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せんべい布団の飛行船  作者: 佳尾るるる


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第5話 幕間 4歳の私 どこにも居場所がなかった2 アンナ目線

 日が暮れて部屋に戻ると、母親に支度をせがまれ、送迎の車でお店に行く。

 が、車中はいつも不安だ。私と母親以外の親子は私たちに軽蔑の眼差しを送ってくる。なぜなら私たちはロシア語が話せないから。しかも私は髪が黒いから余計浮く。お店まで20分くらい、その間押しつぶされそうな雰囲気に気がいつも滅入る。


 お店に着くと母親たちは身支度を、子供たちは託児所でお風呂の時間。男の子が2人、女の子は私を含めて3人なので必然的に私が余る。


 お風呂から上がると夕飯だけど、これが美味しくないうえ量が少ない。

 おかずはレトルトのハンバーグやミートボール、ピラフはケチャップ味、スパゲッティはナポリタンかミートソース、赤いウインナー、パンには甘ったるい変な味のジャム、カレーは甘ったるいおこちゃまカレー、お水か牛乳が飲みたいのに、オレンジジュースか甘ったるい乳酸系、ケチャップやマヨネーズドバドバで子供が好きそうなのばかりだけど、味が単調でくどくて、私はこれらが苦手。さらにスプーンとフォークで食べるのも馬鹿にされているみたいで嫌、その頃家ではもうお箸で食べていたから。


 たまにボルシチやピロシキが出てくるけど

「Вы японец, так что не ешьте это!(日本人は食うな!)」

目尻を指で釣り上げながら、何やら怒鳴りつけられる。


 他の日でも私の食事を取り上げられることはしょっちゅうだった。


 食べ終わるとみんなはデザート食べながら、テレビを見たりするけど、私はさっさと寝る。変な匂いのプリンやゼリーなんて食べたくないし、ロシア語の動画なんてわからない、どうせハブられて見下されるから。


 それに私たち親子はお店の女の人全員に嫌われてもいた。理由は母親がお店で一番人気だったから。日本語がペラペラでルックスもきつくないのが人気のポイントらしいけど、それが嫉妬を生む原因だった。

 母親は愛想が良く、男の人の前では気遣いが上手らしい。その気遣いを私にも少しはしてほしかったけど・・・・


 寝るのもロシア人の女の子は一緒だったけど、私は一人そのほうがいい。

 だってちょっかい出してくるから。


 私はクマのぬいぐるみ ミーシャンを抱いて寝る。この頃のぬいぐるみは私にとって唯一すがれる存在だった。香水臭い母親に抱かれるのも嫌だし。


 ただちょっかいを出される危険があったから、私はいつもふとんを被って寝た。


 寝るのも結局防御。どこへ行っても気が休まらない。できれば一人になりたい、もしくは今すぐにでもお嫁さんになりたい、そう願うようになった。


 私はマジキュアシリーズの好きなキャラクターは、マジブルームの真樹ちゃん、理由はパン屋さんだから、マジミントのあきのさん、和菓子屋さんで大福が美味しそうだから、マジハニーのなつこちゃん、お弁当やさんでコロッケが美味しそう、他にもお店屋さんのキャラクターが好きだった、

 お父さんとお母さんでお店を切り盛りして、家で常に子供たちを見守ってくれる頼もしい家庭に憧れた私。


 でも一番好きなマジキュアはマジマーチのなほちゃん。お料理もお洗濯もお掃除も得意だから。

 いつか私は好きな人のために毎日お選択して、美味しいご飯を作って一緒に食べて、部屋をきれいにお掃除して、快適に過ごしてほしい、そういう生活に憧れていた。


 そして真夜中私は母親に抱きかかえながら部屋に戻る。

 気がつくと部屋のふとんの中。そして朝日とともに目が覚めるけど、母親はまだ寝ている。下着だけでだらしがなく。枕元には缶チューハイの空き缶が転がっている。

私はそれを拾って捨てて一人で顔を洗って歯を磨く。


 冷蔵庫に食べ物があればこっそり食べるけど、缶チューハイくらいしか入っていない。


 一人で本を読みながら玄関をこっそり開け、外の様子を伺う。誰も居なければ軒先で一人遊びだった。それまでは。


 今日は約束通りエマちゃんのいる棟へ行ってみよう。


 エマちゃん待ってたみたいで、今日は二人で縄跳びやってみた。

 エマちゃん本当に燦々とした太陽の下に咲き誇るひまわりみたいで、明るく朗らか。きっと私のように辛いことも多いはずなのに。


 一方の私は暗闇に咲く月見草。どうも明るくなれないし、ため息も出やすい。


 お昼なので一旦帰ってご飯かもって感じ。ただ母親が起きてないとご飯は抜き。

 今日は起きていたみたいで、久々にスーパーに行った。

 私は里芋としいたけと鶏モモ煮、サツマイモの醤油煮、ほうれん草の白和えを買ってもらった。お店のご飯より和食のほうが私の好み。


 帰りにお団子やさんで海苔巻きとお稲荷さんも買ってもらった。

 これらは母親の機嫌がいい時くらいしか買ってもらえない。大抵はカップ麺。


 食べてまたエマちゃんと合流。

 夕焼小焼でまたバイバイ。

 お店という暗闇に連行される私。

 お店で寝ていつの間にか部屋に戻されて寝ている私。どこが私の居場所なのだろうか?


 今度の日曜はエマちゃんお出かけだから、遊べないって。だから家にいるしかない。それに神社の縁日があるけど、私は出禁だから入れない。近所の外国人が神社で勝手にバーベキューやってトラブルになり、外国人に対し風当たりが強い。この間も外を歩いているとひそひそされたし。それで町会が外国人を神社から締め出せとなった。

 私は日本人なんだけど・・・・


 母親は日曜は一人で出かけることが多い。多分男の人と一緒だろう。露出多めの服を着ているので。

 今日はなんかスーツケースに色々詰めながら

「しばらくお仕事の用で出かけるから、お留守番お願いね。食べ物はテルさんが持ってきてくれるわ」

そう言って部屋を後にする。


置いてけぼりを食らってさびしいと言うより、少し清々した。一人になれるし、お店に行かなくて済むし、夜に公園でも行っちゃおうかな なんて考えたりした。

が、ずっと一人は怖い、かと言ってお店は嫌だ。

 どうしたらいいのだろうか?


おやつくらいの時間になってテルさんがやってきた。テルさんの車はエンジンの排気音がドコドコするからすぐ判る。


「よっお母さんしばらく遠い場所で仕事だから、これから俺と一緒にドライブしよう。前に海見たいって言ってただろ?」

「うん、アンナ行く」


 そう言うとテルさんと一緒に着替えや身の回りの物をカバンに詰め青い車に乗せてくれた。

 ただ着替えや身の回りの物を持った時点で、どこかに行くのかと思ったけど、できればあの女とお店とも縁が切れればいいなとも思った。


「さぁいくぞ」

そう言うと車は凄まじい轟音とともに強烈な加速をした。

「すっごいジェットコースターみたい」

「アンナすっげえな。普通お前くらいの子だと泣きだすのに」

「アンナジェットコースター乗りたかったから」

「そうか、また出せるところで出すよ」

そう言って昼下がりの首都高を湾岸線に向けた。


やがてディズニーランドの前をかすめ、お台場の観覧車、羽田空港では飛行機がお出迎え、川崎あたりから夕日が海を赤く染め、地平線に沈んいく風景の饒舌さは今でも脳裏に焼き付いている。


「飯どうする?」

とテルさんに聞かれたので

「ケチャップ味以外だったら、和食かラーメンがいい」

と言うとテルさん

「和食のうまい店やってないから、ラーメンでいいかい?」

「うんいいよ」

「よっしゃっぁラーメンレッツゴー」


 そうして着いたのは浜系ラーメン。私はラーメンプラスほうれん草、テルさんは大盛チャーシュー麺プラス玉子ライス


 着丼するとテルさんおわんに小分けにしてくれて、フォークを渡してくれたけど

「お箸で大丈夫だよ」

と言うと、驚いた後

「その歳で箸が使えて、野菜もしっかり食えたら、良いお嫁さんになれるぞ」

って言うから

「うん、頑張って早くお嫁さんに行くんだ」

と言ってほっこりしながら楽しく食べた。


 食べながらテルさん、青い車で色々なラーメンを食べに行ったり、海辺の夜景を走るのが好きって言ってた。私もいつか星空の物語を走り抜けてみたい、そう感じた。


 二人揃って完食して車は夜空の中ヘッドライトの光線をかき分け更に進む。


 江ノ電の可愛らしい電車の脇を通り抜けるとテルさん

「もうじき付く場所にしばらく泊まってほしいんだけど、いいか?」

「いいよ。香水とお酒臭くなかったら」

「同い年の男の子と一緒なんだけど」

ちょっと固まった。ロシア人だったら嫌なだとか、日本人でもいじめられたら嫌だなとか。

「いじめられないかなぁ?」

「大丈夫だよ。結構イケメンだぞ」

そう言われても不安だった。ロシアのお店では男の子のほうがいじめが酷かったから。


お腹いっぱいの幸福感の次に来たのは不安。きれいな夜景が目に入らなくなってきた。



そして平塚に着き、古いアパートの前に車を停め、呼び鈴を鳴らす。


出てきたのは私と同じくらいの外国人みたいな可愛らしい男の子だった・・・



ここまでがアンナの過去の振り返りと楓雅のいる部屋へ行くまでの道すがらです。


次回更新より本編へ戻ります 

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