宿った命を見てはいけない
命に意志が宿る。ありえない世界があなたにも起きるだろう。人はそれを異世界と呼ぶ。
その日もいつものように一人でお酒を飲んでいた。部屋の中の灯りを消し、暗いムードの中で飲むお酒が美味しい。いつからか、私の趣味になっていた。もちろん飲みすぎややけ酒はしない。たしなむ程度である。
平日の夜、午後8時ごろだったろうか。お酒を飲んでいると、突然何かの気配がした。驚く前に私は気配の方に視線をずらした。すると、そこに女の子が立っていた。「いるはずがない!」ここは私の部屋で他には誰もいない。子供なんているはずがない。薄暗い中、少女は語った。「お母さん!」と。
「お母さん!?私が?この子は何を言っている?それより、誰?」お酒が思考をぼやけさせる。だがまだまだ頭はしっかりしている。少女は小学2年生くらいだろうか?「あなたは誰?」と訊こうとした私を遮るように彼女はまた口に出した。「お母さん!」と。さっきより少し強い口調に感じた。
パニックになろうとしている私は一度冷静になろうと思い視線を彼女からずらした。私が一人酒を飲むようになったのは付き合っていた彼と別れたのが原因だった。「一方的に別れたい」と言い、彼は私の前から消えた。心当たりは無かった。次に新しい人を作る気力も意欲ないまま、私は流されるまま今に至っている。日々の仕事が私の隙間を埋めていた。それでも、完全じゃない。
そんな事が頭をよぎる。時間にしてほんの数秒だった。しかし、1分にもそれ以上にも感じた。私はふっと彼女のいた方向へ視線を向ける。だが、女の子は消えていた。「いない。幻だった?」ここで私はお酒のせいにした。酔って幻覚を見たに違いないと思ったのだった。その日、私は早く寝た。次の日も仕事だったからだ。
それからしばらくして体調が優れない日が続いた。私は思い切って病院へいく事にした。検査の結果驚く事が判明する。それは妊娠だった。私はいつの間にか彼の子供を宿っていたのだった。そして医者が言うには、お腹の子供は女の子らしい。
午後9時、その日も一人でお酒を飲んでいた。私はそっと右手をお腹に置いた。この中に子供がいる。全く実感はない。お酒は止めるようにと医師から言われている。これから先、私の人生はどうなるのだろうか?考えるほど目に見えない何か重い物が私にのしかかってくるのを感じた。彼は一体、今頃どうしているのだろう?私がこんな目に合っているのを知らない彼。私を捨てた彼。いつしか、私の目から涙が流れていた。その一滴が右手に落ちる。その時だった。「お母さん!」という声が聞こえた。それはあの時の少女の声と同じ声。部屋の中を見ても誰もいない。声はお腹から聞こえてきたのだった。
彼女に宿った命は生まれる事を望んだ。彼女はどのような決断をするのか?答えは異世界に存在する。