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夜明けのNocturne  作者: F肉
〜第一章〜
9/10

8-2


 車が家の前で止まり、駆動音が止まる。彼が車から降り、私の横のドアを開けた。

 大きな手が伸び、強く私の腕を掴む。


 その手から伝わる彼の怒り。


 引き摺り出すように引かれ、ドアを閉める間も与えてくれずに家へ向かった。


 温かくてホッとする筈の家。

 だけど、私は今、入りたくなかった。説教されるのが分かってるから……。


 リビングへ向かうと、急に腕が痛いほど強い力で引かれた。

 バランスが崩れて傾く私の身体は、ソファに倒れ込む。硬めのソファは、身体の衝撃を吸収をしてくれた。


 腰から倒れ込んでしまったので、少し腰が痛かった。

 その痛みも感じさせることもないぐらい、張り詰めた空気が心臓をキュッと締めてくる。


 身体を起こして、彼を見上げた。


 ジンが腕を組み、静かに私を見下ろしている。

 その赤い瞳は、いつもより深く燃えていた。


 ──こんな彼を、初めて見るかもしれない。


 謝ろうと口を開いた。

 しかし、あまり怒らない彼がこんなに怒っているのだから、「ごめん」の一言は安っぽいだろう。

 何を言えば火に油を注がないで彼と話が出来るだろうか。


「ジン……」


 考えて絞り出した言葉が、彼の名前だ。


「…………」


 彼は口を開いてくれない。

 固く口を閉ざす彼は、本人がそういうつもりがなくとも、私には圧を感じる。彼は今何を思っているんだろう。

 どうして怒っているのかだけでも聞きたい。


 秒を刻む針の音だけが響く。

 私は身を恐縮させたまま、ジンが口を開いてくれるまで待つ。

 これじゃ、ヘビに睨まれたカエルだ。


 どれだけ時間が経ったか。

 彼がようやく、重たそうに口を開いてくれた。


「俺が助けに来なかったら、どうしていた」


 彼の声は低く、枯れた音が喉の奥で震えた。

 それでも、音がはっきりと耳に届く。 


「それは、もう、ボコボコに……」


「それが出来るなら、抵抗すれば良かっただろ」


「ごめんなさい。ジンに甘えてて……」


 目が合わせられなくて、視線が床を彷徨った。


「あいつらだって一応は暗殺者だぞ。いくら仲間とは言え、あの場面で刺された可能性だってあったんだ」


「はい……」


 まだ私の居場所が分かる所だったから良かったけど、ジンが気付かない場所だった可能性もある。

 彼の言うことが正しくて、ぐうの音が出ない。


「いつお前が発作を起こるのかが分からないのに……」


 私から視線逸らし、唇の奥で何かを押し殺すように呟く。


 それが、彼の一番の怒りの発端に聞こえた。


 私を心配しての怒り。その優しさを利用してしまったかのようで胸が苦しくなる。


「ジン、ごめんなさい……」


 まだ彼の顔を見れない。

 声を押し出して謝ったものの、許してはくれないかもしれない。


 次の言葉を待っていると、ジンが一歩、木の床を軋ませた。

 遂に我慢に耐えられなくなったのかと思って、膝の上に乗せた手に拳を作って身構える。


 視界の端で、彼の足が入る。そして衣擦れの音と共に、頭上に気配を感じた。


 ──叩かれる。


 ぎゅっと目を瞑ると、そっと私の頭に何かが乗っかる感触がした。


 ……痛くない。

 優しい重みだけがある。


 そこでようやく顔を上げることが出来た。

 彼の手が私の頭に伸びている。その手が、私の頭の形に合わせて動かされた。


 彼の腕の奥で、少し口角を上げる彼。

 その目には、さっきまでの燃えるような深い赤みが消え、威圧というものも消えて柔らかくなっていた。


 さっきまで張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ気がする。


「もうあいつらに関わるなよ」


 ジンは長い脚の膝を折り、私に目線を合わせてくる。


 頭が軽くなり、次は私の手首に触れられた。

 そこには彼の手と同じ大きさに赤くなってしまった跡、手の甲には木の皮で擦れて線状に腫れてしまっていた。


 その痕の両方を、優しく親指の腹でさすられる。

 少しくすぐったい。


「俺も乱暴にして悪かったな。あの状態で発作が起きたらと思ったのと、お前が危険な目に遭っていると思ったら、居ても立っても居られなくて感情的になってしまった」


「ううん、私が悪いの。ジンは謝らないで」


 私は、彼の手に反対の手で覆った。

 私の手じゃ彼の大きな手は覆いきれないけど、これで仲直り出来たってことで良いだろう。


 ふと、自分の指先が僅かに震えている事に気付いた。ジンの手から少し浮かせて見ると、自分の手はピタリと止まる。


 もう一度彼の手に触れると、また振動を感じる。


 まさか震えているのは、ジンの手?


 彼の手の震えを感じる。まるで緊張が解けた時みたい。


「気をつけろよ。もう、本当に……」


 弱々しく呟く彼。


 任務の時には震えなんてものはない彼なのに、この度、震えが起きるほど不安にさせてしまった。


 もう二度と同じ事が起きないようにすると、心に誓った反面、私を心配してくれている気持ちが、心のどこかで嬉しさを感じている。


「また、私を助けてくれる?」


 恐る恐る、冗談も交えて聞いてみた。

 ジンは私の目を見て頷く。


「当たり前だろ。相棒が助けを求めて駆けつけないわけがない」


 こうしてまた、いつもの私達に戻れた気がした。


 前回のお金に関する事もそうだけど、何度もジンと揉めたことがある。

 しかし、こうしていつの間にか仲直りが出来ている。


 それが私達の良さであり、私達らしさだった。


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