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第2章 昔語り エルレイシア編

「いろいろあったんですね・・・」


 ハルがアルトリウスの語った内容に深く頷く。


『ほう?少しは前任者に対する敬意が出てきたと見えるな、良きかな良きかな。』


 ハルが敬語を使い始めた事に気が付いたアルトリウスが顎を上げる。


「ええ、何も無い所からここまでの都市を築き上げたんですからね、敬意も払います。」


『ふっふっふ、栄えある前任者としてこれ程の褒め言葉があろうか!』


 気を良くしたアルトリウスは腰に両手を当ててご満悦の様子である。


 ハルがその姿に苦笑していると、エルレイシアが徐に口を開いた。


「では次は私ですね。」




 エルレイシアはクリフォナムの民が信仰する太陽神の神官である。


「クリフォナムの民は様々な神を持ちますが、何と言っても一番の恵みをもたらす太陽神様が主神としてあがめられているのです。」


 ちなみに帝国でも太陽神は主神であるが、クリフォナムの太陽神が慈愛と恵みを象徴する穏やかな性格なのに対して、勝利と支配を象徴する攻撃的な性格を持った神になる。


 太陽神の神官は、大地の巡検という修行を10年間行った後に、どこかの村や都市で神官として神殿を持ち、太陽神やその他の神の祭祀を執り行いながら後進の指導をする。


 太陽神神官の数は決して多くは無く、適性審査をくぐり抜けた少年少女が特定の先輩神官の下でしばらく教養や旅に出るにあたっての訓練を受けた後に大地の巡検が始まる。


 また、太陽神は女性神格であるため神官には少女が選ばれる事が多い。


 ちなみに神官の結婚は否定されておらず、太陽神官の子供が神官見習いとして修行する事も珍しくは無い。


「私の師はアルスハレア様です、私の叔母にも当たりますが、アルトリウス将軍は御面識がおありになるのですね?」


『おう、アルスハレアどのには一方ならぬ世話になった、ご壮健であられるか?』


「はい、お陰様を持ちまして、アルトリウス将軍の計らいで裏切り者呼ばわりされる事も無く、今はフリード族の集落で暮しております。」


 アルトリウス言の通り、エルレイシアの叔母であるアルスハレアは、大地の巡検を終えた後、アルトリウスがハルモニウムに設けた太陽神殿の神官を勤めた。


 クリフォナム人の大反抗の際にはアルトリウスによって都市から出され、他の住民達と同様に敵方であるアルフォード王の下へ送り届けられている。


『それは何より、アルフォードの奴めも約束を守ってくれたようであるな・・・おお、失礼した、その話はまた別に聞くことにしよう、話を続けてくれ。』


エルレイシアの問いに対し、アルトリウスは懐かしそうに答えるが、エルレイシアの話が途中であった事を思いだし、直ぐに話を続けるよう促した。 


「はい、私は神官としての適性があった為に、その叔母の元で幼少から修行をしておりました、大地の巡検に出たのがちょうど10年前の12歳の時です。」


 村々を回り、クリフォナム人の住み暮す地に留まらず、北に住むハレミア人や西のオラン人の地、帝国、東照国、シルーハ、果ては遊牧騎馬民族のフェン人の住む地にまで足を伸ばし、様々なモノを見知った。


「みんなは余り遠出はしないみたいでしたけれども、私は兎に角いろいんなモノが面白かったのです。」


 微笑みながら語るエルレイシア。


 ほとんどの神官達は、比較的安全なクリフォナム人の住む地域のみで大地の巡検を済ませ、足を伸ばしたとしても同じ宗教を信仰するオラン人の住む地まで。


 それを考えれば、エルレイシアの旅は壮大なもので、それ程遠方かつ未知の土地へと巡検を広げた者は多くは存在しない。


 その中で目にしたのは、様々な不幸や幸福。


 戦災にあった場所、他部族から襲撃を受けて全滅した村、疫病で滅んだ町、富み栄える都市や城塞、貧しいながらも平和だった町が、2回目に訪れた時、廃墟になっていたこともあった


「それでも人々は一生懸命生きています。」


 様々な異国の風習や自然に文化、生活様式、迷信、信仰、儀式、食べ物、そして改めて知るクリフォナムの民が住み暮す大地。


「残念ながら、ハルの故郷の群島嶼までは行けませんでした。」


 それでも10年掛けたとは言え、大陸西部のほとんどを回り尽くしている。


「当然、危ない目にも遭いましたよ?」


「・・・なんでそこで。」


 なぜか疑問符付きでハルを見つめるエルレイシアに、ハルは何か言いかけたが、途中で諦めた。


『神官殿は心配して貰いたかったようだな。』


 アルトリウスに囁かれ、ハルは無言で頷くが、何も声を掛けて貰えなかったエルレイシアは少し寂しそうである。


「むう・・・いいです、でもとにかく危ない目にも遭いました。」


 クリフォナムやオランの土地で太陽神官を襲うような者はいないが、その他の地や帝国や東照、シルーハから来ている奴隷商人、山賊夜盗の類いには通用しない。


 神官に選ばれる子供達は見目麗しい者が多く、途中で掠われ奴隷となってしまう者や夜盗や山賊に襲われて命を落とす者も当然いる。


 エルレイシアも幾度無くそういった者達に襲われはしたが、杖術と神官魔術で切り抜けてきた。 


「幸いにも無事10年の勤めを果たす事が出来、神殿を設ける場所を探していたのですが・・・。」


 その途中、野宿している所を帝国人の山賊に捕まってしまったのである。


「運命だと思いました、十分に生きたとは申せませんが、今まで大過なく過ごせたのにも関わらずこのような事で不意を突かれてしまって、情けないと思うと同時に、これも太陽神様の思し召しかと・・・でも、運命は別にあったようです。」


 そしてエルレイシアは熱っぽい目をハルに向けた。


「たまたまだったんだと、あれほど説明したのに・・・」


 余りに熱く見つめられ、身を引くようにしてこぼすハル。


 ハルによって荷物共々救い出された、クリフォナムの太陽神官エルレイシアは、この風変わりな辺境護民官と旅路を共にすることを選んだのであった。




『・・・しかしハルヨシよ、その方結符を受けておるではないか、神官どのの事を受け入れたのだろう?』


 アルトリウスがハルの腰に結わえ付けられた黄色の細長い布を示して言う。


「・・・ユイフ?」


『・・・我が語るより神官殿に話して貰った方が良かろう・・・』


 明らかに知らない様子のハルを残念そうに見つめた後、アルトリウスはエルレイシアへと目を向けた。


 エルレイシアはアルトリウスから話を向けられ、喜び勇んで説明を始める。


「はい、結符は結婚を申し込んだ側から授ける布符のことです、ですから・・・あっ?何をするのですか~!」


「冗談じゃ無い!俺は知らなかったんだからこれは無効だ!」


 ハルが自分の結符を外そうとしているのを見て悲しそうにうめき、エルレイシアはハルの手を止めようと駆け寄る。


 ハルは自分を止めようとするエルレイシアの手の柔らかさにどぎまぎしながらも、結符を解こうとするが、結符は太陽神が認め、神官が念を施して結いつける物。


 そう簡単に外れるわけが無い。


 必死に外そうとするが、結符は固く結着されていてほどく事が出来ない。


『・・・止めておけ、帝国の指輪交換と同じなのだ、神が認めなければ外す事は出来ん、それに・・・その結符を受けた時に御主にも受け入れる気持ちがあったからこそ、結符はそこにあるのだぞ。』


 アルトリウスの言葉にぴたりと動きを止めるハル。


 その様子を見て嬉しそうに微笑み、ハルの腰の結符を改めて確かめるエルレイシア。


 アルトリウスは腕を組んで人の悪い笑みを浮かべ、ハルを見ている。


「やっぱり、全然解けていません、ハルは私の事を・・・」


「・・・・」


 たちまちハルの顔が赤く染まる。


 全然その気持ちが無かったと言えば嘘になる。


 エルレイシアは見目麗しい女性であることは間違いない。


 年はちょっといっているからうら若いとは言えないにせよ、すらりとした長身に長い金髪がよく映え、新緑を思わせる緑色の瞳も美しい。


 胸も大きすぎず小さすぎず・・・決して治安や法が整備されているとは言い難い地を主に選び、10年も旅を続けていてよく今まで無事に済んだものである。


 旅塵にまみれてはいたものの、その輝くような美貌は初対面でもハルを圧倒した。


 解放した際の礼口上もたおやかで丁寧なものであったし、自分の身よりもハルの身を心配し、その後色々旅路で尽くしてくれたことも記憶に新しい。


 最初はほのかな好意を示してくれる、美しい道連れが出来たことに、内心喜んでいたハル。


 ちょっとだけ、結婚したらこんな嫁さんが良いなとか、新婚みたいだとか、そんな浮ついた気持ちでいたことも事実である。


 もっとも、旅をしばらく続けていると、そのあからさまな迫り方に辟易したので少し距離を置くようにしていたが、最初の好印象はそう簡単には消えない。


『ふむ、脈アリと見たぞ神官どの。』


 案の定その気持ちをアルトリウスに見透かされた。


「本当ですか?ハル、私嬉しいです!」


 アルトリウスの言葉に密着させていた柔らかい身体をさらにぎゅうっとくっつけてくるエルレイシアを無碍にも出来ず、ハルは久しぶりに感じる人肌の温もりと柔らかさに硬直する。


 すりすりと胸に頬をこすりつけてくるエルレイシアにさらに身を固めるハルを見て、とうとうアルトリウスが笑い出した。


『うわははは、その道についても前任者の教育が必要なようであるな!後で大いに語ろうでは無いか!!』


「・・・う、うるさいっ」


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