6.
今回は長めに症状が出たお陰で、レントゲンの撮影が成功した。
私はレントゲンを撮られてる間に気絶したのか、その時の記憶がない。
そして結果。
ルル先生は、正常時と今回のレントゲンの写真を並べる。
何度か左右を見た後に、小さく首を横に振りながら鼻でため息をついた。
つまり、何も変化がなかったという結果だ。
椅子に腰掛けたルル先生は、ノートをパラパラと捲る。
私の観察日記のようなものだ。
ルル先生は、一通り文字が書いてあるページを読んだ後、眼鏡の鼻あてをクイッと上げて、眉をハの字にして私を見てきた。
「レイラさんは、何か人とは違う部分はありますか?」
「違う部分……」
それを聞いて、私は心当たりがあった。
──それは、傷の治り。
実は私、傷の治りが人より異様に早いのだ。
切り傷ぐらいなら一目で分かるぐらい、塞がっていく瞬間が見れる。
それなのに、胸の傷だけ残っているが不思議に思っていた。それと何か関係があるのだろうか。
彼には、説明するより実践したほうが早くてわかりやすいだろう。
ということで、私は常備してる護身用の小型ナイフを取り出した。
刃を手のひらに当てる。
「何をするんです!?」
ルル先生は驚愕した表情をする。しかし止めないのは、医者としての興味本位が大きいのだろう。
私はなんの躊躇いもなく刃を滑らせた。
手のひらはじわりと血が滲み出て、やがて床に滴り落ちて血溜まりを作っていく。
すぐ、その血は落ちなくなった。
血を拭って傷口を見せると、じわじわと傷口が塞がっている様子が目の当たりに出来た。
「え、な、なんです、それは……? 凄い……」
ルル先生の表情は引きつっていた。
目の前で有り得ない光景を目の当たりにして、引いている。
しかし、彼の目の奥で、興味という本意がちらついていた。
塞がっていく傷口は、皮膚に吸い込まれるように消えてしまった。
皮膚が突っ張る感じもなく、本当に何事もなかったかのように元通り。
ルル先生は信じられないのか、私の手を取って何度も表裏とひっくり返してまじまじと見た。
「切られるときの痛覚はあるんですか?」
私は頷いた。これぐらいの痛み、胸痛と比べたらなんのその。
幼い頃から過酷な訓練を受けてきたから、これぐらいは痛い内に入らなくなってしまっただけかもしれないけど、痛覚は多分人並みにはあると思っている。
「傷は代謝が良いほど治りが早いのですが、いくら代謝が良いからってこんな治り方をする人なんていません」
勿論、ジンだって私みたいな傷の治りはしない。普通は、こんな治り方じゃないのは私でも分かる。
医師は咳払いをしながら回転式の椅子を回し、デスクに向き合って私の傷の治りを書き留めた。
その手が止まり、真剣な顔で私と向き合う。
「ただの私の見解ですが、この心臓の突起は、恐らく人為的なものだと思っています」
「人為的……?」
「これほどの治癒力を持ちながら、胸の傷だけが残るのは不思議です。レイラさんの膝にも古い傷跡がある……。恐らく、元は普通の身体だったのでしょう。人体がここまで変異するのは、本来あり得ないことなのですから」
ルル先生が話す事が本当ならば、私の心臓に何をされたんだろう。
そして、一体誰が何のために私に……?
本人である私でも分からないのに、いくら人体に詳しい彼でも分かるわけがない。
そこで大人しく話を聞いていたジンが、ルル先生に話しかける。
「この突起物は取れないのか?」
「もし取るのなら手術になります。しかし、取れる保証はありません。初めての症例ですし、出来れば私としても避けたいものです」
ルル先生の言う事が正しいだろう。
まず、この心臓にある突起物が何かも分かっていない以上、手の施しようがない。
下手に触って私が死ぬリスクだってある。この突起が胸痛の原因だとも言い切れない。
ジンは険しい顔をしていた。彼も色々と思う事があるのだろう。
「こちらでも色々調べてみます。今日は以上になります」
「ありがとうございました」
ひとまず今日はこれで終わりらしい。
結果、憶測しか立てられずに何も分からなかった。
しかし、百あるうちのゼロからイチぐらいは分かったんじゃないだろうか。
ただの憶測でも、何も見えなかった時よりはずっといい。
医務室から出た私達は、車に乗りながら話す。
「ジンは私の心臓についてどう思う?」
ジンは私がシートベルトを締め終えるのを待って、エンジンを掛けた。
低い駆動音が広がる。
「俺は、その突起に違和感を感じている」
「違和感? なんで?」
車が滑るように動き出す。
道路脇の街路樹が流れ、日差しがフロントガラスを斜めに切り取る。
「お前が覚えていないほど、昔からある傷だろ。もしその空白の間に、誰かが意図的に、お前の心臓に何かをしたのであれば──」
彼の目が、前だけを見つめる。
「胸痛の症状が現れるタイミングは、その時からあってもいい筈だ。なのに、今更症状が出た、というのが妙に引っかかる」
私はジンから顔を逸らし、窓の外の遠くで、ゆっくりと流れていく雲を見上げる。
言われてみれば確かに、と思った。
私が組織に入ったのが十五歳の時。
その前から、既に胸の傷痕はあった。そして、その時にはもう、傷の治りは人と違っていた。
今は二十四歳。
最低でも、九年以上は症状が出ていなかった。胸痛の症状が出るにしては遅すぎる。
「あとはもう一つ、ルル先生に傷の治りを見せただろ。あの時に思った事がある」
「思ったこと?」
一瞬だけ横目で私の手を見た。
「普段よりも、傷の治りが早く感じた」
「え? そうなの?」
傷の深さによって治る速度はそれぞれ違う。浅ければ早いし、深ければ遅い。
自分では特別早くなったとは感じないけど……。
他所の子の成長は早いって言うみたいに、自分では普段目にしてるから変化に気づかないだけで、他人からしてみれば、結構な変化が起きてるのかもしれない。
「うーん……」
ジンの仮説が合っているとして、だからどうしろっていう話ではある。
ぶっちゃけ、心臓に引っ付いてるものを取る手術をしたいわけではない。
だって怖いじゃん。医者本人も怖がってるし。
考えれば考えるほど、謎は深まるばかり。
だから医療班のところに行きたくなかったんだよ……。
「誰か分かる人いないかなぁ……」
情報を持ってる人、情報を入手しやすい人。
──あ。
私はふと、ある人物が頭に浮かんだ。
「あの人に聞こうよ」「あいつに聞くか」
声が重なった。
信号の赤がフロントガラスを染める。
視線が合い、思わず笑ってしまった。
──完璧じゃん。息がぴったり。




