認められし未熟者
銀髪の男の潜む場所にたどり着いたシグレたち。そこで、圧倒的な強敵が立ちはだかる。
気付いたら地面がレンガのタイルからドロドロとした粘着質の土に変わっていた。目の前には見上げるほど大きな時計塔がそびえ立っていた。
いつの間にか剣の雨は止んでいた。アルトが時計塔の中に入っていくが中には誰もいない。
どうやら一番上、時計塔の天辺に敵はいるようだ。階段をコツコツと音を立てながら上っていく。
最上部へと着いた刹那、風を切り裂く音と共に剣が近くの壁に突き刺さった。奥から靴の音を鳴らしながら誰かが歩いてくる。余裕そうにコッコッと呑気な音が鳴り響いていた。
音の主は、足を止めた。
先に見えたのは、磨かれた靴のつま先だった。光を弾く銀髪を後ろへ流した青年が、そこに立っていた。その奥で、金色の瞳が静かに細められる。
思わず息を呑む。
整いすぎたその顔立ちは、現実味がないほどだった。
「世界の剣を掻い潜りここまで来れたのだ。賞賛に値する。誇れ、黒衣よ。」
ほぉと感心したような声を漏らし、こちらを値踏みするように見つめてくる。アルトはそれを聞きギッと声の方を睨みつけた。
「誇れだって?あそこまで分かりやすく魔力痕を残していたクセによく言うな。」
すると男は肩をすくめククッと喉の奥を鳴らすような声がした。その声は段々と大きくなり高笑いへと変わった。
「ク、クク、フハハハ…!!貴様は“ポーン”というよりも道化の方が似合いだ。このような戯言が吐けるのだからな。」
そう言うとどこからともなく背後から剣を取り出し、一瞬で間合いを詰めアルトに斬り掛かった。
ヴェインの金色の瞳に赤が滲む。
アルトは先ほどの壁に刺さった剣を抜き取り攻撃を流した。
剣がぶつかり合い、金属の弾ける音が響く。
その最中でさえ、男は悠然と名乗った。
「世界の名はヴェイン・レオパルド。空いた王の座につく男だ。覚えておけ、黒衣よ。」
「…っ!お前!!」
ヴェインはアルトを見ながら余裕そうに笑った。剣と剣が噛み合い、鍔競り合いとなる。
アルトは歯を食いしばり踏み留まるが、ヴェインの剣は容赦なく押し込んでくる。
じりじりと距離が詰まり、踵が床を擦った。
一歩、また一歩と後退していく。このままではまずいと思い、状況を打開できる策を考える。
(……そうだ!アルトにさっき見た映像を伝えられたら…。私の考えが正しければあの映像って多分――)
――口を開こうとした途端、世界が反転した。
次の刹那、視界のすぐ先に刃が迫り、そこ
で――意識が途切れる。自分がそこに立っていたはずの未来が、完全に消えていた。
衝撃すぎるその映像に息をするのも忘れてしまう。そして瞬時に悟った。――言ってはいけない。これを口にした瞬間、自分は終わる。理由は分からない。だが、確信だけが胸に焼き付いていた。
しばらく身体が固まり動けなかった。だが、剣同士がぶつかる甲高い音を聞いて脳は一気に冴えた。ヴェインとアルトの剣は打ち付け合い時折火花が散っている。
ヴェインの動きは早い、次から次へと繰り出される技にアルトは苦戦しているようだ。再び鍔競り合いとなるがアルトは来たる剣の重さに今にも崩れ落ちそうなほど腕を震わせている。
――助けなければという使命感に駆られる。足元に散らばっていた木片と砂埃をがむしゃらに掴み取り二人の間へ投げつけた。
「―そこまでよ!」
アルトは一瞬驚いた顔をしたがすぐに剣を跳ね返し後ろに飛び、距離を取る。ヴェインはチッと舌を鳴らした。邪魔が入ったことへの苛立ちが滲んでいる。
「貴様何者だ?王の戯れを邪魔するなど万死に値する。傀儡ごときが王の興を削ぐことなどあってはならないことよ。」
そう言うと殺気とともにこちらを鋭く睨みつける。思わず身震いしてしまったがここで日和ってはダメだ。息を吸い込む。
ヴェインの、意志のこもった力強い目を見つめ返した。
「アンタにいいこと教えて上げる。私、心が読めるの!」
そう高らかに宣言してみせた。こんなに堂々と言っているがもちろん嘘である。咄嗟に出た言葉で正直言うと冷や汗が止まらない。しかし、言ってしまった以上取り消しはできない。
ヴェインは呆れたようにフッと笑いこちらを馬鹿にしたような目で見てくる。
「貴様、恐怖で頭がイカれたか?まさか道化が二人もいるとは笑いが止まらぬわ。どれ、心が読めるのだろう?なら、それらしいことの一つでも言ってみるがいい。」
「いいわ、じゃあ言わせてもらうわね。」
ヤバい。心臓がバクバクと大きな音を立て脈を打つ。汗がダラダラと流れているのが自分でも分かった。きっと傍から見たら私の顔は酷い有様だろう。
だが、そんなことに気を使っている余裕はない。
冷静に前に見た映像を思い出す。
「アンタ、アルトを信じていたのに裏切られたのね。だからそんなに怒っているんでしょ。あ!あとアンタは、素になると一人称が俺になる!!」
その言葉を聞きヴェインは目を見開いている。どうやら当たっていたようだ。助かった、と汗を拭う。するとヴェインは下品な高笑いと疎らな拍手をしだした。
「ハッハッハッ。やるではないか!面白い、貴様名は何と申す」
「シグレ、イッシキ・シグレよ」
「ではシグレ、今回はお前の道化様に免じ見逃してやろうではないか。世界を楽しませた褒美だ。ありがたく受け取れ。」
そう言うと強い風が吹き瞬く間に消えてしまった。安心して腰が抜けてしまったのかその場にへたり込む。するとアルトがこちらに駆け寄ってくる。
「大丈夫か、シグレ」
肩に手を置かれ、はっとする。
「顔色が悪い。無理をしたんじゃないのか」
心配そうにこちらを覗き込んでくる。青い綺麗な二つの目に見つめられ思わず息を呑む。
聞こえるかどうか分からないほど小さく、「大丈夫」と呟いた。アルトはしっかりと聞こえたらしくそうか、と優しく言い傍に座った。
どちらも話さない数秒の間。それは気持ちを落ち着かせるのには十分な時間であった。
私が落ち着いたのを確認したのかアルトは、思い出したように目を輝かせた。
「さっきの、あれ……まさか、心が読めるのか?」
…驚いた。まさか、信じているとは。読心術の使い手なのか?と何度も聞いてくる。尻尾がブンブンと揺れている幻覚まで見えてきた。
敵が去り、アルトと話していて完全に油断していた。
――ピシリ。
足元で、嫌な音が鳴った。
気づいた頃には遅く、地面が崩れ落ちていく。思わず悲鳴が漏れた。落ちていく途中、身体は人肌のような温もりに包まれながら、
視界が闇に沈んでいく。
——そして、意識は途切れた。
◇◇◇
時計塔の奥から、何かが崩れる音がした。
それを耳にし、俺は喉の奥で低く笑う。
「俺が認めたのだ。精々足掻くがいい、未熟者。」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次話は、アルトとシグレの距離が近くなります。
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