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第17章 決戦(その4)

 シレンティウム軍正面



 西方諸国風の長槍装備に白い丸盾、アスファリフ子飼いの重装歩兵傭兵達は得意の密集方陣を組み、シレンティウム軍正面にあたって来た。

 シレンティウム軍でこれを受け止めるのは、正面に配置されたシレンティウム軍団とフェッルム軍団である。

こちらを任されているのはかつてハルに従い部族を飛び出したアルペシオ族のシールとアルゼント族のデリク。

 シールは族長であるガッティの孫でシレンティウム軍団軍団長を務め、デリクはフェッルム軍団の軍団長を務めている。


 いずれも第21軍団の千人隊長として訓練と実戦を経験し、成長してきた各部族の次代を担う有望な人材である。

 血気盛んな祖父の血を存分に受け継ぎ、若者らしい無鉄砲なシールに対し、デリクはクリフォナム人の中でも知性派で通るアルゼント族出身らしく寡黙で真面目。

 性格は正反対の2人だが、近隣部族としては珍しくこの2つの部族は昔から友好的であることから交流が盛んで、かく言うこの2人も幼馴染みで仲が良い。

 そう言った理由からイネオン河畔の戦いではガッティが両部族の戦士を束ねて率いていたのである。

 その2人がハルから言われているのは、過剰な攻勢や突出に気を付けてなるべく前線を持ちこたえる事で、これは敵の主力歩兵である重装歩兵傭兵を拘束するのが目的であると2人は理解していた。


「変に意識して下がる事は無いぞ!攻め立てられる場面があれば積極的に攻勢を掛けるんだ!」


 威勢良く配下の北方軍団兵へ指示を飛ばすシール。

 対するデリクは物静かな様子で伝令に命令を伝える。


「なるべく投射兵器を使って足止めをするように」


 2人が命令を伝え終わったところで正面での衝突が始まった。

 喊声を上げ、槍を正面に突き出して迫る重装傭兵に対し、北方軍団兵は手投げ矢の雨を振らせ、大楯で槍の穂先をかわして持ちこたえる。

 時折盾の隙間をぬうように突き出される長槍の穂先を後列の北方軍団兵が切り飛ばした。


「いいぞ、粘れ!」


 シールの励ましに答え、北方軍団兵が鬨の声をあげて楯を前に突きだした。

 長槍が跳ね上げられ、慌てた重装傭兵が槍を構え直す隙を突いて手投げ矢が投じられる。

 鋭い刃音とともに手投げ矢が最前列の重装傭兵を撃ち抜くが、その隙間を後列の重装傭兵が素早く埋めて付け入る隙を与えない。


 再び拮抗状態が生まれ、正面はシルーハ、シレンティウムの双方が譲らず、膠着状態に陥った。





 シレンティウム軍右翼


 ベリウスは苛烈なシルーハの傭兵騎兵の突撃に焦ってはいたが、何とか戦列を維持し続けていた。


 再びの強烈な突撃が加えられ、最前列の北方軍団兵達が絶叫を残して馬蹄に踏みにじられる。

 短槍が馬上から繰り出され、燦めく穂先が楯の上から北方軍団兵の身体を貫いていた。

 味方の陣から血飛沫と悲鳴が上がる。

 シルーハの一般的な戦法は、まず弓騎兵による弓射が行われた後の突撃であるが、この傭兵達はそんな定法を無視して一気に突っ込んできた。


 てっきり最初に弓射が行われると思って防御に徹していた第23軍団は、たちまちの内に距離を詰められてしまい、あっという間に踏み破られてしまったのだ。

 手投げ矢を投げる遑さえ無く迫られ、大楯を構えて馬体を防ぎ止めようとした最前列の北方軍団兵達であったが、いかな大柄なクリフォナム人とは雖も馬の突撃に敵うはずも無くあっさり戦列を食い破られたのである。


 何とか乱戦に持ち込んで馬の突撃を防ごうとしたベリウスだったが、傭兵騎兵の巧みな馬術に翻弄され、剣を構えて突撃する北方軍団兵が次々に討たれてしまう。

 後方から迫った北方軍団兵は馬の強烈な後ろ蹴りを受け、大盾ごと身体を叩き割られた。

 また別の北方軍団兵は横から突きかかったが馬の体当たりを受けて吹っ飛ぶ。

 正面から馬の首筋を狙った北方軍団兵は、兜の上から槍を叩き付けられて昏倒した。

 たちまち第23軍団の戦列は乱れて混乱に陥る。

 再度の突撃のために騎兵傭兵が一旦離れた時間を使って何とか戦列を組み直しはしたものの、その衝撃と被害は甚大であった。


 1万の騎兵に5千余りの歩兵という、兵科だけで無く兵数の劣勢も響く。


「ぐっ…これ程とは…」


 ベリウスは悔しそうに歯がみするが、失ってしまった兵士は戻ってこない。

 最初から騎兵の援護は受けられない事になっていた第23軍団であるが、強烈なシルーハ騎兵の攻撃にたちまち士気を落とした。

 しかしここで退いてしまったり敗走してしまえば、今度はこの強烈な突撃を正面で敵の重装傭兵と拮抗状態にあるシレンティウム軍団とフェッルム軍団が横撃を受けてしまう。


「持ちこたえろ!」


 普段寡黙な軍団長が絶叫した事に驚く第23軍団の北方軍団兵達であったが、すぐにその意を汲み取り気力を盛り返した。

 大楯を構え直し、戦列を組み、槍を突き出して騎兵突撃を牽制する。

 見違えるように混乱から立ち直った第23軍団は鬨の声をあげた。

 しかしそれでも劣勢は覆らず、シルーハの傭兵騎兵達は気勢を上げて猛烈な突撃を繰り返し、第23軍団は敗走こそしないものの次々と兵士を失っていくのだった。




 シルーハ軍本陣



 戦陣を眺めてアスファリフは快活な声を上げた。


「ははっ!やるな北の護民官!こっちの右翼騎兵は壊滅か…すぐに混乱を収拾しろ」


 アスファリフの指令を受けて部将の1人が壊滅して敗走しているシルーハ騎兵を収拾するべく本陣を離れる。

 そしてシレンティウム軍の歩兵はやはり強い。

 正面を望見するアスファリフの目に、今までのように戦列を打ち破れず膠着状態に陥っている味方の重装歩兵傭兵の姿が映った。

 更に目を左翼に視線を移したアスファリフはにんまりと笑みを浮かべる。


「左翼は貰った!すぐに南方歩兵を投入しろ!」


 アスファリフは今回前線には出していない南方歩兵の投入を命じた。


「まだ早くありませんか、もう少し騎兵で敵の戦列を崩してからでは?」

「馬鹿言ってんじゃねえよ、こっちも右翼がやられてんだ、今こそ追討ちを掛けなきゃならんだろ。騎兵は追撃戦にも使う、一旦下げさせて休憩させろ。その穴に南方歩兵をまとめて突っ込め!」


 部将の一人が助言をするがアスファリフは取り合わず、命令を繰り返す。

 その助言をした部将は、再度の命令に黙って一礼をアスファリフに送ると南方歩兵を指揮するべく本陣から離れた。


「さあ、ここが勝負所だ!本陣で右翼を固めるんだ。北の護民官軍が雪崩れ込んでくるぞ!」


 アスファリフの命令で本陣の騎兵と重装歩兵傭兵が動く。

 アスファリフは本陣を囮にしてシレンティウムの騎兵を受け止め、その間にシレンティウム軍の主力である北方軍団兵を壊滅させようと目論んでいた。

 ただし、本陣に置いてある重装歩兵傭兵は長槍を装備していない。

 これは予備としてどこへでも投入出来るように汎用性を持たせるためと、効果的な密集方陣を組めるほど兵数が無いためで、重装騎兵を受け止めるには少し荷が重いが、アスファリフは本陣は囮と割り切って考えていた。


 当初は両翼の騎兵での包囲殲滅を狙ったのだが、自軍の右翼騎兵が敗走したので戦略を変え、シルーハ軍左翼からの側面包囲攻撃に切り替えることにし、その為総予備で取っておいた南方歩兵を一気に左翼へと投入することにしたのである。

 勝利を描くアスファリフは、敵の騎兵が来る方向を見てにやりと笑みを浮かべた。


「なかなかやるが…これで勝負は終わりだ、なかなか楽しかったぜ!」




 シレンティウム軍騎兵団、戦場の西側


 疾走する馬上にあるハルの肩へ更に乗る、アルトリウスが風音に負けない声で言葉を発した。


『ハルヨシよ!敵の本陣がこちらに回ってきておる…恐らく本陣で我等を受け止め、反対側で勝負を賭けるつもりであろうな!』

「そうですねっ。右翼が心配ですが、今はベリウスさんに耐えて貰う他ありません!」


 ハルが風に散りがちな声を張り上げて応じると、アルトリウスが頷く。


『うむ、我等が敵本陣と交戦を始めれば、すぐに合図を出させるが良かろう!』

「…いよいよですか…」

『いよいよであるっ』


 未だ正面では北方軍団兵と重装歩兵傭兵がその持てる力を出し合ってせめぎ合いを続け、一進一退を繰り返している。

 一度は敗走寸前にまで追い込まれた右翼の第23軍団はベリウスの督戦で持ち直し、損害を出しつつも敵の騎兵の攻撃を持ちこたえている。

 左翼は騎兵を撃破したシレンティウムの重装騎兵が間もなくシルーハ軍の正面と衝突しようとしていた。


 一番恐れていた密集方陣はどうやら敵本陣には存在せず、いるのは重装歩兵ではあるが盾と剣それに短い槍を装備した部隊のようである。


「合図を出せ!」


 ハルが後ろに向かって叫ぶと、重装騎兵の一騎が持っていた大きな黄色い旗を解いて上げる。

 しばらくそのままの状態で走り、十分に黄色い旗が見えた頃合いを見計らってその騎兵は旗を巻き、鞍の下へとしまった。


「…突撃!」


 うおう!!


 ハルの号令でシレンティウムの誇る重装騎兵がシルーハ軍本陣に向かって疾走を開始した。




 シレンティウム軍正面


 左翼に靡く黄色い旗を見て取ったシールとデリクの2人は素早く副官に黄色い旗を揚げさせた。

 そしてシルーハ軍の密集方陣から少し陣を退くと、戸惑うシルーハ軍が進撃を躊躇している隙を突いて後方の兵の間隔を空けさせた。

 開いた隙間に素早く駆け込んできたのは後方で待機していたアルトリウス軍団の北方軍団兵達である。

 アルトリウス軍団を率いるのは、ベレフェス族長ランデルエスの長子テオシス、そしてその兵士達が手にしているのは剣でも槍でも無く奇妙な形をした弩であった。

 その弩は上部に箱が装着されており、その中には丁寧に積み重ねられたこの弩専用の矢がぎっしりと詰まっている。

 テオシスは黄色い旗が揚がるのを今か今かと待ち望んでいたのだが、ついにその旗が揚がると一気に兵士達を前進させる。


「急激前進!陣を組めっ」


 そしてシレンティウム軍団とフェッルム軍団が築いた盾壁の間に兵士達が到着すると、次の号令を下した。


「連続一斉射撃始めっ!!」


 がしゃんと機械的な音がすると同時に、直進的な弩の短い矢が次々と盾の上端から放たれた。

 放たれた威力たっぷりの矢は上質な盾や鎧をものともせず、シルーハの重装歩兵傭兵の身体を食い破る。

 ばたばたと前列の兵士が倒れた事に一瞬驚いたシルーハの傭兵隊長はそれでも直ぐさま穴を埋めるべく後列に前進を命じた。


「後列進め、密集方陣を崩すな!」


 如何に威力のある弩とは言え連射は出来ない。

 一斉射で生じた隙を突いて乱戦に持ち込むつもりだろうが、すぐに距離を詰めて接近戦に持ち込めば大事は無いのだ。

 しかし折角埋めた穴は再びの弩の一斉射によって討ち破られた。

 鋭い風切り音を伴って飛来する弩の矢は、易々と重装歩兵傭兵の鎧を貫通し、盾を打ち抜いて傭兵達の身体に突き刺さる。


 山形に頭上から迫る普通の矢であれば、後衛の兵士が長槍で払い落として防ぐ事が出来るが、直線的に飛ぶ弩の矢は盾で防ぐ以外に術が無いが、その盾が十分機能しないほど威力のある弩は本来連射の利かない拠点防御用や攻城用の物であるはず。

 しかしそれが野戦で使われているだけでなく、連射できるとなれば驚かない方がおかしい。


「な、なんだとっ!?」


 驚く傭兵隊長の周囲にも次々と弩の矢が鋭い風切り音と共に飛来し、重装歩兵傭兵が打ち倒されてゆく。

 血煙が舞い、戦列が乱れる。

 止むはずの弩の矢が止まない。

 少し待てば、我慢をすれば止むはずと高を括っていた傭兵達の顔が引きつり始め、ついには更なる弩の斉射に図太い傭兵達も流石に動揺し始めた。


「今だ!突撃!!」


 最期の一斉射が終了すると、乱れたシルーハ軍の陣へシールとデリクの指揮を受けた北方軍団兵が手投げ矢を数回投げた後、一気に剣を振りかざして突撃を掛けた。

 その間に撃ち尽くした矢を箱へと装填するべくテオシスは弩兵達を下がらせる。

 たちまち混戦に陥る最前線。

 手投げ矢で更に陣形を乱され、密集方陣が完全に崩されてしまった重装歩兵傭兵は、今や文字通り無用の長物と化した長槍を捨てる事も出来ないまま、剣に抗うすべなく討ち取られてゆく。

 北方軍団兵の剣を首に受けて血煙に沈む傭兵。

 盾をかざすも同僚兵士の槍に邪魔され、もたついた隙を剣で突かれる傭兵隊長。

 手投げ矢を胸に撃ち込まれて崩れ落ちるシルーハ兵。

 また別の場所では短剣を抜いて抵抗するも、袈裟懸けに切り下ろされたシルーハ兵が絶叫する。

 北方軍団兵の歓声と剣戟の音が重装歩兵傭兵の絶叫や悲鳴と重なった。

 それまでの鬱憤を晴らすかのような北方軍団兵の苛烈極まりない攻撃に、歴戦の傭兵達に怖気が走り、ついに後方の傭兵達が槍を投げ捨てて逃走し始める。


 更に別の喊声が上がった。


 シレンティウム軍左翼にいた第21軍団が、敵軍からの圧力が無くなったので側面からシルーハの重装歩兵傭兵が作っている密集方陣の側面を押し込んだのだ。

 手投げ矢を次々に投擲し、全く長槍の無い側面から攻撃を始めた第21軍団の圧力に抗しきれず、シルーハ軍正面の右側が潰走を始める。


「逃がすな!」


 鋭い命令が飛び、再び前線に進出してきたテオシス率いるアルトリウス軍団の弩兵が背を見せたシルーハの傭兵達をばたばたと打ち倒した。


「後は任せた!こっちは第23軍団の援護に回る!」


 前線へ出てきたシールとデリクに、テオシスはそう声を掛けると、配下の弩兵達を率いて右翼へと向かった。


「おう!頼んだぞ!」

「こっちはもう大丈夫です、任せておいて下さい」


 その後ろ姿に返事の言葉を掛けたシールとデリクは、更に前線を押し上げるべく北方軍団兵を前進させた。


「このまま本陣を衝くぞ!」


 シールの言葉に笑顔で応じたデリクは、きっと前を向き、アスファリフの本陣へ今正に襲いかかろうとしているハル直卒の騎兵団を見つめるのだった。


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