第1話 4歳の俺一人ぼっちで、パン耳生活。
「またかよぉ」
俺のことなどお構いなく浮かれながら、派手な服や装飾をし、満面の笑みを浮かべて出ていく母親。
10年前4歳の俺は産みの母親と一緒にアパートに住んでいた。このアパートは築年数が古めで生活保護とか、夜の商売の母子家庭だらけで、周りから奇異な目で見られていた。
母親はだらしがない人で、夜遅く酔って男を連れて帰り、別の部屋のふとんで一緒に寝ていたようだ、もちろんただ寝るだけじゃないに決まってる。さらに数日仕事を休んでどこかに行く癖もあって
「ふうちゃん2,3日出かけてくるから食べ物とおこずかい置いておくね」
と配慮はするが、プラス2,3日伸びて帰ってくる。約束を守ったことはない。
おこずかいで食べ物を買ってもいいが、心もとないので俺は近所のパン工場でパン耳を貰っていた。しょっちゅう貰いに行くから、顔を覚えられ、余り物のパンや牛乳もサービスしてくれた。それを一人で食べて過ごすが、空腹はある程度満たされるし、酒臭い息であの女に抱きつかれることもないから、過ごしやすさもあった。
母親は機嫌がいいと休前日
「明日はお出かけしましょう」
と猫なで声で言うが、やはりその晩飲んで男と一緒に帰って来るから起きられるわけがないし、起こすとうるさいから放って置くしかなかった。
だから俺のお出かけは目の公園に一人で行くことと、パン耳を貰いに行くことぐらい。
しかし公園はママ友集団がいると締め出されるので、居ない時間を見計らって行くしかなかったけど、一組だけ俺と遊んでくれる家族が居た。
翔太くんとそのお父さん。父子家庭のようだけど、ママ友集団とも関わらず居ても気にせず遊んでいるが、締め出されることもない。
あるときママ友集団が退散したのを確認して公園に行ったら、翔太くん親子がやってきた。俺はくるりと背中を向けて帰ろうとしたけど、呼び止められて一緒に遊んだ。
生まれて初めてだった。人と遊んだのは。しかも翔太くん親子は俺を毛嫌いせず、親切にしてくれた。途中でおやつを買ってみんなで食べたり。日が暮れてあのアパートに戻る俺に対しても気にせず付き合ってくれて、翔太くんとは初めての友達になった。
ほんとはどこか遠くへ行きたいけれど、それも叶わないから、夜せんべい布団を飛行船に見立てて、夢の中でクルージングをすることが俺のお出かけだった。
ある夜は満点の星空のきらびやかな光の海を通り、ある夜は夏の碧海に浮かぶ島を眼下に、ある夜は富士山やヒマラヤ山脈のような壮大な山を間近に眺めたり。だけど着陸する前にため息とともに覚めてしまう。このままずっとクルージングを続けたい。
一人のクルージングは冬は寒いけど、酒や香水の匂いまみれのあの女と一緒よりまだまし。
せんべい布団の飛行船で夢のクルージング。唯一俺の安らぎ、愉しみ。
「ふうちゃんまたお出かけしてくるから。今度はちょっと時間かかるけど、お留守番よろしくね」
「またかよ」
と思いつつ、母親はいつもより派手な格好にいつもより大目の食料と、小遣い銭を置いて出ていった。11月の半ばそろそろ寒さが本格化する頃だった。
母親が出ていったその日、食料だけじゃ心許ないので、小遣い銭を持ってパン工場へ行った。パン工場の入口に売店があっていつもはパン耳を貰うだけだけど、名物の
「カレーパンとクリームパンください」
と言ったら、驚かれたけど、すぐにパン2個にパン耳、余り物のメロンパンと牛乳を持たせてくれた。しかもカレーパンは揚げたて。
早速うちに帰ってカレーパンを噛み締めてじっくり味わう俺。独りの飯はまずいって言うけど、誰にも邪魔をされず食う飯こそ一番うまい。
そしてママ友軍団が退散したのを見計らって公園に。今日は翔太くん居なかったけど、ブランコや滑り台を独り占め出来てなんか楽しい。
そして夜はせんべい布団の飛行船で夢紀行。独りだから今夜はもっといい場所へ辿り着けそうな気がした。
今夜は夕日に暮れ家路を急ぐ人々のライトのビームや行き交う人々を眼下に、水平線に沈む夕日の饒舌さを見ながら、月と星の光のアーケードを進む飛行船。やがてたどり着く先がわからないまま、目が覚めたが、ため息は出なかった。
独りなのに寂しくない。パン耳や貰い物の牛乳の貧相な食事でも満たされている気がした。なぜならあの女が居ないから。このまま永遠に闇に葬られてほしい、そんな気がした。
今日も明日も明後日もせんべい布団の飛行船のクルージング。しかし飛行船に乗ってもクルージングが出来ないこともある。夢に出ないか、隣の部屋の怒号。
隣の部屋は40代の貧相なおっさん一人暮らし。生配信やってるらしく、夜になるとたまにアンチコメに激昂して吠える。最初は怖かったけど、今は慣れた。ちなみにそのおっさん昼は寝て、夕方起きるらしく、起きた瞬間に生配信。玄関前には缶チューハイの空き缶のゴミがいつもある。
5日ほど過ぎた頃の夜珍しく来訪者があった。
母親の知り合いの小太りの冴えないおっさん。おっさんは俺と同い年の女の子を連れている。
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