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夜明けのNocturne  作者: F肉
〜第一章〜
2/10

2.


 冷蔵庫に貼った予定表通り、一ヶ月何も任務が入らず過ごし、月末に到来。


 郵便ポストに、私とジンの来月の予定表が届いた。


 来月こそは仕事がありますように、と、わくわくしながら封を開けて見てみると、空白だらけの用紙が現れる。


 見間違い? それとも宛先が間違ってる?


 目を擦ってもう一度見るけど、見間違いではない。封筒に書かれている住所と名前を確認しても、間違っていない。


 マジか。


 隣にいるジンも、紙を見つめてため息をついている。


 両者とも、今月よりかは、ほんの少しだけ任務が入ってるだけで、一日もかからずに終われそうなものばかり。

 例えば、敷地の草むしりだとか。


 冷蔵庫に並べて貼り、肩を並べて空白だらけの紙を見つめる。


「他の人も同じなのかな?」


「だろうな」


 テレビでも事故や火事ぐらいの事しか報道していない。大きな事件もなく、平和だ。

 それは良いことではあるけど、このままでは身体が鈍ってしまう。いざ任務に出なきゃいけない時、身体が重たくてやる気が出なくなりそう。


 あーあ、今日も何しよう。


 日々が暇だから、暇つぶしに家の掃除をしていく内に、もう磨く所もないぐらいピカピカになってしまった。

 だから、これ以上することも無い。


 お菓子でも食べようかな。


 私はお菓子が入った棚を開けた。


「一緒にお菓子食べようよ。何がいい?」


「チョコ系があればそれがいい」


 棚いっぱいに詰められたお菓子を漁って、チョコ系のお菓子を探し始めた瞬間──。


 ──ツキッ。


「っ……?」


 いきなりの胸に違和感に、思わず手が止まる。

 身体の奥を針で刺されたような、そんな軽い痛み。

 ジンの視線が「どうしたんだ」と問いかけてくる。


 気のせいかと思い、再び手を動かした。

 その次の瞬間──。


「ぅ゙っ……!」


 今度は、刃物で刺されたような痛みが胸を襲った。

 まるで重力に引っ張られるかのような、重たい痛み。

 それでいて、心臓を強く握られるような痛みも混じっていた。


 無理やり血液の流れを変えさせられたような、なんとも言えない気持ち悪さが全身に残る。


 立っていられなくて、胸を押さえて蹲った。冷や汗がどっと吹き出て、息が苦しい。


「大丈夫か?」


 ジンが私の肩に手を添え、顔を覗き込む。相変わらずの死んだ表情筋。でも目線だけで心配してくれているのが分かった。


 胸の痛みを訴えようと口を開くと、さっきまでの痛みが嘘かのように、スッと引いた。


「あれ?」


 額に粒となって浮かんだ汗は、重力に負けて地面に落ちてくる。


 さっきの痛みが幻かと疑った。


 しかし、そんな訳ない。だってこんなに汗をかいているだもの。


「一旦ソファにでも座れ」


 もう歩けるぐらいには平気だけど、ジンは私の身体を支えながらソファに移動させてくれた。


 私が腰掛けたのを見届けると、テキパキとした動きで、脈を測ったり額に手を当てて熱を測ったりしてくれ、水まで用意してくれた。

 汗をかいたからか、水を見ると、思い出したかのように喉が渇いてくる。


 その水を一気に飲み干すと、冷たい液体が身体に流れてくるのが分かった。全身に染み渡って吸収されるような感覚がする。


 ジンが隣へ腰掛ける。

 顔に出ずとも、そわそわとしていた。多分心配してくれているんだろう。


 私は呼吸を整え、胸を押さえてさっきの胸痛を振り返った。

 

 実は、私の胸には、心臓がある辺りに大きな傷跡が残っている。

 この傷跡が何故あるのかは、自分でも覚えていない。それぐらい昔からあるものだ。


 そこがさっき、強く痛んだ胸の場所。

 正確には、傷跡の更に奥深くに存在する心臓の辺りだった。

 その表面で残る傷跡にも、共鳴するように痛みが生じた。


「落ち着いたか?」


「……うん」


「何があった」


 低く落ち着いた声に、自然と脈もゆっくりと落ち着いてくる。


「心臓が痛かったの」


 それを聞いて、彼は眉間にシワを寄せて小さく首を横に振った。


「それは放っておかないほうがいい。医療班に診てもらおう」


 暗殺者は身分を明かしてはならない為に、病院には行けない。

 代わりに、組織内で"医療班"というものが存在し、暗殺者の身分の口止め料として高額な報酬で医者を雇い、医療を受けさせてもらうことになっている。


 ジンは立ち上がって、車のカギを手に取った。


「行くぞ」


 私の手を取って車に乗せられた。



 車を走らせる事、約二十分。ジンが医療班の施設まで連れて行ってくれた。

 暗証番号で扉を開き、すぐに医者がいる医務室へ行く。


「おや、レイラさんとジンさん。お二人揃ってどうされたんです?」


 椅子を回転させて、キョトンとした表情で振り向いた男性医師、ルル・アーサー。

 子供も懐きそうなぐらい、優しい雰囲気をしている。誰もが暗殺者に関与しているようには見えないだろう。


 彼が診てくれる時の安心感は、家よりも温かい。


 私はその安心に縋るよう、ルル先生に先程の出来事を伝えた。


「胸痛……。血管の病気の可能性もあるかもしれないので、一応レントゲンや心電図とりましょう」


 ルル先生に案内されるがまま、血圧や脈拍、心電図とレントゲンを取った。


 やがて、そのレントゲン写真を見ながら、ルル先生の眉がゆっくりと動いた。


 その仕草だけで"何かがある"と分かった。


 健常者のレントゲン写真と並べて見せられる。

 素人目でも分かるぐらい、私の心臓が人とは異なっていた。


 ──そこには、謎の突起。


 普通、心臓は丸みを帯びている筈。だけど私の心臓には、丸みの中に何かが尖った影が写っていた。

 案の定、私の予想通り、ルル先生が突起した部分を指差す。


「これはなんなのでしょうか……」


 こっちが聞きたい。

 医者であるルル先生でも分からない、()()


 唯一の安心材料である医者が頭を捻らせているんだから、私はギロチンで首を落とされる寸前のような絶望しか感じない。

 脳内で"死"という単語しか思い浮かばなくて、既に口から魂が抜けてしまいそう。


 ルル先生はカルテとにらめっこをしている。


「音も脈も特に気になる事はありません。かといって初めて見る症例ですし、一度様子見させてもらってもいいですか?」


「そんなぁ……」


 結局、ルル先生はお手上げ。

 よく漫画でショックを受けた時に「ガーン」と表現されるけど、今はその擬態語が分かる気がする。


「出来るだけ症状がある時に見たいので、また痛くなったら駆けつけてください」


「……はぁい」


 私は渋々椅子から腰を上げて、医務室を出る。

 心のつっかえが取れないどころか、モヤモヤした気持ちが増えてしまった。


 ジンは終始何も言わず、ただ私に付いてきただけ。

 何かコメントしてくれても良いだろうに、全く何も話さないのは、私に気を遣っているのか、はたまたどうでもいいのか。


 長年共にいるけど、まだまだ感情が読めない時のほうが多い。


「私、死ぬのかな?」


 ジンは隣を歩きながら、一瞬だけ横目で私を見た。


「人間はいつか死ぬだろ。怖がるな」


「そうだけどさぁ」


 否定しようと思ったけど、否定できなかった。

 死ぬのが早いか遅いか、そう言いたいのだろう。

 彼なりの慰めかもしれない。そう思ったら、否定なんて出来ない。


「傷痕も痛むんだろう? もしかしたら、その症状は、お前が度々夢に出てくる過去と関係あるかもしれないな」


 そう言われても、記憶はあの夢に出てくる光景までしかなくて、それ以上の記憶は覚えてないから見させてくれない。


 私に記憶があるのは、夢で見る光景と、孤児院にいてボスが人材探しに私を引き取ってくれた事ぐらい。

 その間の出来事は空白のままだ。


「もう覚えてないから知らない」


 ジンが言う可能性はゼロではない。

 何かがあった記録が、この傷跡として残っている。

 しかし記憶にない以上は、いつまでも胸痛の原因は見つからない。


 専門家でも分からない事を悩んでも無駄だ。

 また症状が現れたら、ルル先生の所へ行けばいいだけのこと。


 ジンの横顔を見ながら、まだ少し違和感が残る胸を押さえる。

 この違和感の中で、どこか胸のざわつきがある。



 ──なんだか、あれは、数回だけで終わらない気がした。



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