第20話 ボロアパートの片付けと健蔵さんと健之介くん
起きると安南はもうお母さんと一緒に台所にいた。朝飯の支度をしている。俺は顔を洗って着替えてしばらくすると
「ごはんですよ~」
献立はベーコンエッグに野菜スープ、耳だけじゃない食パン。例によって二人揃って合掌して
「いただきま~す」
初めてかも。目玉焼きや食パンを朝食ったの。しかもあの女に気兼ねせずに堂々と食べられる朝飯。安南も安心して食べている。野菜スープは野菜畑を具にしたコンソメスープ。スープは店の残りだからうまい。
「このパンうまいね。いつも食ってたパン工場のパン耳と同じ味がする」
と俺が聞くと、お母さん
「そうよ。うちのお店もパン工場のパン使ってるの」
「パン工場の食パン久しぶりだよ。いつもパン耳だったから」
「美味しいでしょ。どんどん食べるのよ」
マジでうまいから、もう一枚って言うと
「安南ほらっトーストして」
お母さんに言われて安南がセット。俺達あまりにうますぎて2枚しっかり食べた。
そしてお父さん
「楓雅、昨日も言ったけど、飯食ったらお父さんに付き合ってくれ。安南はお母さんの手伝いだ」
付き合ってくれってなんだろう?
朝飯を食い終わってしばらくして、9時すぎに専用エレベーターで下に降り、店の裏から段ボールや掃除道具を会社の車に運ぶ俺達。
「アパートを片付けに行こう」
と向かったのはボロアパートだった。アパートの中にある俺達の物を段ボールに入れ、いらないものは全部捨てる。そして隅々まで掃除を終えると、呼び鈴が鳴ってお父さんが出ると
「よっ悠太郎、どこだかわいいもう一人の娘ちゃん」
なんかお父さんと同じ年くらいのかっこいいおじさんが俺と同じ年くらいの男の子を連れている
「悪いな健蔵、来てくれて。おい娘ちゃんたちじぇねぇ、倅と娘だ。ここには倅だけだ」
「いやぁパン工場や肉屋が女の子みたいだって言うから」
「まぁともかく。楓雅ちょっとおいで」
そう言われておじさんたちの前に行くと
「これは倅の楓雅。一応お兄ちゃん。妹の安南は家で女房と掃除と洗濯の手伝い」
とお父さんがおじさんに紹介すると
「このおじさんはお父さんの友達で餃子工場の健蔵。あの子は健之介くん」
健之介くんもちょっと女の子みたいだけど、友達になれるかなぁ
一息ついたので、ここでお茶を飲みながら健蔵さん俺に
「楓雅くんは何歳だ?」
「4歳だよ」
「そっかなら健之介と同じ年だな。仲良くしてよ」
「いいの?」
「いいよ。楓雅くんよろしくね」
「健之介くんよろしく」
どうやら友達になれそう。健蔵さんは
「さっきおめえの家行って安南ちゃんにも会ってきた。随分可愛い子だなぁ。しかもお嫁さんになるって言って、安芸ちゃんの手伝いしてたぞ」
「そうだぁ。安南は声かけたとき、お嫁さんじゃないの?って言ってたくらい。それにここに2人でいたとき、毎日飯の支度をしてただと」
「お嫁さんかぁ。楓雅くんよかったな。いい嫁さんもらってよ」
と言う健蔵さんにお父さん
「修行だて。これからだぁ。どうなるかわかんねが」
「まぁそりゃそうだ。それにしてもおめえ随分いい子に恵まれたな」
「遅くに子供が出来たけど、俺は頑張るよ。この子らが一丁前になるまでは」
「わかんねぇことがあったら、俺達に何でも聞いてくれ。経験者だから」
「あぁよろしく頼まぁ」
一息ついてお茶を飲み終わったら、12時すぎ、荷物やゴミを車に積んで、みんなで昼飯に行くことになったけど、たどり着いたのはなんと競輪場。レースはやってないけど、いかにもって感じのお父さんたちより上のおじさんたちがイライラしながら、おにぎりを食べたり、浮かれながらビールを飲んだりしている。そしてモニターに向かって
「おらっいけぇぇ」
「ふざけんな、てめぇ、金返せこの野郎」
とか言ってる。なんか俺、このおじさんたち母親と同じような人種なのかもって思った。
俺達はみんなもつ煮込み定食。なんかもつ煮込みなんて初めて食ったけど、ふわぷるでタレがクリーミー、人参や大根、ごぼうがゴロゴロ入ってボリュームも満点。
「車券でも買ってみるか?」
「1つだけな」
と言ってモニターを眺めている。
「やっぱ1-7-8と2-4-5、3-6-9だろ」
「そしたら1から行くか?」
なんか数字のことを言っているけど、俺も健之介くんもチンプンカンプン。お父さん
「健之介くんよぉ当たったらおじいさんになんか買ってもらうか、ご馳走してもらえよ」
って言われて健之介くん、なんか少し笑顔になったけど、俺はどうなるんだ・・・・
レースが始まって、大勢のおじさんがモニターに集まっている、最後に鐘が鳴って、おじさんたちの野次が飛び始めるけど、なんでだろう?
そして、結果は2人とも勝ち。競輪場で飯を食ったことと、当たったことはお母さんには内緒にしておこう。バレたらお母さんのアクセサリーか服になりそうなので・・・・
勝ってごきげんの2人。お父さんが
「付き合わせて悪かったなぁ。これから公園よりもっと楽しいところへ行こう」
という。
楽しいところってどこだろう・・・・俺を乗せた車と、健之介くんを乗せた車は国道を渡り、着いたのは河川敷の原っぱ。こんな広いところは初めて。もちろんママ友軍団もいない。俺と健之介くんはサッカーのボールでパスをしたり、ドリブルで取りっこをしたりした。しかも健之介くん、結構上手い。俺が
「誰が教えてくれるの?」
と聞くと、健之介くん
「お父さんJリーガーなんだ。一緒にドリブルやったりパスやったりするんだ」
「へぇぇすっげぇなぁ。俺も上手になりたいなぁ」
なんて会話を交わした。だけど時折見る健之介くんの表情が少し気になったんだけど・・・
走り回ってすっかり疲れた俺達。また遊ぶ約束をして俺とお父さんは家に戻る。健蔵さんと健之介くんは他の場所へ行くそうだ。
「楓雅良かったなぁ。また友達が出来て」
「うん。また遊ぼうって言ったんだ。それとさぁ」
「何だい?」
「競輪場のことは内緒にしておいたほうがいいでしょ?」
「別に構わねぇだぁ。ちゃんとお前と安南とお母さんになにかするから」
「オッケー」
「それとよぉ、お父さんとお母さんの友達、お前と同じくらいの孫が結構いるぞ」
そういうお父さんだけど、俺達との関係とはまた違うんだろうなぁと思った。健蔵さんが健之介くんを見る目と、お父さんが俺を見る目とは違っていた気がした。
「それとさぁ、原っぱは楽しいね。また連れて行ってよ、安南も一緒に」
「おう、公園よりもっと楽しいだろ?連れて行ってやるよ」
多分お父さんのことだから、連れて行ってくれると思う。あの女とは違うから。
それと一つ聞こうとしたけど、それは永遠に聞かないことにした。
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