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隣にいる

目覚めたシグレ。背中の痛みと包帯に気づきながらも、アルトと再び行動を共にする覚悟を固める――。しかし、次の一歩の前に、闇が二人を包む。

 泥のように眠っていた。


目覚めると、見覚えのない天井と、背中からの硬い感触に息を呑む。身じろぐと、ベッドがギシギシと悲鳴を上げる。


起き上がろうと手を付くと鋭い痛みが走り、見てみると自分の手に包帯が巻かれていた。痛みに思わず声が出る。


その声が聞こえたのか、誰かがこちらに近寄ってくる。暗くてよく見えない。天井についてる小さな灯だけを頼りにじっと目を凝らす。すると見覚えのある金髪が見えた。アルトである。


 アルトは私の姿を確認すると駆け寄り、私が横たわっているベッドの縁に座った。アルトの体重が加わりギシッと軋む。アルトが下を向きながらポツリと呟いた。


「……本当にすまない、シグレ。君を巻き込んだ挙句、助けられ君に怪我を負わせてしまった。彼奴は、ヴェインはきっとこれから君に手を出してくるだろう。」


 アルトの声は重く、真剣で、私の胸もひりつくように緊張した。


「正直、俺は舐めていた。それに調子に乗っていた。さっき叱られて身に染みたよ、自覚が足りてなかったって…。」


「さっき叱られて」 今、アルトはそう言った。その言葉が引っ掛かり思わず聞き返す。


「だから――」

「ちょっと待って!アンタ、今叱られたって言った?もしかして他に誰か――」


人の気配がする。暗闇で気づかなかったがどうやら奥に誰かいるらしい。

ゆっくりと姿が浮かび上がる。


灯に照らされたその男は、仕立ての良い黒の外套を纏い、胸元には銀の紋章が光り輝いていた。白金寄りのブロンドの髪は前髪がきっちりと分けられている。

整いすぎた顔立ちと、年若いはずなのに冷え切った瞳が、不釣り合いなほどの威圧感を放っている。


眉間に皺を寄せ、冷たくこちらを嘲笑う男の姿。自然と背筋が伸びた。その男は太々しく私の言葉を遮った。


「“叱った”その表現は正しくないな。あくまで事実を述べただけだ。君のため、などではない。」


あまりにも傲慢な態度に、思わず唇を噛む。

だが、深呼吸して心を落ち着け、一先ず問いかける。


「アンタ、誰?」


そう聞くやいなや、やれやれ、といった仕草で肩をすくめ、冷たい目で見下ろす男。

視線が鋭く、視界の隅で灯の光に髪が濡れて光る。何かの気配が、無言の圧力のように私に迫ってくる。


「相手に求めるのならまずは自分からだろう…。そんなことも分からないのか?」


 男は吐き捨てるようにそう呟いた。あんまりな態度に思わずムッとしたが、言ってることは一理あったので素直に言葉を返す。


「私は、シグレ。……アンタは?」

「私は……。」

一瞬、言葉を選ぶように視線を伏せる。

「……バトラー、と呼べばいい。」


フン、と鼻を鳴らし、灯りの届かない奥へと視線を逸らした。その言葉を聞きアルトがえーっと不満そうな声を漏らした。


「君、あんなに偉そうなこと言っておいて自分は肩書を名乗るってどうなんだい。」

「うるさい、君には関係のないことだ。」


そう言うと無駄のない佇まいで壁に背を預け口を閉ざしてしまった。

すると、アルトがバトラーに向けていた視線をこちらに移す。眉を下げながら申し訳なさそうにこちらを見つめる。


「シグレ、さっきの続きだ。もう俺と共に行動するのは危険なんだ。だから君をこれから家に送り届けるよ。教えてくれ、君はどこから来たんだ?」


そう聞かれ思わず息を呑む。「どこから来た」この世界で言ったら、異世界、から来たことになるんだろうけど、多分信じてはくれないだろう。


私が返答に困っているとバトラーが大袈裟なくらいのため息をついてこちらを見る。


「……答えに窮する、か。

どうやら“言えない事情”があるらしいな。」


図星を突かれ、ハッとする。


「アルト。無理に聞き出すのは賢明ではない。

嘘をつかせるより、沈黙を許した方がいい時もある。」


アルトをその鋭い目つきで真っ直ぐ見据える。


「それに、シグレはヴェインに顔を覚えられている。ならば家に返すよりも私達と共に行動するほうがよっぽど安全だと思うが…?」


思わぬ助け舟に驚き肩がすくむ。


「でも俺たちと一緒にいるのは危険だ!どうしても帰る場所が言えないなら、王都近衛にでも引き渡したほうがよっぽど安全じゃないか!」


バトラーはわずかに目を細める。

「……君は自分の立場を理解しているのか?」

アルトが言葉に詰まる。

「今この国で、無条件に信用できる組織など存在しない。

王都衛兵も例外ではない。」


バトラーは淡々と続ける。

「……それは、君自身が証明している。」


静かな声が、重く落ちる。


「人を守ると言うなら、まず自分の足元を見ろ。君の立場は、君が思っている以上に不安定だ。」


アルトは拳を強く握った。

何か言い返そうとして口を開くが、言葉を失い下を向く。

――そして、シグレを見る。


「……君は、どうしたい…?」


たっぷりと間を空けながら問われた。

瞳を閉じて一瞬考えるが…私の答えは既に決まっている。


「……正直、怖いよ。

アルトと一緒にいれば危険なこともあるって分かってる。でも――それでもいい。」

一度、息を吸う。

「私は、あなたの隣を選ぶ」


アルトは目を見開き何かを言いかけて、けれど言葉にならなかったみたいに、彼の唇がわずかに動く。


バトラーがフッと軽く笑いこちらを見る。


「愚かだな。だが、悪くない答えだ。精々足を引っ張らないようにするんだな。」


私の言葉が肯定されたことを知り微笑む。そしてもう一度アルトに向き直る。


「アルト、お願い。私にあなたを支えさせて。」


青い目がこちらに向く。意志のつよい瞳が言葉を紡ぐ。


「わかったよ。けど君が俺の隣で俺を支えるって言うなら――」


私の座っていたベッドの前まで来て私の前で跪き胸に手を当て宣言する。


「隣にいる君を俺が守るよ。……何があっても。」


橙色の灯が彼の艶のある金の髪を淡く照らす。


あまりにも綺麗なその光景に見惚れてしまい時間の感覚さえもわからなくなる。

ほんのわずかな沈黙のはずなのに、永遠みたいに長く感じた。


幻想的な光景に奪われていた心がバトラーの言葉によって呼び戻される。


「…これで話は済んだな。ならば支度をしろ。行動は早ければ早いほど良い。ここが見つかるのも時間の問題だ。」

「ああ、そうだね。シグレ、歩けるかい?」


アルトが手を差し出してくる。彼の力強い手を掴んで立ち上がる。

いきなり起き上がった身体は2、3回ふらついたが彼のささえのおかげで倒れることは免れた。


部屋を出ようとした、


その瞬間――


灯が音もなく消えた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

次話は、暗闇での出来事です

面白いと思ってもらえたら、ブックマークやコメントで応援してもらえると嬉しいです。

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