本当に君は運命か
「ほら、もう大丈夫ですよ!」
エリシアが差し出してくる小さな手。
市場の一角で、俺はまた彼女に助けられていた。
足元に転がったリンゴを拾おうとして、
派手にバランスを崩しただけだ。
断じて、わざとではない。
……たぶん。
「助かるよ」
苦笑しながら手を取ると、エリシアは屈託なく笑った。
「リオンさんって、本当に運が悪いんですね!」
「……自覚はある」
俺は顔をしかめた。
だがその顔も、すぐに崩れた。
エリシアが笑うと、周囲の空気まで明るくなる。
眩しい。
そんな存在、俺の人生にはいなかった。
詐欺師だった俺にとって、人は利用する対象でしかなかった。
愛だの友情だの、全部茶番だった。
なのに、こいつは――
無防備な笑顔を向けながら、何の疑いもなく俺のそばに立っている。
あまりに、まっすぐすぎて。
「リオンさん?」
「……いや、なんでもない」
我ながら、バカみたいだ。
たったこれだけで、胸がドキドキするなんて。
"落とすため"に近づいたはずだろう?
金のため。
地位のため。
自由のため。
そのはずなのに。
どうしてこんなに、心臓がうるさいんだ。
俺は必死に自分を落ち着かせながら、
エリシアに向かって、いつもの調子で言った。
「それにしても、君に会うの、三度目ですし……これは運命かもしれませんね」
「えっ!」
エリシアが顔を真っ赤にする。
しまった。
軽口のつもりが、思いのほか直球だった。
慌てて訂正しようとしたが、
エリシアは照れくさそうに笑った。
「だったら……嬉しい、です!」
俺の胸が、また跳ねた。
もう、わけが分からない。
こんなはずじゃなかったのに。
それでも、少しだけ。
この運命を、信じてもいいかもしれない――
そんな甘い考えが、
心の片隅に芽を出し始めた。
――リオンが愛を知るまで、あと160日。