1軍団軍団長カイウス・ロングス。

 帝国第4軍団軍団長ノニウス・トレボニウス。

 帝国第10軍団軍団長プブリウス・セリキウス

 帝国海軍遊撃艦隊司令官アウルス・デルフィウス。

 北方辺境からやって来た辺境護民官ハル・アキルシウス。

 コロニア・メリディエト市長にして、第22軍団軍団長デキムス・アダマンティウス。

 第21軍団軍団長代行ルーダ。

 第23軍団軍団長ベリウス。

 シレンティウム軍団軍団長シール。

 アルトリウス軍団軍団長テオシス。

 フェッルム軍団軍団長デリク。

 シレンティウム特殊工兵隊長クイントゥス・ウェルス。

 そして、コロニア・リーメシア市長の自分、セクストゥス・パーンサが勢揃いしているのである。



 シルーハ撤退直後、ユリアヌスの廃帝とハルの辺境護民官解任がマグヌス帝の勅命により帝都で宣言されたがいずれも一笑に付される。

 ハルから離れる者は1人として無く、またユリアヌスに従っている者達も引き続き忠誠を誓ったのだ。

 その一方、シルーハ王はマグヌスの意向を支持し同時に講和の呼びかけを行った。

 軍が壊滅してしまったシルーハ側からすれば帝国との講和以外にこの戦争を収める方法が無いのである。

 彼らからすれば直接対決して敗れた辺境護民官や、ティオン市を占拠し艦隊を壊滅させられた海軍が大きな位置を占めるユリアヌス派よりも、渡りを付けていた貴族派貴族との交渉の方がやりやすいと考えたのだが、これが逆にシルーハと貴族派貴族の関係に信憑性を与えてしまう。



 ユリアヌスは一時的にここコロニア・リーメシアを副皇帝府となし、各地の軍団長や総督達に参集を呼びかけた。

 南方大陸での大敗やシルーハの侵攻と共に帝都の異変は既に帝国中に知れ渡っており、ユリアヌスの宣言で帝国の臣民達は帝国に内乱が起こったと激しく動揺する。

 しかしながらこれはユリアヌス側からすれば予想の範囲内の反応であり、むしろ積極的に情報を流したのはユリアヌスであったのだ。

 南方大陸派遣軍臨時総司令官のカトゥルスから、ユリアヌスの指揮下に入る旨の返事が送られて来ているが、これは海軍を掌握したユリアヌスに従わなければ兵や物資の補充が受けられない事と無縁では無い。

 カトゥルス個人は清廉な軍司令官であり、帝都の異変を知ってユリアヌスに従うつもりであったが、他の司令官達や将官達はそうで無い者もいる。

 無論、仲間割れを出来る情勢に無い事も大きいが、カトゥルスは補給を握っている者に従うという理由で軍閥に近い他の司令官や将官達を説得して南方大陸派遣軍をまとめたのであった。


 その他の軍団長や総督達、それに国境守備隊長達は大半が中立を保っている。


 ある者は、ユリアヌスが正式に皇位を継承すれば従う旨を通知してきており、ある者はあからさまにユリアヌスの呼びかけを無視した。

 いずれにせよ、ユリアヌス側にとって力を貸してくれる者は少なく、現状では自身で立て直した帝国海軍とハルだけがユリアヌスの軍事的な実力である。

私費を投じて雇った1万2千とハル率いるシレンティウム軍が4万余り、それに第1軍団長であるロングス率いる帝国軍3個軍団の残兵1万2千。

 対する貴族派貴族は私兵を続々と帝都へ招き入れ、既に20万近い兵数となっていた。

しかし権力に近い所に居た者達ほど私兵達の無秩序振りを承知しており、これを破りさえすれば彼らはユリアヌスに従うだろう。

 

 一方一足早くロングスはアダマンティウスの説得に応じ、取り敢えずはユリアヌスに従う事を表明したのであるが、これは帝都から引き離された事やシルーハの動きから貴族派貴族が権力奪取のために自分達をダシにした事を知ったからである。

 もちろん、アダマンティウスも積極的にその証拠を示して説得した事もあった。

 また、精強な辺境護民官軍が東部諸州を解放してその傘下に収めており、これに従わなければ食糧や武器の補給を受けられず、行き場も無いというやむを得ない理由もある。

 帝都に戻ったところで任務不達成を理由に兵を奪われ、解任されるのが関の山である事はロングスや他の軍団長も十分承知しており、彼らは味方すれば敗戦は不問に付すというアダマンティウスを通じたユリアヌスの誘いに乗ったのだった。


 帝都の様子は逃れ出てくる市民や、良識ある貴族から漏れ聞こえてきている。

 更には使者として帝都へ派遣した第3軍団千人隊長カミルスから詳細な報告がなされた。

 早馬を乗り継ぎ、急ぎ戻ったカミルスであったが、急な呼び出しにも嫌な顔一つせず、直ぐに市長室へとやってくる。


「帝都はどうだった?」


 市長室へ着くなり帝都の様子をユリアヌスから尋ねられたカミルスは、よどみなく言葉を紡いだ。


「帝都は最早まともな治安が維持されておりません、私兵と称する無頼共に乱暴狼藉の限りを尽くされておりました。元老院はどうやらルシーリウス卿の主導で貴族派貴族によって掌握された模様です。私が皇帝陛下に報告をと申し上げても取り次ぎをせず、元老院議場で報告をさせられた挙げ句に何の沙汰もなしに帰されてしまう始末です。ちなみにその時議場にいた元老院議員は全てが貴族派貴族でした。私の見知っている軍司令官級の議員や官吏出身の議員は1人もおりませんでした」


 カミルスの報告にある者は息を呑み、またある者はため息をつく。

 事態は想像した以上に悪化しており、最早一刻の猶予も無い。

 下手をすれば皇帝や反貴族の元老員議員は既に害されている可能性すらあった。

 ハルはカミルスに質問を重ねた。


「…我々が探りを入れてきたと勘ぐってはいませんでしたか?その他に変わった様子は見ていませんか?」

「報告の意図に気付いた様子はありませんでしたが他の事は何とも。何せ報告が終わるなり議場を出されましたので…帝都は酷い有様でしたが、事細かにものを見ている時間はありませんでした。うかうかしていると私も私兵の尋問を受けたかも知れません」


 カミルスは肩をすくめてハルの質問に答えた。

 しばらくの沈黙の後にユリアヌスが徐に口を開く。


「いずれにせよ帝都は解放しなければいけないか…」

「そうは言いましても殿下、今のままでは帝都に籠城されでもしては我々に勝ち目がありません。兵糧攻めをしかけても相手の方が兵力の多い状況では包囲は不完全なものとならざるを得ませんし、第一帝都市民に負担が大きすぎます」

「うむ、解放したは良いが、餓死寸前の帝都市民から怨嗟の目を向けられても困るか…」


 ユリアヌスの言葉にロングスが困ったような口調で応え、更にはアダマンティウスが顎髭をしごきながら補足した。

 ロングスの言うとおり、兵糧攻めを敢行した場合一番割を食うのは帝都市民であり、また20万の軍を半分程度の軍で閉じ込めるには無理がある。

 ユリアヌス側としては敵を野戦に引きずり出したいところであった。

 思案し始めたユリアヌスら帝国側の首脳に、クイントゥスが声を掛ける。


「…無駄にプライドだけは高い連中です、挑発すれば出てくるのではありませんか?」

「そうだな…帝都の元老院宛に議事停止の布告を出そう。それから帝都市民向けに現在の帝都の惨状を基にした檄を飛ばす」


 議事停止とは元老院が機能不全に陥ったと判断した皇帝や副皇帝が布告する非常事態宣言であり、元老院の同意があって初めて布告出来るのであるが、ユリアヌスはこれを一方的に布告して挑発しようというのである。

 元老院に拠って立つことを宣言しているルシーリウス卿にとって苛立つ布告となろう。

 ユリアヌスが顔を上げて答えると、ハルがその後を引き継いだ。


「市民への対策や広報はシレンティウムの工作員にやらせます。帝都に忍び込んで噂をかき立て、貴族派貴族の臆病振りと不甲斐なさを広めましょう」


 ハルの言う工作員とはもちろん陰者達の事である。

 ハルは軍に必ず数名の陰者を同行させているが、アダマンティウスが率いてきた軍の陰者と併せて10名程度の陰者がいる。

 これを使って諜報活動と併せて妨害工作や流言飛語を仕掛けようと言うのだ。


「それから、貴族派貴族の私兵軍と正面からぶつかるのはシレンティウム軍に任せて貰いたいんですが、どうでしょうか?」

「それは肯んじ得ない!」


 ハルの言葉が終わるやいなや、ロングスが声を荒らげた。


「いかに内戦と雖も正面を受持つのは我等帝国正規軍に任せて貰いたい!」

「私たちも一応は帝国の正規軍ではあるのですが…」

「何っ!?」


 ハルが困ったように返すと、帝国軍の軍団長達がいきり立った。


「まあ、待たないか。辺境護民官殿には何か策があるのであろう?反対するのはそれを披露して貰ってからでも遅くはあるまい?」


 辺境護民官の配下であるが、帝国軍最古参の将官でもあるアダマンティウスの取りなしで、一応ロングスらは納得して浮かし掛けた腰を下ろす。


「では…」


 徐に切り出したハルの作戦に一同は耳を傾ける。

 間もなく内戦が始まろうとしていた。



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