第2章 昔語り ハル篇
何とか説得の末、エルレイシアを引きはがし、結符を未練がましくいじるハル。
しばらくは静かに時が過ぎるが、アルトリウスが徐に口を開いた。
『・・・では、そろそろハルヨシの過去でも語って貰おうか。』
「・・・正直気は進まないのですが。」
ハルとしてはこのまま眠気に誘われたふりをしてしまいたい所であったが、めざとくアルトリウスが声を掛けてきたことに、舌打ちしたい気持ちを抑えて言い渋る。
「私とアルトリウスさんの話を聞いたのですから、ハルも話さないといけません、ずるいです。」
「・・・わ、わかった。」
身を乗り出して自分の側へ近づこうとするエルレイシアに気圧されるハル。
好奇心を隠そうともしない1人と1体の視線に晒され、ハルは、はあ、とため息を一つついてから、ゆっくりと語り始めた。
ハルが生まれたのは群島嶼地方でも南部にある功張州。
今の帝国新領ク州である。
気候は温暖で雪などは滅多に降らず、2回の雨期で特産物である米の収穫も2回可能であるため、平坦地は決して多くは無いが、豊かな地である。
畜産は養鶏や養蜂以外は余り盛んでは無いのは平坦地が少ないことと無縁では無く、急な斜面と温暖な気候を利用した柑橘類等の果樹や、油を採取する為の油樹や黄櫨の栽培が盛んで、採取された油や蝋は群島嶼各地に限らず、果ては帝国やシルーハまで海路で運ばれていた。
人々は勇猛で、少々短気のきらいはあるものの、陽気で朗らかな気質である。
政治体制は大氏と呼ばれる実力者が諸州に君臨し、さらにその大氏に仕える少氏や地士、土豪が割拠する分封制。
南部の群島嶼は主立った大氏が27あり、群島嶼はこの27氏の連合制で成立っていたのであるが、それぞれ独立性が強く、互いに相争うことも多々あった。
一致して当たるのは外敵に対する防備の際で、27氏の内から選ばれた太君が諸氏の軍を率いるのであるが、事実上それ以外の時は小国家群と言った趣であり、統一された国家という概念は無いため、対外的にも群島嶼連合と呼ばれる。
「帝国の侵攻があったのは、自分がヤマトの剣士として独り立ちして間もなくでした。」
帝国の群島嶼戦役の始まりは今から8年前で終結したのは今より5年前。
この時、群島嶼は戦国時代に突入しようとしており、27氏の足並みは乱れ、帝国の侵攻に際して太君を選出することすら出来無かったのである。
その結果、攻撃を加えてくる帝国に対し、群島嶼は連合として満足な軍を組織することすら出来ずに敗退を重ねた結果、帝国側に位置する北部の諸州は瞬く間に失陥し、南部の8氏のみがかろうじて抵抗を続ける様相となった。
ク州を支配していたのはハルの本家筋である大氏秋都家。
臨時の職である太君代として残った8家を束ねて激しく帝国に抗戦し、さすがの帝国も群島嶼南部を攻め倦ねて戦線は膠着した。
「戦場に出たことがありますが・・・出来ればもうあんな思いはしたくないですね。」
防衛戦であるとは言え、圧倒的な大軍で迫る帝国軍に血みどろの戦いを繰り返し、ようやく戦線を支えている有様で、巷で謳われるヤマトの剣士の誇りや勇猛さ、名誉はその場面には存在していなかった。
ハルも訓練で一廉の剣士として師より認められ、ヤマトの剣士たる資格を得ていたのであったが、教えられていた戦いの仕方は全て実戦で吹っ飛んだ。
祖父、父、叔父ら一族の男は度重なる帝国の攻勢の前に屈し、皆戦死した。
秋留家の当主となってしまったハルは、一族の大半を失ってしまったが、それでも当主として戦場に出続けなければならなかったのである。
「・・・かなり辛かったですね・・・」
その時のことを思い出したのか、ハルが酷く疲れた目をした。
『・・・・そうか』
「・・・」
アルトリウスとエルレイシアは、静かにハルが再び口を開くのを待つ。
しかし、そのような残酷な日々は比較的早く終わることとなる。
結果を言えば帝国が譲歩し、秋都家ら群島嶼南部8大氏は帝国と講和したのであった。
表向きは講和であったが実質は降伏。
8大氏は新たな帝国貴族として叙任され、それぞれの領地を治めることを認められたが、これで群島嶼は帝国の支配下に入ることとなってしまった。
「悪いことばかりでは無かったと思います、威張り散らしている帝国人はあんまり好きにはなれませんでしたが、良い人もいましたし、戦いは終わったし・・・」
しかし、それまで支配階級であった地士や土豪は平民とされ、さらに大氏がそれらの者を使役することは禁じられてしまった。
偏に頑強に抵抗した群島嶼の軍事力を削ぐ為の帝国の施策であったが、お陰でハルは秋都家の衛士として得ていた給金を切られ、路頭に迷うこととなる。
農地は持っていたが、戦乱で荒れ果て、未だ昔日の地力を取り戻していない。
働き手も戦死したり、戦乱を嫌って逃走してしまったりと満足におらず、群島嶼の農産物はこの戦乱で大打撃を被った。
「それで、給料を得ようと職を探していたら、帝国の下級官吏の登用試験があったんです。」
使用言語は帝国と群島嶼は同じであることから、方言さえ気を付ければハルにも帝国の試験は受けることができる。
幸いにも、不利な前線で圧倒的な帝国軍相手に奮闘したヤマトの剣士達は帝国からも高い評価を得ており、帝国は補助軍兵士や都市警備官吏として積極的に登用もしていた為、ハルは試験を突破し、めでたく帝都の治安官吏として採用された。
「で、しばらくは上手くやっていたのですが、貴族と諍いを起こして左遷されたわけです。」
ハルが辺境護民官に任じられたのは2月前。
住んでいた官舎を引き払い、それまでに貯めた給金を全額故郷へ送付する手続きをした後、支給された交付金と残った給金、そして生活に必要な身の回りの物を、当時の上司の厚意により下げ渡された馬に乗せてはるばる北方辺境へ赴任してきたのだった。
『貴族と表だって諍いとはな・・・よくも命があったものだ、左遷で済んでおるのが不思議なくらいだ、まあ、それでも帝国から見れば北方への赴任は島流しにも等しい処置ではあるがな。』
「無理難題をわざわざ追加命令書でふっかけても来ましたしね、これが帝国との遣り取りの最後となるでしょうが・・・」
アルトリウスの感心したような言葉に、ハルは苦笑しながらハルモニウムの復興を命じた追加命令書を懐から取り出して再度眺める。
『・・・最後となれば良いが。』
アルトリウスが小さくつぶやくが、ハルは気付かず説明を続けた。
「本当は赴任しなくても良かったみたいなんですが、先任軍団長の言うとおり、命の危険もありましたから、こちらへ来たんです、ある意味追加命令書は嫌がらせですよ。」
一通り履歴を披露した2人と1体は、しばらく難しいことを抜きに歓談する。
付近の名産品や周辺で取れる食材になりそうな獣や野草とその料理方法。
アルトリウスの武勇談にエルレイシアの宗教講義。
この3人で顔を合わせたのが今日初めてであることが嘘のように、夜更けまで話は途切れることなく続けられた。