3.
あの時以降、胸が痛むことはなかった。
本当に気のせいだったのかもね、とジンと話して、いつも通りの日常に戻る。
そして今回、急遽久しぶりの任務が入ったので、早速任務を遂行する私とジン。
Nocturneでは「階級クラス」という制度があり、下級、中級、上級の三段階に分かれている。
階級は任務実績や、実力審査で決まるのだけど、上位三位までの人が上級クラスに入る。
私達はその中で、常にトップを争う実力者だ。
今のところ一位がジン、二位が私。その差は微々たるものらしい。
そんな私達にしか出来ない任務もあって、今やっているのがその一つだ。
今回の任務は、犯罪者が集うアジトの襲撃。そのアジトを特定する為に、一人の犯罪者を追跡中だ。
情報によると、この犯罪者グループは、窃盗、殺人、暴力、密輸等、色んな犯罪に手を掛けている。その中には監獄から脱獄した人もいるという噂だ。
よって、危険が伴う為に、上級クラスの私達が出ることとなっている。
そして、この任務も政府による依頼だった。
闇に紛れて、路地裏に入ったターゲットを追う。
路地で見失うと面倒だ。私達は急いで、後ろを追跡した。
ターゲットは人目がつかないような場所を好んで進む為、あえて入り組んだ道を通る。だから追跡は思ったより大変。
そのうえ、こっちも一般の目に入らないよう、隠れて移動しなければならない。
だから逆に、人目が付かない所を通ってくれるのは、思う存分に動けるので助かる。
遂に、犯罪者はある建物の中に入って行った。
それを見届けた後、時計型装置を起動して小さなマップをスクリーンに浮かべた。そこに印を付けて組織に無線を通す。
「こちらレイラ。アジトの特定完了。マップにて表示。今から攻め込みます」
無線越しに、陽気な男性の声で『了解。対象の排除は厳禁だからね』と念を押された。
殺さないけど逃げられない程度に負傷させる、これが一番難しい──。
普通なら、ね。
だけど私達にとっては、容易い御用。
数多もの任務をこなしてきた私達だからこそ、力加減も完璧にこなせるのだ。
私はナイフを構える。もう身体の一部と言っていいほど愛用してきたナイフだ。
そのナイフの出番が来ると、勝手に身体が緊張する。だけど、胸のどこかが興奮でワクワクしてて、落ち着かない。
そのぐらい、身体に暗殺者という肩書きが染み込んでいる。
「ジン、準備はいい?」
目を合わせると、ジンは拳銃を構えて頷いた。
私達は目元まで隠れるほどの黒いマスクをつけ直し、アジトに向かって足音を立てないように忍び寄る。
アジトのくせに、見張りもいない。なんて不用心なの。
本当にここがアジトなのか不安になってきた。
ドアの傍まで行き、出入り口の両サイドに分かれて待ち伏せた。
ドアに耳を当てると、中から複数人の話し声が聞こえる。
私とジンは息を潜めて待った。
アジトから誰かが出てきた所を襲撃する作戦。
──しかし、一時間待てど誰も出てこない。
私は、この待ち時間が苦痛で仕方がない。
折角意気込んで任務をこなそうとしているのに、やる気と集中力がどんどん削がれていくし、いつでも戦えるように常に気を張って疲れる。
「そろそろ突撃する?」
ジンに小声で話すと、首を横に振って「もう少し待て」と言われた。
なかなか出てこないターゲットにイライラしてくる。私の足は無意識に上下にゆすっていて、落ち着けない。
痺れを切らしそうになった時、ドア越しの話し声が近くなる。
──来た!
ドアノブが捻られ扉が開かれる。
即座に行動を起こしたのはジンだ。
身を乗り出して、出て来た人の足に銃弾を打ち込んでいく。
「ぐぁぁぁぁ!!」
静かな路地裏とは対照に、彼の銃声と男の呻き声が響き渡った。
その男が蹲った瞬間、中から「誰だ!!」と一気に騒がしくなる。
待ちくたびれた私は、もうやる気満々。
ジンをすり抜けて中に乗り込むと、他の犯罪者が銃や剣を持ち構え、アジトから出ようとしていた。
皆は私と戦おうと意思を持っているけど、誰かが逃げる可能性もある。防がなければ。
私は素早い動きで、次々に男達の太腿や脛を斬りつけて歩けないようにした。
いくらアドレナリンが出ているとは言え、太腿は多くの神経が通っているので、切られると相当な痛みを生じるだろう。
何度か、敵から私に向かって銃を撃ち込まれる。
しかし、私の素早い動きにはかすりもしない。
そんな彼らを、ジンは出入り口から発砲し、襲われそうになる私のフォローをした。
長年のパートナーとして過ごしてきた私とジンは、息がピタリと合う。そのお陰で、あっという間に彼らを鎮圧することができた。
私達は無傷。かすり傷一つも付いていない。
ジンは中に入ってきて、芋虫のように蠢く男達を見下ろしながら、無線で任務の報告をした。
「こちらジン、襲撃完了。死者ゼロ。捕獲求む」
ジンが無線を切った後、倒れて呻く人の中から一人、生まれたての子鹿のように足を震わせながら立ち上がった。
その男は脛を私に斬られている。
ジンはただその人を、無の表情で見ていた。
「このやろぉぉぉぉ!!」
男は雄叫びをあげながら、ジンに向かって剣を振りかぶった。
しかしジンは、容赦なく、無傷だった太腿に弾を撃ち込む。
殺傷力を上げられた銃で撃たれた弾は、簡単に分厚い肉を貫通させた。
「うがぁぁぁっ……!!!」
男は転げ回りながら大声で悶える。
ジンの赤い瞳は冷めたまま、のたうち回る男を見下ろした。
赤は炎や情熱を象徴する筈なのに、彼の目は氷のように冷たい。
その目を私に向けられている訳ではないのに、ゾッと背筋が凍るような恐怖を感じた。
「……うるさいな」
ジンは両耳に指を突っ込んで耳を塞ぐ。
私は武器で相手を脅しながら、Nocturneの仲間が来るのを待った。
やがて、車の音が遠くから聞こえて来た。
その車はNocturneの車だ。複数人がロープを持って降りてくる。
仲間は、倒れている男達一人一人の口にテープを貼り、ロープをぐるぐる巻にした。
そして、アジトから引き摺り出して、車をけん引する時に使う爪に引っ掛けた。
まさかの、車に乗せるんじゃなくて引き摺る形式。車に乗せる価値ないもんね。
折角致命傷を外して殺さないようにしたのに、このけん引で死ぬのでは。まぁ私に関係ないし良いか。
「お疲れ様でした!」
仲間が私達に会釈して、キーホルダーのようにまとめられた男達を引き摺りながら、彼方に運んでいった。
皆テープで口を塞がれて、痛みによる声にならない叫び声が響く。その声がだんだん遠ざかって、そのうち聞こえなくなった。
あの人達は恐らく監獄行きだ。
どうして彼らは、悪いことだと分かっていて悪に手を染めるのだろうか。
悪いことをする時のスリルは、任務をこなす時の高揚感に似たものなのか。
引き摺られる男達が見えなくなると、ジンが耳を塞いでいた指を抜いて私に近寄った。
彼の凍りつきそうだった目は、もう溶けて温かくなっている。
「ケガはないか?」
「お陰様で。余裕だったね」
それぞれ武器を収めながら、静まり返ったアジトをあとにする。
外に出ると、夜風が肌を撫でた。
張り詰めていた緊張がふっと緩み、深く息を吸い込む。
空には、まるで任務の成功を祝うような星が輝いていて、私は大きく伸びをしながら綺麗な夜空を見上げた。
──やっぱり、ジンがいれば、何でも出来そうな気がする。
「私達って、本当に良いチームワークだと思わない?」
拳をジンに向けると、彼は少しだけ口元を緩めた。
「そうだな」
彼も拳を作り、私の拳にコツンとぶつけた。
これが私達だけの、任務が終わった挨拶だ。
ジンが車を運転する。
久しぶりの任務で疲れた。体力的ではなく、精神的に。
それを癒やすため、私は彼の隣で夜風に当たりながら、キラキラと宝石のように輝く景色を眺めた。
何も話さなかったら寝てしまいそう。
でも、疲れている中で運転してくれてるジンに申し訳ないから、私は寝ないように彼に話しかける。
「政府が暗殺者と手を組んでるだなんて、世間に知られたら大炎上しそうだよね」
信号待ちで止まった車。
ジンは窓枠に肘を起き、私と反対の窓の外へ視線を送った。
しかし、ゆっくりと眺める間もなく、すぐに信号が変わり、シフトレバーを動かしてアクセルを踏んだ。
「……確かにな。暗殺者はその名の通り、人殺しだが捕まらない。決して犯罪者を取り締まれる立場ではないんだがな」
「政府が弱すぎるんだよ」
運転をしながら「あぁ」と短く返事をした。
それっきり、ジンとの会話が途切れる。眠気覚ましに話しかけた筈なのに。
でも、不思議と気まずくない。
その静かな空間は場所が変わっただけで、いつもの家の光景と変わりない。
だから居心地の良い空間だった。
「ねぇ、ジン」
眉だけ動かして返事をした。
「ジンが相棒で良かったと思ってる」
「何だ急に」
少しは照れても良いだろうに、彼は平然としてる。
そう見えて、実は内心照れていたりして。
「死ぬのか?」
一瞬、ジンがそう答えた理由が分からなかった。
だけど、意味が分かった瞬間、私は思わず吹き出してしまった。
私がいきなり褒めるから、ジンは別れ間際の言葉に聞こえたんだろうと思う。
少し天然が入っているというか、抜けているというか……。
「私はそんなジンが好きだよ」
ジンは目を丸くして、一瞬だけこっちを向く。
ハンドルがブレて、車がフラついたのを慌てて戻した。
ジンのそんな表情、初めて見た。
冗談でもからかいでもない、私の素直な気持ちはどう受け取ってくれるのだろう。
バレないようにニヤけながら、流れていく景色を眺めた。




