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夜明けのNocturne  作者: F肉
〜第一章〜
4/10

4.


  私は、いつも通りソファにだらけて、もう見飽きてしまった天井を見つめる。


 ──暇だ。


 急遽発生する任務もない。

 いっそのこと、雑用でもいいから仕事が欲しいのに、それすらも与えてくれない。


……いや、正確には与えられない、と言ったほうがいいか。


 だって、皆が暇だから、雑用の仕事も他の人に取られちゃうんだもん。


 Nocturneは、任務を達成する度に報酬が支払われる出来高制。仕事がなければお金なんてものはない。


 今までの報酬で、こういう時のためにと何ヶ月も生活できるぐらいにはお金が貯めてあるから、生活には困ることはない。


 とは言え、つまらない。退屈だ。


 私は天井を背景に、自分の髪の毛先を弄る。

 指に巻きつけてもその場に留まってくれず、するんと指を周って滑り落ちた。


 暗殺者になって嫌なことがある。

 それは、任務がない間の時間の過ごし方。


 他の組織はどうか知らないけど、Nocturneでは娯楽が厳しいのだ。


 例えば外出すること。


 カフェに行ったりゲームセンターで遊ぶことなんて一切禁じられてる。

 なぜなら、私達の存在を知られない為だから。


 少しでも一般人の目に留まれば、もし何かしらで命を狙われた時、こちらの情報を集めるのに有利になってしまう。


 外出を許されるのは食糧調達の買い物か、組織の拠点までの移動か、任務の時のみ。


 あーあ、なんてつまらないんでしょう。

 ゲームだって趣味じゃない。メール以外のSNSまでも禁止だからもうやってられない。


「暇すぎる……。ジン、本貸して」


「あぁ、好きなの選んでこい」


 結局、趣味ではない読書をすることにした。


 ジンだって、元々は本を読む人じゃなかった。

 暇な時の時間潰しから、なんとなくの趣味として定着してしまっただけだと思う。


 私は何度か入ったことのあるジンの部屋に入って、本棚を漁る。

 部屋は石鹸みたいな、爽やかなジンの匂い。

 同じ家で暮らしてるのに自分と匂いが全く違うのって不思議だよね。

 洗濯は別々にしてるからかもだけど。


 本棚には分厚い推理小説がいっぱい。心理学の教材とかもある。

 私はその中から一冊、分厚い推理小説を引っ張り出した。

 リビングに戻り、ソファで読むジンの隣に座って読み始める。




 読書が好きではない筈なのに、読み始めたら意外と面白くて、あっという間に時間が経っていた。


 ふと、何時だろうと顔を上げて時計を見ると、いつの間にか十二時を過ぎている。


 まさかこんなに集中していたとは。


 隣を見ると、本を膝の上に置いたまま、ジンが眠っていた。いつの間にか寝たんだろう。私も本に夢中で気付かなかった。

 閉じられた本のページに親指が挟まっている。彼も気付かぬ内に寝落ちをしてしまったんだろう。


 整った寝顔をまじまじと鑑賞した後、ジンの身体を揺さぶった。


「ジン、寝るならベッドで寝な?」


 眉間にシワを寄せて首を小さく横に振った。ここで寝るらしい。


 風邪引かないように、寝室から毛布を引っ張り出して身体に掛けてあげると、表情が和らいだ。


 マイペースな彼。


 決してきつい性格ではないのに暗殺者をやってるのは、未だに不思議だ。

 もっと別の職業があっただろうに、まともな環境下で育てられなかっただけで、足が洗えないような職種に就いちゃって……。


 再びソファに腰掛けて背にもたれた瞬間──。


 ──ドクンッ!


「っ、ぐぅっ……!!」


 急に心臓が強く脈打ち、胸に激痛が走る。


 これ、前の時の──!


 この痛み、前と同じならまだ良かったのに、痛みが増して前回より長い。


 ヤバい、ヤバい、ヤバい……! 何この痛みっ……!


 心臓を何度も、針が付いた手で握りつぶされているような、そんな激しい痛み。

 起きていられなくて、胸を押さえてソファから崩れ落ちるように床へ(うずくま)った。

 冷や汗がカーペットに落ち、水分を吸って色が濃くなる。


「レイラ……?」


 私のうめき声でジンが目を覚ましたらしい。

 彼は寝起きながら、私が胸を押さえていることで胸痛が起きていると判断した。


 すぐに状況を読み込んでくれ、素早い動きで私を抱え上げ、車へと移動する。


 すぐにエンジンをかけて発進した。

 恐らく医療班の元へ行っているであろう移動中、ふっと痛みが収まった。


 しかし、痛みに耐えたことや身体の気持ち悪さによって、かなり疲労を感じ、座席の背もたれにぐったりと倒れ込んだ。


「レイラ、大丈夫か」


「う、ん、なんとか……」


 服や髪の毛が、汗で肌に張り付く。


 気分が悪い。吐き気もあるけど、身体の血液をめぐる全てがモヤモヤとして気持ち悪い。


 症状は落ち着いたものの、一応そのまま医療班の元へ行った。

 起き上がる気力も湧かない今、ジンに抱き上げられて医務室に入る。


 前回より元気がない私を見て、ルル先生が席を立ち慌てて症状を確認する。


「レイラさん、大丈夫ですか?」


「へぁ……」


 ベッドに寝かされた。


 声がかすれ、声にならない返事をすると、ジンが私の代わりに事情を説明してくれる。

 でもジンは寝ていたから、呻き声に気づいたらこうなっていた事しか説明できていない。


 ルル先生がすぐにレントゲンを取る。

 症状がない時だから、時すでにお寿司。いや、時すでに遅し。お寿司。遅し。お寿司。遅し。お寿司、食べたい。


 なんかジンがじっと私を見てる。


「……お前今、余計な事考えてないか?」


 余計な事とは失礼な。気持ち悪さから気を紛らわせてるだけだよ。……って言いたいんだけど、言葉に出す元気まではない。


 結局、レントゲンで見る心臓には、前回と変わったところは特に見当たらなかった。

 とはいえ、相変わらず謎の突起がある。


 次は心電図を計測してくれたんだけど、その結果を見て医者が眉間にしわを寄せた。

 前回とは違う結果らしい。


「脈が安定していません。前回より症状が重かったということもあるので、暫く入院しましょう。ボスにはこちらから伝えておきますので、任務からも暫くは外れてくださいね」


「えっ!!」


 入院生活のご飯は美味しくないと聞く。


 暇な時の唯一の楽しみ、美味しいご飯を食べる事がが奪われるなんて、私にとっては呼吸する酸素を減らされるようなものだ。


 私は「無理です!」と言いかけた時、ジンが肩に手を置いて首を横に振った。


「黙って言う事を聞いてろ」


 流石は長年の付き合い。私の考える事は分かるようだ。

 任務があるのに急遽休む訳にはいかない、っていう理由でなんとかなったりしないだろうか。

 ……いや、ただでさえ暇なのに、ボスやジンからしてみれば「全然、入院してどうぞ」って感じなんだろう。


 でも嫌。絶対に嫌!


 そう思っていると、またしてもジンは私の気持ちを汲んでくれた。


「任務は何とかなる。俺に任せて今は療養しろ。じゃないと俺も気が気じゃないんだ」


 励ますように肩をポンポンと叩いてくる。優しい。心が温かくなる。

 でも違うんだよ……。

 そっちの意味で汲み取って欲しい訳じゃなくて、入院したくない方で読み取って欲しかった。


 だけど、彼が心配してくれている。これを無駄にするわけにはいかない。

 ジンが私の味方をしてくれなくて悲しかったけど、彼に迷惑をかけまいと素直に頷いた。


 早速病室に案内され、ジンにお泊まりグッズを持ってきてもらって入院することになった。



 家でも暇だけど、ここでも暇。

 病室にはテレビもない。なんなら家よりも暇だ。


 せめてもの話し相手がいればいいんだけど、ジンだってやることがあるだろうからずっとは無理がある。


 誰もいない寂しさで、窓の外から聞こえる鳥の鳴き声が大きく感じた。



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